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ルネサンス時代のオカルト神秘主義は何を目指したか

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ルネサンス時代に生まれた西洋的神秘主義

「ルネサンス」は「再生」という日本語訳が指す通り、

古代ギリシア・ローマ時代の古代文化の復興運動のことです。

我々もルネサンスと聞くと、ダ・ヴィンチの「モナリザ」やボッティチェリの「春」など生き生きとした人間らしい絵画を想像します。

この時代には科学分野も著しく発達。後の啓蒙主義につながり現代の学問やテクノロジーの基礎となっています。

一方で、そのような科学とは対極に位置するようなオカルトや魔術も盛んで、ガリレオが行ったような科学的アプローチとは全く異なる、神秘主義的視点から世界を捉えようという試みがなされていました。

イメージとは違って、実は当時こちらのほうが多数派だったそうです。

ルネサンス時代の魔術とはいったいどのようなものだったのでしょうか?

 

 

1. 古代の復興=ルネサンス 

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異教的文化

冒頭に述べた通り、ルネサンスとは古代ギリシア・ローマ時代の文化の復興運動であります。

ローマ帝国崩壊後、キリスト教が絶対的価値観として、社会の規範や行動・思考様式を縛る時代が1000年近くも続いていました。

古代ギリシア・ローマの文化とは、キリスト教的視点から見ると「異教」の「野蛮」な神の道に反するもの

アラブやアフリカを含めたそのような「地中海文化」が復興し、キリスト教文化と混在していきながら、ルネサンスの広がりとともにアルプス以北の地域にも伝達されていきます。

ダンテとボッカチオ

スイスの歴史家ヤーコブ・ブルクハルトは著書「イタリア・ルネサンスの文化」の中で、ルネサンスの特長を「世界と人間の発見」であるとしています。

「人間」とは、「個」とも言い換えられるかもしれません。

それまで没個性になりがちだった個を、より積極的に1人の人間として描くという発想が生まれた(復活した)のがこの時代。

中世末期の詩人ダンテの「神曲」は、定型詩の形をとった韻文で成り立っているためか、描かれる死者の世界はバキバキの緊張感に満ちており、完璧に構築され、読み手はダンテの作った小宇宙に飲み込まれそうになる。

一方でルネサンス期の名作・ボッカチオの「デカメロン」は、叙述型の散文で物腰柔らかですが、リズミカルな韻律で調子がよく、親しみやすく情緒があって「ホッとする」世界観なのです。

デカメロンで描かれる世界は、ユーモアや悲哀に満ちた「浮き世の世界」の話で、中世の世界観とルネサンスの世界観の違いを最もよく表しています。

 

2. 復活した新プラトン主義・ヘルメス思想

ブルクハルトの言う「世界」のほうですが、

我々はルネサンスの科学というと、ガリレオに代表される、アリストテレス哲学を踏襲した「理論的科学研究」の誕生(復活)を想像します。

すなはち、目に見える自然の現象を理論的に検証する取り組みで、これは我々の常識で言うところの科学であります。

ところが当時これはまだ少数派で、大多数はプラトン主義やヘルメス思想に基づき「自然現象の原因を求めようとせずに、表面上は見えない隠れた本性(神性)を知ろう」としました。

両方とも同じく、自然を知ろうとする取り組みではありますが、そのアプローチは全く異なっていました。

新プラトン主義・ヘルメス思想とは

新プラトン主義とは、3世紀の哲学者プロティノスの思想が核になっており、事物の秩序的連鎖を唱えるもの。

例えば、生命は「神→スピリット→霊魂」という風に上から下に流れており、それゆえ人間は神の聖なる力を宿すとされています。

森羅万象は有機的に連鎖しており、力は上から下に降りるし、また還流もする、というのが基本的な考え方です。

 

一方ヘルメス思想は、錬金術師の租とされるヘルメスと、古代の神の偉業が混在して1つの思想にまとまったもの。

プラトン主義にあるような「秩序連鎖」は「神の叡智界→星辰界(宇宙)→地上世界」に構図となっており、上位が下位の性質を規定し、すべてが有機的に繋がっているというものです。

