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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

アメリカ西部開拓時代の有名なガンマンとアウトロー

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古き良きフロンティア時代に活躍した人物たち

昔は映画には「西部劇」というジャンルが一定数あって結構人気を占めていました。今やもうすっかり聞かなくなりましたよね。

アメリカ西部開拓時代の保安官やガンマンたちを主役に、ならず者たちやインディアンの襲撃から人々を守るというのが典型的なストーリーで、「正義」や「開拓精神」といったアメリカンスピリットを体現したものでした。

フロンティアが無くなり、アメリカの価値観が変化し、トランプ時代になって急速に内向きになっている現在のアメリカではもはや文脈が適合しないものになっていると思うのですが、アメリカ国内ではまだ熱烈なファンが多く、2016年だけで14本の西部劇映画が公開されています。

今回はそのような西部劇のモデルとなった有名なガンマンやアウトローをピックアップしてみたいと思います。

 

 

1. クローフォード・ゴールドスビー

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オクラホマで最も有名なアウトロー

クローフォード・ゴールドスビーは1876年テキサス州生まれ。

相当大人びていたのか、11歳で軍隊に入隊し、15歳で軍曹にまで出世しました。

除隊し実家に帰ると母は再婚しており、新たに父となったウィリアム・リンチという男と彼は上手くやっていけず、家を飛び出して流浪の生活に入りました。

ゴールドスビーはフォートギブソンで出会ったゴロツキのジムとビルのクック兄弟と意気投合し、オクラホマ州タレクアに向かいました。

彼らはここでエリス・ラットリング・ゴードという名の女からカネを騙し取ったため、保安当局も巻き込んだ撃ち合いに発展。この撃ち合いでジムは負傷しますが、相手を一人殺害し逃亡することに成功。ここからゴールドスビーは「チェロキー・ビル」というアダ名の有名なアウトローになりました。

その後ゴールドスビーとクック兄弟は「クック・ギャング」を結成し、銀行・馬車・商店の強盗を重ね、逃げた人を容赦なく撃ち殺し、オクラホマを恐怖に陥れました。

 1895年にゴールドスビーは逮捕され、翌年絞首刑で死亡しました。

 

2. ブッチ・キャシディ

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 アメリカ最大の列車強盗グループの親玉

ブッチ・キャシディは本名をロバート・ルロイ・パーカーと言い、ユタ州ビーバーの貧しいモルモン教徒の家庭の長男に生まれました。

いくつかの牧場で働きますが、「伝説の牛泥棒」と言われたマイク・キャシディーという名の老人をリスペクトし、彼の名をいただきブッチ・キャシディと名乗るようになり、本格的に牛・馬泥棒稼業に精を出し始めました。

1894年に逮捕されるもすぐに釈放され、1896年からハリー・ロンガバウ、ウィリアム・エルスワース・レイ、ベン・キラパトリック、ハーヴェイ・ローガンらゴロツキを集めて強盗団「ブッチ・キャシディとワイルドパンチ」を結成。サウスダコタ州、ニューメキシコ州、ネバダ州、ワイオミング州で多くの銀行と列車を襲い成功を収めました。

度重なる犯行に音を上げたユニオン・パシフィック鉄道は、キャシディに「恩赦を与える代わりに同社の警備員となる」ように申し出ますが、キャシディはこれを拒否。さらなる犯行準備に着手します。

結局ユニオン・パシフィック鉄道はピンカートン探偵を雇い徹底的にキャシディらを追求し、とうとう逃れられずにキャシディは南米アルゼンチンに逃亡。逃亡生活中にボリビア南部で射殺された…とされますが、実はこれは偽装工作で、実はキャシディは探偵の探索をまいてアメリカに帰国しワシントン州スポケーンで機械工として30年以上も生きながらえたそうです。

 

西部劇の名作「明日に向かって撃て!」の主人公に描かれています。

www.youtube.com

 

 

3. カラミティ・ジェーン

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アメリカ西部開拓時代の女性ガンマン

カラミティ・ジェーンはアメリカで人気のある女性ガンマンで「平原の女王」と称されています。

家族とともに西部アメリカに移住しますが、厳しい環境の中で家族は次々と病に倒れてしまう。ジェーンは6人兄妹の長女として、家族を食わせるために斥候の仕事に従事。

自伝によると、ジェーンはラッセル砦に配属されてカスター将軍の下で働き、またアリゾナでのインディアン掃討作戦にも参加したそうです。

ただ、彼女の自伝にはかなり誇張や嘘が多いらしく、どこまで本当かよく分からないのだそう。

除隊した後は、宿屋を経営したり曲芸ガンマンとしてショービジネスに参加しました。

彼女が書いた自伝「カラミティー・ジェーン」は、アメリカで大ヒットし、1953年に映画化もされています。

www.youtube.com

 

