歴ログ -世界史専門ブログ-

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2023年読んで良かった「ベストブック」10冊

今年読んだ本のトップ10を選びます

2023年度ももうすぐ終わりですということで、毎年やっていますが、今年度に私が読んだ本の中で面白かった10冊というのを選んでみます。

今年読んだ本なので、2023年以前に発売された本も含まれています。あらかじめご了承くださいませ。

また面白かった私のYouTubeチャンネルで紹介している書籍も多く、よろしければそちらも合わせてご覧いただけるとうれしいです。

 

1. 『越境の中国史』 菊池秀明 講談社選書メチエ

こちらは2022年12月初版の本です。

黄河流域、長江下流を中心に語られがちな中国の歴史ですが、特に近代以降、例えば太平天国の乱やアヘン戦争のように、華南の動向から歴史が動くことがありました。本書は特に近現代の華南の歴史から現代中国を読み解く本です。

歴史的に北部中国は政治・軍事の中心で、南部中国は経済・文化の中心でした。一方で特に福建省や広東省、雲南省、広西チワン族自治区は、他の地域での競争に敗れた人がチャンスを求めて流れ着く場所でもありました

中国は広大な土地があるものの耕作地域は限られており、それは今も昔も変わらず超がつく競争社会です。競争に敗れた連中は他の地域に移住して、勤勉に働いて資産をつくり、場合によっては少数民族の資産や土地をかなり汚い方法で奪って、官職を買ったり有力家と婚姻したりして、社会的な上昇を成し遂げようとします。そして成功した暁には、一族が未来永劫繁栄するように、ガチガチの支配体制を作り上げるわけです。

またも競争に敗れた人々は、絶望して既存体制の破壊を目指して反乱軍に参加する場合があり、近代では南部中国で農民反乱が相次ぎました。その代表格が太平天国の乱です。また、中国本土に見切りをつけ、東南アジアをはじめとした近隣諸国や、場合によってはアメリカやヨーロッパなどに「越境」をしていきます。

今の中国の「生きづらさ」「幸福の感じられなさ」、そして「中国系が他国でやらかす問題」がこの過競争の文化にあることがよくわかる本です。

こちらは動画でも紹介しております。

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2.『アステイオン第 98号』 CCCメディアハウス

雑誌なんですが、アステイオンの98号、特集「中華の拡散、中華の深下―『中国の夢の歴史的展望』」ということで、京都府立大の岡本隆司さんが編集をされている号です。これは税込1100円ということで、雑誌にしてはやや高めなんですが、かなりお買い得な本となっています。最近中公や岩波で話題の新書を出された先生方が多数寄稿されているんですよ。

中公新書『韓国併合』を書かれた森万佑子さん、中公新書『新疆ウイグル自治区』を書かれた熊倉潤さん、ちくま新書『台湾とは何か』を書かれた野嶋剛さん、『中国返還後の香港』でサントリー学芸賞をとられた倉田徹さん、岩波講座世界歴史にも寄稿されている小林亮介さんなどなど。

構成としては、岡本さんが冒頭にいろんな意味での「中華」を周辺地域に拡散しようとする歴史的な試みがあるという説明をした上で、実際にそれを受けてきた周辺地域、朝鮮半島、日本、香港、台湾、ベトナム、チベット、モンゴル、の分析と考察がなされます。数冊分の本をまとめてこの一冊で読めるということで、すごくおすすめ。保存版です。

 

3.『日本共産党』中北浩爾 中公新書

これは2022年5月初版の本で、日本共産党の100年の歴史を紐解くというものです。

日本共産党は、戦前にソ連の衛星政党として結成され、非合法化され公安からもマークされてことあるごとに弾圧をうけてきました。

戦後は社会主義革命を目指し、ソ連の指示で武力革命を実行に移しました。しかし失敗に終わった後、宮本顕治が書記長になり、武装路線から平和路線・協調路線へと鞍替えします。

