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1935年アメリカ「ゴッホの耳」展示事件

ゴッホの耳を展示したとされる謎のいたずら事件

「ひまわり」「星月夜」「タンギー爺さん」などの絵画で知られるフィンセント・ファン・ゴッホは生前はあまり評価されませんでした。

画家として売れる見込みがたたずに次第に精神をやんでいき、とうとう自分の耳を切り落とすという行為におよび、その後自殺します。死後に評価が高まって作品が高値で売れるようになるのですが、狂人としてのゴッホもある種人々に魅力を与えている側面もあります。

 

1. ゴッホが切り落とした耳の逸話

ゴッホが自分の耳を切り落とし娼婦に渡したという逸話は、彼の自殺直前の異常な精神を象徴するものとして有名です。

1888年ゴッホは画家仲間のポール・ゴーギャンを説得してアルルに住まわせ、二人で芸術グループを結成することを思い描いていました。

ところがゴーギャンは、数ヶ月をゴッホと共に住むうちに彼の不安定な言動に嫌気がさし、グループの結成の約束を反故にして12月にアルルを退去すると言いつけました。

ゴッホとゴーギャンは口論になり、落胆したゴッホは剃刀を持ってゴーギャンに詰め寄るも拒否されたため、売春宿に逃げ込んだ挙句、絶望して自分の耳の一部を切り落としたとされます。この時、耳を全部切り落としたのか、一部のみなのか、その正確な量については議論があります。ゴッホは切り取った耳を新聞紙で包み、レイチェルという名の娼婦に「この物を大切に保管するように」と言って贈り帰宅しました。

1年半後、彼は自殺しました。

これだけ見ると確かに狂っていたようにも思えます。画家としての人生に全賭けしてきたのに、考えうるすべての望みが絶たれ、もう為す術がない、全部が終わったと考えて絶望してしまった。

第三者から見るといくらでも他に生き方なんてあるじゃないかと思ってしまいますが、当事者にしか分からない悩みや事情というのもあったのかもしれません。

 

2. 「切り落とされたゴッホの耳はこちらです」

このゴッホの耳切り落とし事件は、彼の死後、皮肉なことにある意味ゴッホの作品と同じくらい有名になってしまいました。

人々の「ゴッホの耳」事件への興味関心からあるとんでもないいたずらが起こったとされます。

1935年11月、ニューヨーク近代美術館でゴッホの作品展が開催されました。

ゴッホの絵画がまとまった形でアメリカで展示されるのはこれが初めてのことで、広くメディアに取り上げられ、記録的な入場者を集めました。連日、何千人もの人々が美術館に押し寄せたのです。

イラストレーターのヒュー・トロイという人物は、この展覧会を見たいと思っていたのですが、あまりの大混雑に苛つきを感じていました。

自分のような本当に美術に関心のある人間が優先的に見るべきなのに、美術のことなんて何も分からない大衆がたくさん来てしまうせいで見ることができないのはおかしいではないか。

ヒュー・トロイは人々の大半が、本当に彼の芸術作品を見る目的ではなく、ゴッホの私生活に関するゴシップや、切り落とした耳に関心を持っているはずだと考えていました。

そこで彼は、牛肉の干物から偽の耳を作り、ベルベット生地で覆われた箱に入れて美術館に忍び込ませ、ゴッホの展示室にあるテーブルの上に置き、箱の横にある看板にこう書きました。

「これはフィンセント・ファン・ゴッホが1888年12月24日に切り落とし、愛人のフランス人娼婦に送った耳です」

彼の予想通り、耳の周りには大勢の人が寄ってきて十重二十重に取り囲みました。それを確認したヒュー・トロイは、美術館をゆっくりと巡りゴッホの作品を鑑賞することができた、というわけです。

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3. ヒュー・トロイは本当にいたずらをやったのか

このいたずら話は、1953年にハリー・アレン・スミスの著書『The Compleat Practical Joker』の中で、トロイがやった他の多くのいたずらと共に紹介され、知られるようになりました。おそらくスミスはこの話をトロイ自身から聞いたと考えられています。

実際のところ、1935年のゴッホ展の報道では、「偽の耳が展示された」といったニュースは一切見つかっていません。

ジャーナリストのニール・スタインバーグは、ヒュー・トロイが語ったいたずらのほとんどは「フェイク」であると述べています。

彼は「ヒュー・トロイ症候群」なる言葉を作り、「伝説的な悪ふざけをした人の話は、よく調べるとほとんど何もない傾向がある」ことを意味するようになりました。

ただし何も証拠がないだけで、実際に展示された可能性はゼロではないです。ただ誰も有無を証明できないだけであります。

 

4. ゴッホは本当に耳を切り落としたのか?

本当にあったのか?という話で言うと、実際のところゴッホが自分の耳を切り落としたのか?と疑問を呈している人もいます。

2009年、ドイツの美術史家ハンス・カウフマンとリタ・ウィルデガンスは、『ゴッホの耳:ポール・ゴーギャンと沈黙の盟約』という本で、「ゴーギャンがフェンシングの剣でゴッホの耳を切り落とした」と主張しました

この説によると、ゴーギャンとゴッホは口論になり、ゴッホはゴーギャンにワイングラスを投げつけ、ゴーギャンは身を守るためにフェンシングの剣を手に取り、ゴッホの耳を切り落とした、というのです。

その理由として、ゴーギャンは剣士でコレクションを保管していたという点。ゴッホは「自分で耳を切った」と一切証言しておらず、どうやって耳を失ったのか、実際のところ明言していないという点が挙げられます。2人は、ゴッホが沈黙を守ったのは、ゴーギャンの友情を失いたくなかったからだと主張します。

ただこの説はあまり支持を得られておらず、なんの証拠もないただの憶測です。

これもトロイの事件と同じく、ただ誰も有無を証明できないというものです。

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まとめ

これが本当の事件かどうかは分からず、ヒュー・トロイがでまかせで言った可能性は大いにあります。

ただ人々がゴッホの切り落とされた耳に高い関心を持っているというのは事実で、確かに現在ドイツの美術館に「ゴッホの弟のひ孫」から採取したDNAから作った「切り落とされた耳のレプリカ」を3Dプリンタで印刷したものが展示されているそうです。

これがアートなのかどうかもはやよくわかりませんが、彼の人生と発狂それ自体がアート作品となって彼の作品や名声と紐づけられて語られているということは確かなことです。ゴッホがもし現代に蘇ったらどう思うでしょうか。

 

参考サイト

"Van Gogh’s Ear Exhibited" The Museum of Hoax