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エアコンの歴史

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空間の快適さを求めるエアコンの技術開発史

現在一般に言われるエアー・コンディショナー(エアコン)は、以下の機能を持つ機械のこと言います。

  • 温度管理
  • 湿度管理
  • 空気循環と換気の管理
  • 空気の浄化

 古代から空気を冷やすための仕組みは様々にありましたが、1902年にエアコンが発明されて以来、空間を快適にする空調技術は100年余りで急速に発展を遂げました。

 現在は深刻化する温暖化問題と、快適さを両立すべく技術の開発が進められています。

今回はエアコンの技術開発史をまとめていきます。

 

1. 涼を得るための先人の知恵

 古代から居住空間の温度を下げて快適に過ごすための様々な工夫がありました。

例えば古代エジプトでは、窓に水をかけて湿らせた葦を吊るし、水が蒸発する蒸発熱を利用して窓から吹き込む空気を冷やしていました。水が蒸発する時には周囲の熱が消費されるので気温が下がります。この手法は乾燥した砂漠の気候では非常に有効でした。ペルシア文化圏の国々では「バードギール」という名の風を取り込む塔を設置して建物全体を冷却する工夫がされました。

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Photo by Diego Delso

バードギールは単に風を取り込むだけでなく、地下にアーブ・アンバールと呼ばれる貯水施設と共に設置され、気圧の圧力勾配と蒸発熱で水の温度が下がり暑い日でも清潔で冷たい水が飲めるようになっていました。また、カナート(地下水道)を活用し、地上から地下に送りこんだ空気を水によって冷却し部屋に送り込む冷房機能を備えた家もありました。朝鮮半島のオンドルの逆バージョンですね。

中国では、後漢の時代に技術者の丁環(てい かん)によって空調用の回転式ファンが発明されました。これは直径3メートルもの7つの車輪を囚人が手動で動かし回転させるというものです。唐の時代には、玄宗皇帝は涼殿という館を作らせ、そこで涼をとっていたそうです。館の四方から水が流れ落ちて水のカーテンを作り、外の熱気を防いでいました。贅沢な作りですね。

日本でも冬に採取した氷を保管しておく氷室(ひむろ)という冷蔵施設が古代からあり、夏に氷が朝廷のために献上されました。源氏物語の「蜻蛉(かげろう)」には、女性たちが氷室から取り出した氷をかち割って紙に包んで肌にあてて涼んでいる様子が描かれています。

 

2. 空調技術の発展

エアコンが発明されたのは20世紀ですが、エアコン技術の基礎となる空調技術の発展は17世紀から始まっていました。

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潜水艇の発明で有名なオランダの発明家・錬金術師のコルネリウス・ドレベルは17世紀、イングランド王ジェームズ一世立会いの下で、氷に塩を入れることで「真夏の部屋を真冬に変える」実験を成功してみせたと言われています。ドレベルがどのような仕掛けを施したか詳しくは分かっていませんが、アメリカの作家トム・シャークマンは、雪に水、塩、硝酸カリウムを混ぜて氷の結晶を作り、部屋に撒いて冷やしたのではないかと推測しています。あまりの寒さにジェームズ一世は震えながら部屋から逃げ出したそうです。

 

1758年、発明家でアメリカ独立の功労者ベンジャミン・フランクリンと、ケンブリッジ大学教授で化学家のジョン・ハドレーは、蒸発熱を利用して物体を急速に冷却する実験を行いました。彼らはアルコールやジエチルエーテルなどの揮発性の高い液体の蒸発を利用して、水の凝固点を超えて物体の温度を下げることができる実験に成功。ベンジャミン・フランクリンはこの実験の結果「暑い夏の日に人を凍らせて死に至らしめることができるかもしれない」と結論づけています。

 

1842年、フロリダの医師ジョン・ゴリーは、フロリダ州アパラチコーラの病院の患者が快適に過ごせるようにと、小型の蒸気機関で氷を作って空気を冷やせるようにしました。彼は最終的には、この製氷機で建物全体の温度を下げようと試み、最終的には都市全体の温度を下げる壮大な空調システムを構想していました。

