侵入者が腹ぺこワニに食われるというのはあったのか
以前こんなツイートを見ました。
インドの人と一緒に名古屋城行った時、堀を指差して「これはなんだ?」って聞かれたので「防御のための施設だ。昔は水が張ってあった」って答えたら「あーわかるわかる、ワニ放すんでしょ」って言われたことを思い出した。
— えいち・えむ・えす・ゆりしーず (@hms_ulysses) 2017年11月25日
実際に、防御のために堀などにワニを放つという事例はあったのでしょうか。
ハリウッド映画とかでは、古代の遺跡や城に眠る財宝を巡って主人公と悪役がバトルを繰り広げ、すったもんだあって結局悪役がワニに食われて死亡、ハッピーエンドという結末のものが結構あります。「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」とかそんなオチだった記憶があります。
侵入者を阻むため凶暴なワニを放つのは効果的な気もしますけど、本当のところどうだったのでしょう。
1. 堀の役割
Work by Velvet
そもそもなぜ城には堀が必要か。
それは「城内部への敵の侵入を防ぐ」ためです。ただし、城の防御には壁だけでは不十分な場合があり、堀は城の守りに絶大な効果を発揮します。
城を武力で制圧するには壁を壊し、城内部に軍を展開させ、意志決定機関を制圧せねばなりません。
そのためまずは壁を突破するのですが、方法がいくつかあります。
・大砲などで壁を正面から破壊する
・梯子などで壁を乗り越える
・トンネルを掘って地下から壁を破壊する
このいずれの方法に対しても、堀は有効な防御方法です。
まず、堀があると弓矢や鉄砲の弾が城に届きにくくなる。それに、堀の中に逆茂木や杭を打ち込んだり、落とし穴を仕掛けておけば敵軍の進軍を遅らせれるし、物理的ダメージを与えることもできる。
大砲が登場した後でも堀は有効で、徳川家康が大阪城を包囲した大坂冬の陣でも、講和条件は「堀を埋めること」でした。
また、ヨーロッパではトンネルはかなりポピュラーな攻城方法で、地下に穴を壁のところまで掘っていき、爆薬で穴ごと崩壊させて壁を破壊するか、爆薬がない時代はトンネルを支える資材を燃やして穴を崩落させます。
ですが、堀があると敵はより深く掘らなくてはならなくなるし、仮に堀に水が張ってある場合はトンネル内の水漏れの可能性も発生してくるため、攻撃側の難易度はずっと上がり、壁の破壊の可能性は低くなります。
当然日頃からメンテナンスを欠かさないことが前提ですが、適切に作られた堀はその存在自体で敵の攻撃から城を守ることが可能です。
なので、さらにそこにワニを飼って侵入者を防ごうという発想は大変非効率です。
なぜなら、ワニの生息地域は限られるし、ヨーロッパのような北の土地で南国産の生き物を飼うのにコスト馬鹿高いし、持ってくるだけで大変です。
そもそも、堀に水を張るというだけで城のメンテナンス費用は一気に跳ね上がるのです。雑草や水草の除去、水質の維持、壁の破損箇所の修繕などなど。
水を張るだけで充分防御効果はあるのに、どうしてコストがかかるワニを導入する必要があるでしょう。
堀にワニを入れる金があればもっと効率の良い方法で城の防御力を上げれるはずです。
このように城の防衛のために堀にワニを放つのは現実的ではありませんが、城の中にワニを飼うという発想は昔からあったようです。
最も有名なお話が、イタリア・ナポリの「コッコドリッロ・ディ・カステルヌオーヴォ(ワニの新しい城)」の伝説です。
2. コッコドリッロ・ディ・カステルヌオーヴォのワニ伝説
Work by Luca Aless
囚人がワニの餌食になる恐怖の地下牢伝説
コッコドリッロ・ディ・カステルヌオーヴォはナポリにある700年以上の歴史を持つ大変由緒ある城です。
ナポリは13世紀から15世紀前半までアンジュー=シチリア家による支配を受けるのですが、伝説はその最後の女王ジョヴァンナ2世にまつわるものです。
ジョヴァンナ2世は王位にありながらも、たくさんの愛人をかかえていた。しかし、少しでも何か連中を疎ましく感じるようなことがあったら、城の地下にある秘密の牢獄に彼らをぶち込んで始末していた。この地下牢には女王がエジプトから輸入したワニが密かに飼われていて、男たちは凶暴なワニのエサとなって生き絶えていった…。というもの。
Image from "Leggende: Il coccodrillo e le prigioni del Castel Nuovo" Penisola.it
この話は19世紀後半〜20世紀前半に活躍したイタリアの作家ベネデッド・クローチェの著作「Neapolitan Stories and Legends」がその出元と考えられます。
ジョヴァンナ2世は、アンジュー=シチリア家最後の女王です。
2回の結婚でも子が得られず、アラゴン家のアルフォンソ5世を養子を迎えようとしますが、土壇場でアンジュー家の養子に変更するなど優柔不断で、怒ったアルフォンソ5世によりナポリを攻略されてしまいました。その治世下で恋人や婚約者がナポリ王国から追放されたことはあったものの、死刑になったという記録はなく、またコッコドリッロ・ディ・カステルヌオーヴォの地下に牢獄があるという記録もありません。たぶん作り話であると考えられています。
これは「防御のためにワニを放つ」というものではありませんが、いかにもなストーリーで、後のハリウッド映画の話の下敷きになるような伝説です。
