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幽霊が出る噂のある世界史の古戦場跡

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成仏できない兵士の魂が今も彷徨う噂のある古戦場跡

壇ノ浦、桶狭間、長久手、関ヶ原、城山といった日本の歴史に名を刻む古戦場跡は、心霊スポットとしても名が高いそうです。

戦で死んだ人の魂が今も彷徨う、というのがお話として面白いというのもあるかもしれませんが、かつて激戦が起こった古戦場には「人の思い」が強くあり、それが幽霊を見たという伝聞に繋がっているのではないかと思います。

ということで、今回は世界史の戦史に名を刻む古戦場で、今や心霊スポットとしても名高い地をピックアップします。

 

1. ウィリアム・ヘンリー砦(アメリカ)

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インディアンに虐殺されたイギリス兵の怨念が残るという噂

ウィリアム・ヘンリー砦は、ニューヨーク植民地ジョージ湖南端にあったイギリス軍の砦。1757年、イギリスとフランスが北米の覇権を争ったフレンチ・インディアン戦争の最中に、フランス・インディアン連合軍の攻撃の前に砦は陥落。

しかし降伏したイギリス兵に対しインディアンは執拗に略奪・虐殺を行い、約100名が死亡したとされています。

フランス軍司令官ルイ=ジョゼフ・ド・モンカルムはインディアンの残虐行為を止めようとしますが、復讐を誓うインディアンの暴走を止められなかったのでした。

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ウィリアム・ヘンリー砦は怪奇現象が起こることで全米でも名が知れた存在で、説明不明の光の点滅や見れたり、誰もいないのに足音が聞こえたり、風が吹いていないのに風の音が聞こえたりするそうです。

ウィリアム・ヘンリー砦で撮影した心霊写真なる動画があったので貼り付けておきます。

www.youtube.com

 

2. バトルアビー(イギリス)

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Photo by Antony McCallum

古戦場の上の修道院の幽霊が出るという噂

バトルアビーは、ノルマン人とイングランド王国がブリテン島の覇権を巡って戦ったヘイスティングスの戦いの舞台となった場所。これに敗れたハロルド2世率いるイングランド は、ノルマン人の支配に屈しノルマン朝が成立することになります。史上名高い「ノルマン・コンクェスト」です。

この戦いではノルマン・イングランド両方併せて1万人以上の兵士が死亡したのですが、その凄惨な戦場を弔うためか修道院が建設されました。

そのためか、この地では僧侶の亡霊を目撃する人が大勢いるそうです。

また囚人服を着た服役者や剣を抱えた剣士が歩き回る姿も目撃されているそうです。

 

3. コンチョ砦(アメリカ)

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Photo by Billy Hathorn 

 伝説的なアメリカ陸軍軍人の足跡が数多く残る砦

コンチョ砦は1867年に建設されたテキサス州の砦で、アメリカ人入植者をメキシコ人盗賊・武装密輸入者から守るために建設されました。20年以上にも渡りメキシコ人との戦いの最前線にあった砦で、ペコス・ビルやウィリアム・シャフターなど著名な歴代のアメリカ陸軍軍人が駐屯した場所です。

現在は軍事博物館となっており、フロンティアの開拓者の数々の戦いの歩みを学んだり、戦いと隣り合わせの生活を体験できる施設となっているのですが、同時に数多くの幽霊の目撃談がある場所でもあります。

目撃された幽霊は、いずれも有名なアメリカ陸軍の軍人たち、ジェームス・カニングハム、ジョージ・ダンバー、エディス・グリエルソン、ラナルド・マッケンジーなどなど。

ラナルド・マッケンジーは北軍の将軍でインディアン戦争で活躍した有能な若い将軍で、彼は確かにコンチョ砦に駐屯していましたが、亡くなったのは自宅があるニューヨーク州スタテンアイランドです。かなり離れたテキサス州にわざわざ出るとは相当名残惜しかったのでしょうか。

