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「ホロコーストの生き残り」を主張した詐欺師

自らホロコーストの生き残りと称して売り込みをした人々

第二次世界大戦の重大な戦争犯罪としてホロコーストが挙げられます。

対象となったユダヤ人が非常に身近にいるためか、欧米では現代でも非常に関心が高いテーマであり、書籍、小説、映画などになってその凄惨な経験が語り継がれ続けています。

ところがあまりに関心が高いためか、「自分は強制収容所の生き残りだ」と主張する詐欺師もたびたび現れます。

 

1. ローレル・ローズ・ウィルソン

ユダヤ人でアウシュビッツからの生き残りと主張した詐欺師

ローレル・ローズ・ウィルソンは虚言癖と詐欺行為で名のしれた人物です。

彼女が最も名前が知られた著作は『サタンの地下室(Satan's Underground)』という本で、悪魔崇拝の教団で生贄にするための赤ん坊を生む役割を担わされたという「実話」を語ると称するもの。

調査により、彼女の本名と家族構成、話の大部分が嘘であることが判明しました。彼女が虐待を受けていたことも妊娠した証拠も見つからなかったのです。1990年2月、出版社であるハーベストハウスはウィルソンの本の出版を停止しました。

1999年、彼女はポーランド系カトリックの母方の祖父母の姓を使い、偽身分を作り、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所のユダヤ人生存者ラウラ・グラボウスキーになりすまし、ホロコースト生存者のためにと数千ドルの寄付金を集めました。

その後、彼女は再び経歴を偽造。アウシュビッツから生存した後クラクフの孤児院に送られ、1950年代半ばにアメリカに養子に渡ったと主張しました。彼女は、悪名高いナチの医師ヨーゼフ・メンゲレの犠牲者であると主張し、不妊と化学薬品の注射の実験を繰り返されたと主張しました。

またも調査により、ウィルソンの詐欺行為と、彼女はユダヤ人でもホロコースト生存者でもないことが明らかになりました。

 

2. ミーシャ・デフォンスカ

ナチスに抵抗しオオカミに育てられたと主張した女

1997年、『Misha: A Mémoire of the Holocaust Years』という回想録が出版され、アメリカやヨーロッパでベストセラーとなりました。

この物語は著者であるミーシャ・デフォンカが6歳のとき、ユダヤ人の両親がナチスによって家から連れ去られ、ベルギー、ドイツ、ポーランドを歩いて両親を探しに行ったという内容です。

その中には、盗んだ食べ物で生活したこと、自己防衛のためにナチスの兵士を撃ったこと、瀕死の時に出くわしたオオカミに育てられたこと、強制収容所に侵入し脱出したことなど驚くべき内容が描かれています。

この回想録はフランスで映画化されました。

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しかし2008年、この回想録は全くの捏造だったことが判明しました。

捏造が暴露される前に、ミーシャ・デフォンスカとゴーストライターのヴェラ・リーは、米国の出版社マウント・アイビーと創始者ジェーン・ダニエルに対して著作権裁判を起こし、3240万ドル(約4257万円)を勝ち取っていました。ダニエルはこの判決を不服として新たに裁判を起こし、独自の調査を行なってこの物語が全くの捏造であることが明らかになりました。

彼女の本名はモニク・デ・ワエルという名前で、ユダヤ人ではありませんでした。両親がナチスへのレジスタンスで逮捕された後、祖父母と叔父のもとで暮らし1943年にブリュッセルの学校に入学していたことも明らかになりました。

しかし彼女自身は、固く自分がユダヤ人であること、両親が強制収容所で殺害された後、6歳でヨーロッパを放浪したことなどを主張しました。「本当の現実ではないかもしれないが、これは私の現実だ」と語り、事実と空想が彼女の中でごちゃ混ぜになっていることを吐露しています。

ミーシャ・デフォンセカは、出版社に2250万ドル(約2956万円)を返すよう命じられました。

 

3. ジョージ・サントス

嘘で固めた経歴で下院議員に当選した男

ジョージ・サントスは2022年にアメリカ下院選でニューヨーク州ナッソー郡の選挙区から共和党で立候補して当選した34歳。

南米からの移民の両親のもとに生まれ、ニューヨーク市立大学バルーク校に入学し、卒業後、ゴールドマン・サックスとシティグループで働いたという、誰もが羨むようなキラキラキャリアの履歴書です。同性愛を公表し、次世代の共和党のホープとして期待されていました。

ところが2022年12月、ニューヨークタイムズ紙は彼が公表しているキャリアの大部分が捏造であることを報道しました。

彼がニューヨーク市立大学バルーク校に入学した証拠はなく、ゴールドマン・サックスやシティ・グループで働いたこともない。

彼は南米出身のユダヤ系とウクライナ系の両親をもち、ホロコーストの生き残りだと主張し、母親は911テロの際に世界貿易センタービルで働いており、テロに関連した病気によって亡くなったと語っていました。しかしこれらも嘘であることが分かっています。

これらの経歴詐称の他に、投資詐欺や不正な献金などの怪しいお金の流れが指摘されています。ニューヨークタイムズ紙の報道の後、共和党内でも辞任を求める声が上がっているようです。

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4. ベンヤミン・ウィルコミルスキー

大半が捏造だったベストセラー作家の回想録

ビンジャミン・ウィルコミルスキーは、マジュダネクとアウシュビッツの強制収容所で一人生き延びたという手記『フラグメンツ』の著者です。

1995年、ドイツ語で出版されるとセンセーションを巻き起こしました。その後、12カ国語に翻訳され、1996年にはイギリスとアメリカで出版され、ニューヨーク・タイムズ紙は「ホロコーストに関する偉大な作品の一つ」と大絶賛しました。

