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「イスラエルの失われた十支族」の移住伝説

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Image from "Are the British Descended from the Ten Lost Tribes?" the Libraians

世界中に様々なディアスポラ伝説がある「十支族」

「イスラエルの失われた十支族のうちのひとつが日本にやってきて支配層となった」というお話は耳にしたことがあるかもしれません。

その根拠は、儀礼や祭祀、言語、習慣などに日本とイスラエルと間で似ている事柄があまりにも多くあるというものです。

なかなか面白い話でロマン溢るるのですが、同じように世界各国の国や民族が「イスラエルの失われた十支族がうちにやってきていた」と主張しています。今回は「日本以外」の十支族の移住伝説をピックアップしてみます。

 

1. イスラエルの失われた十支族とは

旧約聖書に記されたイスラエルの十二支族のうち、十支族がイスラエル王国(北王国)に住んでいたが、アッシリアによって王国が滅ぼされ、その後捕虜になって連れ去られ、以降行方が分からなくなったと旧約聖書に記されています。

具体的な名前を挙げると、アシェル族、イッサカル族、エフライム族、ガド族、シメオン族、ゼブルン族、ダン族、ナフタリ族、マナセ族、ルベン族の計十支族。

ユダ王国(南王国)に住んでいたユダ族とベニヤミン族は失踪を免れ、この二族が後のユダヤ民族の祖となっていきます。

この十支族の行方については、旧約聖書に断片的に記されています。

まずは、「歴代志上」第5章25~26節。

彼らは先祖たちの神にむかって罪を犯し、神が、かつて彼らの前から滅ぼされた国の民の神々を慕って、これと姦淫したので、イスラエルの神は、アッスリヤの王プルの心を奮い起し、またアッスリヤの王テルガテ・ピルネセルの心を奮い起されたので、彼はついにルベンびとと、ガドびとと、マナセの半部族を捕えて行き、ハウラとハボルとハラとゴザン川のほとりに移して今日に至っている。

次に「列王記下」第15章29節。

イスラエルの王ペカの世に、アッスリヤの王テグラテピレセルが来て、イヨン、アベル・ベテマアカ、ヤノア、ケデシ、ハゾル、ギレアデ、ガリラヤ、ナフタリの全地を取り、人々をアッスリヤへ捕え移した。

「列王記下」18章11~12節。

アッスリヤの王シャルマネセルが攻め上ったので、ホセアは彼に隷属して、みつぎを納めたが、アッスリヤの王はホセアがついに自分にそむいたのを知った。それはホセアが使者をエジプトの王ソにつかわし、また年々納めていたみつぎを、アッスリヤの王に納めなかったからである。そこでアッスリヤの王は彼を監禁し、獄屋につないだ。そしてアッスリヤの王は攻め上って国中を侵し、サマリヤに上ってきて三年の間、これを攻め囲んだ。ホセアの第九年になって、アッスリヤの王はついにサマリヤを取り、イスラエルの人々をアッスリヤに捕えていって、ハラと、ゴザンの川ハボルのほとりと、メデアの町々においた。

これを読むと、アッシリアのイスラエル侵入は一度ならず度々あって、その都度かなりの規模で集団捕虜になっていることが分かります。

若干記述が異なるのですが、アッシリアの「ハウラ、ハボル、ハラ、ゴザン川、メデアの町」これは現在のシリア北東部、イラク北西部にあたる地域ですが、そこに連れ去られたことになっています。

その後、十支族がどこに行ったか正確なことはあまり分からず、現地に溶け込んだ者、さらに別の場所に追放になった者、イスラエルの地に戻った者など様々いたと思われます。聖書外伝やタルムード(モーセの口伝律法書)やミドラーシュ(聖書解釈書)にその行方が記されていますが、体系的にまとまっているわけではありません。

例えば、エルサレム・タルムードという書によれば、十支族は3つのグループに分かれてさらに、サンバティオン川(Sambation)、サンバティオン川の後ろの遠い土地、アンティオキア近郊のダフネにそれぞれ住んだそうです。

 失われた十支族がどこに行ったかは古代からすでに様々な説が打ち出されており、 過去の人たちが打ち出した膨大な説の数々それ自体が歴史物語みたくなっています。

 

2. ヨーロッパ諸国の祖になった説

失われた十支族の伝説が最も多く存在するのがヨーロッパ諸国です。 

特に十支族渡来伝説が人気があるのがイギリス。ブリテン島に十支族が渡ったという伝説は少なくとも16世紀ごろから語られ始めたようです。

その主張によると、失われた十支族はアッシリアに捕囚された後は故国には戻らず、130年の時間をかけてヨーロッパに行き、その一部が後にイングランドの支配民族となるサクソン族となった、というものです。その根拠として、サクソン(Saxon)は「イサクの息子(Sacs-son)」という意味だ、と主張します。

