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悪魔の造形の歴史 - 悪魔はどんな形で描かれてきたのか?

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さまざまな姿で描写されてきた悪魔

悪魔とはキリスト教では、人間をたぶらかし、善の道に背かせ、神を裏切るように仕向ける存在であるとされます。
悪魔自体もサタン、ルシファー、アゼザル、ベゼルブブ、アスモデウスなどなど、数えきれないほどたくさんの数がいます。
悪魔を絵画に描くとき、そのビジュアルは、当時の人々が感じる醜悪で邪悪なイメージに基づいて描かれるのですが、時代によってさまざまに移り変わっています。

この記事では時代ごとの悪魔のイメージを見ていくのですが、そのどれもが悪魔のイメージを現代でも帯びているというのがスゴイところです。 

 

1. アダムとイブをたぶらかす蛇

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 蛇がアダムとイブをたぶらかし、知恵の実を食べさせてしまう旧約聖書の「創世記第三章」は非常に有名です。

ところがヘブライ語の原文ではアダムとイブをたぶらかしたのは蛇ではなく、「サタン」と書かれているそうです。サタンとは「敵」「障害」という意味で、人間に敵対する超自然的な存在を表す抽象的な言葉であると考えられています。

アダムとイブをたぶらかした者が蛇に置き換えられるのは新約聖書になってから。

古代のヘブライ社会では、蛇は人間をたぶらかすような知性を持つ賢い動物と考えられていたようです。

『マタイによる福音書』第10章でイエスはこのように言っています。

わたしがあなたがたをつかわすのは、羊をおおかみの中に送るようなものである。だから、へびのように賢く、はとのように素直であれ。

創世記では神は蛇に「この世のすべての獣の中で呪われた存在」になると宣告しています。一方で賢いが故に、狡猾で人をだまし誤った方に導くこともある。そういった、嫌悪と崇拝の両方のイメージが蛇にはあり、悪魔という存在の原点がここにあるような気がします。

 

2. ドラゴン

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 「イザヤ書」第27章は、冒頭神による竜殺しから始まります。

その日、主は堅く大いなる強いつるぎで逃げるレビヤタン、曲りくねるへびレビヤタンを罰し、また海におる竜を殺される。

レビヤタンは海にいる獣で、海蛇、蛇、竜を同一視したような描写です。レビヤタンとはヘブライ語で「渦を巻いたもの」という意味です。中世では、悪魔はドラゴンの形で表現されることが多かったそうです。ローマ皇帝コンスタンティヌス一世に洗礼を施したとされる伝説上の教皇シルウェステルは、ドラゴンを退治して人々を救い異教の神官たちを改宗させたという伝説があります。

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もっと有名な「ドラゴン退治」の逸話は、カッパドキアの聖ゲオルギウス(ジョージ)でしょう。

4世紀前半、カッパドキアの町には毒を吐くドラゴンが住んでいて、様々な貢物を要求しては人々を苦しめていた。ドラゴンはとうとう人間の生贄を要求してきた。くじの結果、王の娘が選ばれてしまった。人々は困り果て、たまたま通りかかった聖ゲオルギウスに助けを求めた。聖ゲオリギウスは生贄の行列の先頭を歩んでいき、ドラゴンの目の前に立つと、口を槍で一突きした。そうして王の娘の帯を借りて竜の口をぐるぐる巻きにして、人々の前に連れてきて言った。

「殺してほしくば、キリスト教を受け入れなさい」

そうしてカッパドキアの人たちはキリスト教徒になったのだ、というお話です。

 中世ではこのように、異形の獣として悪魔が描かれますが、次第に人間の形に似せて描かれるようになっていきます。

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3. 堕天使ルシファー

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もともと神のもとにいた天使が地上に落ちて「堕天使」になったという逸話は、イザヤ書第14章12節からきています。

黎明の子、明けの明星よ

あなたは天から落ちてしまった

もろもろの国を倒した者よ

あなたは切られて地に倒れてしまった

この「黎明」がラテン語訳で「ルシファー Lucifer 」と呼ばれます。

この一節はバビロンの王隆盛と衰亡を表した比喩であると考えられていますが、キリスト教初期の時代には天のもとにいた天使が追放された堕天使をバビロン王に例えたものだと解釈されました。

上記の絵は、15世紀フランスで描かれた装飾写本「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の一部。堕天使ということなので、まだ闇落ち前というか、普通の天使の姿で描写されています。

時代がたって解釈が発展し、ルシファーがサタンや悪魔と同一視されるようになっていくと、いかにも醜悪な獣っぽい描写に変化していきます。

 

4. コウモリのような悪魔

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 近世になると、悪魔は翼が生えた獣のような姿で描写されるようになります。

