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海南鶏飯の歴史-シンガポールとマレーシアの「チキン論争」

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Photo by Terence

シンガポールとマレーシアの争いの種「チキンライス」

 日本と韓国、インドとパキスタン、トルコとギリシャ、イランとイラク。

これらの国々は歴史的なライバル関係にあります。

この他にもライバル関係は数多く、政治、経済、宗教、文化、言語、スポーツなど様々な点でお互いを意識し争いあってるし、直接戦争をしたケースも数多いです。

 実はシンガポールとマレーシアもライバル関係にあります。その争いのテーマとして、海南鶏飯(海南チキンライス)が挙げられることもあります。

 

1. 海南鶏飯とは?

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 Photo by Misaochan

世界で人気の海南鶏飯

海南鶏飯(海南チキンライス)は、鶏のスープで炊いた米の上に茹でた鶏を乗せた料理です。シンガポール人のソウルフードで、フードコートや町の飯屋で日常的に食べられています。

観光客にも人気で、シンガポールを訪れたら少なくとも1回は食べることになると思います。毎年CNNが発表する「世界のベストフード50」にランクインする常連料理であり、世界でもその名が知られ、Netflixの人気ドキュメンタリー「ストリート・グルメを求めて」にも登場しています。本場のチキンライスの味を求めて世界中から観光客が集まっています。

日本でも、シンガポール料理を出す個人経営のお店が増加しているほか、「Mr.Chicken」や「シンガポール海南鶏飯」などの海南鶏飯をメインにしたチェーン店すらあります。オフィス街やイベント会場にフードトラックで出店しているのもよく見ます。

類似料理は周辺国にもあり、マレーシアでは「ナシ・アヤム」、タイでは「カオマンガイ」とも言います。細かい点に違いはありますが、基本的な作り方は同じです。

 

海南鶏飯の作り方

丸鶏を2時間ほどじっくり茹でます。茹で上がった鶏は氷水で締めた後、吊るして表面を乾かします。鶏を煮た後のスープに、レモングラス、ショウガ、ニンニク、パンダンリーフを入れて米を焚きます。鶏をカットして、炊けた米をお椀型に盛り付け、醤油ソースまたはチリソースをかけて食べます。

氷水で締めた鶏は、皮と身の間にゼラチン質の脂があり、噛むとしっとりと柔らかくジューシーで非常に美味しいです。鶏肉の美味しさに気を奪われがちですが、シンガポールの海南鶏飯では「ご飯の出来栄えが鶏よりも重要」なのだそうです。

鶏の脂でお米がギトギトになっては台無し。レモングラスやショウガの香りをしっかり立たせて、お米自体の甘味を引き出し、芳ばしくスッキリした味わいに仕上げる。ご飯単体で食べても充分美味しいものでなくてはならないそうです。

 

2. シンガポールの海南鶏飯

海南鶏飯は、その名の通り中国南部・海南島にルーツがあります。

海南島の人々が古くから食べていたとされる「文昌鶏飯(ウェンチャンチーファン)」がそれです。

「文昌」とはもともと海南の鶏飯に使われる鶏の品種のことで、家の周りで放し飼いにされており、落ちているココナッツを主食にしています。運動をするため身が締まり、ココナッツを食べるため脂肪が蓄えられ、身に甘味があって非常に美味であるそうです。

海南島の人々は文昌鶏の肉を茹でて食べていました。骨は煮込んでスープを作り、それをご飯に混ぜて「スープご飯」のようにしていたようです。

 

この文昌鶏飯がどのように海南鶏飯になったのはいくつかの説があります。

19世紀半ば、海南島から東南アジア各地への移住が進み、シンガポールにも海南人が多く移住しました。しかし海南人は独特の方言があるために広東や福建など他の中国系移民とのコミュニケーションが十分に取れず、また彼らによって既得権益がガッチリ固められていたためビジネスチャンスも少なく、彼らは支配者であるイギリス人の下で働くしかありませんでした。

シェフとして働く人々は、イギリス人の口に合うように文昌鶏飯をアレンジしてチキンライスを作りました。ところが、太平洋戦争でシンガポールが日本軍に占領されイギリス人官吏が追い出されてしまうと、海南人の中には職を失う人も出てきました。

