歴ログ -世界史専門ブログ-

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「はい、チーズ」が死語になる日

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「撮るよ〜。はい、チーズ」

写真を撮るときのこの合言葉はなじみ深いですね。

日本はもちろん、本家のアメリカでも「Say chesse」と言います。

ただ最近みなさん、「はい、チーズ」って言いましたか?

ぼくは最後いつ言ったか覚えてないくらい言ってないです。たぶん2年くらいは口に出してない気がする。

最近は写真はもっぱらスマホだから、代わりに「いくよー」とか「はーい」とだけ言ってパシャパシャと連続で撮っています。

ちょうど現代は写真を撮る合言葉が消えかかろうとしている時代で、今の子どもたちが大人になった頃は「はい、チーズ」は死語になっているような気がしてなりません。

なぜかというと、カメラの歴史と人の表情をたどってみると、将来的にはそうなることが必然のように思えるからです。

 

 1. なぜ「チーズ」なのか

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そもそもなぜ「チーズ」かと言うかというと、「チーズ」と声に出すと口が笑っている形状になるからです。

「1+1は〜?」

「にぃ〜」

と同じです。

なので本当は写真を撮る人じゃなくて、撮られる人が「チーズ」と言わないといけないのです。本家アメリカ式が正しいですね。

撮る人「Say chesse!」

撮られる人「Chesse!」

このフレーズが使われだしたのは1940年代前半で、記録に初めて登場したのは1943年のビッグ・スプリング・ヘラルド紙の以下の記事です。

さて、知っておいたほうがよい事柄がございます。あなたが写真を撮られるとき笑顔を作るのはお決まりでしょう。これは前大使ジョセフ・デイビス氏が始めたもので、あなたがたとえどんなことを考えていようと、ハッピーに見えることを保証するものです。デイビス氏はこれを「モスクワのミッション」時に写真を撮影される時に初めて行ったもので、シンプルに口に出して「チーズ」と言うわけで、自動的に笑顔になるのです。デイビス氏は「これはある政治家からの受け売りだよ」と笑みをこぼしました。「ある偉大な政治家さ。そのお方の名前?そりゃ言えませんな」

これを呼んだ当時の人は、この記事で言及されている「ある偉大な政治家」が誰かすぐにピンと来て、ニヤリとしたことでしょう。当時の偉大な政治家と言えば、フランクリン・ルーズベルトです

「チーズ」のフレーズを発明したのがルーズベルトなのか、ルーズベルト自身も誰かの受け売りなのかは分かりませんが、このフレーズはアメリカ人に急速に広がっていったのでした。

 そういえば、英首相チャーチルの「ピースサイン」も当時出来たものだし、

いかに当時の政治家たちの一挙手一投足の影響が大きかったか分かりますね。

 

2. 写真機の前で笑わなかった19世紀

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2-1. 露光時間の大幅短縮

最初の写真の実験は、1790年にイギリス人トーマス・ウェッジウッドによってなされ、世界で初めて写真を撮影したのは、1826年にフランス人ニセフォール・ニエプスによってでした。

発明されたてのころは、1枚の写真の露光時間が8時間近くを要すると言われましたが、実際は数日かかることもあり、到底使い物になりませんでした。

この時間を限りなく短縮したのが、同じくフランス人のルイ・ジャック・マンデ・ダゲール。彼はニエプスと共同で研究を重ねて銀板写真、つまりダゲレオタイプの写真技法を開発しました。これによって、露光時間を60〜90秒にまで大幅に削減でき、今から考えるとそれでも長いですが、当時からすれば限りなく実用的な技術革新でした。

数時間も笑顔をキープできないけど、60〜90秒なら笑顔はキープできるかもしれません。

ただ当時、写真を撮影する財力を持ったイギリスの富裕層は、一般的に笑わないことがマナーであるとされました。

 

2-2. 笑顔を見せないことがマナー

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19世紀のヴィクトリア朝の時代、上流階級の人びとは可笑しいときは微笑することがマナーで、顔をくしゃくしゃにして笑うことはエチケット違反にあたると考えており、そんなことは卑しい下層民か、子どもか、酔っぱらいがやること。

上流階級にとって、笑わないことは美しさを保つことでありました。

というのも、当時のイギリスの上流階級は砂糖入りの紅茶を大量に飲んでいたせいか、虫歯の患者が異様に多かった。当時虫歯は「歯を抜く」しか治療法がなく、ニカッと笑うとデコボコの歯が見えて、まことにマヌケに見えたのでした。

笑わないことがマナー、というのもむべなるかなですね。

 

