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セパタクローの歴史 - 「セパタクローの発祥国はどこか」の論争

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Photo by Lihat di bawah.

 いま世界的に注目度の高いスポーツを巡る国際論争

 いまセパタクローの注目度が上がっています。

BBCNow Thisなどの国際的なネットニュースで「知られざる東南アジア発の国際スポーツ」のような文脈で取り上げられており、オリンピックの公式種目への取り組みのニュースも報じられています。

日本でもそんなにメジャーなスポーツではありませんが、過去にアジア大会で8度の銅メダルを獲得するなど実はレベルが高いです。「Let’s kick! 」 というセパクローの漫画で知った方もいるかもしれません。

強豪国はやはり東南アジア勢で、タイ、マレーシア、ミャンマー、ベトナムが強いです。一方でこれらの国では「セパクローの本家はどこか」という論争も存在します。

今回は注目の競技セパタクローの歴史です。

 

 1. セパタクローの起源

セパタクローとは、マレー語の「セパ(蹴る)」とタイ語の「タクロー(籐でできたボール)」を組み合わせた言葉で、名前からしてインターナショナルなのですが、セパタクローがどこで生まれたかというのは議論があり、複数の国が起源を主張しています。

 

タイ語のWikipediaを見ると、セパタクローは昔からタイでプレイされており、いつ到来したかの証拠は存在しないが、ラタナコーシンの時代(1782年に成立した現王朝チャックリー朝のこと)に始まったと想定される、とあります。別のサイトでは、アユタヤ王ナレースワンの時代(1590年〜1605年)に既にあったという指摘もありました。

次にビルマ語のWikipediaでは、セパタクローの起源はミャンマー伝統の球技「チンロン」にあるとし、いつから始まったかは議論があるとしながらも、7世紀に遡ると言われているとあります。

インドネシア語(Bahasa Indonesia)のWikipediaには、最も古い記録は15世紀のマレー半島のマラッカにあるとあります。 マラッカ王国の歴史書である「ムラユ年代記」にも記述があるそうです。

 

このように各国がかなり好き勝手に主張しているのですが、東南アジア各国には伝統的に人が円陣になりボールを地面に落とさないように蹴り合う、日本でいう蹴鞠のような競技が古くから行われてきました。

先述のようにミャンマーではチンロン、フィリピンではシパ、ラオスではカタウ、タイではタクロー、マレーではセパ・ラガ、ベトナムではダカウと呼ばれ、数人で輪になって竹やヤシ、籐(トウ)でできたボールを蹴り合います。 

 

▽下図はミャンマーのチンロンをプレイする人々

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Image by ဆွေးနွေး 

勝ち負けを競うものや、アクロバティックな技を見せるショー形式のものもありますが、最も一般的なものはなるべく落とさないようにプレイを続ける、というもの。路上や庭など、どこでも人々が集って楽しくワイワイとボールを蹴って楽しみます。

このような伝統競技が各国にあるので、特にナショナリストたちは発祥は自分たちの国が起源と主張しがちです。

しかし実際のところは、この競技の原型は中国から持たされた可能性が高いそうです。

中国の蹴鞠(しゅくきく)の歴史は紀元前300年の斉の国にまで遡り、兵たちの軍事訓練として行われました。唐の時代にはルールが多様化し、球を蹴ってカゴの中に入れるルールや、2チームに別れて違いに蹴り合うなど様々な形に発展。そして宋の時代に1人または複数人で球を蹴り合い地面に落とさないようにするという形式が生まれました。

その蹴鞠が中国人商人によって東南アジア各地に伝わって広く普及したものと考えられています。

日本で平安時代や鎌倉時代に貴族や武士が楽しんだ蹴鞠も中国からやってきたものなので、セパタクローと蹴鞠は従兄弟のようなものなんですね。

 

2. 近代スポーツ・セパタクローの成立

 このように東南アジア各地にあった「蹴鞠」ですが、ではセパタクローという近代スポーツに変化したのはいつか。これにはタイ説と、マレーシア説の2つがあります。

 

2-1. タイ説

タイ側の主張によると、近代セパタクローの誕生は1829年、シャム・スポーツ協会によるタクロー競技の統一ルール起草にあるそうです。

そして協会は4年後、バレーボールのようなネットを導入して相手のコートにボールを蹴るルールを作り、最初の公開試合を開催しました。その後数年のうちに、シャムの学校のカリキュラムにタクローが導入されていった、と言われています。 