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ゴリーは1851年に製氷機の特許を取得し、量産化に乗り出しました。しかし、氷を南部に輸送して利益を得ていた北部の製氷業者は反対のキャンペーンを繰り広げ、人工的に冷却された空気は「神の意志に反する」という世間の懐疑的な声を背景にネガティブな世論を作り上げました。製氷機はまったく売れずゴリーは貧しさの中で1855年に亡くなりました。

1851年には、オーストラリアのシドニーで発明家のジェームズ・ハリソンによって作られた機械式製氷機が稼働し始めました。彼が1855年に特許を取ったエーテル蒸気圧縮式冷凍システムでは、圧縮機を使用して冷凍ガスを凝縮器に通過させ、そこで冷却して液化させ、液化ガスを冷凍コイルを循環させて再び気化し冷却しました。この機械は1日あたり3,000キロの氷を生産しました。

このように、17世紀から19世紀にかけて空気を冷やすための周辺技術は発達していきました。このような技術を背景にエアコンが発明されることになります。

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3. 「エアコン」の発明

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冒頭で述べた「エアコン」の基本を構築したのは、アメリカの技術者ウィリス・キャリアです。

キャリアは大学を卒業後、Buffalo Forge Companyという業務用のヒーターを製造する会社の技術者として働いていました。彼のクライアントにニューヨーク・ブルックリンにあるサケット・ウィルヘルムス・リソグラフ印刷会社という会社がありました。この会社は高品質のカラー印刷が評判でしたが、夏の猛暑で湿度が異常に上がり、カラー印刷が膨らんだりぼやけたりして業務が成り立たなくなり、キャリアに助けを求めました。

当時25歳の技術者であったキャリアは、印刷機周辺の湿度を下げるための原始的な冷却システムを作りました。冷却材で満たされたコイルに、工業用ファンで空気を送りこんで空気を冷やすことで、印刷機周辺の湿度をコントロールすることができるようになりました。これが1902年、現在のエアコンの誕生の瞬間であると言われています。

同じころの1906年、ノースカロライナ州シャーロットの技術者スチュアートW.クレーマーは経営する織物工場で逆に、空気に水分を追加する方法を模索していました。クレーマーは水分と換気を組み合わせて工場内の空気を調節する仕組みを発明し、特許を取りました。その中でクレーマーは「Air Conditioning(空調)」という言葉を造語しました。

さて、エアコンの父キャリアは、この仕組みが機械だけでなく、室温を制御して人を快適にできるかもしれない、と考えていました。企業からの引き合いも多かったため、キャリアは1915年にキヤリア・エンジニアリング社(Carrier Engineering Corporation)を設立して技術改良を続けました。

キヤリア社は1922年までにより安全で小さく、強力な遠心冷凍コンプレッサーを開発し、1933年にはベルト駆動の凝縮ユニットと送風機、機械制御装置、蒸気コイルを使用したエアコンを開発し、空冷システム市場のモデルとなりました。

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エアコンが世間に知られるようになったのは、1939年のニューヨーク万国博覧会。早くも1914年には第一号の個人宅のエアコン導入が実現していましたが新しもの好きの金持ちに限られており、当時一般的にはエアコンは全くの無名でした。

エアコンが設置された施設は初期の3Dシアター。大迫力の映像に管理された空調という、当時の最先端の体験に人々は驚き大きな関心を集めました

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Photo by The National Archives UK

1950年までに技術改良が進みエアコンのサイズはだんだん小さくなり、その後オフィスや家庭で爆発的に普及する下地が完成しました。

 

4. 地球温暖化を引き起こす冷媒

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Photo by Stephanie~commonswiki

 少し時間が遡り1920年代。ゼネラル・モーターズ・リサーチ・コーポレーションに勤務する化学者トマス・ミジリーは、親会社GMの命令により「安全な冷媒」の開発に挑んでいました。

初期の冷蔵庫やエアコンは冷媒(熱を温度の低い所から高い所へ移動させるために使用される流体)にジエチルエーテルやアンモニアなど引火性や毒性の強い危険なものを使用しており死亡事故につながる可能性があり、安全な冷媒の開発はこれらの家電の一般普及への大きな課題でした。

