ギリシア正教会の修道院自治州
アトス山は、正式には「聖山修道院自治州」と言い、エーゲ海沿いにあるギリシア北部ハルキディキ半島の南部一帯にある、ギリシア正教会の自治領です。ギリシア領土内にあるものの、修道会の代表で構成される評議会が行政・司法権限を持っており、人口2,200人のうち大半が修道士の「修道士の国」です。
1988年に世界遺産に認定されています。
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600年以上、女性の入国が禁じられた場所
アトス山へ行くには、ギリシャ北部の町ウラノポリから出航するフェリーを使うのみで、ギリシャとつながった鉄道などはありません。
観光客はギリシャ外務省で発行してもらった仮ビザを持って入国し、首都カリエで正式ビザを発行してもらう必要があります。
ただし、男性のみ。女性は誰であろうが入国は許可されません。600年以上続く伝統で、女性は船の上からアトス山を眺めて祈ることしかできないそうです。
ビザンチン帝国の勅令を維持し続ける
アトス山には紀元前から人が住み着いていたようですが、本格的に修道士が住み始めたのは9世紀頃と言われています。
885年にビザンチン皇帝ヴァシリオス一世がアトス山を修道士の聖域とする勅令を発効し治外法権を与えたことで、修道院が数多く建設されるようになりました。
それ以来ずっと治外法権を維持し続けており、ギリシャの憲法にも「昔からの特権を踏襲する」と書かれているため、言わば現在もビザンチン帝国の勅令を維持し続けていることになります。
アトス山での生活
修道士の暮らし
ギリシア正教徒の18歳以上の男性であればアトス山に住む権利があるそうで、ロシアやバルカン半島出身者を中心に2000人程度の修道士が暮らしています。若い修道僧のほとんどが大学出のエリートだそうです。
20ある修道院に所属して祈りの暮らしをしている者もいれば、山奥の洞窟で隠遁生活をしている者までいるそうです。
修道院に所属していない修道士の中には、お土産用の宗教画や宗教用具、彫刻を作ったり、農業、漁業、林業で生計をたてている者もいるそうです。最近だと、ITやタクシー運転手、自動車修理などのサービス業で食っている修道士もいるそうです。
独特の暦
アトス山では、ローマ時代に使われたユリウス歴を使用している数少ない場所です。
また、時刻の数え方も独特の「ビザンチン時刻」というものを使用しています。ビザンチン時刻とは、朝太陽が上る直前に1日が終わり、太陽が顔を出した瞬間が0時0分というカウントの仕方をするものです。