20世紀に入ると、大英帝国のパレスチナ支配に対する正当化として利用されるようになります。「イギリス人=失われた十支族」伝説の支持者は1919年に「イギリス・イスラエル世界連盟」を設立し、失われた十支族の末裔であるイギリス人がイスラエルの祖ヤコブとの約束を果たしてパレスチナに繁栄をもたらす、という文脈を展開しました。
しかしこれらの主張は、言語学・聖書学・歴史学の観点からの証拠がほぼなく、一般的には偽史の一種とみなされています。

 

ヨーロッパには同じような形で、十支族が自分たちの祖になったという伝説があちこちに存在します。
例えばフランスでは、フランク族は十支族の直接的な末裔で、メロヴィング朝の王はダビデ王の直系の子孫であるという伝説があります。

アイルランドでは、アイルランドの神の一族とされるトゥアハ・デ・ダナーンのアイルランド上陸神話は、ダン族がアイルランドへ上陸した歴史を語っているとされます。

北欧でも十支族上陸神話は根強く、デンマーク人が自らを「ダン族の末裔」と言ったりとか、フィンランド人はイッカサル族の末裔で「父親」を意味するフィン語「Isä」はヘブライ語から来ているとか、ノルウェー人はナフタリ族の末裔などなど、数えきれないほど伝説が存在しています。

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3. インド、エチオピア移住説

インドには「ベネ・イスラエル」と呼ばれる在インドのユダヤ人のコミュニティがあります。商業活動に従事するユダヤ人が、長年に渡って何世代もかけて渡り住んできたもので、11~15世紀ごろにインドに定住したと言われていますが、実はこのベネ・イスラエルこそが十支族の末裔だという伝説があります。

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14〜15世紀のユダヤ人学者アブラハム・ファリソルによると、ゴザン川に捕囚されていた十支族の一部はサンバティオン川に移住させられますが、このサンバティオン川こそガンジス川のことであるそうです。そして「サンバティオン川の後ろの遠い土地」はアビシニアことエチオピアであると言いました。

 実際にエチオピアには「ベタ・イスラエル」と呼ばれる自らユダヤ人の末裔と主張する人々がいて、口頭伝説によるとダン族の一部の末裔であるそうです。

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ベタ・イスラエルの人々は、公式にイスラエル政府にユダヤ人の末裔と認定されているため、その大半が「故郷」であるイスラエルに移住しています。
 長年の混血で見た目がアフリカ系と見分けがつかず、ヘブライ語も話さない彼らは差別の対象になりやすく失業率も高く、社会問題になっているそうです。

 

4. ナイジェリア、ジンバブエ移住説

エチオピア以外にも、アフリカに移住したという伝説があります。

ナイジェリアのイボ人の中には、自分たちは十支族の末裔であるためイスラエル市民権を得る資格があると主張する人たちがいます。

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Photo by Saverx

この主張を始めたのが、18世紀イボ人出身の奴隷で後に解放奴隷となったオラウダ・イクイアーノという人物。彼は自由民となった後キリスト教徒になってイボ人に伝道しようとした人物で自伝を残しているのですが、その「アフリカ人、イクイアーノの生涯の興味深い物語」の中で彼はギル博士なる人物が「アブラハムの子孫はアフリカ人となったと推測している」と述べています。

この主張は、言語学・歴史学・考古学・その他様々な学術的観点からフェイクであると断定されていますが、実際にナイジェリアにはシナゴーグがあってユダヤ人の子孫は熱心に信仰を守っており、自分たちはユダヤ人の末裔であると信じています

彼らのうち少なくない数が「故郷」に戻るためにイスラエルに移住を試みていますが、移住というか不法移民に近く、イスラエル政府も彼らをユダヤの子孫と認めていないため、生活や就労など困難を強いられているようです。

その他、ガーナのセフウィ族は「安息日」「生後8日の幼児に割礼を施す」「13歳成人」などユダヤ人と同じ慣習を多く有するため、部族の一員であるアーロン・アートレ・トアキラファ(Aaron Ahotre Toakyirafa)という男が十支族の末裔ではないかという主張を打ち出しました。この主張は認められていませんが、15世紀にスペインから追放されたユダヤ人がこの地に流れ着いた可能性が指摘されています。

さらにさらに、南アフリカ・ジンバブエに住むレムバ族は自分たちは十支族の末裔であると信じており、イエメン、東アフリカを経てジンバブエに至ったと主張しています。

 

