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メキシコ風アメリカ料理「テクス・メクス」の歴史

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様々な文化が混ざり合ってできたアメリカのミックス料理

テクス・メクス料理はアメリカ・テキサス州発祥のメキシコ風アメリカ料理、またはメキシコ風テキサス料理です。

日本に展開しているメキシコ料理をちゃんと定義すると、アメリカ資本のものはほとんどがテクス・メクスといっていいと思います。メキシコ人シェフが作るメキシコ料理でも、「日本人の舌に合わせて」テクス・メクスの要素を入れているものもあります。

日本ではあまり馴染みがありませんが、知らず知らずのうちに食べている。それがテクス・メクスです。

 

1. テクス・メクス料理とは何か

冒頭に述べた通り、テクス・メクスのルーツはメキシコ料理ですが、メキシコ料理で一般的でない食材、具体的には小麦粉のトルティーヤ、シュレッドチーズ、クミンを使うところに特徴があります。

メキシコ料理はトルティーヤはコーン粉を使うのが普通で、小麦粉はあまり使いません。また、チーズが重要な役割を果たしていて、ナチョスやチリコンケソなどとろーりとしたチーズを味わう料理が多くあります。また、メキシコ料理ではごく少数しか使われないクミンを多用するのも特徴です。クミンはカナリア諸島からの移民がテキサスに持ち込んだもので、テクス・メクスの多様な文化の成り立ちを象徴的に表しています。

食材だけでなく、食べ方や調理法にもメキシコ料理とは異なる独自性があります。

テクス・メクスの代表的な料理をいくつか紹介します。

 

チリコンカン

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テクス・メクスの代表料理と言えばチリコンカンです。肉とタマネギを炒め、トマト、唐辛子、豆(赤いんげん豆など)を加えて煮込んだものです。

テキサス州はチリコンカンを「州の料理」に指定しているし、毎年チリコンカンのレシピの競技会が開かれるほど愛されています。シンプルながら奥が深く、家庭ごとに独自のレシピがある「ママの味」でもあります。

チリコンカンの起源はよく分かっていませんが、レシピにまつわる神話はたくさんあります。最も有名なものは「青い服の女(Lady in Blue)」伝説です。

スペインの修道女マリア・デ・アグレダは、祖国スペインを離れずテレパシーのようなものでアメリカ原住民たちに伝道することを公言していました。彼女はジュマノス族(テキサス州ソノラの原住民)の女たちの前に青い服を着て現れ、神の教えと共に「燃えるような赤いスープ」の作り方を教えたのだそうです。

 

チリコンケソ

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単に「ケソ」と呼ばれることも多いチリコンケソは、黄色いチーズと唐辛子を混ぜたディップソースです。前菜でトルティーヤ・チップスのソースとして出されることが多いですが、エンチラーダやタマーレ、ブリトーにかけられたりすることもあります。

 

ナチョス

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トルティーヤ・チップスにチーズ、サルサ、ワカモレ、ハラペーニョのスライス、チリコンカン、サワークリームなどをかけたもので、前菜に食べることが多いです。

ナチョスの起源もいくつかの説がありますが、最も有名なものが「ナチョ」というあだ名のイグナシオ・アナヤが発明したというもの。

1943年、テキサス州イーグル・パスに住む軍人の妻たちが、リオグランデ川を越えてメキシコのコアウイラ州にあるピエドラス・ネグラスに小旅行に出かけました。ご婦人方は「ビクトリー・クラブ」というレストランで軽食をとろうとしましたが、あいにくシェフたちはまだ出勤していませんでした。そこでオーナーのイグナシオ・アナヤがトルティーヤにとろけるチーズをのせ、その上にハラペーニョをのせたプレートを即席で作りました。ご婦人方はその味を大絶賛し「Nacho's Especial」と呼んだ、という話です。

 

ブリトー

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ブリトーは小麦粉のトルティーヤで肉や野菜を巻いて詰めたもの。「タコス・デ・ハリナ」とも呼ばれています。

ブリトーの起源は定かではありません。スペイン語で「Burro」はロバを意味しますが、1910年ごろにフアレスでロバに乗ってタコスを売った露天商フアン・メンデスが由来だという説があります。

 

