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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

男の中の男! 19世紀の「義賊」5選

イタリア・ローマ アメリカ オセアニア 中央ヨーロッパ

 

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波瀾万丈な義賊の生涯

前回の「20世紀の義賊5選」では、ほんの数十年まで生きていた、その命を義と信念に捧げた者たちを紹介しました。今回は19世紀の義賊を紹介します。

ちなみに前回は、

  1. ウクライナ・アナキストのカリスマ指導者 ネストル・マフノ
  2. メキシコ革命に生涯をかけた山賊 パンチョ・ビリャ
  3. 父の復讐に燃えるブラジルの ランピオン
  4. シチリア独立に人生を賭けた山賊 サルバトーレ・ジュリアーノ
  5. インドの女盗賊 プーラン・デヴィ 

を紹介しました。興味がある方はこちらよりご覧ください。

 

1. ビリー・ザ・キッド(アメリカ)1859-1881

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 伝説の少年義賊王

西部劇を見たことがない人でも名前くらいは聞いたことがあるくらいでしょう。ビリー・ザ・キッドは西部劇のヒーローで、数多くの映画やドラマになっています。

写真の通り非常に小柄で、黒髪黒目、出っ歯なため常に笑っているように見え、人懐っこくよくしゃべる。そして、銃の腕前は天才的だったそうです。

金にものを言わせた悪党どもとの戦い

母の死後にアウトローになったビリーは各地を放浪し、ニューメキシコ州リンカンに着きます。ここでタンストールという名の裕福な牧場主に気に入られ、カウボーイとして雇われます

ところが、リンカンの町はタンストール率いる牧場主の一派と、ローゼンタールという町の経済を牛耳る資本家の一派とで抗争が起こっていました。

ローゼンタールは金にものを言わせ、司法・警察・銀行のトップと癒着し、町を文字通り牛耳っていました。正義感の強いタンストールは激怒し、新聞でローゼンタールの不正を洗いざらい暴露。それに恨みを抱いたローゼンタール派は、ドラン一味を使ってタンストールを射殺します

籠城もむなしく敗北

ビリーもタンストールの仇討ちとして、資本家派と戦うことに。

その天才的な銃の腕前を活かして大いに活躍しますが、多勢に無勢。タンストール派が根城としていたマクスウィーンの屋敷は、ドラン一味に包囲されガトリングガンや大砲をぶっ放されます

籠城側はビリー含めて17名。それで5日間持ちこたえましたが、最後は火を付けられ屋敷は陥落。抗争は資本家派の勝利となり、ビリーはその場から逃げ去ります。

旧友の手によって逮捕・暗殺

屋敷が陥落したことで、牧場主派は劣勢になり、それまでビリーをサポートしていた、テキサスの牧場主ジョン・チザムは手のひらを返して無視を決め込みます。

仕返しとしてビリーはチザムの牛を大量に盗難。怒ったチザムは、ビリーの旧友で保安官のバット・ギャレットにビリーの逮捕を求めます

ビリーのことをよく知ったギャレットは、行動を先読みしビリーを逮捕。ビリーはすぐに逃げ出しますが、潜伏先殺されます。

逃げた先にはビリーお気に入りの娘がいたというのが定説のようです。

 

2. カルミネ・クロッコ(イタリア)1830-1905

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反イタリア統一運動のカリスマ 

カルミネ・クロッコは南イタリアを荒し回った山賊団の頭領。

当時は千人隊を率いるガリバルディがイタリア統一運動を完了させイタリア王国が成立し、中世以来初めてイタリア半島が統一された時でした。

そんな中、旧両シチリア王国ではイタリア統一に反対する勢力が抵抗運動を続けており、クロッコも反統一運動に参加し、新生イタリア政府を脅かしました。

ガリバルディ軍から元ブルボン朝軍へ

殺人を犯し、南イタリアの森林地帯に逃げ込んでいたクロッコは盗賊団の頭領に収まっていましたが、警察に逮捕されるも2ヶ月後に脱獄。

脱獄後、ガリバルディ軍に参加したら恩赦がもらえると聞き、仲間と共に参加し活躍します。恩赦が貰えるものと思って凱旋しますが、逆に逮捕されてしまいます。ここでもすぐに脱獄し、裏切った新政府に復讐を果たすべく、南イタリア分離独立主義者に接近します。彼らは、両シチリア王国皇帝フランチェスコ2世を奉っており、以降ブルボン家の御旗の元で戦うことになります。

快進撃と挫折、そして裏切り

クロッコは、元ブルボン軍と地元のゴロツキ、盗賊団をあわせて、2000名ほどの部隊を組織します。

クロッコの軍は、旧両シチリア王国の町を次々と占領していき、新政府に不満な住民やブルボン王家復古主義者たちから熱烈な支持を受けます。

一時期はバジリカータ州の州都・ポテンツァまで脅かしますが、新政府軍は討伐隊を増強しており、これまでクロッコの軍に同調していた町も新政府軍に寝返りを始めます。 クロッコは資金、食料の確保に困るようになり、金持ち相手に略奪や強盗、誘拐を行うようになります。

そんな中、クロッコの最も信頼していた部下の1人であるジュゼッペ・カルーゾが、新政府軍に投降。クロッコのアジトの場所などを通報し、クロッコは逮捕されます。

裁判の結果、クロッコは終身刑になり、刑務所の中で死を迎えます。

 

