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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

分裂運動が盛んになる可能性があるヨーロッパの国・地域

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近い将来に分裂運動が盛んになる可能性

2014年9月にスコットランドのグレートブリテンからの独立を問う住民投票が実施されたのは記憶に新しいところですが、

2015年5月7日に行われた選挙で保守党が大勝し、イギリスのEU離脱が現実味を帯びてきました。

 またウクライナ危機に乗じて、東ウクライナ諸地域が「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の樹立を宣言し、ロシアへの併合を目指しているのも周知の通りです。

冷戦後のアメリカ一極主義が崩れ多極化を迎えつつあるいま、世界の国境は再度パズルのように組み替えられようとしているのかもしれません。

今回は近い将来分裂の危機にあるかもしれない、ヨーロッパの地域をピックアップしてみます。

 

1. ウェールズ(イギリス)

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ケルト系ブリトン人の伝統を受け継ぐ地域

ブリテン島の南西部にあるウェールズは、もともとケルト系の一部族ブリトン人が古代から居住する地域で長らく独自の伝統を保っています。

長らくアングロサクソン人やノルマン人など外部勢力の侵攻をことごとく打ち破り、 13世紀にイングランドのエドワード1世に敗れるまで独立を維持しました。それ以来ウェールズは英国王を奉る同君連合国となりますが、ウェールズ人の伝統とナショナリティは受け継ぎ現在にいたります

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1997年にウェールズ国民議会が開設され、ウェールズ労働党やウェールズ保守党など、多くは英国シンパの体制維持派ですが、70議席ある中の1/7はウェールズ独立を掲げる「プライド・カムリ」が占めており、少なくない勢力を持っています。

2014年の調査では、「独立に賛成」と答えた住民は17%に対し、反対と答えた住民は70%(無効票が13%)。

しかし「独立とはいかないまでも、ウェールズ化の推進」をもっと進めるべきと答えた人は52%にも及び、少なくとも「ひとつの英国」に拒否反応を示す人が増えていることは事実なようです。

ちなみに、2015年5月7日の総選挙では3議席を獲得しました。

source:  walesonline.co.uk

 

2. コルシカ島(フランス)

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経済危機の波を直に受ける貧しい土地

コルシカ島はフランス南東部・地中海に浮かぶ島で、島の西部は平野が広がっているが東部は山岳地帯で、歴史的に住民は貧しく自給自足の暮らしを行っていました。

11世紀にはピサ、13世紀にはジェノヴァの支配を受けるも、過酷な統治に住民は何度も反発しました。18世紀には、コルシカ独立を目指した大規模な闘争が起こり、ジェノヴァはフランスの協力を得てこれを鎮圧。以降、フランスがコルシカ島を領有することになります。

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1950〜60年代にコルシカ島の独立戦争は激しさを増します。フランス植民地が次々と独立し、働き口を無くしたコルシカ島民が島に戻ってきて高い失業率とインフレが発生、経済危機に陥ったことがきっかけでした。

この時には独立闘争は鎮圧されますが、フランスからの独立を求める声は現在もあり、 2008年段階で12%が独立を支持し、51%が大幅な自治を求めています

source:ifop.com (Les Corses et leur perception de la situation sur l’île), ifop.com (Enquête sur la situation en Corse )

 

3. ブルターニュ(フランス)

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ケルト系ブルトン人の末裔が住む地域

ブルターニュはフランス西部の半島を領域とする地域で、ここはフランスと文化を異にするケルト系のブルトン人が住んでいます。ウェールズ人やアイルランド人と同系列の民族です。

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ブルトン人はかつて、ブルターニュ王国やブルターニュ公国という自前の国を持った独立した地域でしたが、18世紀のフランス革命時にフランスに統合されます。しかし独自の文化や言語を根強く保持し続けています。

地方議会における民族主義政党の割合はそこまで高くなく、ブルトン民主同盟がわずかに議席を持つ程度です。

加えて、独立支持派は4.6%。31.1%は独立反対ですが、政治的なパワーを持つことに賛成している人は51.9%います。

source:  rue89.nouvelobs.comouest-france.fr

 

4. バスク(スペイン・フランス)

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 高度な自治権を持つスペインとフランスの国内国

バスク人はスペインとフランスの間にまたがるピレネー山脈とその周辺に住む民族で、他のヨーロッパ諸言語とは異なる独自の体系を持つバスク語を話します。

バスク人は古代ローマ時代から現在までずっとバスク地方に居住しており、周辺国が変っても頑固に固有の文化を守り抜きました。

ハプスブルグ家をはじめ歴代のスペインの王朝は、バスクの人々に「フエロ」と呼ばれる地方特権を与えており、独自法の制定や、兵役の免除、一部の税の免除を認めていました。 そのおかげや交通の要衝ということもあり、バスクは経済的にも豊かな地域といて繁栄をしていました。

ところが19世紀に入り強力な中央集権の必要性が高まると、スペイン政府はフエロの撤廃を決定。さらにバスク地方で工業地帯の林立したことによって他地域の労働者が大量に流入。バスク文化の危機を訴える人々は、バスクの独立や分離を求めるようになりました。 

