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「WWEとフェミニズム」ーアメリカン・プロレスにおける女性の歴史

ようやく男女平等が近づいたWWE

アメリカのプロレス団体最大手WWEは、大きな変革期にあります。

「男女平等」の変革への動きです。

長い間、女性の試合は男子選手の試合の前座的扱いで、セクシーさを売りにしたスタイルが人気でした。しかし今は男子と同じくメイン級へ、また技術やパワー、闘争心をむき出しした戦いで観客を沸かせるスタイルに転換しています。

これは遅ればせながらWWEでも男女平等への取り組みが進んでいると評価できると思います。

しかし、フェミニズム運動が始まって100年以上。なぜここまで男女平等への取り組みが遅れたのか。

この記事では、過去のWWEの歴史とフェミニズム文脈を織り交ぜながら考察したいと思います。

なお、考察は主に私が長年ウォッチしている最大手のWWEを中心に見ていきたいと思います。AEWはたまに見ますが、TNA(Impact)、ROH、その他の中小インディー団体はほとんど見ておらず、今回の考察のスコープ外とします。悪しからずご了承ください。

また、日本ではアメリカとは異なるフェミニズムの文脈があるため、感覚的に合わない点があるかもしれません。その点も踏まえてご覧いただければと思います。

 

※本記事は、「はてなブログ×codoc連携サービス」のプロモーションのため、はてなからの依頼を受けて投稿しています

 

1. WWEで起きていること

冒頭に述べた通り、WWEでは女子の試合に注目が集まるようになっています。(ライバル団体のAEWも同様)

しっかりレスリング技術があり、魅せる試合をすることができる選手がメインのストーリーラインに登場し、(私の観測範囲では)観客もそれを好意的にとらえているように思います。

WWEが定期的に開催するペイ・パー・ビュー(有料番組)で年間最大のイベントが「レッスルマニア」です。

2016年の「レッスルマニア32」では、それまで使われていた女性パフォーマー の呼称「ディーバ(DIVA)」が廃止され、男性パフォーマーに使われるものと同様「スーパースター」と呼ぶことが発表されました

 

この大きな方針転換を機に、WWEでは女子部門が大きな発展を遂げることになりました。

特に画期的だった年は2018年です。

1月のペイ・パー・ビュー「ロイヤル・ランブル」では、史上初の女性選手のランブル戦(リングに多数の選手が上がってリング下への落とし合いをする形式)が実現。

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そして「レッスルマニア35」で史上初めて女子戦がメインイベントとして採用され大きな話題となりました。ロンダ・ラウジー vs シャーロット・フレアー vs ベッキー・リンチという、文句なしに世界最高峰のレスラー同士の本気試合です。

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その半年後に開催されたペイ・パー・ビュー「Evolution」は、史上初めての「全試合女子選手」で催されるという思い切った企画が実現しました。

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その後はアメリカもコロナ禍になり、観客を入れずに興行を行うなど集客・収益面で苦労していたこともあり、2018年にやったような象徴的なイベントは行えていません。

引き続き女子部門への注力(経営陣に言わせると投資)は継続されていますが、2023年1月に女子選手の改革を率いた元CEOステファニー・マクマホンが引退し、父で絶対的オーナーのビンス・マクマホンが復帰したこともあり、今後どう展開するかまったく分かりません。

 

2.セックスシンボルとしての女子レスラー

2018年に象徴される女子部門への注力がなぜすごいかというと、ほんの最近までWWEでは女性は「添え物」でしかなかったからです。

女性レスラーはリング上において、セクシーで美しく、グラマラスな肉体を披露する「セックス・シンボル」としての役割がメインでした。

男性レスラーの引き立て役であり、前座であり、むさ苦しくなりがちなリングを華やかにするデコレーションでしかなかったわけです。

 