 

4. マーストン・ムーア(イギリス)

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清教徒革命に敗れた王党派の兵士の亡霊が彷徨うと言われる場所

マーストン・ムーアの戦いは、1644年7月にイングランドの清教徒革命中、王党派軍と議会派軍がヨーク西方の地で激突し、オリバー・クロムウェルの活躍もあって議会派軍が王党派軍を打ち破った戦いです。

噂によると、戦闘で殺された王立主義者たちの亡霊がまだ戦場を歩き回っているということです。記録によると、1932年、1968年、1992年に、長髪で美装の軍服の兵士が道路沿いに行進しているとの目撃談があるそうです。

マーストン・ムーアの幽霊がテーマのドキュメンタリーがあったので興味ありましたらどうぞ。

www.youtube.com

 

5. リトル・ビッグホーン(アメリカ)

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カスター隊の絶望が覆うアメリカの重要な古戦場跡

リトルビッグホーンの戦いは1876年6月25日に起こった戦いで、カスター将軍率いるアメリカ陸軍第7騎兵隊が、スー族、シャイアン族、アラパホ族の連合軍に一方的な敗北を喫したとして非常に有名です。

この戦いはアメリカ国民に衝撃を与え、インディアン懲罰論が世論のメインストリームになり、その後の苛烈なインディアン掃討作戦に繋がっていきました。現在ではインディアンの名誉回復運動の高まりと共に、リトルビッグホーンは「国立記念戦場」となりインディアン諸部族の戦士たちは英雄視されています。

さてリトルビッグホーンでの地を訪れた人の中には「即座に絶望的な気持ちに覆われる」とか「戦いの幻覚を経験する」人も多く、ある整備員は「自分の家にカスター隊員の幽霊が出た」と証言しました。

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6. ディエップ(フランス)

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カナダ軍兵士が玉砕した北フランスのリゾート地

ディエップは北フランス沿岸の町。

第二次世界大戦中の1942年8月、ドイツ軍占領下の北フランスに反転攻勢のための橋頭堡を構えるべく、カナダ軍を中心とした連合軍約6,000が上陸。いわゆる「ジュビリー作戦」です。しかし設備も補給も充分なドイツ軍に対して全く歯が立たず、約4,000名の死傷者を出して作戦は失敗に終わりました

数多くのカナダの若者が死んだディエップでは不可思議な現象が多く目撃されており、1951年にはリゾートを楽しむ観光客カップルが午前4時に銃撃や叫び声を聞き、戦いの音をつぶさに聞いたのだそうです。彼らはすぐに自分たちが聞いた音を時系列で文書化。その記録を確認した超常現象研究会は、彼らのメモがディエップの戦いのそのビーチで起きた戦いと全くまったく経過の音であったと結論付けたのだそうです。

どうやって全く同じ経過の音だったかを判断したのかよく分かりませんが…この時空を超えて戦いの音が聞こえてくるというのはよくある心霊現象なんですね。

 

7. アンティータム(アメリカ)

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南北戦争中、1日でもっとも多くの兵士が死んだ呪われた戦場

 1862年9月、南北戦争の序盤に戦われたのがメリーランド州で行われたアンティータムの戦い。この戦いでは両軍併せて約23,000名が死傷し、南北戦争中の1日の戦闘の中ではもっとも多くの犠牲者を出した戦いとなりました。

この戦いに敗れた南軍のリー将軍はメリーランド州進行を断念してバージニア州に引き返し、勝利した北軍はリンカーンの奴隷解放宣言と併せて戦争を優位に進めていくことになるのですが、この戦闘がもたらした犠牲者の多さはアメリカ人にショックを与えました。

通称ブラッディ・レーンと呼ばれる小道は現在ですら火薬の匂いがすると言われ、当時南軍の野戦病院として使われたセント・ポール・エピスコパル病院の床にはびっしりと血糊がついており、いくら綺麗に拭いても、紙やすりで綺麗にしても血糊が絶対取れないという都市伝説があります。