この「宮本路線」のはかなり凄く、共産革命を目指すとしながらも平和路線をとることができ、党員を日本全国津々浦々に設けて巨大な組織を維持する、成熟した制度が作り上げられました。ソ連が崩壊して30年以上たつのにいまだに共産党という看板を背負っていられるのも宮本顕治の功績が大きいことがよくわかります

著者が指摘するのは、党員の高齢化、募金やしんぶん赤旗の収入に頼った組織運営の限界、また共産党の看板を背負うことへの限界があり、宮本路線を大きく変えて党の方向性を改めていかないと、今後共産党の衰退は免れないと言います。

で、この本が出版された後、日本共産党の志位委員長が名指しはしないまでもこの本を「学術の体裁をとった攻撃」と言って批判していて、これに対して中北さんが週刊東洋経済で「こんな膨大な資料を元にした本のどこが攻撃なんだ」と反論していました。

本著の最後にも書いてあったんですが、中北さんがかつて出した自民党に関する著作は、自民党に対するかなり批判的な内容を含んでいたものの、自民党内で好意的に読まれて勉強会が開かれるほどだったらしく、中北さんは共産党も同じように学んでくれることを望む、と言ってたんですが蓋開けてみたらダメでしたという。

別に日本共産党を攻撃したいわけじゃなく、期待しているからこその苦言なのですが、そこが受け止められないのはやっぱり、組織的な欠陥があると言わざるを得ないと私も思います。

以前の動画でもご紹介していますので興味ありましたらぜひご覧ください。

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4.『アイヌ民族と日本人』 菊池勇夫 吉川弘文館

ゴールデンウィークに北海道に旅行に行きまして、札幌のジュンク堂さんに行った時に北海道歴史コーナーがあって、そこで買ったのがこちらの本です。

日本各地の本屋さんに行くと、その土地の歴史を扱うコーナーが必ずあって、店員さんがセレクトする郷土史のいい本が絶対置いてあります。東京や大阪では置いてないような地元の出版社の貴重な本も置いてあったりするので、国内旅行の際は、書店に行ってみるのは本当におすすめです。

こちらの本は端的にいうと、アイヌと総称される前の、北海道を中心に東北、樺太、千島列島に居住した人々の周辺国との関係を通じた歴史と、近現代以降は日本人のアイヌ民族に対する抑圧の歴史を描いた本です。

特に江戸時代以降は、松前藩を介した江戸幕府の支配が強化され、アイヌ部族を使った秋鮭をはじめとした資源の収奪がはじまり、日本経済の一部に北海道が組み込まれていく様子が生々しく描かれています。

日本人は、日本の食文化が世界に比類ないものであるということと、開国以来急速に西洋文明をキャッチアップできた理由は江戸時代から学問の蓄積があったからだ、という点を誇りますが、それを下支えしたのが北海道であり、アイヌが日本の発展の犠牲になったというのがこれを読んだら本当によくわかります。

読んでいると辛くなるのですが、ちゃんと日本人が直視しなくてはいけない事実だと思います。

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5. 『反知性主義』 森本あんり 新潮選書

こちらの本は2014年の本なのでやや古い本はあるのですが、これは今年一番面白かった本です。名著です。今からでも遅くないのでみなさんぜひ読んでいただきたい本です。

反知性主義という言葉は日本では、権威や知識人を嘲笑したり、冷笑したり、陰謀論や極論にハマるようなことを指す場合が多いですが、反知性主義という言葉が生まれたアメリカでは少し意味合いが異なります。

もともとゴリゴリにプロテスタントの権威が強かったアメリカでは、18世紀からリバイバル運動と呼ばれる人々の間で宗教熱が異様に高まる、現代風にいうと「バズる」タイミングが定期的に訪れます。そこで民衆が理解できる平易な言葉とパフォーマンスで人気を得る説教師が現れてきます。現代風にいうと「インフルエンサー」とか「YouTuber」的な人です。

現代だったらそういう人たちの言説は、お金儲けのために極論や陰謀論に走って社会の教養の基礎を揺るがす悪影響を与えがちですが、本来の意味の反知性主義はむしろ社会をよくする場合があるという点が異なります。