学問的には哲学・宗教・魔術・歴史・占星術・錬金術など多岐に渡り、神秘主義的な思想を根幹に持ちました。

 

古代文献の翻訳によって発見され大流行 

これらの主義・思想は長い間忘れられていましたが、フィレンツェの哲学者マルシリオ・フィチーノによって翻訳がなされました。

この書物が公開されるにあたって

「太古の叡智が詰まった聖典がとうとう発見された!」

として大いに喧伝され、当時の知識人たちはこぞってフィチーノの翻訳を読みあさったのでした。

 

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3. デッラ・ポルタの「自然魔術」

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こうした思想を元にして神秘主義的観点から自然や世界を捉えようとしたのが、16世紀ナポリの哲学者デッラ・ポルタ。

彼は23歳の時に著作「自然魔術」を刊行。大ベストセラーになりました。

この「自然魔術」は全体が20巻で構成されており、「理論」「学問」「実用」の3つのパートに分けられています。

「理論」パートでは、自然魔術の原理が述べられており、

「学問」パートでは、医学・生物・農学・科学・物理の諸分野について、

「実用」パートでは、学問を応用した料理術や美顔術、狩猟術などが論じられています。

「実用」は面白そうですね。料理術はちょっと読んでみたいなあ〜。

 

4. 魔術師から見る自然

 では、魔術という立場から自然や世界はどのように捉えられたのだろうか。

新プラトン主義やヘルメス思想では「万物の秩序連鎖」が根本の思想にありますがそれを踏襲し、自然の中に「霊魂を含む生き物」とみなし、人間はその自然の中で調和をとって生きているもの、と考えました。

すなはち、自然のすべてには生命が宿り、太陽の光によって全ての生命が活かされているという考えです。

実に東洋的というか、我々に非常になじみ深い考え方ですよね。

それゆえ、自然現象の原因を積極的につまびらかにしようという意志は芽生えず、自然のありのままに、感覚的経験でとらえ、いかに自然が「ある」かを見ようとしました。

そしてそこから、表面上は見えない自然の秘密や本性を知ろうとしていきます。

科学が自然の法則や汎用性を見つけ、一般に広く役立てようとするのに対して、

自然魔術は奇跡的な現象に自然の本質を探そうとし、それをクローズな秘密主義的な知に向かっていきました。 

 

5. デッラ・ポルタの魔術とは

デッラ・ポルタにとって魔術とは、「1つの知恵」でありその知恵も自然界の事柄に対する実践的な知識とされています。

自然界の様々な事柄を経験則的・実地観測的に研究するものであり、それゆえ自然界について知恵と知識を持つ者が「魔術師」であって、怪しげな妖術使いとは全く異なります。

自然を1つの生き物としてみなす自然魔術の思想では、それゆえ魔術師は自然界の中に潜むオカルト的な力を引き出すことで、天上の力すらも操ることができる人物となるのです。

なぜなら、上位と下位は有機的に繋がっており、その網の目をたぐることができるのが魔術師であるからです。 

このような自然観は、ダ・ヴィンチを含め当時の知識人たちに共通する自然観だったらしいです。

ただその後は地動説を始め、ガリレオ的な自然科学に対するアプローチが優位になり、そこから近代科学が発展していったのでした。

 

 

まとめ

現代の科学は

「自然は没個性であり征服されるべきもの」

とするキリスト教の自然観から出発しています。

それゆえ魔術は近代化学と対立し、現代では「学問」として考えられていません。

目に見える事柄やデータに基づいて論理的に物事を解明してくアプローチは大事でありますが、ただ、データに現れない事柄も世の中にはいっぱいあるのもまた事実。

論理の限界を突破するヒントは自然魔術にあるのではないか?とぼく個人は思います。 

  

参考文献:ルネサンス文化と科学 澤井繁男 山川出版社