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1840年フォルツァスのいたずら事件

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「この世に二冊とないレア本」をめぐる事件の顛末

「フォルツァスのいたずら(The Fortsas Hoax)」は、1840年にベルギーで起こったいたずら事件。

亡くなったフォルツァス伯爵が残したという超レア本がオークションにかけられることになり、鼻息の荒い収集家たちが現地にかけつけるも…。

その後の顛末も含めて「物の価値って何だろう」と考えさせられる事件です。

 

1. フォルツァス伯爵の古書コレクション

ベルギーの古書コレクター、フォルツァス伯爵ジャン・ネポムセン・オーギュスト・ピカールは変わった男で、せっせと集めた古書のコレクションがこの世界のどこか一冊でも存在することが分かったら、すぐにその本を処分してしまったそうです。

フォルツァス伯爵は「この世のどこにも存在しない、唯一無二の本」を集めることに情熱を燃やす変人でした。

彼は生涯をかけてコレクションを続けますが、1839年9月1日に彼が亡くなった時に手元にあったのは、わずか52冊のみ。それでも、その全てが他のどこにも存在しない本なので、価値としては大変なものです。

フォルツァス伯爵が亡くなった後、相続人はこの52冊のレア本を競売にかけることを発表。競売にかけられる本が紹介された14ページのカタログがヨーロッパ中の書籍コレクターや図書館、博物館、出版社に撒かれました。

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このカタログを受け取った人々は目を疑いました。

カタログに並んでいたのは、例えば、キャストマンという人物による1830年のベルギー革命に関する著作の原本、エルゼビル出版によって刷られたローマ法大全、フランスの司教ピア・ダニエル・ヒュエットの秘書で神父のフェリックス・グルバールによる未発表の著作、などなど。

現代の我々にはその価値はまったくピンときませんが、これらは複製であっても相当な価値があったもの。ましてや原本となるとその価格は天文学的!

興奮したコレクターたちはただちに本を競り落とすための資金の獲得に奔走します。ベルギー政府もこの貴重なコレクションが国外に流出する恐れがあるとして資金を準備して代表団を派遣。様々な思惑が交錯しつつ、オークションが行われる1840年8月10日に向けて準備を進めました。

 

2. ベルギーの片田舎に集まる欧州のコレクターたち

 オークションが行われるのは、ベルギーの片田舎の村バンシュの公証人の事務所。

事前に前乗りした書籍コレクターたちは、レア本を自分のものにしてやろうと鼻息が荒い。彼らは自分がこのオークションに特別に招待された、認められた存在であると思っていて、このようなオークションがあることや、ベルギーの田舎くんだりまでなぜわざわざ足を運ぶかは決して他言しませんでした。

 コレクターたちはお互いバンシュで鉢合わせしますが、「おや、奇遇ですな」みたいな感じでお互いオークションについて口にはしなかったようです。

さて、コレクターたちは指定された住所の公証人の事務所に向かおうとしますが、「rue de l'Église」などという通りはどこにもない。

バンシュの村は指定された住所を求めてさまよう人々がたくさん。村人はなぜ急にこんなに大量に人がやってきたか理解できず、村にわずかしかないホテルの部屋数が足りずにてんやわんや。皆口を揃えて存在しない住所の公証人の事務所のことを言うものだから、政府の何らかの陰謀かと疑ったようです。

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3. 実はいたずらでした!

オークション当日。

なんと、地元の新聞に「バンシュの町が公立図書館のためにフォルツァス伯爵のコレクション全体を購入することが決定した」というニュースが掲載されました。

青天の霹靂で驚くオークション参加者。何人かは落胆して帰宅してしまいましたが、多くの人はせめてこの目でコレクションを見よう、とバンシュの公立図書館に行こうとしました。しかしこれまた、どこを探してもバンシュに公立図書館などない。コレクターたちは狐につままれたような気分で、帰宅せざるを得ませんでした。

 

後に分かったことですが、このオークションは入念に計画された「いたずら」。

バンシュに図書館などないし、指定された通りも公証人の事務所もない。

カタログにあったレア本も存在しないし、フォルツァス伯爵などという人物も存在しなかったのです。

 

このいたずらを仕組んだのは、地元の古物商レニエ・ユベール・ギスラン・シャロン。

彼がこんないたずらをやった理由は、ただ「やってみたかった」から。

ただし準備の仕方が尋常じゃありません。情報収集に何年も費やし、ターゲットであるコレクターがどのような人たちでどんな本が欲しいかを調査。パンフレットが確実に大きな反響をもたらすものになるまでとことん調べつくました。

当日は古物商である彼自身も他のオークション参加者にまじってバンシュの町をウロウロしました。「おかしいですなあ」「あなたお分かりですか」など言い合っていたのかもしれません。シャロンは他のコレクターと交流をして「個人的に長い付き合いができる友人を得た」などと言っています。めちゃくちゃ楽しかったようです。

 

4. その後

この話には後日談があります。

このいたずらがあまりに見事で、半ば伝説的な存在となったため、ターゲットにばらまかれたカタログの原本が高値で取引されるようになってしまったのです。

数十年以内にカタログの価格は4倍に高騰。原版を保有する印刷業者のM. オヨアは、再印刷をしてひと儲けしようと企みました。1855年、オヨアは再印刷をして販売するための目論見書を作成しますが、シャロンはこれに抵抗し、法的手段をとってまでこれを阻止しようと試みます。さらには、再印刷版を誰も買わないよう、ベルギー読書協会に働きかけるなど、徹底的にこのいたずらが金儲けのために使われないように働きかけたのでした。にも関わらず、需要は高く再印刷版は何度か販売され高値で取引されることになってしまったようです。

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まとめ

当時は何万部と印刷ができないし流通も限られていた時代。本の価値が今よりずっと高かった。そのため、数が少ない本の希少価値が上がって価格が高騰するというのは理解できます。

シャロン氏はそこの可笑しさを炙り出してやりたかったのかもしれませんが、あまりにいたずらが完璧すぎて、このいたずら自体に価値が生まれ、カタログにプレミア価格がついてしまったというのは何という皮肉でしょうか。

彼が後に再販を何としてでも阻止しようとしたのは、「そういうことじゃない」ということを表明したかったに違いありません。

 

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参考サイト

"The Fortsas Bibliohoax" Museum of Hoax