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2021年度世界史関連ベストブック10

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今年読んだ本のベスト10を発表します

ぼくは自分の読書本数を数えたことがないので、今年何冊読んだかよく分からないのですが、多分120~130冊くらいになると思います。

その中で「これは面白かったなあ」と印象に残っている作品をランキングにしました。

「世界史関連」と銘打っていますが、世界史以外の本、紀行文や政治学、社会学の本もあります。

6冊は2021年度に発刊になった本ですが、4冊は今年以前の本です。中には古典的な作品もあります。2021年に発売された本のトップ10ではありませんので、ご容赦ください。それではいきます。

 

1位:『チベット旅行記』 河口 慧海 講談社学術文庫

さっそく紀行文かつ古典ですいません。ご覧になった方も多いと思います。

ただ私はまだ読んでなくてたまたま今年読んだんですが、ダントツで面白かったです。

初版は1904年で、その後現代仮名遣いで再編集され、講談社学術文庫からは1978年、再訂版が2015年に出されています。英語圏では「Three Years in Tibet」という名前で知られています。

仏僧・河口慧海が、チベット語の仏典を求めてネパールから鎖国中のチベットに入り、帰国するまでの約5年間の記録です。やはり名作と呼ばれるだけあって、めっちゃくちゃ面白かったです。

風景や人物の描写が巧みで、チベット行ったことないですが風景がありありと目に思い浮かび、慧海と一緒にチベットの山中を歩いている気分になります。またこの慧海という人物がキャラが立っているというか、真面目で堅物なんだけど柔軟な対応ができる人で、色んなトラブルに見舞われるんですが、その都度キレる頭脳で切り抜けていく。「こいつは日本人だ」と密告されてピンチに陥るとか、都度ハラハラするんですが、うまいことやりこめて切り抜けていくその模様は痛快です。

これは読んで損ないです。おすすめ!

 

2位:『ピダハン』 ダニエル・エヴェレット みすず書房

こちらは2012年に初版の本で、かなり話題になったのでご覧になった方も多いと思います。

アマゾンの奥地に住む民族ピダハンの言語と社会の調査、そしてキリスト教布教のため、言語学者の著者が20年以上にもわたってピダハンの人々と共に暮らした記録です。このピダハン語は世界に存在する他の言語との類似性が少ない、かなり稀な言語です。

詳しくは読んでいただきたいのですが、例えば、物を数えるということがないので数字が存在しない、「たくさん」などの数量詞もない。「ありがとう」といった言葉もない。過去や未来といった概念もない。そのため、自分が見た物しか信じない。著者は聖書の教えを人々に語るのですが「じゃあ、お前はイエス・キリストというやつが十字架にかけられているのを見たのか?」「見てないならなぜそれが事実だとわかるのだ」とやり返される。

私たちが考える思考の常識とはかけ離れた言語です。

常識を超えるピダハン語の研究を通じて、著者は「すべての言語文法は遺伝子的に人類に組み込まれている」というチョムスキー理論に反論し、環境が言語形成に与える役割を主張します。

言語学の観点から語られますが、社会学、歴史学、文化人類学的にもとても面白い本です。ややお高めの本(3,400円)ですが、その価値はあります。

 

3位:『チェコスロヴァキア軍団』 林 忠行 岩波書店

チェコスロヴァキア軍団は、第一次世界大戦中にロシア軍によって結成されたチェコ人とスロヴァキア人の部隊。ロシア革命が起こりソ連が建国された後、シベリア鉄道を使ってウラジオストクから本国に帰国しようとするが、赤軍と衝突してしまい、ロシア内戦の白軍の重要なキープレイヤーとして一躍国際的な注目を浴びてしまいます。

その一方で、オーストリア=ハンガリー帝国の支配から独立しようとトマーシュ・マサリクを始めとした独立運動家たちは、チェコスロヴァキア軍団の活躍を盾にして国際社会に対して独立を認めるよう運動を繰り広げます。

