歴ログ -世界史専門ブログ-

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北元の歴史 - 元王朝がモンゴル高原に撤退して以降

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 Photo by Al Jazeera English

明朝成立後も約280年モンゴルで続いた元朝

 1368年、元朝の順帝(トゴン・テムル)は明軍に追われて都の大都(北京)を脱出し、北方に逃れました。

これをもって華北は再び華人の天下となったのですが、北に逃れた元朝はその後も健在で、しばしば華北に攻め入り、明皇帝・正統帝を捕虜にする(土木の変)など、北方から明を脅かし続けました。

 1636年、後金国のホンタイジが諸部族から「モンゴリアの支配者」の称号を推挙され、後金が清朝に変更したことで元朝は正式に消滅しました。

そのあいだの280年間の元朝の歴史を見ていきたいと思います。

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国の擬人化キャラクターの女の子13名

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最も美しい国の擬人化キャラはどれだ

自分の国に特徴的なキャラクターを設定してカリカチュアに描くことがあります。

日本だとサムライの姿で描かれたりしますが、名前やビジュアルに固有のものがあるわけではありません。

特にアメリカとヨーロッパの国に多いんですが、自分たちの国の歴史や文化、国土を擬人化し名前をつけて表現し、しかも美しく若い女性の姿として描きます。今回はそのような「美人キャラ」をピックアップしてみます。

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ボーア戦争(3)- 英軍の焦土戦とボーア軍のゲリラ戦

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手段を選ばないイギリス、ゲリラ化するボーア

20世紀前半に南アフリカの地で起こったボーア戦争のまとめ、最終回です。

ボーア国家であるトランスヴァール共和国とオレンジ自由国の地下資源の独占を狙うイギリスは、両国に武力を含む露骨な干渉を続け、とうとう1899年10月に第二次ボーア戦争が勃発。

初戦は地の利のあるボーア側が戦いを有利に進めますが、次第に物量に勝るイギリス軍がボーア側を圧倒していくことになります。前回の記事はこちらをご覧ください

追い詰められたボーアはゲリラとなり、戦争は泥沼化していくのです。

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ボーア戦争(2)- 第二次ボーア戦争の勃発、苦戦する英軍

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地下資源を巡る利権争いから第二次ボーア戦争勃発へ 

完全独立を要求する南アフリカのボーア人(アフリカーナー)と、ダイヤモンドなどの地下資源の独占を狙うイギリスの戦いの歴史です。

イギリスの支配を嫌がり北に逃げたボーア人ですが、南アフリカ全土の支配を目論むイギリスは強制的にトランスヴァール共和国の併合を宣言。第一次ボーア戦争が勃発します。戦争はトランスヴァールの勝利に終わりますが、講和はイギリスの勝利に終わった形でした。前回の記事はこちらからご覧ください。

その後南アフリカの地を巡る利権争いは激化し、とうとう第二次ボーア戦争が勃発するに至ります。 

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ボーア戦争(1) - ボーア国家の成立と南アの覇権争い

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イギリスの飽くなき野望が生んだ懊悩たる戦争

 ボーア戦争と言えば、イギリスが豊富な金やダイヤモンド鉱脈を持つ南アフリカを自らの領土とすべく、オランダ系住民が建てたトランスヴァール共和国やオレンジ自由国を打ち倒した戦争として、高校の世界史でも学びます。

ですが、世界史的文脈で言うと、ボーア戦争こそ半世紀後に訪れる大英帝国の瓦解を予知する出来事であり、帝国の矛盾が露出し様々な反戦運動が巻き起こった一大事件でした。ボーア戦争にこそ20世紀で起こる様々な悲劇の兆しがあり、なぜこの悲劇を我々人類は見逃してしまったのかという意味で、再び学ぶ価値のある事柄と思います。

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「気骨」のある世界の平和主義者7人

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平和の必要性を覚悟で示した骨のある平和主義者

現代の日本で平和主義者と言えば、現実を見ずに理想ばっかり言ってるみたいな感じで、ネットでは特に批判されることが多いです。

ぼくもどっちかというと現実主義者なので、平和主義者の考えにはちょっとついて行けないなと思うことはあるのですが、例え現実的じゃなくても、命を賭けて行動で示す平和主義者がいたとするならば、賛同できなくてもその行動自体は賞賛されるべきものであると思います。

今回は平和のために命を捧げた「気骨のある平和主義者」を紹介します。

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なぜロシア人はキリスト教を受け入れたのか

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Work by Moataz1997

ロシアがイスラム教を受け入れなかったのは酒が原因…?

キエフ公国のウラジミール大公がルーシにイスラム教を取り入れることを良しとせず、キリスト教(正教)を受け入れたきっかけとなる有名なお話があります。

ウラジミール大公の元にあるムスリムが現れ、多神教信仰を棄ててイスラム教に帰依するように訴えた。その教えは大変魅力的で、大公は乗り気だったが、ムスリムになったら「豚と酒が禁止される」ことを聞いてこう言った。

「ルーシは酒を飲むことが楽しみなのだ。酒なしには生きている甲斐がないのだよ…」

そうしてウラジミール大公はイスラム教ではなく、酒が許される正教の導入を決定したのだった。

実はこれ以外にもウラジミール大公と様々な宗教使者のエピソードが色々あり、どれも半ばネタじみて作り話っぽい感じで、本当かどうか分かりません。

ルーシ国家は伝統的に南のアッバース朝との中継交易で栄えていたため、イスラム教徒多くの接触があったので、ムスリム国家となっていても不思議はなかったのですが、最終的にはギリシア正教を取り入れてキリスト教国家となり現在に至っています。

その理由は、ビザンティン帝国との経済的な結びつき及び首都コンスタンティノープルの圧倒的な求心力のためでした。

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アンクル・サムのモデルになった人物とは?

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アメリカを象徴するキャラクター、アンクル・サム

「I WANT YOU FOR U.S. ARMY」のポスターは高校の美術の教科書で見たことあると思います。

これは1917年にイラストレーターのジェームス・モンゴメリー・フラッグによって描かれたもので、第一次世界大戦の新兵募集のポスターです。絵画作品としても非常に美しく、一度見たら忘れない強烈なインパクトがあります。

この中央に描かれている人物が、アメリカを象徴する人物アンクル・サム。略してUS(Uncle Sam)で、アメリカの愛国心をキャラクター化したものです。

アンクル・サムのモデルは諸説ありますが、最も有力なのがサムウェル・ウィルソンという人物です。

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