時には伝令、時には肉弾となった犬
もしあなたが愛犬家だったら、この記事はかなり辛い内容かもしれません。
紀元前の昔から人間は犬を戦争用に訓練し、斥候・警備・伝令・時には攻撃に用いました。
現在は軍用犬に対しては動物愛護団体からの非難が大きいようです。「可哀想だから犬を使うな」という議論はまったく建設的でないと思うのですが、
従順な犬の性質をヒトが利用し、多くの犬を殺人兵器に変えた罪はあるような気がします。
今回は古代から現代の軍用犬の役割と事例、周辺のエピソードを調べてみました。
1. 軍用犬の役割
ご存知の通り、犬はもともと群れで暮らす動物で社会性に富むため、主人に対し非常に従順。加えて嗅覚が人間の数千〜数万倍もある上に、肉を噛み砕く鋭い犬歯を持っているため、様々な用途に活用されました。
戦闘犬
文字通り、敵を見つけ次第噛みついて重傷を負わせることに特化した犬。
現在では軍隊だけでなく、警察や警備会社でも用いられています。
伝令犬
指令・伝令を書いた紙を体に付け、前線の兵士の元に送り出されました。
戦闘犬と同じく極めて危険度が高かったでしょう。
探知・追跡犬
その優れた嗅覚力を活かし、負傷兵の発見や逃げた敵の追跡を行ったり、地雷の探査の任務に携わります。
警護・哨戒犬
敵の襲撃の際に吠えて緊急事態を知らせたり、従軍時に待ち伏せしている敵を発見させたりします。
その他
負傷兵の心のケアを担うセラピー用の犬もいれば、武器・弾薬・医療品の運搬を担う運搬犬、地雷を抱えて戦車に突撃する対戦車犬なんてのもいました。
2. 古代の軍用犬
犬は古くから軍用に用いられており、古代エジプト、ギリシア、スラブ、ペルシア、中国など様々な地域で広く見られました。
当時は主に警護・哨戒用に使われていましたが、戦闘用に用いられることもまれにありました。
紀元前600年頃、アナトリアを領土としたアリュアッテスと南ウクライナを領土としたキンメリアが戦った際、アリュアッテスの軍用犬が敵をかみ殺したと記録にあります。
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3. ギリシア・ローマ時代の戦闘犬 "モロッサス"
古代ギリシア・ペロポネソス半島のエピルス地区に住んでいたモロッシア人が飼っていたのが、抜群の運動能力と強靭な肉体を持つ犬・モロッサス。元々はハンティングに用いられていましたが、古代ギリシア人はその抜群の戦闘能力に目をつけ実戦にも投入しました。
ローマ時代になると、ギリシアからモロッサス犬がヨーロッパ各地に送られて繁殖されました。フン族の首領アッティラは巨大なモロッサス犬を飼っていたそうです。
また、モロッサス犬はコロッセウムでのアニマル・バトルショーに出されることもあり、「ライオン vs 犬」「虎 vs 犬」などはショーの目玉イベントでした。
モロッサスは現在は存在しませんが、イングリッシュ・マスティフが子孫にあたると考えられています。
4. 歴史上の軍用犬導入事例
フランス
ナポレオン支配下のフランスでは、軍用犬を海軍基地に配置し、哨戒・警護用に活用 していました。
ドイツ
フレデリック大帝はロシアとの7年戦争時に、軍用犬を伝令として運用していました。
ベトナム
明王朝から独立し黎王朝を建国したレ・ロイは、100匹の猟犬からなる攻撃犬部隊を持っていました。
日本
関東の戦国大名・太田資正(太田道灌の甥の孫にあたる) は、「三楽犬」と称した犬を飼育・訓練し、城郭間の伝令に用いていました。
5. 第二次世界大戦の軍用犬
これまで見てきたように、紀元前から犬は戦争に用いられてきましたが、本格的に犬たちが大量動員されたのは第二次世界大戦以降です。
日本では地区の犬が徴用されると、人間のように犬の出征式が催されました。
アメリカ軍
アメリカ軍は太平洋戦線に549匹の犬を動員し、洞窟や塹壕に潜む日本兵を襲わせたり、哨戒・警備に当たらせましたが、ほとんどの犬は絶え間ない砲撃や銃撃の音に怯えて肝心な時にはあまり役に立たなかったそうです。
ソ連軍
ソ連軍は犬に爆薬を抱えさせ戦車に突撃させて爆発させる「対戦車犬」を実戦に取り入れました。
戦車の下に肉を投げ入れてそこに飛び込ませるように訓練したが、戦車の音に怯えて爆弾を抱えたまま戻ってきてソ連兵が自爆したり、いろいろ失敗も多かったようです。
日本軍
日中戦争で動員した軍用犬が哨戒・警備の任務で大きな成果を出したこともあり、太平洋戦争でも多くの犬が動員され、一部は攻撃犬として訓練され中国大陸や南方の前線に送られました。
ところが、連合軍の軍用犬対策の向上もあってあまり活躍はできず、多くの犬はパートナーの兵士とともに玉砕死しています。
6. 第二次世界大戦で活躍した著名な犬
動員量も多く役割も重要化したこともありますが、戦意高揚の目的で雄々しく戦った犬が「忠犬」としてもてはやされました。
チップス(アメリカ軍)
シェパード・コリー・ハスキーのミックスで、パートナーはジョン・ローウェル二等兵。
シチリア島占領作戦に従軍中、イタリア軍のマシンガン兵に出くわしたローウェルとチップス。ローウェルが突破できずに苦戦していると、なんとチップスは敵の塹壕に単独突撃して中の兵士を相手に大暴れ。4人のイタリア兵は逃げ出し、大戦果をあげた。
チップスは殊勲十字章、シルバースター、パープルハート章を賜りました。
スモーキー(アメリカ軍)
ヨークシャーテリアで、パートナーはウィリアム・ワイネ伍長。1944年、戦地のニューギニア島をフラフラ歩いているところを発見され、所有権をめぐったポーカーで勝ったワイネ伍長に譲り渡されました。
ニューギニア戦線から沖縄戦線までワイネ伍長の所属する第5空軍の部隊に従軍し、26回の偵察任務、12回の海上救助作戦に同伴しました。
第5空軍オフィシャル・ドッグという位置づけで、部隊のマスコット的存在だったようです。
6. 現代戦争の軍用犬の役割
アメリカ軍はアフガニスタン戦争やイラク戦争で軍用犬を送り込み、爆薬の匂いに反応するように訓練して自爆テロ犯の捜索を行ったり、テロや戦闘で瓦礫に埋まった犠牲者を捜索したりしています。
しかしグアンタナモ収容所やアブグレイブ刑務所では、容疑者の尋問に犬が用いられていることがリークされ人道的観点から大きな問題となりました。
まとめ
文字数や手持ちの資料の関係もあり、表面の事象を羅列するのみとなってしまいました。第二次大戦だけでも、人間は犬に対してかなりむごい仕打ちをしています。そこのところもう少し詳しく書きたいところですが、また今度。
戦争はヒト、モノ、カネをとにかく何でも動員するから、いちいち犬1匹の命にどうこう言う余裕なんざないでしょうが、興奮と狂気が収まってふと冷静になった時に人々はきっと、なりふりかまわず大量の命を無為に奪ったことの虚しさと悔しさを思うのでしょう。
第二次世界大戦中の軍用犬について詳しく知りたい方は、こちらのブログが詳しいです。