手記はラトビア生まれの幼いユダヤ人が、リガ大虐殺で家族を殺され、ポーランドの収容所に連行され生き延びる物語です。収容所のひどい環境の描写、収容所しか知らない幼い子どもの感性と生き延びようとする健気な姿が読者の涙を誘いました。

ユダヤ系スイス人のダニエル・ガンツフリートは彼の話に疑問を持ち調査を開始。すると、ウィルコミルスキーがラトビア人ではなく、1941年にスイスの首都ベルン近郊の村で生まれたこと、母親は未婚で息子を孤児院に預け、1945年に彼はデセッカー家の養子となりチューリッヒの比較的豊かな家に住むようになったことが明らかになりました。

この手記が捏造であることがスイスの新聞『Weltwoche』に掲載されると、ウィルコミルスキーは「私の本を文学として読むか、個人的な文として読むかは読者の自由である」と述べました。

 

5. ローズマリ・ペンス

虚偽だったフォレスト・ガンプ的人生

ローズマリ・ペンス(旧姓ハンナ・ペンス)は、2005年に出版された『Hannah: From Dachau to the Olympics and Beyond』という伝記が話題になった人物です。

この本によると、ドイツ系ユダヤ人だった彼女は3歳の時にダッハウ強制収容所に移され、アメリカ軍によって解放されるまで医療実験の対象となったと主張しました。解放後は修道女に学んだスキーの技術を使って、1956年の冬季オリンピックにドイツのスキーチームで出場した語っています。

その他にも、ベトナム戦争でパイロットの夫が撃墜されたこと、ローマ法王との謁見、ベルリンの壁でのロナルド・レーガンとの遭遇、パレスチナ人テロリストによるハイジャックに出会したことなどを主張しています。まるでフォレスト・ガンプのような人生です。

しかし2009年にローズマリーはユダヤ人ではないこと、戦死したはずの夫はまだ生きていることなど彼女の話の大部分が作り話であることが明らかになりました。

2012年、彼女は小切手詐欺と2万ドル以上の窃盗の容疑でコロラド州ボルダー郡に逮捕状が出され、指名手配を受けています。

 

6.ローズマリー・コッチ

ホロコーストの生き残りと詐称して作品を作り続けた女性

ローズマリー・コッチはルール地方のレックリングハウゼンに生まれ、1980年代半ばから2007年に亡くなるまでアメリカに住んでいました。

彼女は芸術家として活動し、幼い頃に2つの強制収容所を生き延びたユダヤ人だと公表し、ホロコーストの犠牲者を追悼する作品を数多く残しました。

しかし死後の調査で、彼女はカトリック教徒でありハンガリー系ユダヤ人ではないこと、強制収容所に送られたユダヤ人のリストに彼女の家族の名前がないことが明らかになりました。

ローズマリー・コッチの作品は、イスラエルのホロコースト犠牲者記念館に収容されていますが、常設展であるヤド・ヴァシェムには現在展示されていません。ただ、「ホロコーストに関する作品」ということでコレクション自体は続けるようです。

 

7. エンリク・マルコ

「強制収容所生存者の会」会長が詐欺師だった

エンリク・マルコは、スペイン・カタルーニャ出身で、第二次世界大戦中に強制収容所マウトハウゼンとフローセンベルクに収監されていたと主張しました。この経験に基づく本を出版し、2001年にカタルーニャ州政府から「Creu de Sant Jordi」のメダルを授与され、在スペインの強制収容所生存者の会の会長に就任しました。

共和国政府軍の一員としてスペイン内戦で戦い敗れた後、故郷のバルセロナからフランスに逃れ、第二次世界大戦が始まるとフランスのレジスタンスの一員として戦ったがドイツ軍に捕まり、強制収容所に収監され拷問を受けたというものが彼の主張です。

研究者のベニト・ベルメホは、彼と直接接するうちに証言に疑問を持つようになり調査を開始しました。

調査の結果、マルコは1943年にドイツ北部のキールにあるドイツ造船所に勤務し、問題を起こして短期間キール刑務所に収監されていたことが明らかになりました。当時のフランコのスペイン政府は1941年の協定に基づいてスペイン人労働者をドイツに派遣していましたが、彼はその一人としてドイツに行っていたのでした。

ベルメホはこの事実をエンリク・マルコに突きつけ説明を求めすが回答がありませんでした。そしてホロコースト60周年の記念行事が行われ、マルコとスペイン首相との対談が行われる数日前に、ベルメホは首相官邸と協会に報告書を送りました。これがきっかけでマルコの虚偽が知られ、マルコはメダルを返還しました。

2022年5月21日、101歳で死去しました。

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まとめ

虚言癖、ビジネス詐欺師、妄想を事実と混同してしまう、などなど色々なケースがあります。

人々の興味関心が大きく、流れる情報量も多量だからこそ、そこに虚偽が紛れ込んでしまう余地も大きいのだろうと思います。

こういう詐欺師を根拠にして「だからホロコーストなんて嘘なんだ」という言説が流れてしまうこともあるため、「ホロコーストの真実」と語られることに対しても真実を明らかにする努力が必要なのだろうと思われます。

 

参考サイト

"Here’s Every Single Lie Told by George Santos" Intelligencer

"Artist allegedly faked her Holocaust survivor's story" DW

"He Was a Prominent Holocaust Survivor. But His Story Was a Hoax." NewYork Times

Laurel Rose Willson - Wikipedia

Rosemarie Pence - Wikipedia

" This article is more than 8 years old Author of fake Holocaust memoir ordered to return $22.5m to publisher" The Guardian

"Fragments of a fraud" The Guardian

"How Spanish Nazi victim Enric Marco was exposed as impostor" BBC