それがよく分かるのが、00年代によく行われていた「ブラ&パンティ・マッチ」

試合の途中で相手を脱がせ、ブラとパンティにしたら勝ちという、しょーもない企画です。

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もう一つ象徴的な形式が「ピロー・マッチ」

要は下着姿になって枕でしばきあうというものです。

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もはやプロレスですらないのが、「ビキニ・コンテスト」

セクシーな音楽に合わせて服を脱いでビキニ姿になり、観客の声援の大きい方が勝ちという企画。たいてい黒髪の悪女役(ドーン・マリーやヴィクトリアなど)が負けて発狂し、金髪美女(トリー・ウィルソンやトリッシュ・ストラタス、ステイシー・キーブラなど)に食ってかかるというのがお決まりでした。

また当時の実況ジェリー・ローラーがこういう試合を見て嬉しそうにはしゃぐので、「プロレスはおっさんの見るもの」感が助長されてた気がします。

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これらを一括りに「セクシー路線」と総称してしまいます。

WWEをはじめ、アメリカのプロレス界は90年代半ばからセクシー路線が主流で、これが長い間続きました。

さすがにビキニ・コンテストのような露骨すぎる内容は10年代に入るとなくなっていますが、レスリングの上手さというよりは、グループの抗争や恋愛劇といった、ストーリーの登場人物としての役割の方が重要でした。

例えば2008年~2015年まで女子部門のメインロスターであったベラ・ツインズ(ニッキー・ベラ&ブリー・ベラ)は、姉妹間での抗争やお気に入りの男性レスラーの取り合いなど、リング上や舞台裏で展開されるストーリーをかき回す役割で人気となりました。

ただ純粋なプロレスの試合としては女子選手の試合は男子に比べてレベルが低く、これは個人の感想ですが、あまり面白くない試合が多かったです。

 

これが大きく変わるきっかけとして指摘できるのが、2010年に始まったWWEの新ブランド「NXT」にて、次の世代の才能を発掘する試みが始まったことです。

NXTではメインブランド「RAW」「Smack Down」とは異なり、レスリングパフォーマンスを重視した見応えのある試合が展開されました。これにより才能ある若手が台頭することになります。

そして2015年7月13日放送の「Raw」において、ベラ・ツインズに対し、GMステファニー・マクマホンがNXTで活躍していたシャーロット・フレアー、ベッキー・リンチ、サーシャ・バンクスをRAWに投入する「改革」を宣言しました。 

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ステファニー「ニッキー、あんた口を慎みなさい。なぜなら変わらなければいけないからよ。改革は今、この場で始まるの。」

NXT Divas emerge to challenge Team Bella: Raw, July 13, 2015
https://www.youtube.com/watch?v=vNSVaayTCCs

 

ステファニーの紹介で、ベッキー・リンチ、シャーロット・フレアーがペイジと合流

NXT Divas emerge to challenge Team Bella: Raw, July 13, 2015
https://www.youtube.com/watch?v=vNSVaayTCCs

 

ナオミ、タミーナ、サーシャ・バンクスも登場

NXT Divas emerge to challenge Team Bella: Raw, July 13, 2015
https://www.youtube.com/watch?v=vNSVaayTCCs

 

ここから3グループの抗争が始まり、結果的にベラ・ツインズが敗れてフェードアウトし、NXT出身者がメインロスターとして躍り出ることになります。

その後は、アスカ、ベイリー、ビアンカ・ベレアー、リア・リプリーなど多くのNXT出身の才能あるレスラーが第一線で活動するようになりました。また、WWEを退団したペイジ(現サラヤ)やトニー・ストーム、エンバー・ムーン(現アテナ)などNXT出身者がライバル団体AEWに移籍し活躍しています。

人種・国籍、肌の色、キャラクター、衣装含め非常に個性的で、多様性という点では男子部門に引けを取りません。

ただしこの動きは、アメリカのフェミニズムの最前線からは30〜40年近く遅れています。ここで少しアメリカのフェミニズムの歩みについて簡単に触れておきます。

 

3. フェミニズムと「ザ・マン」

アメリカにおいて、女性の多様性を重視する「第三波フェミニズム」が起こったのは1980年代〜1990年代のことです。

第三波フェミニズムは、「家父長制からの解放」や「男性支配からの脱却」を目指した第二波フェミニズムへの反発から生じています。1960年代〜1970年代のフェミニストが目指したあるべき進歩的な女性像の構築は、若い世代にとっては「価値観の押し付け」であり、ありたい自分を否定されるものでした。

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