なんでこうなっちゃったの…
ぼくは普通のサラリーマンで真面目に働いているのですが、
ごくたまに「なんでこうなっちゃったの?」と思うような呆れた事態に陥ることがあります。
勘違い、ケアレス、情報不足、組織間の調整不足…
外から見てると素晴らい取り組みをやっている団体・企業に見えても、
やっぱり人のやることですから、実際はグダグダの、人間の営みがそこにはあるわけです。
歴史もまた然り。
今回はアホらしい軍事上の失敗談を集めてみました。
1. 兵士が酔っぱらいすぎて作戦失敗 (イギリス)
1625年、イギリス&オランダ連合軍とスペインが覇権を争って戦ったアングロ=スペイン戦争(80年戦争の一部と見なされる)にて、イギリス軍はスペイン本土の町・カディスへの上陸作戦を決定。
80艘の船舶に10,000〜15,000の軍勢を送り込みました。
ところが、大部分の兵隊は新兵でロクに訓練されておらず、武器・補給もかなりお粗末なもの。
司令官のエドワード・セシルは不安に怯える兵士たちに気合いを入れるべく、補給庫からワイン持ってこさせ、彼らにがぶ飲みさせました。
そうして兵たちは勢い良くカディスに上陸するも、飲み過ぎて酔っぱらって全員フラフラ。まともに戦える状態にない。
セシルは「こりゃマズい」ってことで、全軍に船への退却を命じました。
しかし、酔っぱらいすぎて退却できなかった者が1,000〜2,000名もいたらしく、彼らは戦うことなくスペインに捕えられてしまいました。
2. イギリス兵が間違ってスペイン領を侵犯(スペイン)
この事件が起きたのは2002年。
英領ジブラルタル基地所属のイギリス海軍の見習い兵2人が、ぶらぶら散歩していたところ、うっかりスペイン本土のリゾート地ラ・リネアに行ってしまった。
現地の警察官に見つかって大変な騒ぎになったそうです。
その後イギリスは、悪天候が原因で道に迷っただけで、故意ではないとして謝罪。
スペインもそれを受け入れて事無きを得たのですが、地元の人が言うにはジブラルタルは426Mの岸壁がランドマークになっており、道に迷うなどは考えにくいそう。
まあ、若者ですし、単純にリゾート地に行ってみたかったんじゃないんですかねえ。
3. 間違って自分の船を砲撃して沈める(ブラジル)
画像引用元:Brazillian Navy
第二次世界大戦中、連合国軍として戦争に参加していたブラジルは、沿岸で連合軍の護衛任務に当たっていました。
ある時、ブラジル軍の戦艦バヒアは艦砲射撃の実弾訓練を行っていました。
凧を空に上げ、火砲でそれを撃つというものです。
ところが何をどう間違えたのか、あるブラジル軍兵士が空ではなく船尾に並べていた爆雷に向けて火砲を発射。
爆雷は大爆発を起こし、戦艦バヒアは数分後に沈没。
乗組員350名は数名を残して全員死亡しました。
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4. イギリス軍の奇襲攻撃を事前に放送しちゃったBBC(イギリス)
イギリスとアルゼンチンがフォークランド諸島の領有を巡って争ったフォークランド紛争。
その重要な局面だったグースグリーンの戦いで事件は起きました。
1982年5月28日にイギリス軍はアルゼンチン軍への夜襲を計画しており、秘密裏にその準備を進めていました。
ところが、イギリスBBC放送が「イギリス軍の夜襲計画」を世界中に放送してしまいました。
当然イギリス軍関係者は大激怒。
作戦の決行自体が危ぶまれましたが、コル・H・ジョーンズ大尉は作戦決行を後押ししました。理由は「たぶんアルゼンチンは信じていないだろう」から。
大尉の主張は正しかった。
アルゼンチン軍は「まさか作戦を国際放送で流すようなヘマをイギリスはやらないだろう」と思って夜襲に対する警戒を怠っており、イギリス軍の作戦は成功したのでした。
5. 史上最もバカらしい自白書(アメリカ)
1968年1月23日、アメリカ海軍の情報収集艦プエブロは北朝鮮東海岸にて任務にあたってたところ、北朝鮮警備艇によって攻撃を仕掛けられ、銃撃戦と白兵戦に突入。
結果、プエブロの乗員1人が殺害され、残りの乗員全員は捕虜に。プエブロは拿捕されました。
捕えられたアメリカ兵は北朝鮮当局によって激しく拷問され、
艦長のロイド・ブッチャー中佐自身も拷問を受けたうえ、北朝鮮当局によって「部下を目の前で処刑する」と脅されました。
ブッチャー中佐は部下を救うため「自白書」を書き読み上げることに同意。
我々は朝鮮人民軍を讃える
"[we] paean the Korean People’s Army"
ところが中佐は"paean"を"pee on"、つまり「小便をぶっかける」と発音。さらに
我々は火星、木星、土星を通過訪問したかのようだ、なぜなら朝鮮民主主義人民共和国は、これらの星のようにとてもカッコいい(far out)からだ
とも言いますが、"far out”は、"ブッ飛んでる"という意味を含んでいます。
英語に堪能でない北朝鮮当局はこれらの侮辱を含んだ「自白」に満足し、 1968年12月23日に全員を釈放しました。
6. 大統領が乗った戦艦を沈めるところだった米駆逐艦(アメリカ)
1943年、当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトは、テヘランとカイロで開かれる連合軍の国際会議に出席すべく、戦艦アイオワに乗船し大西洋を航行していました。
複数の艦船がアイオワを護衛していましたが、その中に駆逐艦ウィリアム・D・ポーターもいました。
大西洋を航海中のある時、ウィリアム・D・ポーターの装薬が誤って海の中に落ちて爆発するという些細なトラブルが発生。
その音に気づいたウィリアム・D・ポーターの乗組員は
「やばい!Uボートに見つかった!」
と青ざめ、てんやわんやの大パニック状態に。
そんな中、どういうわけか見習い中の水兵が、魚雷の実弾を、あろうことか大統領が乗る戦艦アイオワに向けて発射!
戦艦アイオワはこれに気づき、回避運動をして魚雷を避けることに成功。最悪の事態は回避したのでした。
ちなみにこの駆逐艦ウィリアム・D・ポーターは大戦末期、沖縄で神風特攻を喰らって沈没しますが、何と乗組員は全員助かったのだそう。
何て悪運が強いんでしょうか。
まとめ
あまり歴史の表面上には出てきませんが、こういう事件簿のほうが等身大の人間に近いと言うか、人の営みが感じられて、個人的には大好きです。
まあ、決して当事者にはなりたくはありませんが。
今後もこういった事件簿は収集していきたいです。