ミジリーは1928年に非可燃で人体に無毒なクロロフルオロカーボン(R-12)を開発しました。さっそくGMは特許を取得し、1930年からは化学メーカー、デュポンと共同でキネティック・ケミカル・カンパニー (Kinetic Chemical Company) を設立。R-12を「フレオン」という商標で生産を開始しました。

フレオンは日本では「フロンガス」の名前で知られています。フレオンは極めて扱いやすい素材であるため、開発当時は「夢の化学物質」としてもてはやされ、冷蔵庫やエアコンのみならず、スプレーの噴射機や薬の注入器などにも使われました。

しかしご存じの通り、フレオンは地球を覆うオゾン層を破壊し深刻な環境破壊を起こすことが1970年代に判明しました。この事実が発覚するまでフレオンは大気中に自由に排出され、急速なオゾン層の破壊と地球温暖化を促進していました。

1989年には大気中へのフレオン類の放出を減らすためにモントリオール議定書が制定され、初期のエアコンに使用されていたR-12などのオゾン層破壊をもたらすガスの使用が全廃されました。冷媒には「R(Refrigerantの頭文字)- 番号」という識別番号が付き、フレオンは分子構成の違いによりR-11、R-12、R-22、R-134Aなどいくつか種類があります。住宅の空調によく使われたものはR-22(クロロジフルオロメタン)で、これは2020年に製造が禁止されましたが、古いエアコンを稼働させるための補充用の製品が未だに販売されています。

現在の冷媒の主流は、水素・フッ素・炭素の化合物である代替フロンです。代替フロンの種類には、ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、ハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)などがあります。代表的な冷媒はHFC-410Aです。

これら代替フロンはオゾン層破壊係数(ODP)はありませんが、温室効果は二酸化炭素の140~11,700倍もあります。そのためHFCは2000年の京都議定書において対象となっており、将来的にはHCFCも将来的には全廃し、HFCも京都議定書の枠内で削減を図ることとされています。

さらにHFCの次世代の冷媒としては、アンモニアを利用したノンフロン冷媒や、水素吸着合金を利用したシステムなど開発と実用化が進んでいます。

 

5. 環境と快適性の両立に向けて

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Photo by Ildar Sagdejev

エアコンの普及

アメリカでエアコンが普及した要因の一つに、1959年にアメリカ気象局が作成した「不快指数」があると指摘されています。

不快指数は、外の気温が人にとって不快かどうかを数字で表したもので、天気予報でこの指数が出されるようになり「明日は外に出るには暑いかどうか」を判断するようになりました。そして暑さに対する「ソリューション」であるエアコンが注目されるようになっていきます。1960年代になると、アメリカでは毎年何百万台ものエアコンが販売されるようになりました。普及率は未だに増え続けており、少し古いデータですが、2011年の住宅エネルギー消費量調査によると、米国では87%の世帯がエアコンやセントラルエアーを使用しています。

近年は中国での普及が目覚ましく、2018年のデータによると前年比10%以上の推移で普及が進み、世界のエアコン需要の41.6%を中国が占めています。また、インドや東南アジアといった気温の高い新興国でもエアコンの普及は進んでいます。

かつてシンガポール初代首相リー・クワンユーはこのように述べました。

シンガポール、いや、東南アジア諸国にとって20世紀最大の発明は何だと思いますか?それはね、エアコンですよ。

いはく、気温の高い東南アジア諸国では暑さは勤労意欲の敵であり、エアコンの登場によって高いモチベーションで労働に励み経済成長を達成できたというものです。日本メーカーの重役との対談で語った言葉なのでリップサービスと思われますが、実際に東南アジアに行くとエアコンはガンガンにかかってむしろ寒いくらいで、現地の人のエアコン好きを思い知らされます。

さらには「最後のフロンティア」と形容されるアフリカ諸国の経済発展に伴いエアコン普及も期待され、12億人の巨大マーケットでメーカーはさらなる儲けが期待できます。一方で先述の冷媒の問題がある通り、このまま環境負荷の高いエアコンが爆発的に普及すると地球温暖化の速度にもアクセルがかかりかねないという懸念があります。