反知性主義はアメリカの伝統的な理念である「平等」を強く志向している点が違います。反知性主義は、富や権力や既得権益と結びついてしまう「知性主義」に反対し、アメリカが本来達成すべき「平等」というものを強く求めます。だから富の寡占や、ジェンダー不平等、人種差別など、「アンフェア」に対して強く抗議します。

もともとアメリカ建国の理念にビルトインされている観念で、それは強くアメリカ独自のキリスト教に根付いているというわけです。

現代アメリカを理解するという意味でも、必読の本となっています。

こちらも動画に加えてブログ記事もあります。

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6.『イラク水滸伝』 高野秀行 文藝春秋

「アヘン王国潜入記」「謎の独立国家ソマリランド」などの著作で有名なノンフィクション作家の高野秀行さんの最新作です。

この本はイラク南部の大湿地帯が舞台です。イラク南部の湿地帯は、昔から戦争に負けた者や迫害された者、宗教マイノリティ、犯罪者などが逃げ込む場所、アジールとして機能してきた。それは大湿地帯が馬や戦車の侵入を拒み、曲がりくねった水路と人の背丈以上もある葦や葦の中に隠れられると容易に発見できない。これはまさに水滸伝に出てくる梁山泊そのものではないかという閃きから話が始まります。

で、実際に南イラクの湿地帯に赴いて、湿地帯に住み水牛を飼うマアダンと呼ばれる人々の正体を探るべくインタビューを重ねつつ、舟大工を雇って伝統的な舟を作るとか、伝統料理の作り方を調査するとか、浮き草で家を作ってみるとか、謎の刺繍布であるマーシュアラブ布を探るとか、さまざまな疑問に体当たりで調査をしにいきます。コロナ禍を挟んで最後は、作った伝統的な船に乗って湿地帯を進む体験をしてみる。いろいろ行ったり来たりしながら、最後に少し謎は残しつつも、イラク南部の人々の文化や様式を紐解いていきます。

高野本のファンの人であれば、高野さんの成長というのを感じることができる本です。

コロナ禍や語学の問題など様々な理由でたぶんかなり取材は不十分だったんだろうというのが、読んでたらはっきり分かります。

それを、文章力や交渉力やひらめきで、企画として形にして本にしたというのが分かる作品になっています。高野本の初心者の方にはあまりお勧めしないです。

最低でも3冊か4冊、高野さんの本を読むと、なるほどこれはまとまってるな、というのが分かると思います。

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7.『エルサレムの歴史と文化』 浅野和生 中公新書

イスラエルとハマスの紛争が2023年の大きな国際問題だったわけですが、本著はそれよりも前に出たエルサレムという宗教都市の歴史と文化をめぐるテーマの本になってます。

今はちょっと憚れるかもしれないんですが、エルサレムを観光で訪れるときはこの本をぜひ片手に持っていったらいいと思う本で、本来の観光ガイドってこうあるべきだよなと思うエルサレムの歴史ガイドマップです。

例えば聖墳墓教会やゴルゴダの丘や嘆きの壁といったエルサレムの有名なスポット、そうでないスポットにおける神話・伝説とそれに紐づいた歴史や文化芸術宗教の発展を見ていきます。

私は学生時代にエルサレムに行ったことあるんですが、もう一度この本を携えて行ってみたいなと思えるそんな本でした。

 

8.『物語オーストラリアの歴史』 竹田いさみ,長野隆之 中公新書

オーストラリアの歴史ってあんまり面白くなさそうな印象受けるかもしれないんですが、本書はかなり現代的というか、現代の国際社会におけるミドルパワーとしてのオーストラリアがどのような文脈で生じてきているかに注目しながら歴史を振り返る点が面白かったです

オーストラリアは、現代は日米豪印の軍事連携であるクアッド(QUAD)や、豪英米の軍事連携であるオーカス(AUKUS)など、アジア太平洋地域において特に中国の海洋進出や台湾海峡危機に対応するための重要な一角として機能し始めています。