14世紀に描かれたダンテの長編叙事詩「神曲」は、主人公がサタンと対面するまで7つの地獄を巡る旅を描いています。

 34章49節~51節には以下のように悪魔の姿が述べられています。

悪魔は羽毛はなくコウモリのような姿
奴らなりの方法で飛び交っていた
3方向から風が吹き出した

Non avean penne, ma di vispistrello
era lor modo; e quelle svolazzava,
sì che tre venti si movean da ello:

地獄にいる悪魔は、天使のような優雅な姿ではなく、地下を飛び交うコウモリのような醜悪な姿であると言います。

近世では悪魔をコウモリ人間のように描くことが多くありますし、現代でもこのイメージは根強いものがありますが、これはダンテの描写から始まっています。

獣と人間が足された姿はさらに進化していきます。

 

5. 雄ヤギ

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 中世では悪魔はしばしばヤギの姿で描写されました。

初めてヤギと悪魔が同一視され描写されたのは、6世紀後半にイタリアで建設されたサン・アポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂のモザイクです。このモザイクでは、イエスの左隣の青い堕天使が3匹のヤギの後ろに立っているのが描かれています。右側の天使の前にいるのは羊で、イエスはそちらに右手を差し伸べています。

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 なぜヤギと悪魔が同一視されるようになったかはいくつかの説があります。

『マタイによる福音書』第25節31~33節。

人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼が羊とやぎを分けるように、彼らをより分け、羊を右に、やぎを左におくであろう。

上の大聖堂のモザイクは、まさにこの聖書の記述を描いたものだと分かります。この記述は天国に入れる者と入れない者をイエスが仕分ける描写ですが、ヤギは天国に入れない者を象徴しています。この描写から、「ヤギは悪魔の手下」だとみなされるようになった、という説があります。

一方、北欧神話ではヤギは神の使いとして崇拝されたため、異教信仰者の改宗を促すために悪魔に仕立てたという説もあります。

角の生えた雄ヤギは特に気性が荒く、暴力と混乱、性的放漫をイメージさせ、単純に秩序を求める人にとっては印象が悪かったのかもしれません。

 

6. ハンサムな男性

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しばしば、悪魔はハンサムで決断力に優れ魅力的な男性に描かれることがあります。

この悪魔像の初出は1667年、ジョン・ミルトンの叙事詩「失楽園」です。

失楽園はサタンが天界から追放され、エデンの園でアダムとイブを誘惑したことを描いた物語。サタンは天界で有力な天使だったものの、神に歯向かったことで追放され、「地獄に君臨する方がまし」であるとして地上に降ります。そして同じく追放された堕天使たちを糾合して神に対する反乱を企てます。しかし彼はいくつかの決定的なミスを犯して敗北。サタンは自分の信念を貫いたのですが、結果的に人間を堕落させ、仲間の堕天使を永遠に悪魔にさせてしまい、誰もが不幸な結果に終わってしまいます。

サタンはカリスマ的で才能に溢れ、惹きつける魅力がある存在として描かれ、これにインスパイアされた画家ウィリアム・ブレイクは19世紀に失楽園のイラストをいくつか描きました。非常にハンサムで魅力的な男性の描写です。

 

7. 赤い服の悪魔

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 アニメで出てくるような、赤い全身タイツを着たような悪魔の描写は、19世紀ドイツの巨匠ゲーテの戯曲『ファウスト』に登場する悪魔、メフィストフェレスを描いたものがその原点にあります。

メフィストフェレスは誘惑の悪魔で、主人公ファウストに「望みを全て叶える」ことを条件に「あの世で魂を頂戴する」ことを提案します。ファウストは、あの世での魂の服従を条件に、この世でもあらゆる快楽と幸福を得ますが、最後はメフィストフェレスに騙され身を破滅させてしまいます。

作曲家シャルル・グノーが1859年にファウストを演劇に仕上げた時、メフィストフェレスは赤いタイツを着せられました。この服はルネサンス時代の衣服で、単に悪魔を舞台上で強調したかったのか、なぜこの服が採用されたか不明ですが、これにより悪魔が赤い服を着るというイメージが定着してしまいました。

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まとめ

これらの描写のいずれも我々はちゃんと「悪魔」と認識することができるのがすごいところです。 映画やドラマ、アニメなどで描写される悪魔はこれら過去の絵画作品を元にしているので、当然といえば当然なのですが。

 そしてこういう描写になっているのにもちゃんと理由があり、単に「Bad」という悪いだけではない悪魔のイメージも見えてきて大変興味深いものがあります。

 

 

参考サイト

"What does the devil look like? Here's 8 historical images of Satan" LIVE SCIENCE

DIGITAL DANTE - INFERNE 34

Paradise Lost - Wikipedia