大悪魔から小悪党まで
前編・中編とで紹介してきた、ユダヤ・キリスト教の悪魔シリーズ。今回が最終回です。
前編では悪魔の幹部クラスを紹介しましたが、中編では末端・平社員クラスの悪魔たち7体を紹介しました。
- 好色の魔王・アスモデウス
- 毒の天使・サマエル
- イナゴの王・アバドン
- ドラゴン
- 黙示録の獣
- 偽救世主・アンチキリスト
- 女悪魔・リリト
今回は最終回の7体です。それではどうぞ。
14. 海蛇・レビヤタン
竜と同一視された大悪魔
「イザヤ記」27章1節には
その日、主は厳しく、強く、大きく、強い剣をもって、逃げる蛇レビヤタン、曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し、また海にいる竜を殺される
とあり、 ドラゴン=ヘビ=レビヤタンは同一視された悪の存在でした。
レビヤタンは、槍も刺さらない皮膚、陶器の破片のような腹、石のように固い心臓を持ち、喉には炭火を持つため、口から火炎、鼻から煙を出すそうです。
文字どおりの怪獣ですね。
地獄の入り口
12世紀ごろの絵画には、レビヤタンの口は地獄の入り口という描写をされ、
生前に悪いことをした者たちの魂が、悪魔によってレビヤタンの口に投げ込まれる、という絵画が描かれました。
「進撃の巨人」じゃありませんが、巨大な怪獣に食われるというのは、人間の本能的な恐怖なのですよね。
15. 暴飲暴食の悪魔・ベヘモット
カバが悪魔化した姿
海のレビアタンに対して、陸のベヘモット、と並び称される悪魔だそうです。
「ヨブ記」によると、
見よ、ベヘモットを。お前を造ったわたしはこの獣を造った。これは牛のように草を食べる。見よ、腰の力と腹筋の勢いを。尾は杉の枝のようにたわみ、腿の筋は固く絡み、これこそ神の傑作。作り主をおいて剣をそれに突きつける者はいない
とあり、その姿形は「カバ」に似ています。カバは当時、そんなに恐れられていたんですね。
インドの象神ガネーシャとの同一視
ベヘモットは上記の絵でもある通り、ゾウの姿として描かれることもあります。
ユダヤがまだ一神教になる前、ヤハウェはカナン人の豊穣の女神アナトと結婚しますが、この時ヤハウェはその姿を、インドの象神・ガネーシャに変えたそうです。
それゆえ、ガネーシャの姿がベヘモットに同一されて描かれました。
16. 東方の王・バアル
元はそもそも存在しなかった
夢に出てきそうなくらい気持ち悪いビジュアルの悪魔バアルは、
66もの軍団を支配する東方の王であり、序列1位の悪魔とされています。
元々、「バアル」とは「王」という意味で、
旧約聖書には「バアル・◯◯」という異教の神様が多く登場します(例:バアル・ベリト)。
その後、異教の神様たちがことごとく悪魔と断罪された後、そのバアルという名前が、悪魔を統括する上位概念として独立して擬人化され「東方の悪魔の王」となりました。
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17. 邪神・アスタロト
元はフェニキアの豊穣の女神
アスタロトは、「地獄の伯爵」「水曜日の悪魔」「次席君主8悪魔の1人」など様々な言い方をされる悪魔で、
16世紀に様々な人に取り憑き、猛威を振るったとされます。
元々は古代フェニキアの都市ビブロフの守護神で、セム族の豊穣の女神「アスタルテ」でした。
ところがユダヤの王・ソロモンがアスタルテを崇拝したところ神の怒りに触れ、王国は南北に分裂。ユダヤ民族は受難の時代に入ります。
そのため、決して崇拝してはいけない異教の神とされ、尾ひれがついて悪魔と見なされてしまいました。
18. 堕天使・モレク
獰猛で最強の堕天使
モレクは堕天使の中でも最も強く、そして強固に神との戦いを主張した過激派。
大天使ガブリエルの戦いに敗れるも、その獰猛さで天使軍を散々手こずらせました。
人身御供の血にまみれ、親たちの流した涙を全身に浴びた恐るべき王
と表現されています。
元はアンモン人の神様で、上記の表現の通り、自分の子をモレク神に捧げる儀式が行われていたようです。
そのため、ユダヤ教では、この悪習を禁じました。
自分の子を1人たりとも火の中を通らせてモレク神にささげ、あなたの神の名を汚してはならない
自分の子をモレク神にささげる者は、必ず死刑に処せられる
と、「レビ記」にあります。
モレク神の信仰が滅びた後は、こうして悪魔としての名前だけが残っている、というわけです。
19. 魔神・ダゴン
クトゥルフ神話にも登場する異教の神
ダゴンは身長9メートルほど。
全身はうろこで覆われ、手足に水かきがついて、半魚人のような姿をしています。
元々は古代ペリシテ人の豊穣の神様で、人の姿をしていました。
ところが、ヘブライ語の「dag」が「魚」を現すことから、このような半魚人的なイメージになってしまいました。
これも語呂合わせですよね。
20. 誘惑の悪魔・メフォストフィレス
ファウスト伝説に登場する新しい悪魔
メフォストフィレスはこれまで紹介してきた悪魔のように、偉くもなければ特殊な能力があるわけではありませんが、
その代わり頭の回転が早く、悪知恵が働き、言葉巧みに人間を操作しようとする詐欺師のような悪魔です。
メフォストフィレスは、16世紀ドイツで生まれた「ファウスト」伝説に登場する悪魔で、
主人公ファウストに「望みを全て叶える」ことを条件に「あの世で魂を頂戴する」ことを提案します。この「悪魔との契約」の話は、我々にも馴染みが深いですね。
ファウストは、あの世での魂の服従を条件に、この世でもあらゆる快楽と幸福を条件にメフォストフィレスと契約。しかし最後はメフォストフィレスによって騙され、ファウストは身を破滅させてしまいます。
※物語によっては、悪魔のコントロールから解放されたりするものもあるようです。
まとめ:人はなぜ悪魔に惹かれる?
さて全3回に渡って、悪魔たちとその特徴、起源を見てまいりました。
前編・中編で少し書いたことをまとめると、
悪魔が存在する目的は「ユダヤ・キリスト教の神聖性と正当性の確保」でした。
そのために状況に応じ、過去の権力を否定し、文書の矛盾を埋めて理論武装し、無知な民衆が飲み込みやすいように、分かりやすいビジュアルとお話を作り、言わば「恐怖の力」で権力者への盲目的な忠誠をさせたのでした。
しかしその中にも、人間の本能的な恐怖や、普遍的な悪徳・退廃が垣間見え、そこにいつの時代・どんな民族にも通じる「悪」の姿が見えるのです。
人が悪魔に魅せられるのも、その普遍的な形に惹かれ、納得するからかもしれません。
参考資料:「悪魔学」草野巧著 新紀元社