 

4. ジョン・ウェズリー・ハーディン

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 カードゲームで友人を殺害した短気な男

ジョン・ウェズリー・ハーディンはテキサス州南東部のメソジスト説教者の家庭に生まれました。

子供の頃から乱暴者で、14歳の時に女を巡ったケンカで友人をナイフで刺し、翌年に黒人の元奴隷を撲殺。3人の兵士が彼を捕らえようとしますが、ハーディンは全員を撃って殺害し逃亡しました。16歳でナバルロ群に落ち着き、教師になりました。相変わらず乱暴者のハーディンは偉そうな教師を銃で脅して生徒たちの人気者になったそうです。

1869年12月、テキサス州トワシという町で休暇中、カードゲームを巡ってジェームズ・ブラッドリーという男と言い争いになり、とうとう2人は「銃の早抜き」で決着を付けることに。このような古典的な決闘は昔のものになっていましたが、南部では未だにこういうやり方で争いの決着をつけることがあり、この時ハーディンはブラッドリーの頭と胸に弾丸を打ち込み殺害しました。

 ハーディンはその後、1878年に再び殺人を犯して投獄されてしまいます。14年間服役した後、彼は人が変わったように落ち着いた性格になっており、その後は子どもらと共に平和な日々を過ごしたそうです。

 

 

5. ベン・トンプソン

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 テキサス州オースチンの市長になった荒くれ男

ベン・トンプソンは1843年にイングランドで生まれ、その後家族とともにテキサス州オースチンに移住。若い頃は印刷工見習いとして働いていましたが、南北戦争が起こると南軍に従軍し、戦後はメキシコに渡り皇帝マクシミリアンの軍隊で革命勢力と戦いました。

オースチンに戻ったトンプソンは妹を虐待する義弟に重症を負わせて逮捕され収監されるも出所。その後賭博場を経営し、客としてやってくる荒くれ男たちと銃を撃ち合っていました。例えば、1876年12月24日、トンプソンの競合賭博場を経営するマーク・ウィルソンという男がショットガンを持ってトンプソンの賭博場を妨害にやってきた。ウィルソンはショットガンを放ちますがトンプソンには命中せず、逆にトンプソンはウィルソンを撃って殺害しました。これは正当防衛ということで逮捕にはなりませんでした。

そんなこんなで地元の名士になっていたトンプソンは、1881年にオースチンの市長に就任しますが、翌年劇場のオーナー、ジャック・ハリスと諍いになり撃ち殺してしまう。これが原因で殺人罪で起訴され市長を辞職。

その後サンアントニオで新たなビジネスを起こしますが、弁護士のジェイコブ・コイと劇場のオーナー、ジョー・フォスターに射殺されてしまいました。

 

 

6. ジョン・ジョシュア・ウェッブ

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町長でいながらギャングだった人物 

ジョン・ジョシュア・ウェッブは1847年にアイオワ州に生まれ、若い頃は保安官としてアウトローの取締や治安維持を担当していました。その功績が評価され、1880年に彼はニューメキシコ州ラスベガスの町長に任命されたのですが、そのすぐ後にドッジ・シティ・ギャングというギャング団のメンバーになりました。

このギャングは判事のフードゥー・ブラウンという男が率いたギャングで、列車強盗や銀行強盗を得意としていました。

「取り締る側」も「取り締まられる側」も素材は同じだったっぽいですね。

ギャングになった後もウェッブは保安官としての顔も持っており、ある日ラスベガスのサロンで無法者のマイケル・キリヒャーという男と諍いになり、胸に2発・顔に1発撃って射殺した。これが問題になりウェッブは逮捕され絞首刑を宣告されますが、1年後に刑務所の壁をよじ登って脱獄。その後テキサスからメキシコに逃げますが、脱獄から1年後に天然痘で死亡しました。

 

 