ファヒータ

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ファヒータは牛肉、ピーマン、玉ねぎ、スパイスをグリルし、トルティーヤに巻いてサワークリームやサルサをつけ、ライムを絞って食べる料理です。

1930年代にテキサス州南西部の牧場で生まれたとされ、もともとは貧しいカウボーイが通常は捨てられる牛肉のハラミを焼いて食べていたものだそうです。

そのため本来のファヒータはハラミを使うのですが、今はロースなど他の部位も用います。

 

ここまでご覧になって気づいた方もいるかもしれませんが、ナチョスやブリトー、ファヒータなど私たちがメキシコ料理の定番だと思って食べている料理の多くは実はテクス・メクス料理です

タコベルを始め、日本で展開しているメキシコ料理チェーンのほとんどアメリカスタイルであることがその理由だと思います。

さてではここからが本題です。テクス・メクス料理はいつ、どのようにして誕生し、テキサスで定着していったのでしょうか。

 

2. テクス・メクス料理の誕生

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アメリカ化するメキシコ料理

テクス・メクス料理の起源は、テキサスがスペインの新大陸領土「ヌエバ・エスパーニャ」の一部であった時にさかのぼります。支配者としてやってきたスペイン人の食文化と原住民ネイティブアメリカンの料理がミックスした、メキシコ系テキサス人テハーノの食文化がそのルーツです。

トルティーヤやサルサは原住民の影響。牛肉のグリルはスペイン人の影響です。テジャノの料理はメキシコ北部の州の料理の影響を強く受けていました。cabrito(子ヤギ)、barbacoa de cabeza(牛の頭のバーベキュー)、carne seca(乾燥牛肉)などの牧畜文化の産物の味も、リオグランデ川を挟んだ両側で共通しています。

1821年にメキシコがスペインの植民地から離れ、その後テキサスが1836年に独立をし、アメリカの一部になったのは1845年のことですが、アメリカの一部になったことでテクス・メクス料理は独自に発展をするようになっていきます。

大きかったのは鉄道の開通です。それまではアメリカとメキシコの国境を挟んだ産物の取引が盛んだったので必然的に料理のスタイルも似たようなものでしたが、19世紀半ばに鉄道が開通しアメリカの食材や調理器具が普及したことで、食文化の「アメリカ化」が進むことになりました

チーズ、小麦粉、クミンがメキシコ料理に比べて多く使われるようになったのはそのためです。

 

進化するテクス・メクス料理

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テハーノの家庭料理は、1880年代のサンアントニオで初めて多くの人々に広まりました。

それは、街の広場で「チリクイーン」と呼ばれるテハーノの女性たちが売った安価な料理です。その代表格がチリコンカンで、熱々のパンと水を添えて数セントで売られていたため、地元の人々や観光客で賑わいました。

▽1939年にサンアントニオで豆とトルティーヤを売る女性

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1893年にシカゴで開催された万国博覧会では、「サンアントニオ・チリ・スタンド」で肉、豆、チリペッパーのメキシコ風シチューが供されました。

同じ頃、テキサス州ニューブラウンフェルスからサンアントニオに移住してきたドイツ人移民のウィリー・ゲバルトが、唐辛子、クミン、オレガノ、黒胡椒を挽いて混ぜ合わせたチリパウダーを自分のブランドで売り始めました。伝統的な料理人たちは、あらかじめ味がブレンドされたものを嫌いましたが、ゲバルト・チリ・パウダーの便利さはヒットしました。

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サンアントニオは、テクスメクスのもうひとつのスタンダードである「コンボプレート」の発祥の地でもあります。

1900年、シカゴ出身のオーティス・ファーンズワースが市内の「オリジナル・メキシカン・レストラン」で、米と豆と一緒に焼いた肉を出すことを「レギュラー」と呼んで流行らせました。テキサスの多くのメキシカンレストランがこれを真似て、サワークリームやチーズをトッピングしたコンビネーションプレートを提供してこれが定番となり、テクス・メクス料理の代表格となりました。