1933年にタイが絶対王政を廃止して立憲君主制に移行した際にバレーボール式のタクローが王宮で披露され、「これこそタイが生み出した近代スポーツである」のように語られ、王国の近代化の象徴となりました。

 

2-2. マレーシア説

一方、マレーシア側の主張によると、セパ・ラガが近代スポーツになったのは1930年代半ば。

1935年に英領マレーのヌグリ・スンブリアン州にて、英国王ジョージ5世の銀婚式(Silver Jubilee celebration)を祝う催しが開かれました。その催しの中で、セパ・ラガがバドミントン・コートの中でプレイされました。バドミントンのルールをセパ・ラガに取り入れたもので、これは銀婚式の時に生まれたので、「セパ・ラガ・ジュビリー(Sepak Raga Jubilee)」と呼ばれました。セパ・ラガ・ジュビリーは第二次世界大戦を通じてマレーシア全土に伝わって人気になっていきます。

マレーシアでセパタクローを発展させたのは、ペナンに住むハミード・メイディンという男。彼は1945年2月にセパ・ラガにバレーボールに似たルールを採用しました。彼は友人のモハメド・アブドゥル・ラフマンとサイイド・ ヤーコブに「ネット・セパ・ラガ」という新たなスポーツをしようと呼びかけました。

彼らは、速いシュートや難しい体勢でのキックなど、今まで体験したことのない難易度の高いスポーツに夢中になりました。

「ネット・セパ・ラガ」最初の公式大会は1945年5月16日にスイムクラブで開催されました。この時の試合は「セパ・ラガ・ジャリング」として知られるようになり、マレー半島全土で人気が爆発。マレー人が言うには、この時に東南アジア全域にセパ・ラガが広がって伝わったのだ、そうです。

1950年代後半までに、セパ・ラガはバドミントン・コートを持つほとんどの学校で人気競技となり、セパ・ラガ協会が結成されました。

 

どっちが本当でどっちがウソというより、両方本当なんだろうなって気がします。

イギリス人がやっていたバレーボールやバドミントンのルールを見てて、これを馴染み深い蹴鞠でやってみたらどうだろう、と思うのはごく自然な発想だと思います。

もしかしたら、協会発展にまではいかないまでも、ラオスやミャンマーでも似たようなことをやってみた現地の人はいたんじゃないかと思います。 

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3. 国際スポーツへ

1960年末に、マレーシア、シンガポール、インドネシア、ラオス、タイの代表がクアラルンプールに集まり、東南アジア各地で人気の「セパ・ラガ」「タクロー」の名称やルールの標準化のための会議を開きました。

この時もまた侃侃諤諤の議論があったようですが、このスポーツはマレー語とタイ語をミックスして「セパタクロー」と呼ぶことになりました。

なので、正式にはセパタクローの誕生は1960年ということになります。

ボールも籐(トウ)でできたものから合成樹脂のボールが採用されました。

同時にアジア・セパタクロー連盟(ASTAF)が結成され、1965年にマレーシアで開催された東南アジア半島競技大会の第1回大会で正式種目となりました(現在の東南アジア競技大会[通称SEAゲーム]の前身)。

1990年の北京アジア大会からセパタクローが正式種目になり、1997年にはタイで第1回女子選手権大会が開かれました。

現在では競技人口は世界的に増加し、オリンピックの正式種目に採用される可能性がある競技の一つとして注目を浴びています。

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まとめ

人が集まってボールを蹴り合うというのは非常にシンプルな球技で、それこそ中国や東南アジアだけでなく、アフリカにもヨーロッパにも同じように遊んだ人はいたんじゃないかと思います。

似たようなルールで各地に存在するものなので、お箸を使うとか、家に靴を脱いで入るとかいうのと同じレベルの「文化」であって、発祥とか起源などこれ以上の議論は無意味なんじゃないかと思います。

ぜひ「本場」のタイやマレーシアの方々には、セパタクローをオリンピック競技にすべく普及活動を頑張っていただきたいです。

 

参考サイト

"Takraw - A Traditional Southeaste Asian Sports" Tourst Authority of Thailand (web archive)

"International Sepak Takraw History" Sepak Takraw Association of Canada

 "History of Sepak Takraw Bangkok Activities & Leisure" Booking.com

"Sepaktakraw: Malaysia's National Sport" Culture Trip

"Predecessors to Sepak Takraw" House of Idea