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3. 城の堀に猛獣を放っていた事例
ワニではありませんが、堀の中に猛獣を飼っていた事例は存在します。
最も有名なのが、チェコのチェスキー・クロモルフ城で飼われていた「クマ」。
チェスキー・クロモルフ城でクマが飼われ始めたのは、ウィルヘルム・フォン・ローゼンバーグが城主だった16世紀後半で、この時クマがどこで飼われていたかは不明ですが、1707年からは4匹のクマが第一と第二の中庭の間の堀に飼われていました。
しばらくクマは飼われつづけて、19世紀前半には飼われなくなってしまうも、19世紀半ばカール・シュヴァルツェンベルグが城主の時代に、ザクセン=ヴァイセンフェルス公ヨハン・アドルフ2世のためにトランシルヴァニアからペアのクマを取り寄せて再び飼い始めたそうです。そういう伝統があるので、現在のチェスキー・クルムロフ城でもクマが飼われています。
もはや完全にペットですが、ウィルヘルム・フォン・ローゼンバーグが城でクマを飼い始めた本当の意図は定かではありません。
さらにもう一つ、16世紀後半にバイエルン公ヴィルヘルム5世が、トラウシニッツ城の堀にライオンとヒョウの両方を飼っていたという事例もあります。
これもまた、防衛のためというより娯楽のためであり、キジやウサギなんかも飼っていたようです。
ここまで書くと堀の中にワニや猛獣を放って防御力を上げるというのはハリウッド映画の中だけの話なような気がしてきますが、古代インドでは実際に堀にワニを入れるという行為が行われていたようなのです。
4. 掘にワニを放つ記述のある文献
古代インドのマガダ国マウリヤ朝の軍師でカウティリヤという人物がいます。
チャンドラグプタ王のブレーンとして活躍した男で、マウリヤ朝を大国に成長させる原動力になったとされています。彼の著作「実利論」は、国を統治する方法が事細かに記され、政治・経済・法律・軍事・建設・産業など、古代インドの知識がすべて凝縮された集大成的著作。この功績により、彼は「インドのマキャヴェリ」とも呼ばれます。
さて、実利論の第2巻「長官の行動」の中に効果的な防御施設の作り方が記されて、その中で「堀の中にワニを入れる」が言及されています。
カウティリヤは、防御施設はそれぞれの地形や地域性に応じて作られるべきで、川や海沿い、山中、砂漠、森林などそれぞれ異なる地形を生かして敵から攻められにくい構築をしなくてはならないと述べます。
ただし、防御を優先するあまり産業や通商に不利な場所を選択すると実利を害する場合があるので、攻守最強なのは「川沿いか海沿い」にある施設だとしています。
その上で、具体的な堀の建設方法が述べられます。
堀の幅は25.2メートル、21.6メートル、18メートルの3種類。深さは堀の幅の1/2から1/3で、底の幅は表面の幅の1/3になるように掘る。堤防は小石やレンガで覆われるように作る。堤防ができたら最後に水を堀に満たす。その際に川から水を引っ張ってきてもよいが、その場合排水設備を整えなくてはならない。最後に、「堀の水に蓮の花やワニを放つ」。
ワニのくだりはさらっと述べられる程度で、なぜワニを放つのか具体的に説明されていません。
なぜわざわざ管理の手間がかかる「蓮とワニ」を入れよとカウティリヤは言うのか。
おそらく、蓮とワニが同時に言及されているので、ヒンドゥー信仰と関係があるのではないかと思います。
蓮の花は富と豊穣を司る女神ラクシュミーの乗り物。
一方で、ワニはガンジス川の女神ガンガーの乗り物です。
これは僕の憶測なんですが、城の防衛のために神様の加護を求めた結果、「蓮とワニを入れよ」だったのではないかと思います。
そういう意味だと「防衛力強化のためのワニ」と言っていいのかもしれません。気持ちの問題ですけど。
ではインドのどの城の堀にワニが放たれていたのかですが、これはよく分かりません。ただし、カウティリヤがまとめるくらいなので、古代インドでは堀にワニを放つのは結構一般的だったのではないかと思われます。
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まとめ
文献がどうしてもヨーロッパ中心になってしまうので、そもそもワニが生息している地域の情報がなかなかありません。アンコールワットの堀にワニが飼われていた、という情報もあって、ありそうな話でありますが裏が取れませんでした。
普通に考えると、ワニが生息してない地域でワニを飼うということ自体がほとんどないことで、よほどの金持ちしかできそうにありません。それを防衛のために使うなんて、ゴールドで出来た弓を放つようなもんですよね。
色々検討して一周回って冒頭のTwitterに戻って、「インド人にとっては堀にワニを放つのは昔からやってる」ということなのかもしれません。
参考文献
"Fortified Cities of Ancient India: A Comparative Study"Dieter Schlingloff
参考サイト
"DID PEOPLE EVER REALLY PUT CROCODILES IN MOATS?" TODAY I FOUND OUT
"The castle and the crocodile" wend.ca
"History of Bear-keeping at Český Krumlov Castle" States Castle and Chateau Český Krumlov