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2022年読んで良かった「ベストブック」10冊

2022年度に読んで面白かった個人的ベストを発表します

早いものでもう年末です。今年度は「働き方改革」の人類史という本を執筆&出版したのですが、そのために読書の種類がやや偏ってる感が否めません。とはいえ、「これはすごい」という本はいくつもありましたので、ご紹介します。

ちなみに私が今年読んだ本ということなので、2022年以前に出版された本も数多く含みます。その点あらかじめご了承ください。

 

1.『新疆ウイグル自治区』 中公新書 熊倉 潤 著

近年、政治だけでなく経済的にもウイグル問題が注目されるようになっています。中国当局によるウイグル人のジェノサイド、そして思想的改造に対し、抗議の意味を込めて政治的なアクションを取る場合もあれば、ウイグルに工場を持つ企業に対するボイコットや取引禁止をする場合もあります。特に欧米が主導するダイバーシティだったり少数派の権利の尊重といった文脈から中国政府の対応が批判されます。

本書では、中国共産党によるウイグルの支配が始まってから、どのような統治政策の変化が起きてきたかを中心の叙述されていて、今大きな問題になっているウイグル問題も、急に始まったものではなく、歴史的経緯を経てたものであることがよく分かります。

そしていいか悪いかは別としてウイグル人の華人化政策を進める中国政府にも彼らなりの道理があると。今の中国にはこの道を根本的に改める道理も理由もなく、おそらくこの道を突き進むしかなく、中国への同化というのがどういう形で進むかと言う手法の問題にしかすぎなくなっていくなという感想を持ちました。

 

2.『ミャンマー現代史』 岩波新書 中西 嘉宏 著

現在も発生しているミャンマー軍政による独裁体制と、それに抗議する民主化勢力並びに少数民族勢力との対立を軸にして、いかに現在のミャンマーのいびつな政治構造が成り立ってしまったかを1988年の民主化闘争から叙述しています。

単純に軍部内の権力争いだったのが政治的自由を求める闘争に発展し、それが少数民族問題に飛び火して、欧米流のミャンマーからすると過激すぎる自由主義の価値観との対立、ロヒンギャ問題と仏教ナショナリズムなどいろんな話に拡大しすぎて、まるで収拾がつかなくなっているというのが現在のところではないかと思います。
この本を読んで思ったのが、ミャンマーという国のローカルな出来事でユニークの歴史を経ているのだけど、問題の原因は非常に普遍的だということです。結局、長年権力を維持してきた指導者と既得権積層が持つ独自の国家観、そして権益や自由、公平感をめぐる野党と一般市民の反感と抵抗、そしてその対立を自分たちの文脈に捉えて介入する欧米といった構図が、例えば中国やロシアと似通っています。社会には発展の度合いというがあって、今の社会にアメリカなどの価値観を導入したら大変なことになる、という理屈は分からなくはないのですが、その理屈が社会の発展の阻害機能をしてしまってることは往々にしてあるわけです。ミャンマーでいま何が起こっているか、ということを学びつつ、ローカルとグローバルな視点での対立と問題を個人的には考える読書となりました。

 

3. 『大東亜共栄圏』 中公新書 足立 宏昭 著


これは今年読んだ本の中ではダントツで面白かったです。

大東亜共栄圏という国際政治構想がどのような経緯で生まれ、崩壊していったのかが描かれています。これを読むと、今でも一部のナショナリストに人気のある大東亜共栄圏というものがいかに行き当たりばったりで生まれた政治的妥協の産物だったのかがよく分かります。
戦前日本は英米ソ連に比べると圧倒的に工業力が低い。軍事的な拡張を目指す日本はいずれアメリカと太平洋で戦う日が来ると考えると、彼らに追いつくには、東南アジアの資源を暴力的に奪って工業力をブーストしないといけない。軍の理論が先行し、政治家がそれにひっぱられてそれっぽい理念を打ち出して、産業界がなんとか応えようと試みるという、もうぐだぐだな感じです。軍事にリソースを使いすぎて経済開発を疎かにしたために起こった、自業自得という感じがします。

大東亜共栄圏という理念に対して、列強の植民地支配からの脱却のためにとりあえずは賛同してくれたアジアの指導者は何人かはいたものの、その後日本側から何のアクションもなかったので次第に絶望して日本と決別していく様子が、歴史を学ぶとよく分かるのですが、こういう行き当たりばったりで出てきたアイデアなのだから、誰も本気でそれを信じてなかったし、具体的にどう行動するかのアイデアを持ち合わせてなかったのは当然であるように思えます。

 