彼らが新たな収入源を求めて食堂を開き、イギリス人に提供していたチキンライスをメニューとして出すようになりました。これが海南鶏飯の発祥の有力な説の一つ目です。

 

もう一つの説が、海南移民のウォン・イーグアン(Wang Yiguan)という人物が1920年代に編み出したという説

彼はセア・ストリートとミドル・ロード、パービス・ストリートで肩に竹編みのカゴを担いで鶏肉の具と鶏ガラスープの麺を売り歩いていました。

鶏ガラスープは重くて、運んで売るのには限界があると考えた彼は、鶏ガラで米を炊き生姜や唐辛子を使ったソースを鶏にかけて売るようになりました。これが海南鶏飯の起源であるという説です。

 どこのレストランが最初の海南鶏飯の元祖かという議論もまた別にあり、香港の料理評論家チュア・ラム(Chua Lam)によると、1949年にモー・リー・ツィー(Moh Lee Twee)が創業した「スィー・キー・チキンライス・レストラン(Swee Kee Chicken Rice Restaurant)」であるそうです。彼はウォン・イーグアンの弟子であるそうです。

それを信ずれば、海南鶏飯はウォン・イーグアンが発明し、モー・リー・ツィーが有名にした、というのは一つの定説かもしれません。

BBC Travelの記事によると、1940年代前半に創業した「Yet Con」は「海南鶏飯を最初期に提供したレストランの1つ」だそうです。実は他にもいくうもありそうで、正確にどの店が起源かは今のところ分かりません。(※Yet Conはコロナ禍の2020年に廃業)

 

オリジナルの海南鶏飯はただ鶏を茹でて乾燥させるだけでしたが、1960年代に広東料理の手法が取り入れられ、氷水で冷やして脂肪分をゼラチン状に固めて食感を良くする改良がなされました。

海南鶏飯は安くて旨い庶民グルメとして、海南人だけでなく他の中国系の人々にも食べられるようになり、先述のようにシンガポールを代表する料理になっていきました。

海南鶏飯、チキンライスと言えばシンガポール料理のように言われますが、これにNOを言うのがマレーシア。チキンライスはシンガポールで「発明」される前に既にマレーシアに存在していたため、「海南鶏飯の起源はマレーシア」であると言うのです。

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3. 実はマレーシアの方が歴史が長い?

 マレーシアのシェフで料理研究家でもあるノーマン・ムーサ(Norman Musa)によると、海南鶏飯の起源は「疑うことなくマレーシア」だそうです。

1880年代から20世紀前半、英領マラヤに移住した中国系移民は錫鉱山で働いていました。世界恐慌によって景気が悪くなり失業した人で海南島出身者がレストランを開き、自分たちの故郷の料理を提供するようになったのだとムーサは言います。

その証拠として彼は、クアラルンプールで1930年代から営業している「ナムヒョン・チキンライス(Nam Heong Chicken Rice)」という海南鶏飯のレストランを挙げています。店に残る過去の帳簿を遡ると、1930年代からこの店ではチキンライスが提供されていたことが確認できるのだそうです。

さらには、もともとこの店の前身となる屋台が1920年代からセランゴール州の王都クランにあり、その時からチキンライスを売っていたそうです。

その上でムーサは「もともとシンガポールはマレーシアの一部であったのだから、シンガポールの海南鶏飯はマレー半島のどこにでもあるチキンライスの一種に過ぎない」と主張します。

シンガポールの海南鶏飯が「本家」より有名になったのは「賢いマーケティング」のおかげである、というのものムーサの説明です。自国民にはチキンライスがシンガポールのナショナルフードであると喧伝しつつ、外国人にはチキンライスがシンガポールの名物料理だと説明し、それが定着してしまったのだ、というものです。

「チキンライスがマレーシアから来ていることを、シンガポール人は知ってほしい」

とムーサは言いますが、この議論は非常に難しいです。

まず何をもって海南鶏飯(海南チキンライス)であるかの定義が非常に曖昧です。

材料か、調理法か、食べ方か、ソースの種類か、トッピングか。

マレー半島全域、その北のタイにもチキンライスはあり、様々なバリエーションがあります。その起源は海南島で、持ってきたのは海南移民。マレーシアもチキンライスが普及している地域の一つにすぎません。本家を名乗ってる理由も若干マレーシアのほうが専門店のオープンが早いというくらいで、その点をことさら主張するのは滑稽です。