現在のチェコとスロヴァキアの建国の歴史を語るには、このチェコスロヴァキア軍団の存在は非常に重要で、チェコスロヴァキア建国の過程を追いながら、第一次世界大戦、シベリア出兵、ベルサイユ条約締結、といった当時の国際的な出来事を眺めていきます。

帰国した軍団兵は英雄になりますが、第二次世界大戦後は共産圏になり、またしても運命に翻弄されていく。その一連の歴史がまるで叙事詩のような、壮大な映画を見終わったような感慨に浸れる本でした。

 

4位:『太平天国』 菊池 秀明 岩波新書

今年読んだ新書の中ではダントツで面白かったです。

太平天国は当然世界史の授業では学びますが、どちらかというと清帝国の支配システムの揺らぎの中で、淮軍や湘軍といっ郷勇が軍の主力になっていき末期の清軍の主力になっていくという観点でしか学ばないと思います。

本著は新書でありながらも、太平天国が起こった社会的・民族的背景、勃興にいたる歩み、国の理想とギャップ、崩壊に向かう過程、そして中国という国が構造的に抱える問題、が満遍なく整理されていて、一つの学習体験としてものすごく満足度の高いものでした。

「天朝田畝制度」を制定するなど平等主義的な理想を目指すも、一部の特権階級化や格差が生じて内部の矛盾が大きくなり、不満を感じる連中が分離を図ろうとして、そうはさせまいとする中央の力によって内紛が起こり、結局中央の力も弱まる。結局は中国伝統の専制的な支配が最も安定しているよね、という結論になっていくという、今後の中国を考えたときにややもすると暗い気持ちになるのですが、中国の論理、そして決して一枚岩ではない多重構造としての中国の社会を学ぶ上でも貴重な本だと思います。

 

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5位:『刀伊の入寇』 関 幸彦 中公新書

こちらはジャンル的には日本史です。

10世紀の唐の崩壊から五代十国を経て宋が成立するという中国の動きを中心に、遼や女真といった北方遊牧民族の動き、新羅が滅び高麗、南詔が滅び大理といった周辺国家の成立、そういうもろもろの東アジアの国際情勢の変化の中で生じた、刀伊(女真)の九州侵攻という事件は、世界史的には多数ある事件の一つではあります。しかし平安末期という、貴族から武士へ、律令国家から王朝国家へ、中国との関係重視から独自路線へと移行していく端境期に起きた出来事です。

藤原道長、藤原隆家ら貴族政治家、直接海賊と戦った平安武士、彼らを支援した地方の有力者らが、異族侵入という問題にどのようにあたったか見ると、意外とまだ律令的な政治システムは機能していて、地方が分離的な勢力を持つに至るのはもう少し先であることが分かります。また、この事件の後に近隣諸国への劣等感から観念的な自国優越主義が生まれ、外に対して閉鎖的になっていくことになります。

 

6位:『権威主義』 エリカ・フランツ 白水社

こちらは歴史というか政治学の書籍です。

権威主義体制の国と一言で言っても様々で、戦後〜21世紀の歴史を振り返ると、チリやベネズエラのように民主主義国から権威主義になったケースや、スペインやハイチのように逆に権威主義から民主主義になったケース、そして体制が変わっても権威主義体制が揺るがない中国や北朝鮮、ロシアなどあります。権威主義の度合いも、成立過程も、体制も様々な点で国ごとに事情があります。あまり意識していないけど、シンガポールやタイ、トルコなど、日本人に人気のある観光国でも権威主義体制または権威主義に近い国も多いです。

本書は権威主義体制がどのような過程で生じ、どんな特徴を持っていて、どんな国・地域で生じやすいかといった、いわば権威主義の「生態解剖」を試みた本です。

現在、世界各地で権威主義体制が復活しつつあります。例えばポーランド、ハンガリー、フィリピン、ニカラグアといった国々。個人の自由と意見の尊重を旨とする民主主義は、力によって人々を糾合させられる権威主義に比べて、目下のインターネットネット社会やコロナ禍での社会において不利な場合があります。