一方で欧米とは一線を画した、いわゆる「グローバルサウス」の有力国としての顔も持ち合わせており、まごうことなきこれからの国際社会のキーカントリーの一つとなっています。

先住民の時代から、イギリスの流刑囚を受け入れてイギリスと一体化した時代、白豪主義という名の白人優越時代を経て、多文化主義に舵を切り、まだ様々な遺恨を残しつつも、欧米とも発展途上国とも違う、そしてその橋渡しになる存在として存在感を高めようとする現在を繋ぐ、そんな本です。大変面白い本でした。

 

9. 『オットー大帝』 三佐川亮宏 中公新書

なんでまたこのタイミングでオットー大帝なんだという気もしなくはないですが、EUの危機という関心があるのかもしれません。

古代ゲルマンの慣習を残す東フランク王国の国王から、武力で領土を拡大し、イタリア半島に侵攻してローマ教皇の支持を得て神聖ローマ帝国を成立させ、現代のドイツ、オーストリア、スイス、ベネルクスなどのドイツ語圏の生成に大きな影響をもたらしている。

そもそもEUという形を作るためにどれだけ野蛮な事柄があったというのがかなり生々しく描かれています。オットー大帝自身も、後世だと英雄しされがちですが、東フランク王国の王位に就いた直後はかなり乱暴で空気を読めない行動をしていて、そのために反乱や反発をかなり受けています。

ただ国王、次に皇帝として成長するにつれて、キーパーソンを説得したり仲間に引き入れたりする政治力が身についていき、大帝国を統治するに見合うだけの個人としての力と、権威としての力、つまり政治力や経済力、宗教的な求心力などを手に入れていくわけです

これを読んでいくと、オットー大帝自身はあんまりこうなることを望んでいなかったんじゃないかって気がしてきます。時代の要請によって引きずり出されてしまって、やりたくないのにヨーロッパを統治する皇帝とやらに収まってしまい、みんなが望むからその統治システムを整備して自分自身の政治力を整えていって、みたいな。

たぶん当時の人に言わせると神の求めに従ってそうせざるを得ないように追い込まれていった男なのではないかと。ある意味可哀想な人なのではと、この本を読んでそう思いました。

 

10. 『宗教の起源』 ロビン・ダンバー 白揚社

タイトル通り、宗教はなぜ生まれ、人類はなぜ宗教を必要としたかを解説している本です。

2023年12月現在めちゃくちゃ売れてる話題の本です。YouTubeでもブログでも紹介させていただきました。

筆者のロビン・ダンバーさんは、ダンバー数で有名な人です。ダンバー数とは、「共同体が規律と安定を保つことができる人数の最大数」のことで、ダンバー氏はそれを150であるとしています。

150は一人の個人が親しい関係を維持できる最大数に近く、それ以上になると顔は知ってるけど名前は知らないとかになっていきます。そして150人以上の集団を収容する集合体、ひいては国家に発展していくために、宗教というものが必要になってくるというわけです。

宗教の原始的な部分には、踊りや歌で皆で同じ行為を繰り返してトランス状態になったり、ドラッグ、アルコールで陶酔感を得たりして、何か人智を超えた感覚を得るという神秘主義的な感覚がありました。

そして脳のエンドルフィン系はこのような陶酔感を得ることで、集団としての従属感や仲間意識を高め、集団での生活によるストレスを発散する効果が生まれました。

そして人間集団がどんどん増え、集団が組織化していくにつれて、宗教集団も高度化していき、神話や教義、組織が高度に発展していくことになるわけです。

以前の動画でもご紹介していますので興味ありましたらぜひご覧ください。

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まとめ

主な活動をYouTubeにうつしてしまったこともあり、ブログの更新は頻度が低くなっているのが個人的にも残念です。

ただどっちかというと文字を書くほうが好きですし、ホームはここだと思っているので、動画化できないマニアックすぎるテーマはブログの方でやっていこうと思っています。逆に少し議論を呼ぶようなテーマはYouTubeでやるなど棲み分けをしていくつもりです。 

2024年もどうぞよろしくお願いします。