YouTubeに「アンティータムの幽霊の声」なる動画があったので貼り付けておきます。8秒あたりで確かに何かささやく声が聞こえますが、よく分かりません…。「It killed us」とか「I scared」とかに聞こえます。

www.youtube.com

 

8. カロデン(スコットランド)

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イギリスのカトリックが敗北した地

1746年4月、イギリス(グレートブリテン王国)軍と名誉革命の反動勢力であるジャコバイト軍はスコットランドのカロデンで衝突しました。

ジャコバイト側はフランスの支援もあり、イングランドで弾圧を受けていたカトリックの支持を受けてステュアート朝の旧国王・ジェームズ2世を担いで決死の戦いに挑んだのですが、戦いは一方的なイギリス軍の勝利に終わり、ここにおいてイギリスのカトリック勢力は敗北。イギリス正教会による支配が本格的に始まったのでした。

戦いが起こった4月16日にカロデンの地にいくと剣と剣がぶつかり合う音が聞こえるとか、放浪する兵士や倒れて助けを求める兵士の亡霊の目撃談もあるそうです。

また、この地の墓地では鳥が決してさえずらないという都市伝説もあります。

 

9. パッシェンデール(ベルギー)

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40万人が死んだ呪われた戦場 

パッシェンデールの戦いは第一次世界大戦の1917年7月から11月まで続いた戦いで、ベルギー西部のパッシェンデールを制圧しドイツ軍前線へ突破口を開きたい連合軍(イギリス、カナダ、ANZAC、南アフリカ)とドイツ軍の間で行われた戦いで、両軍併せて約40万人が死んだという、とてつもない犠牲者を出した戦いです。

パッシェンデールはもともと沼地帯だったので、新兵器戦車もうまく活用できず、泥の中をゆっくり進む兵士は格好の的になって銃剣突撃は無効化され、致命傷でない弾丸も普通は負傷で済むところ、足が取られ沼で溺れて溺死する兵士が続出。信じられないほどの犠牲者を出しました。

噂によると、今でも兵士達の叫び声や銃の音、走り倒れる音が聞こえることがあるそうです。

 

10. ゲティスバーグ(アメリカ)

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 最大最恐のアメリカの心霊スポット

ゲティスバーグは高校の世界史にも登場します。南北戦争の雌雄を決する一大決戦で、この戦いに勝利した北軍は勢いに乗り、以降の戦いを有利に進めていったというのが定説です。

3日間に渡って行われた戦争は互いに総力戦で損害を出しまくり、両軍併せて5万人以上が死傷したと言われています。

ゲティスバーグは小さな町ですがこの戦いの戦場跡ということと、あとはゴースト・ツアーに参加するために全米各地から観光客がやってきます。

ゲティスバーグでは、ドアが勝手にしまったり、戸棚がガタガタ鳴ったり、ライトが勝手に消えたり、物が移動したりなどのポルターガイスト現象が頻繁に起こるそうです。

YouTubeで「Gettysburg Ghost」とかで検索するとめちゃくちゃ動画がヒットします。

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まとめ

 いかがでしょうか。あなたは信じますか?

冒頭にも書きましたが、とんでもなくたくさんの人が死んだという事実が頭にあって、その上で現地に訪れると「不思議なもの」を見たり聞いたり感じたるする可能性は、何も意識していない状態よりは高いのではないか、と個人的に思います。

 それにしても、こういう戦場跡は「怖いもの見たさ」ではなくて、「リスペクト」を持って訪れたいものです。そうすると幽霊も単に怖いものじゃなく感じるのではないでしょうか。

参考サイト

"10 Haunted Military Forts And Battlefields" LISTVERSE

"Top Seven Haunted Battlefields – From The Civil War To Stalingrad" War History Online