 

 

エネルギー消費量の低いエアコンの開発

今日のエアコンは基本的には、キャリアが開発した1933年のシステムと同じ基礎科学に基づいて動作しています。

ですが、蒸気圧縮、制御システム、電子センサー、材料、エネルギー効率の面で格段に進歩を遂げています。人感知センサー、低騒音、フィルタの自動清掃、スマホアプリとの連携、AIによる気流の学習など、次々と新たな機能が登場しています。

しかしやはり、本命はいかに電気消費量を少なくするか、という一点ではないでしょうか。電気消費量が少ないと電気代が抑えられ必要なエネルギー量が減り、それはひいては火力発電などで排出されるCO2排出量の削減につながります。

米国エネルギー省のダニエル・モリソン通信副部長によると、2015年だけでも住宅や商業施設の空調に使われた電力は5,000億キロワット/時を超えています。これは建物で使用される電力全体の20%近くに相当し、年間600億ドルの電気代に相当します。

ユナイテッド・テクノロジーズ(キャリア)やジョンソン・コントロールズといったアメリカ製のエアコンは、セントラル空調システムと呼ばれるダクト式のエアコンが主流なため、消費電力が非常に高く電気代も高くつきます。一方、現在日本国内で発売されている家庭用エアコンは、室外機と蒸発器が分離したセパレート型、部屋に個別に取り付けるタイプが主流になっています。ほぼ全てインバータ制御を内蔵した機種になっており、以前のものと比べると格段に消費電力を抑えられるようになっています。基本構造で大きな差はでないため、例えば空調機器のシェア世界一位である日本のダイキン工業は、湿度をコントロールすることで人体の体感温度を下げることで、設定温度を下げなくても快適に過ごせる製品を売りにしています。設定温度を大きく下げなくても快適なので消費電力を抑えられるというわけです。

国によって空調の文化が違うこともあり、世界全体で消費電力が低く、温室効果ガスの排出量が少ないエアコンの普及を図っていくことは至難の技です。

 中国やインドのメーカーが、環境負荷の高いエアコンを安価な値段で売りまくって温室効果ガスの排出量が爆発的に増えることは容易に想像されます。環境技術力に定評のある日本メーカーが音頭を取って、環境負荷の低い冷媒やエアコン技術の普及に努めていってほしいものです。

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まとめ

 エアコンというより、空調にまつわる技術開発史の周辺をざっとまとめてみました。

暑いからエアコンをつけて、温室効果ガスが排出されて温暖化が進んで、もっと暑いのでエアコンの温度を下げて、という最悪のループが起こることが懸念される、というかもう既に起きています。東京では2017年度くらいから夏が異常に暑くなりました。

エアコンは既に「ライフライン」となり、エアコンなんて贅沢な、とか言っていられないほど重要なものになっていますが、一方で環境問題を無視するわけにもいきません。

 ユーザー一人ひとりが賢いエアコンの使い方を学ぶと同時に、メーカーはより一層の企業努力を求められています。

 

 

参考文献・サイト

"The Moral History of Air-Conditioning" The Atlantic

 "The Unexpected History of the Air Conditioner" Smithonian Magazine

 "寳船冷藏と冷蔵の歴史" 寳船冷藏

"絢爛的世界帝國:隋唐時代"  氣賀澤保規

"Global Cooling: The History of Air Conditioning" ASME

"History Of Air Conditioner" Air Condtioning System

"省エネQ&A 冷媒って何?"J-Net21[中小企業ビジネス支援サイト]

"環境技術解説 代替フロン・ノンフロン" 環境展望台

"地域別世界のエアコン需要の推定について"  日本冷凍空調工業会  2018年4月

"エアコン文明 昭和電工相談役 大橋光夫" 日経新聞 2012年7月13日

 

2020/7/31 追記

参考文献に用いた記事の作者Arpit Singh氏より、エアコンの歴史が簡単に分かるイメージを作ってもらいましたのでご紹介します。
History Of ac

Image from: https://www.homebeast.in/