3. ネッド・ケリー(オーストラリア)1855-1880

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 無法者集団・ブッシュレンジャー

ブッシュレンジャーとは、19世紀のオーストラリアに存在した、荒くれ者の盗賊集団。

元々、流刑地であったオーストラリアでは、受刑者は荒れた土地で牧羊を営む貧しい生活を営んでいました。オーストラリアの自由移民が開始し、英連邦各地からやってきた移民によって統治国家としての形が作られてくると、受刑者とその子孫たちは困窮し、一部はブッシュ(茂み)に逃げて盗賊となりました。

彼らは反植民地主義や社会正義を掲げながら、銃を持って強盗や誘拐を繰り返しますが、貧しい農民にとってブッシュレンジャーは英雄であり、自分たちの声を代弁してくれる存在でもありました。

強きを挫き、貧しきを助ける

家畜泥棒を父に持つケリーは、常に警察から嫌がらせを受け、子どものころから怪しいところがあれば特に調べられずに、容赦なく逮捕されていました。 

ある日、高圧的な警官と口論になった挙げ句、投げ飛ばしたことで罪に問われます。罪状は「ピストルで警官を撃った」罪。ケリーはブッシュ(茂み)に逃げ、ブッシュレンジャーとして権力と戦う決意をします。

ケリーは強盗を繰り返しますが相手は富裕層や銀行で、貧乏人にはいっさい手を出さない上に、銀行から奪った債務帳票を町の真ん中で焼いてみせたり、奪った金を惜しみなく分け与えたりし、民衆から義賊として熱烈に支持されます。

しかし最後は、宿泊していたホテルを警察隊に包囲され、逮捕。
絞首台に登る前、こう言い残したそうです。

「人生とはこんなものだ。こうなることは分かっていたよ」

 

4. ブラック・バート(アメリカ)1829-1888

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カリフォルニアの「紳士な馬車強盗」

本名をチャールズ・ボウルスと言い、英国出身。カリフォルニアに移り住み、馬車を狙う強盗を始めます。特に銀行の馬車が狙われたため、資本家たちから大いに恐れられました。

と同時に、その出で立ちや行動は特徴的で、

  • 片眼鏡をかけ、口ひげをはやす
  • 山高帽をかぶり、ロングコートを着用
  • ポエムを自作する

という、絵に書いたような英国紳士っぷりで、庶民からは愛されました。

強盗のやり方もめちゃくちゃ紳士的

南北戦争が終わってからは銀行のセールスマンをしていましたが、金銭のもつれから大手銀行ウェルズ・ファーゴを憎むようになり、復讐のために強盗をするようになったらしいです。ただ、その手口はとても紳士でした。

彼は低く良くよく響く声でシャインと運転手に言った。

「スピードを緩めて、馬車から降りてきてください、お願いします」

シャインは馬車を降り、金庫を彼に手渡そうとした。その時ボウルスは叫んだ。

「おい!もしコイツが撃つようなことがあれば、発砲するのだぞ」

見ると草むらの中からライフルがこちらに向かって構えられている。

シャインは金庫を手渡し、ボウルスが見えなくなるまで見送った後、馬車に戻ろとうとした。草むらの銃をよく見ると、ライフルだと思ったものはかぎ針で固定された棒切れだった。

 詩人としてもプロ級

バートはその生涯でいくつか詩を残しています。そのユーモアあふれた詩は高く評価されており、バートの模倣犯が登場した際は「こんな駄作はバートは書かない」という理由で偽物だとバレた、という話まであります。

I've labored long and hard for bread,
For honor, and for riches,
But on my corns too long you've tread,
You fine-haired sons of bitches.

—Black Bart, 1877

 

私はがむしゃらに強盗をしてきた、

パンのため、名誉のため、そして富のため、

しかしあなたの業績に比べたら私なんてつまらないものよ、

そう、あなたは艶やかな髪の「クソ野郎」

1887年 ブラック・バート

 

5. ロージャ・シャーンドル(ハンガリー)1813-1878

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農村を基盤とする盗賊集団

ロージャ・シャーンドルは、ハンガリー・セゲドの貧しい農民の子として生まれます。

若いころに、身に覚えがないのに馬泥棒をやった疑いで投獄されてしまい、それがきっかけで堅気の仕事には就けなくなってしまいます。

ハンガリーの農村にはいつの時代もだいたい、働き口がないゴロツキや不就労者がおり、そういった連中がまとまって盗賊団を形成していました。

シャーンドルもそういうゴロツキの盗賊団の一員となり、徐々に頭角を現し始めます。

富める者から盗り、貧しき者に配る

シャーンドルの一味は、役場・司祭・貴族を中心に、カネを持っている連中を中心に盗みを働きます。そして奪ったカネや家畜の一部を貧しい者に分け与えたため、農民たちからは義賊(ベチャール)と呼ばれ慕われます。

しかしおおっぴらに支配階級ばかりを狙いすぎたため、警察に捕まり投獄されます。

脱獄し、義勇軍を結成し独立運動に参加

シャーンドルは監獄から脱獄。

時は1848年、ヨーロッパ各地で反ウィーン体制の運動が勃発。

ハンガリーでも、コシュート・ラヨシュがハンガリー革命を起こし、オーストリアからの独立を画策していました。

シャーンドルはこれまでの盗賊のコネをフル活用し、自ら義勇軍を組織。コシュート・ラヨシュに馳せ参じ、ハンガリー独立運動に身を投じます。

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ハンガリー革命は、結局オーストリア=ハンガリー二重王国になることで決着。

独立派が目指した完全独立は達成できず、シャーンドルはさらに抵抗を続けますが次第に孤立。

警察に逮捕され終身刑に。最後は獄中で病死しました。

 

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