例えばある地域でクラスターが発生したとして、その地域丸ごと閉じ込めてしまい、そこから出たら即逮捕みたいなことは到底民主主義国ではできません。しかしスピーディーで思い切った対応がコロナ禍ではうまく働くし、為政者としても自分の権限が多ければ多いほど楽に物事を進められる。ただしその弊害は大きく、為政者が間違っていたら被害は甚大だし、その間違えに対する反省や振り返りもなされず、第二第三の被害が出る可能性もある。

本書は、勢いを増しつつある権威主義から、私たちの民主主義という体制を守るには、彼らをどう理解し、付き合っていけばいいのか、その思慮を与えてくれます。

 

7位:『現代ロシアの軍事戦略』 小泉 悠 ちくま新書

こちらも政治学の本です。『権威主義』の流れで読んだ本で、「プーチン皇帝」とも揶揄されるプーチン体制のロシアの軍事に関する新書です。

ロシアが現在どのような軍事思想を持って、軍事力というものをどう理解し、国際社会の中でどのように力を展開させていて、さらに未来の戦争に対してどのように備えようとしているのか、という内容です。

「ハイブリッド戦争」という言葉が若干バズワードになりました。明確な定義は難しいのですが、例えばロシアがウクライナ危機で展開したように、ロシア軍正規部隊だけではなく、サイバー戦や情報戦を活用して敵の情報網を混乱させ、例えば右翼やテロリスト集団、犯罪集団のような民間を敵地に送り込むといった、純軍事的な力以外の敵につながったあらゆるチャネルを駆使して、自分に都合のよい落とし所に持っていこうとする戦争をそう呼びます。古典的な、軍が敵の首都を占領して終了というものではない、ある種政治や外交の延長としての他国に対する力の行使です。

あまりにロシアがウクライナでやったことが鮮やかだったので、インターネットや言論空間を駆使した非軍事的手段を用いた戦争と、純軍事的な力と力が発する効用を組み合わせるハイブリッド戦争というキーワードが一躍注目されるようになりました。しかし筆者が指摘するのは、平時や有事に近い平時の場合にはこのような非軍事的手段を用いた戦いは効果を発揮するものの、結局大規模な戦争になったら力と力のぶつかり合いにならざるを得なくて、そうするとやっぱり「腕力」が物を言うわけで、ハイブリッド戦争時代になるからといって、純軍事面が戦争の主役であることに違いはないだろうということです。

国際政治に関心のある方はぜひおすすめです。

 

8位:『古代マヤ文明』 鈴木 真太郎 中公新書

中米に栄えた古代マヤ文明に関する新書です。個人的にマヤに関する知識は明るくないこともあり、本書で語られる大部分が初めての知識でした。新書とは思えない知識のシャワーを浴びることができました。

本書は「骨人類学」の専門家であり、長年現地で発掘調査に携わった著者が、最新の古代マヤ研究をまとめたものです。古代マヤ文明は「謎のベールに包まれた」と形容されることが多いですが、発掘調査や碑文解読が進んだことで謎の大部分は解決されています。

特に進歩が著しいのは筆者の専門である考古人骨研究で、発掘された骨の年代や年代、性別、食べていたものなどを分析するだけでなく、遺構のどこに埋葬されていたか、埋葬物は何でどこに置かれてどの面が見えるようになっていたか、どんなポーズで発掘されかなどなど、遺骸と遺骸の周辺情報を細かく記録していくのだそうです。本書はこのような、どこでどのような遺骸がどんな状態で埋葬されていて、これから考えられることは何か、という事例が多数掲載されています。

このような検証を調査していくと、かつて語られていた「マヤは戦争のない平和な文明」というイメージが間違っており、旧大陸と同様に戦争が常態化した文明だったことが明らかになっていきます。