5. アフガニスタン移住説

アフガニスタンの多数派民族であるパシュトゥーン人の間では、自分たちは十支族の末裔であるという伝説が語り継がれています。

パシュトゥーン人の部族は結束力が強く、それぞれ独自の文脈を一族で語り継いでいるのですが、例えばユスフザイ部族の人々は、レビ族、ルベン族、エフライ族、ガド族、ベンヤミン族の子孫であると信じているそうです。

伝承だけでなく、実際にパシュトゥーン人とユダヤ人との間には共通の慣習が多くあるそうです。例えば「結婚式でグラスを壊す」「生後8日の幼児に割礼を施す」「乳と肉を一緒に食べない」「甲殻類を食べない」など。

確かにここまで同じであれば、何か共通の文化性を感じてしまいますね。実際にイスラエル政府もパシュトゥーン人がユダヤ人の末裔である可能性を認めていますが、正式認定まではされていません。

 

6. 中国移住説

中国の開封に長年ユダヤ人コミュニティが存在していたことは有名です。

少なくとも宋の時代には存在しており、シナゴークも存在し教えを守りながら生きており、19世紀までコミュニティはあったそうです。

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彼らがいつどのような形で中国にやってきたかは複数の説があり、十支族の末裔だという説もあれば、2世紀のバル・コクバの反乱でローマ帝国によってパレスチナを追われたユダヤ人が流れ着いた説や、ペルシャ在住のユダヤ商人が商売のため開封に住み着いた説などいくつか存在します。

DNA調査によると、開封のユダヤ人はアルメニア人、イラン人、イラク人の遠い親戚であることが証明されました。イランやイラクに定住し原住民と混血しユダヤ的文脈を受け継ぐ人が、ビジネスのため中国にやってきて定住しと考えるのが妥当な気がします。

現在の開封にもユダヤ人コミュニティが存在しますが、一部の人間は「故郷」であるイスラエルに移住したそうです。

  

7. アメリカ移住説

モルモン教の聖書「モルモン書」のニーファイ第一書によると、預言者ニーファイによって紀元前600年ごろアメリカ大陸が発見されたそうです。モルモンの教えによると、十支族はネイティブ・アメリカンの祖になったそうです。

チェロキー族のビバリー・ベイカー・ノーサップという人は、2001年に「We Are Not Yet Conquered」という本を出版し、チェロキー族は大西洋を渡った十支族とネイティブ・アメリカンの混血であるという主張を展開しています。

 

南米の先住民族が失われた十支族という説もあります。

1644年、オランダに住むポルトガル系ユダヤ人のラビ、メナシェ・ベン・イスラエルという男は、“Mikveh Yisrael”という著作の中で、失われた十支族は南米に逃げアメリカ先住民になったと主張しました。

ベン・イスラエルは、南米エクアドルの森林地帯から戻ったアントニオ・デ・モンテズィノスという男が「エクアドルで失われた部族の一人に会った」という証言を基にして本を書き、十支族がイギリスに渡っていたという前提で、イギリスに住むユダヤ人の待遇の改善を図り、離散状態にあるユダヤ人の集合を推進しようとしました。

しかし、これは先述のイギリス・イスラエル世界連盟の主張のように、「祖国の統一」の大義の下、大英帝国のアメリカ大陸の支配への正当性を与えるものにもなりました。

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まとめ

書いていてあまりにも情報量が多いので頭が痛くなってきました。

これ全部でなく、世界中にもっとたくさんの「イスラエル十支族来訪伝説」が存在します。全部集めて紹介するだけで本一冊書けるんじゃないかとすら思えます。

どれが真実であるかの検証はしないし、ぼくにその能力はないのでやりませんが、「由緒正しさ」というのは後世の人にかくも利用されるものなのだな、と思いました。

途中で何度も書き換えがあったと思われますが、何千年も民族の歴史を受け継いできたユダヤ人はやっぱり偉いし、いろんな人たちから利用されてる感はありますが、歴史は民族の資産なのだなとつくづく思います。

 

失われたイスラエル10支族

失われたイスラエル10支族

 

 

 

 "Where Are the Ten Lost Tribes of Israel?" Chabad.org

 "TRIBES, LOST TEN:" By: Executive Committee of the Editorial Board., Joseph Jacobs  Jewish Encyclopedia

"Are the British Descended from the Ten Lost Tribes?" the Librarioans

"Lost Ten Tribes Have Been Found and You Will Never Believe Who They Are" Breaking Israel News

">The Jews of China and the Lost Tribes of Israel" Dr. Claude Mariottini – Professor of Old Testament