こういう議論が出てくるのも、マレーシア人の反シンガポール感情にありそうです。

 

4. マレーシア人の反シンガポール感情

 2019年6月19日、マレーシアのリム・グアンエン財務大臣(当時)は、マレーシア・グローバル・イノベーション&クリエイティビティ・センター(MaGIC)で講演し、「ビジネスでシンガポールを打ち負かす」よう訴えました。

ビジネス面での対決の文脈で彼は、マレー人が経済的・文化的にいかにシンガポールに貢献しているかを語った上で、「マレーシアが発明したチキンライスを自分たちのものだと主張している」と舌打ち交じりに語りました。

本当にくだらないですが、こうやって政治家に利用されるのは、チキンライスの本家争いが一般のマレーシア国民の愛国心に訴えかける力がある証左であるように思えます。

 

マレーシアのシンガポールに対する反感は、もともとシンガポールがマレーシアの一部であった事実から発せられているようです。

それがよく分かるのが、両国が長年揉めている「水価格」問題。

シンガポールは国内で消費する水の大半をマレーシアから購入しています。1962年9月に両国で結ばれた協定により、シンガポールは1,000英ガロン(4,500リットル)を3マレーシア・セントで購入できるのですが、マレーシア政府はこの価格は不当に安く、シンガポール側の利益が大きすぎると主張しています。前首相のマハティールは、この問題を取り上げてシンガポールを強く非難したため、シンガポール・マレーシア関係は緊張しました。

もともとシンガポール初代首相リー・クアンユーは、シンガポール独立が不可能な理由として水資源が独自にまかなえないことを挙げていました。

水と言う生殺与奪の権利をマレーシアは握っているにも関わらず、それを活かすことができず、シンガポールが経済的に発展していくのを指を加えて見ているしかない。

文句の一つでも言いたくはなるんでしょう。

「お前が飲む水、俺たちが売ってやってるのを忘れたんか?」と言うマレーシアの発言の裏には、「そもそもお前、昔は俺の一部だったんだからな」というニュアンスが込められているようにも思えます。

 

このようにマレーシアのシンガポールに対する思いは屈折したものがあるのですが、一般のマレーシア人にとってはシンガポールで働くのは憧れだし、バケーションで訪れることも多く、非常に身近な存在です。シンガポール人もマレーシアは最も身近な外国で、ショッピングや週末旅行で気軽に訪れます。チキンライスに限らず文化は似通っているし、言語は通じる。ただその近さゆえの愛憎があるのでしょう。

シンガポールとマレーシアに限らず、ライバル国というのは得てしてそういう関係な気がします。

ただ、チキンライスがどちらのものか、と白黒つけようとするのは不可能だし、ナショナリズムの高揚としては意味があるのかもしれませんが、まったく建設的でない努力の方向性であるように思えます。

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まとめ

シンガポールは歴史的にマレーシアの一部であり、英領マラヤが独立する際に、華僑人口が多いためにマレーシアの一部になることを許されず独立したという経緯があります。

元は自分たちの一部だったのに、多くの点でシンガポールの方がうまくやっていることがどうも気に入らない。この論争にはそんなマレーシア人の感情が見え隠れします。

お互いの国民の行き来は頻繁で、政府同士の連携も経済界のつながりも濃く、深い関係だからこその「身内の争い」感があります。

身内の争いこそ酷くなりがち、と言われますが、何とかうまくやっていってほしいものです。

 

 

参考サイト

 "Born out of frugality, Hainanese chicken rice – one of Singapore’s national dishes – may seem simple. But it’s the kind of dish you’d cross continents to eat." BBC Travel

 "So, if Hainan chicken didn’t come from Hainan, where is it from?" STYLE

"Chicken rice war reignited as Lim Guan Eng urged Malaysia to give Singapore a run for its money" BUSINESS INSIDER MALAYSIA(web archive)

"Hainanese Chicken Rice: History and Facts About the Singaporean Iconic Dish" Sendhelper