4.『石橋湛山』 中公新書 増田 弘 著


『大東亜共栄圏』の次に読んだのがこの『石橋湛山』で、この読み合わせが非常に良くって、理解が非常に深まったので今回挙げさせていただきました。

この本も新しいものではなく、1995年の本なのでかなり古いです。石橋湛山はご存知の通り、戦前は東洋経済新報でリベラル派のジャーナリストとして日本の拡張政策を批判し、戦後は政界に進出して首相に就任した人物です。しかし就任2ヶ月で体を壊し退陣した悲劇の宰相として知られ、彼がもしこの時すぐに退陣していなかったら、中華人民共和国との国交回復をはじめ、戦後日本の歩みはかなり大きく変わっていただろうと評される人物です。
私が今回感銘を受けたのが、『大東亜共栄圏』で指摘されていた、日本は軍事にリソースを使いすぎて経済開発が遅れていて、経済力が弱いという点を、ずっと批判し続けていたのが石橋湛山だったという点です。石橋湛山は「小日本主義」を掲げ、日本は朝鮮を含めて大陸から撤退し、軍事も自国防衛のみの最小限にすべきで、リソースを経済開発に振り分け、自由貿易体制を構築すべきだというものです。いま見ると、本当に石橋湛山の言っていたことが1から10まで当たっているんです。ゾッとするくらいで、このような見識の人物が戦前の日本にいたことが奇跡のようだし、今の日本にこのような哲人政治家はいないのが残念でしょうがないと思います。

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5.『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 岩波文庫 マックス・ヴェーバー 著/大塚 久雄 訳


今年は『働き方改革の人類史』という本を出したのですが、その本を書くにあたって大いに参考にした本でもあります。かなり有名な本なので読んだことある方も多いかもしれません。プロ倫という名前でも知られます。

ドイツの哲学者マックス・ヴェーヴァーが1905年に執筆した本です。その問題提起はシンプルで、現代ではキリスト教国を中心に先進国になっているが、その中でもまたランクがあって、上位はアメリカ、イギリス、オランダなどであって、スペインやイタリア、ポルトガルは下位である、これはなぜかというものです。ヴェーバーの答えは資本主義が最初に発展した場所はプロテスタントが根付いた場所であったというものです。そしてプロテスタントの教えには、カトリックで禁じられていた金儲けをドライブする論理が内在していて、そのプロテスタンティズム、特にヴェーバーはカルヴァン派を中心に言ってますが、その論理によって経済をドライブさせることができ、政治的にも世界を支配するに至ったというものです。

これは内容も面白いですが、その論述展開が面白いと言うか、読んでいくと引き込まれていきます。たぶんマックス・ヴェーヴァーさん、おしゃべり上手だったんじゃないかという感じがします。名著と言われるだけありまして、最高に面白いです。


6.『中華人民共和国誕生の社会史』 講談社選書メチエ 笹川 裕史 著


これは2011年初版の本でして、かつ図書館で読んだのでいま手元にはないのですが、これはまじでめっちゃ面白かったです。
1949年10月に中華人民共和国が成立する過程で、現在の四川省を中心に何が起こっていたかを書いたもので、これは私読んだ時に思ったのは、ホラー作品だと思いました。

中華民国が大陸を支配していたその末期の時代、日中戦争の勃発で中国は総力戦に入るわけですが、兵士の徴発、食料や金品の徴発、そして国内が戦場になって難民が発生するなどして、日常がだんだんと戦時下になっていくわけですが、これまで当たり前だった日常や暮らしが段々とおかしくなっていくわけです。例えば、米や野菜が市場に届かなくなる、学校が突然休止になる、市役所のスタッフがいなくなる。日常が壊れていく。するとの人の心もおかしくなっていくわけです。社会と安定と崩壊が紙一重であることがよく分かります。

中国社会の崩壊の上に、安定を求める人々の意思があって中華人民共和国が成立したのだなということがよく分かります。現代中国を理解する上でも本当に勉強になる本です。おすすめです。


7.『ロシア構成主義』 共和国 河村 彩 著


こちらは2019年の本で最新作ではないのですが、ブックフェアで版元の方からお安く買うことができまして、読んでみたらとても面白かったので紹介します。

ロシア構成主義は、ソ連で起こった社会主義社会の芸術を目指す運動のことです。ロシア構成主義では、これまでの芸術は王族や貴族のものであり、プロレタリアのものではなかったとして批判されました。社会主義的な思想を背景としたアートワークを特に民衆の中に還元しようとしたものです。ただ斬新なデザインや機能性を追求したものではなく、社会主義的なプロパガンダを啓蒙したり、社会主義的なライフスタイルを実現するためのアウトプット一つであったわけです。

ロシア構成主義といえばポスターが有名で、日本のグラフィックデザインにも大きな影響を与えていて、広告ポスターやCMでも当時のロシア構成主義のデザインに影響を受けたものが数多くあります。この表紙の女性の構図も、一度は目にしたことあると思います。これも、単に目新しさだけではなく、いかに識字率の低い大衆にメッセージを届けるか、そして質の悪い印刷や紙で効果をあげらるかを工夫した結果でした。そのため、目にとまるビジュアルと色使い、構成のポスターとなったわけです。