図表も写真もたくさんで、コラムも要所にあり、ものすごいボリュームです。これが税抜960円とは。おすすめです。

 

9位:『シチリア・マフィアの世界』 藤澤 房俊 講談社学術文庫

本書は2009年10月に講談社学術文庫で出版された書籍で、私はKinlde版で読みました。

盗賊やマフィアというものにもともと興味があって、エリック・ホブズボーム『匪賊の社会史』も愛読していました。ホブズボームによると、匪賊や盗賊は「氏族社会と近代資本主義社会との中間の段階にある農業社会」で「土地持ち農民と日雇い農民によって構成され」る中で「農業に従事できない強壮な男子が大量に不断に発生する」条件で発生すると述べています。要は農村の暇で元気を持て余している男連中、しかも堅気の仕事にはつけないやつら、が徒党を組んで領主や土地主、大商人を襲撃して、その分け前を地元に還元する。地元の英雄であると同時に恐れられる存在、というようなものです。

私はてっきり、シチリアのマフィアも同じような文脈で、農村のはぐれ集団が結社化し暴力によって裏社会を牛耳るようになったものだと思っていたのですが、本書によると全然違うのだそうです。シチリアのマフィアは、農村ブルジョワが行政・官僚機構ら政治権力と結びつき、暴力的手段を駆使して農民を庇護化に置くことで、社会階層を固定化させ農民から利益を引き出そうとする非合法的な社会勢力である、というのです。

支配者への抵抗のためにたものではなく、上から作られたものであるというわけです。

マフィアは地方政治に食い込んで裏社会を牛耳り、表の政治の世界にも進出するようになっていきます。第二次世界大戦後、マフィアの出自であった大土地所有性は解体されるも、マフィアは生き残り企業家となって相変わらず非合法な手段を駆使して影響力を維持し続けている…。

私は映画『ゴッドファーザー』が大好きなのですが、あの映画の背景にあるものが本書を読むとより鮮やかに見えてきます。

 

10位:『食の実験場アメリカ』 鈴木 透 中公新書

スポーツ国家アメリカ」など、映画や食、スポーツなどアメリカ文化を多様な切り口から語るおもしろい著作を多数出されている鈴木透先生の本(2019年初版)です。

歴ログでもアメリカの食文化の記事はいくつかやってまして個人的に興味があるので、おもしろく読みました。アメリカの食の歴史を研究していくと、「アメリカらしさ」の文脈がどのように移り変わっていくのかが見えてきて、その時代時代の人口、格差、ジェンダー・人種意識、そして社会的な「正しさ」というものが透けて見えます。ブログで記事を書くだけでよく分かります。

著者も、食の過去を研究して、未来の姿を見通すことで、新しいアメリカのアイデンティティの模索や社会課題の克服のあり方が見えてくると述べます。例えば、20世紀には早く安く大量に食べ物を生産する競争的な食品生産がなされましたが、そのような食品は健康に悪影響である上に環境負荷も高くなるケースがある。そうではなく、正しい対価を払って真面目に生産し体にも良いし環境にも配慮したサステナブルな食品が今は望まれている。そうすると、食べ物はエネルギーを得らればいいというものではなく、地球や社会のあらゆる事柄と自分の命を結びつけるようになる。それが食べ物を通じた価値観の変化です。

過去を見つめることで未来を考える、そういったきっかけになる本だと思います。

 

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まとめ

今年も歴ログをご覧いただきありがとうございました。

本ブログは記事本数も減って、アクセス数自体はかつてに比べて減っているのですが、それでもご覧いただけている皆さまのおかげで成り立っております。本当に感謝申し上げます。

2021年はYouTubeチャンネルを始めたり、新たな書籍出版に向けて準備を始めたりなど、新たな展開もしております。
来年度もどうぞ、よろしくお願いします。