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『宗教の起源』書評 - 宗教はすごく「気持ちいい」

なぜ宗教ははじまり、なぜ人間に必要とされたのか

宗教の起源――私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』ロビン・ダンバー著(白揚社)を読みました。

タイトル通り、なぜ宗教は発生し、なぜ人間は宗教を必要とし、宗教の本質とは何なのかを明らかにしていく本です。

かなり面白かったので、今回ブログでも紹介したいと思います。

 

1. 人類学や心理学、脳科学から宗教を分析する

本書の筆者はロビン・ダンバー氏はイギリスの進化心理学者、人類学者で、もともと霊長類行動の研究者だった方です。

猿やチンパンジーの研究をする延長線上で、同じ霊長類ということで人間の進化の研究に携わるようになりました。

その中で筆者は宗教がどう人間社会や人間自身の発達に関わってきたのか、そしてなぜ人間には宗教が必要だったのか、という点に関心を持ちました。

本書はこれまでの彼の数々の研究や著作をもとにまとめられた本です。

そのため宗教へのアプローチが人類学、動物学、心理学、脳科学などで、歴史や宗教などの人文学的な発想とはまったく異なります。研究対象は世にあるすべての宗教ですが、宗教の教義などは完全にスコープ外です。簡単に特定の宗教の概略や成り立ちが触れられてることはありますが、メインである科学的アプローチを補足するためのものでしかないです。

宗教は人間が社会を形成し集団で生きていくには重要であったわけですが、大小の共同体でも目的は同じで、「内部の構成員を結束させること」でした。

宗教の起源は、共同体の内部ストレスや分裂の機運を解消させ、平和で安定した状態を維持させようとする意思にあります。

失敗すると共同体の分裂や弱体化が起き、敵に攻め滅ぼされて全員殺されるか奴隷化される。その生きるか死ぬかの中で、宗教が果たす役割は非常に大きいと言うわけです。

 

2. 1章〜10章の概要

この本は1章から10章まであります。

1章では議論の前提となるための、宗教の発展を整理して宗教研究にどういう手法が用いられてきたかを見ます。

第2章〜第3章では、人は原始の時代から言葉では説明できない霊的世界、スピリチュアルな体験に魅了されてきたこと、宗教や宗教儀礼が、支配の道具としての役割だけではなく、支配される側の民衆が進んで受け入れてきて様々な効用があったということが語られます。

次の第4章。人間がストレスなく維持できる共同体の大きさには物理的な限界がある、という話です。

第5章は脳科学や心理学のアプローチで、人間の脳はいかに社会的な結びつきを認知し、宗教教義の前提となる概念を脳はどう処理しているか、そして知覚情報が脳で快感や高揚感を生むこと、などが説明されます。

第6章〜7章で宗教儀礼がエンドルフィンと呼ばれる神経伝達物質に作用し、個人の社会への帰属意識と共同体の結束を生むこと、原始の時代から踊りや歌、アルコール、ドラッグを用いて人はトランス状態になって快感や高揚感を得て、後に宗教に発展する何か不思議なものを感じ取っていたことが語られます。

第8章では、農耕の始まりとそれに伴う敵集団からの攻撃によって、生き残ために社会は急激に人口が増えていったためストレス社会となっていったと。そして内部の結束のために歌や踊りや宴会が重要になり、言語が生まれると宗教が紐帯のために必要になっていったと。そしてより大規模な社会の構築にはより緻密で組織化された宗教の発展が必要であり、それは社会や制度の構造化に伴って、共に発展していったものであることが説明されます。

第9章では、なぜカルトやセクトが生じてくるのか。有力な宗教があっても、カリスマ的な指導者が現れて有力宗教の亜種が生じてきて、小さな共同体が生じてくるその原因を人間行動や神経学から分析します。

第10章は最後にこれまでの考察のまとめを述べた上で、考察を踏まえた上でのいくつかの疑問に筆者が答えていくQ&A的なコーナーがあります。

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3. 集団が規律と安定を保つことができる最大数

著者のロビン・ダンバー氏は「ダンバー数」で有名な方です。

ダンバー数とは、共同体が規律と安定を保つことができる人数の最大数のことで、ダンバー氏はそれを150であるとしています

この数字は、例えば軍隊の部隊、中世イングランドの土地台帳、ツイッターのフォロー数など、個人の社会ネットワークの大きさを20サンプル以上調査した結果算出された数字で、様々なサンプルは数値が驚くほど似ていることが明らかになっています。

狩猟採集時代の人間の共同体も、おおよそ150前後で構成されていることがわかっているそうです。

150は一人の個人が親しい関係を維持できる最大数に近く、それ以上になると顔は知ってるけど名前は知らないとかになっていきます。

この150も流動的で、昔は仲良かったけど今は疎遠になっているとか、日々接点を持たずにいると150人の中から外れていってしまい、前は知らなかったけど最近知り合って急激に仲良くなった人もいるなど、常に入れ替わりがあるわけです。