2-3. 人生の一大イベント

また当時は上流階級でも写真撮影は一生に数度の一大イベント。

一枚写真を撮るのにも現在の価格で10万円以上かかったので、本当に特別な日にしか撮影できませんでした

いざ本日は写真撮影の日、となると一家全員で最高におめかしをして、いそいそと写真館に乗り付ける。

緊張の面持ちでポーズを決める。親の緊張が伝わるのか、子どもの顔もこわばる。バシャッとフラッシュが数度焚かれる。

「はい、終わりましたよ」

「ほぅ、やれやれ、終わったか」

とようやく笑みがこぼれたことでしょう。

人生の一大イベントだから、緊張して笑顔も出ませんよね。

 

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3. カメラと大衆映画の発展

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 3-1. 写真の大衆化

1888年にコダック社を創立したアメリカ人ジョージ・イーストマンは、写真フィルムを発明し写真機をいつでもどこでも外に持ち出すことを可能にしました。

1895年には1枚あたり5ドル(現在では135ドル)かかっていましたが、1900年には1ドル(現在では27ドル)にまで安価にすることにに成功。写真機は一般大衆の手の届きやすいものになっていきました。

 

3-2. スマイルの美

20世紀に入ると映像技術の進歩で映画が大衆の娯楽として一般化しました。1930年以前は無音映画でしたが、1930年以降になると音声も入った映画が普及しました。

一瞬を切り出した写真とは違い、映画は一定の連続した時間を映し出す。

当時銀幕に映しだされた映画スターたちは、ニコニコと笑い、楽しそうに動きまわる。

映画の影響は大きく、上流階級の人びとも笑顔を作ることがエチケットであり美しさであると考えるようになっていきました。

そうして、これまで無表情で写っていた写真でも笑顔を作るようになり、

「Say cheese!」

のように合言葉にまでなって、おしなべて笑顔で写るようになったのでした。

 

4. 「はい、チーズ」は使われなくなる?

このように、ようやく人々はカメラの前でニコッと笑うようになりました。

これからもカメラの前では笑顔になるという習慣はしばらく続くでしょう。

ただ、一斉にみんなで笑顔を作る合言葉はその役割がなくなるのではないか、と個人的に思います。

 

理由1. 枚数を気にせずに写真が撮れる

ちょっと前まで写真は記念のために撮影するもので、撮ったフィルムを写真屋さんに持ち込んでプリントしてもらいました。1500円くらいはしたし、枚数も限られてるからそんなに大量に撮れるわけじゃなかった。確実に狙いすまして撮っていました。

しかしもはやそんな時代じゃありませんよね。PCやスマホ、ストレージに大量に保管できるからそもそもプリントしない。

どうしてもしたい場合はコンビニとかでパパッとプリントしてしまう。

 

理由2. 写真は記念日の特別なものじゃない

また、写真はかつてのようにイベントや何か特別な時に撮るものではなくなりました。

デジカメとスマートフォンの普及で、何気ない日常の生活を写真に撮ることが主流になっている。それに拍車をかけているのがInstagramに代表される写真SNS。

特に10代20代の若い女の子は、写真SNSを「自分のライフスタイルのキレイな部分の演出」するための装置として使っており、それは別に文字だろうが絵だろうが何でもいいのでしょうが、写真が最もよく使われている。

写真は自分の日常を人工的に作るための道具に過ぎなくなっている。

 

理由3. 人工的なスマイルより、自然な状態の美

そんなSNSの写真時代に好まれる表情は、人工的な作り笑顔よりも自然な日常の一瞬を切り取ったようなものが好まれるようになっています。

会話の中の一瞬のみんなの笑い顔の瞬間など好まれるし、共感も得やすい。

それに最近の若い女子の自撮りなんか、あれは人工的な表情なんでしょうが、すました顔してあんま笑ってないですもんね。

 

 

まとめ

若い人の美の感覚が変わってきているし、スマートフォンの普及で何枚でも写真を撮れ、写真の役割もSNSの一般化で変わり始めている。

 もちろん、これからのみんなで集まって記念写真を撮る機会は多いでしょうが、これだけ日常的に無言で写真を撮る機会が増えると、これまで写真を撮るとき当たり前のように使っていた「はい、チーズ」が忘れらていき、若い人なんか特に使わないし、次第に使われなくなっていくように思えるのです。

 

参考・引用

TODAY I FOUND, THE ORIGIN OF “SAY CHEESE” AND WHEN PEOPLE STARTED SMILING IN PHOTOGRAPHS