家具や食器、洋服、アパートなどの居住空間も、人間の生活を科学的に制御するという社会主義的な思想のものとに設計されていました。例えばソ連では全ての労働者にアパートが供与されたわけですが、スペースに余裕がないので狭い。すると狭い空間をいかに有効活用するかという発想から、例えばソファ兼ベッドとか、折り畳み机のような家具のデザインが生まれてくるわけです。

本書はロシア構成主義の芸術家たちとその作品が数多く網羅されており、それらを読んでいくとちょっとソ連時代に住まってみたいなと思う魅力がありました。

 

8.『米中対立の先に待つもの』 津上 俊哉 著 日本経済新聞出版

こちらは歴史本というよりは政治学の本になると思います。現代中国研究家の津上俊哉氏の著作で、タイトル通り現在先鋭化している米中対立と、中国の今後の行方はどうなるか、そして今後日本はどうすべきかを叙述した本です。

本著はかなり詳しくデータが述べられており、主観や経験ではなく、客観的なデータに基づいて理論が述べらており、非常に説得力があります。内容について、詳しくは興味ある方は読んでいただきたいと思うのですが、簡単に言うと今後、現状の路線の中国が覇権を握ることはおそらくないだろうということです。本著では「振り子理論」という呼び方で呼ばれていますが、独自の論理に固執する期間もあれば、欧米に親和的な期間もあって、その両方に振り子のように触れていると。

結局圧倒的な勝者や支配者というのは現れず、どの国もそれぞれ問題を抱えてグダグダな感じで、どの国が覇権を得るかという問題はそう重要なことではなくなるのではないかと本書を読んで思いました。米中関係や中国の今後ということだけではなく、今後の未来予測という点でも興味深い本です。


9.『世界鉄道文化史』 講談社学術文庫 小島 英俊 著


その名前の通り、鉄道が発明されてから現在までの鉄道の歴史、技術や経済といった話ではなく主に文化について描かれている書籍です。

例えば鉄道の車両デザイン、鉄道旅行、電鉄会社同士のスピード競争といった面白い鉄道の話が集中的にまとめられていて、いいとこどりという感じで面白いです。今は中国の一帯一路でユーラシアの東西をつなぐ鉄道が中国によって企画されていますが、戦前は日本初の一帯一路があり、東京発ロンドンという便があったという話は夢があって面白かったです。移動する目的であれば飛行機のほうが便利に決まってますが、移動自体がレジャーというか、移動を楽しむというのはなかなか今の時代では贅沢な感じがします。鉄道好きな人はたまらない本だと思います。

 

10.『ウィメン・ウォリアーズ』 花束書房 パメラ・トーラー著/西川 知佐 訳


歴史上の「女性兵士」を集めた企画本です。

女性兵士は世界史の教科書の扱いでは例えば、フランスのジャンヌダルク、インドのラクシュミー・バーイー、ベトナムのハイバー・チュン、日本の巴御前など、傑出した女傑がたまに登場してきて歴史を動かしてきた、といった描写はあります。

ただこれまで戦場における女性の扱いは意図的に無視されてきたというのが筆者の主張です。男は、女に戦場で負けるということを恥だと考えたし、女性が弱く守ってやらねばならない存在でないと家父長制が崩れるので、戦場に女性を送りたがらなかった。フェミニストの側も、女性は生物的に平和的な存在でありこれまで戦いを好む女などいなかった、交戦的な男が政治を行うから戦争が起こるのであって女が政治の主導権を握れば世界は平和になるといった文脈から、女性兵士を無視してきたとします。

本書は女性兵士、それは前線で戦う兵士だけでなく、城を守る城主、作戦の指揮をとる司令官、男に装って戦う男装兵など、さまざまな形で戦争に関わっていたことを明らかにしています。女性は弱いから男が守らねばならないとか、女性は優しいから争いはしないとか、それは大きな偏見で、人間の営みとしての戦争の中で女性が大きな役割を果たしてきたことを強調しています。

歴ログでも女性兵士についてはたびたび取り上げてきてまして、私も知らなかった女性兵士が多く取り上げられていました。とても面白く読ませていただきました。

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まとめ

来年度はもう少し、いろんな種類の本をじっくりゆっくり読みたいなと思っているのですが、さてどうなるでしょうか。

本を出すのはかなり時間も体力も消耗するので、今年は本を色々読んでゆっくり充電したいなと考えています。

今回ご紹介した本の中でもし気になる本がありましたら是非、年末年始にでもゆっくりご覧になってみてはいかがでしょうか。

あと、冒頭にちらっと述べましたが、11月に二冊目の著作となる『「働き方改革」の人類史』という本を出しました。こちらもどうぞよろしくお願いいたします(PRです)。