今日に至るまで、サンアントニオはテクス・メクス料理の中心的存在です。

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3. メキシコ料理とテクス・メクス料理の区分け

このようにサンアントニオを中心にして独自の食文化が発達していきましたが、長い間人々はこの料理を「メキシコ料理」と見なしていました。

テクス・メクス料理が明確にメキシコ料理と区別されたのは1970年代初頭のことです。

作家のダイアナ・ケネディが、1972年に出版した料理本『Cuisines of Mexico』の中で、メキシコ国内で提供されるメキシコ料理と、国境の北で提供されているメキシコ料理を明確に区別し、後者を「テクス・メクス料理」と呼びました。

イギリス人であるダイアナ・ケネディは、何十年もかけてメキシコ料理のレシピや調理法を研究してきた人物で、彼女にとってミックスプレートやとろけるチーズがかかった料理は「本家」とは似ても似つかないものに思えました。

この作品によって「テクス・メクス」という言葉が広まり、メキシコ料理とは異なる「メキシコ風アメリカ料理」として確固たる地位を築くことになりました。

 

そもそも「テクス・メクス」とは、1875年にテキサス州南部で設立された「Texas Mexican Railway」の略称として使われたのが最初です。1920年代にはアメリカの新聞でハイフン付きでテハーノを表現する用語として使われました。

「テクス・メクス」という単語で料理を初めて表現したのは、1960年5月のビンガムトン(ニューヨーク)プレスの記事で、1960年10月6日にアメリカのいくつかの新聞に掲載された記事では、チリやエンチラーダを含むレシピは「テクス・メクス」であると書かれています。

その後ケネディの著作の影響もあり、現在ではテクス・メクスとは、タコスやナチョスなどのメキシコ風料理一般を指す単語となりました。

 

4. テクス・メクスは「偽メキシコ料理」か?

「本家」のメキシコ人からすると、テクス・メクスはアメリカ化されたメキシコ料理に見えて「ホンモノではない」ということになります。

しかし「本場」のテキサス人からするとルーツはメキシコにあるにせよ独自に発達を遂げた唯一無二の存在であるようです。

これまで見てきたように、テクス・メクスはスペイン人と原住民の食文化をルーツにして、様々なルーツを持つ人たちの食のスタイルが融合して成り立ったものです。

テクス・メクス料理は全米に広がり、最もポピュラーな料理のジャンルとなっていますが、やはり「本場」は一味違うということで各地からテキサスに観光客が詰めかけます。

レストラン Matt's Rancho Martinezのオーナー、マット・マルティネスのインタビュー記事では、彼はテクス・メクス料理がこの地域に根差した郷土料理であることを強調して語っています。

彼によれば、テクス・メクスは季節ごとの地元の食材を使うため、入手状況によってメニューやレシピが変化するそうです。しかし基本的にはメキシコの伝統的なスパイスやフレーバーをベースにしているので、味にブレが生じることはないと語ります。

マルティネスは、テクス・メクスは、都市部に移り住んだメキシコ人労働者階級が自由に使える食材をもとに作られたと語ります。チリコンカンもナチョスも、色んな人が似たような料理を作っていてそれが混ざったりしながら、名前がつけられ広まっていったと考えられます。そのため明確な起源が分からないし、ある種のおとぎ話のような逸話しか伝わっていないのです。

テキサスという特殊な事情を持つ土地で生まれ発達したテクス・メクス料理は、土地の人々によって育まれてきたれっきとした独自料理であって、「偽メキシコ料理」といった名前で語るべきものではないと思います。

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まとめ

日本ではテクス・メクス料理という名前はまだ馴染みがないです。

ですが日本のメキシコレストランで提供されている料理の多くはテクス・メクス料理という状態。まだまだ日本人にはメキシコ料理の認知が低く、当然テクス・メクス料理との区別もほとんどついていないのが実情です。

料理を単に楽しむだけでもよいのですが、文化的背景や歴史を知ることが正しい異文化理解につながると思います。

日本でもっとメキシコ料理が普及し、同時にテクス・メクス料理の認知が拡大することも期待したいところです。

 

参考サイト

"Tracing the History of Tex-Me" HISTORY

"Tex-Mex cuisine: the history behind chili con carne, nachos, burritos and fajitas" GAMBERO ROSSO

"Everything You Didn’t Know About the Rise of Tex-Mex" chowhound

"A Brief History of Chili Con Carne" FOOD REPUBLIC

Tex-Mex - Wikipedia