またこの150人の中にも、特に仲がよい5人とか、そこそこ良いといえる20人とか、結束の強さにもグラデーションがあります。

P129に「友情の7つの柱」と名付けられている基準が書かれています。

  • 言語
  • 出身地
  • 学歴
  • 趣味と興味
  • 世界観(宗教や道徳など)
  • 音楽の好み
  • ユーモアのセンス

になるそうです。そしてこの基準が共通のものが多ければ多いだけ、関係は強くなり、その人に対する利他的な行動をしてやろうという気持ちが強くなる。150人のうち、あんまり親しくない人はこの基準が1〜2個しかない。例えば同じ言葉・同じ出身地くらいしかなくて、他は全然噛み合わんみたいなこともあるわけです。

 

4. "150"を超える宗教集団には制度が必要

ダンバー数に当てはめると、宗教集団の最適サイズも150人前後ということになります。

150人くらいが全員顔見知りで、教義も分裂せず、個人でも対応可能な範囲である

しかし150人を超えてしまうと、内部の統制や細かい個人のケアが行き届かなくなって、教えに歯向かう奴が現れて内部分裂を起こしてしまう可能性がある。

そのため、例えば経営層と中間管理職みたいに集団を管理する組織を作るとか、新たに入ってきた人に古参メンバーと同レベルになってもらうために経典をまとめて教育したりとか、いろいろ制度を作って管理していく必要に迫られるわけです。そうして宗教集団は150人以上を収容できるようになっていきます。

 

宗教に欠かせないのが礼拝や儀式です。

例えば皆で集まって聖歌を歌ったり、同じ方角を見て礼拝をしたり、五体投地をしたり、踊りを踊ったり、酒を飲み交わしたり、同じ行為を集団でやることで脳のエンドルフィン系が活性化し、集団の帰属意識や仲間意識が増します。150人以上の集団生活によってたまるストレスは、そういった儀式によって解消されてきました。


原始の時代は言語も未発達なので、歌や踊りがもっと重要だったはずで、踊り続けてトランス状態になることが重要でした。

それで神や精霊といった、なにか人智を超えたものを体で感じることもあったと思われます。

新石器時代以降に農耕がはじまり、農耕には巨大な人口が必要になるので人口が増加し、食えなくなった共同体は近隣の共同体を襲って食料を奪って生きながらえようとしました。

人々は高台や丘の上に逃げて、防御施設の中に引きこもり、不便さと引き換えにサバイブを最優先としました。狭い土地の中でギュウギュウと人が住むわけなので、ものすごいストレスがかかるわけです。

そこで人々のストレスを解消させる宗教儀式が発達していくと同時に、階層組織や政治制度が発展し宗教もますます高度化していくわけです。

 


最後の第10章で、著者がこの本の最大の主張としているのがこれです。

「宗教の進化を支えているのは神秘思考である」

P279の文をすこし引用します。

神秘思考は、現生人類のみが持つと思われる高次元のメンタライジング能力と、別次元の意識の中で強烈な没入感をともなうトランス状態をともなうエンドルフィンの働きによって生まれる。

人智を超えた世界に関わるこの能力は、二つの点で重要だった。ひとつは、社会的結束の神経生物学的な基盤をもたらして、参加意識を生み出せること。これは抽象的・観念的な信念にはできないことである。(略)

もうひとつは、結束を強める行為のなかでも、宗教は規模が格段に大きいと言うこと。笑い、会話、踊り、宴はどれも規模が限られるし、小さい共同体でしか効果がない。(略)

宗教は友情の7つの柱一つにも数えられるほどだから、膨大な数の他人どうしの心をひとつにすることもできる。

150人以上を超えた共同体、例えば国家を形成して人々をまとめあげるには、宗教が必須だったというわけです。そしてこの文章の次に次に重要な主張を筆者は言及します。これも引用します。P280。

この本で二番目に重要な主張は、宗教は段階を追って進化する中で、ある形から別の形へと完全に入れ替わるわけではなく、古い核の周りに新しい層が加わっていくということだ。

最初期の宗教形態もいまだ教義宗教の中に根を張っていて、けっして消えることはない。個人の進行や参加意識の感情的基盤、共同体意識の心理的基盤は、教義宗教になっても遠い昔のシャーマニズム宗教のころとまったく変わっていないのだ。

イスラム教やキリスト教のような非常に高度な宗教学をもち、1000年以上頭のいい人たちが磨き続けてきた論理を有する宗教であっても、本当のホントのコアの部分、例えばモスクに集まって皆で礼拝して一体感を得るとか、ゴスペルを歌って高揚感を得るとか、脳が快楽を得て同じ共同体の人々の意識を共有化するという、原始の時代と基本的には変わらないものだということです。

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まとめ

この本はそれ以外にも宗教分派はなぜ生まれるか、カルトはなぜ人々を魅了するか、といった学びの多い話がたくさん網羅されています。

それぞれの主張には、先行研究を含め膨大な事例や研究結果が裏付けとして言及されており、非常に説得力があるし、感覚的にもかなり理解できます。

とてもとてもおすすめです。