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独裁者フランコが死去し、スペイン全体に民主化の波が押し寄せると、バスクではバスク自治政府が樹立され、スペインとはある程度離れた独自の統治を行うようになりました。

一部の極右や極左はスペインからの完全な独立と、フランス領バスクとの統合を求めて政治運動を行っています。 

 

5. カタルーニャ(スペイン)

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有数の経済都市・バルセロナを抱える誇り高き人々

カタルーニャ地方は中世のバルセロナ伯領にその原型があり、12世紀にアラゴン王国、そして15世紀にカスティリーャ王国と同君連合を結んだ後も、基本的には独自の法律を持った独立国であり続けました。

しかし18世紀初頭のスペイン継承戦争において、神聖ローマ皇帝カルロス6世と結び、スペイン王フェリペ5世と戦い敗れたことがきっかけで、カタルーニャはスペインに併合されカタルーニャ語を含む独自の文化が禁じられてしまいました

しかしその後の経済発展に伴い自信をつけた人々は、カタルーニャ文化復興運動(ラナシェンサ)を通じて自らの独自性を発信するようになっていきました。

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 スペイン内戦時には「カタルーニャ共和国」の独立を宣言しますが、フランコ率いる反乱軍が共和国を打倒し、カタルーニャ語の禁止を含む「分離主義運動」の一切が禁じられました。

 しかしフランコの死後の民主化に伴い自治権を求める声が高まって再びカタルーニャは自治州となり、2006年の自治憲法改訂を求める選挙の結果、行政・司法・税制面でさらなる自治権を拡大。

2014年に議会において「カタルーニャ独立の是非を問う住民投票の実施」が賛成多数で可決されますが、スペイン政府と裁判所は「法律違反」であるとして実施を阻止

しかし選挙管理委員会は11月に実施を強行し、中央政府との対立が高まっています。

source: sankei.net (カタルーニャが「投票」強行 命令無視で独立問う)

 

6. 沿ドニエストル(モルドバ)

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ロシア系住民がロシア併合を求めている地域

沿ドニエストルは、欧州一の貧困国と言われるモルドバにある「国内国」。

ドニエストル川に沿って東側の地域にロシア系住民が住んでおり、モルドバ政府の主権が及んでいない事実上の独立国です。

ソ連時代には沿ドニエストルに住むロシア人は、隣国のウクライナとも自由な交流がありましたが、1990年のソ連末期にモルドバ民族主義と独立の機運が高まり、隣国のルーマニアとの経済的な結びつきが強くなった上に、併合話まで持ち上がるようになります。(もともとモルドバ人とルーマニア人は"いとこ"のような間柄)

モルドバ語が話せず、ロシアとの経済的結びつきが強いロシア系住民は危機感を募らせ、沿ドニエストルの独立を宣言。1992年、モルドバ軍との戦闘に突入します(トランスニストリア戦争)。1ヶ月近く戦闘は続きますがロシアの介入で停戦と相成り、ドニエストル川流域に国際監視団を置くことで合意。

 先般のロシアのクリミア併合の後、沿ドニエストル共和国政府はロシア政府に対しロシア編入を求める要請を出したそうです。

source: The Voice of Russia(沿ドニエストル ロシアへの連邦加盟を希望)

 

7. パダーニャ(北イタリア)

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 裕福な北イタリア諸都市の分離独立運動

ミラノ、トリノ、ジェノヴァ、ボローニャといった、工業地帯や貿易港を持つイタリアの中でも所得が高く裕福な地域にはイタリア共和国からの分離独立を求める声があります。

もともとこの地域はローマ時代には属州ガリア・ピサルキナであり、時代を下るとロンゴバルト王国であり、さらに下るとピサやジェノヴァといった交易都市を発展させた歴史があります。

南部は両シチリア王国の支配が長く文化や慣習も異なるし、何より経済発展の遅れた南部をオレたち北部が食わせてやってる、という感情が根強くあるようです。

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パダーニャの自治権の拡大、ひいては分離独立を求める政党「北部同盟」は、1992年の選挙で大勝し政界再編につながる起爆剤となったものの、ここ最近は党内対立が激しくなり2014年の選挙では議席数5%未満の弱小政党になってしまいました。 

 

 

まとめ

めちゃくちゃざっくり言うと、経済的な苦境や環境の変化に立たされると、過去の経歴を引っ張りだしてきて独自性や優位性を訴えて閉塞感からの打開を目論む、という感じですね。

2015年度現在、ギリシャ危機に端を発したEUの経済危機は、政治的統合なしの経済統合の限界と欠点をあらわにしています。

特にスペインやイタリアなど、経済的な苦境が続く国々で今後、

「こんな多額の債務払ってられっか!オレたち抜けっからね!」

 って感じで地域の分離独立が連鎖的に起こらないとも限りません。

21世紀は統合の時代か、分離の時代か。

いままさに岐路に立っているのでしょう。

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