7. パール・ハート

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オールド・ウェストに憧れた女アウトロー

パール・ハートは1871年カナダ・オンタリオ州リンゼイの中産階級の家で育ちました。

彼女は幼いころからオールド・ウェストのエキサイティングな物語に憧れており、17歳で賭博師フレデリック・ハートと駆け落ちしてしまう。

二人はしばらくアメリカを放浪した後、子どもをリンゼイの実家に預けて、幼いころからの夢だったオールド・ウェストに足を踏み入れるべくアリゾナ州フェニックスに赴きますが、彼女が思い描いていた「古き良き開拓時代」は既に過去のものになっていたのでした。

生きるためにパールは皿洗いをして働き、次女を出産。この頃に夫フレデリックはパールとの生活に飽きており、軍に入隊してキューバに行ってしまった。この時彼女の寂しさを埋めたのが鉱山夫のジョー・ブーツという男で、二人は共に暮らすようになります。

1899年、リンゼイに暮らす母が重病だと知らされました。高額の治療費のために、ブーツと相談して列車強盗をしてカネを工面することを計画。

1899年5月30日、2人はアリゾナ州で犯行に及んだ。パールは男装して運転手を脅し、その間にブーツが乗客からカネを巻き上げ約450ドルを奪って闘争。その後2人は荒れ地に逃げますが、すぐに逮捕されてしまいました。「アリゾナに現れた女強盗」のニュースは瞬く間に人々の感心を引き、「最後の西部の強盗」として一躍時の人になりました。

パールは1902年に釈放されて、その後はタバコ屋を経営するなどし、1955年か1960年に死去しました。(晩年は諸説あり)

 

 

8. ビリー・ザ・キッド

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伝説の少年義賊王

母の死後にアウトローになったビリーは各地を放浪し、ニューメキシコ州リンカンに着きます。ここでタンストールという名の裕福な牧場主に気に入られ、カウボーイとして雇われました。

ところが、リンカンの町はタンストール率いる牧場主の一派と、ローゼンタールという町の経済を牛耳る資本家の一派とで抗争が起こっていました。

ローゼンタールは金にものを言わせ、司法・警察・銀行のトップと癒着し、町を文字通り牛耳っていました。正義感の強いタンストールは激怒し、新聞でローゼンタールの不正を洗いざらい暴露。それに恨みを抱いたローゼンタール派は、ドラン一味を使ってタンストールを射殺。ビリーもタンストールの仇討ちとして、資本家派と戦うことに。

その天才的な銃の腕前を活かしてビリーは大いに活躍しますが、多勢に無勢。タンストール派が根城としていたマクスウィーンの屋敷は、ドラン一味に包囲されガトリングガンや大砲をぶっ放されます。

籠城側はビリー含めて17名。それで5日間持ちこたえましたが、最後は火を付けられ屋敷は陥落。抗争は資本家派の勝利となり、ビリーはその場から逃げ去った。

屋敷が陥落したことで、牧場主派は劣勢になり、それまでビリーをサポートしていた、テキサスの牧場主ジョン・チザムは手のひらを返して無視を決め込みます。

仕返しとしてビリーはチザムの牛を大量に盗難。怒ったチザムは、ビリーの旧友で保安官のバット・ギャレットにビリーの逮捕を求めます。

ビリーのことをよく知ったギャレットは、行動を先読みしビリーを逮捕。ビリーはすぐに逃げ出しますが、潜伏先で殺されました。

 

 

 

まとめ

 アウトローが市長になったり、逆に要職の人物がギャングで強盗や殺人を平気で犯したりと、今ではまったく想像がつかない「オールド・ウェスト」の世界です。

「強いものが偉い」的な至極シンプルなヤンキー・ルールで、生きるの大変そうだなあという感じです。自分はまったく生き残れる気がしない。

ただし、腕っ節に自身があり野心もある男だったら、一発名を挙げてやろうという気にはなったでしょうね。

 

 

参考サイト

" 25 Most Notorious Outlaws Of The Wild West" LIST25

"WILLIAM ' CURLEY' BROCIUS"

"Ben Thompson" Knottingley and Ferrybridge Local History

"OLD WEST LEGENDS John Joshua Webb - Lawman Turned Outlaw" LEGENDS OF AMERICA

"John Wesley Hardin kills over a card game" HISTORY

Crawford Goldsby - Wikipedia

"Butch Cassidy Biography" bio

"Pearl Hart: Lady Bandit of the Old West"

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