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韓国式中華料理の歴史

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Photo by stu_spivack

韓国風にローカライズされた中華料理

 焼き餃子に中華丼。冷やし中華に天津飯。

日本には日本独自の中華料理があるように、世界中で独自にローカライズされた中華料理があります。今回取り上げたいのは、韓国の中華料理です。韓国の中華料理は独特で、日本とはまったく異なる発展の仕方をしています。韓国でいかに中華料理が受容されていったかに加えて、韓国ではあまり表立って注目されない中国系韓国人(화교/華僑)の歴史にも注目してみます。

 

1. 朝鮮半島への華僑(화교)の進出

朝鮮半島は歴史的に中国の強い政治的・経済的・文化的影響力を受けてきました。料理の世界でも影響は大きく、特に地理的に近い山東の料理は朝鮮料理に大きな影響を与えてきました。

しかし一般の朝鮮半島の人々にとって、中国料理は食べる機会は全くと言っていいほどありませんでした。

伝統を重んじる朝鮮王朝下では食事は自宅ですることが基本で、「酒幕(チュマツ)」と呼ばれる居酒屋があるほかは外食産業というものがなく、そもそも庶民が外食をする習慣があまりありませんでした。そのため、長い間中国料理を庶民が楽しむ機会は皆無と言ってよい状況でした。

外食産業が本格化するのは、1876年の江華島条約以降のことです。ビジネスのために定住した華僑(화교 ファギョ)が中華料理を朝鮮半島に持ち込み、現在の韓国式中華料理の直接のルーツとなりました

 19世紀末から20世紀初頭にかけての華僑は、大部分が山東の出身者でした。1884年に仁川(インチョン)に清の疎開地が成立すると、山東出身の中国人ビジネスマンが来訪して拠点を構え清と朝鮮間のビジネスを始めました。1898年からは山東と仁川の間に定期航路が結ばれ、彼らは仁川に移住し定住するようになりました。

 

2. 韓国式中華料理の誕生以前(1960年代まで)

朝鮮半島に進出した華僑のかなりの数が飲食業を営みました。

朝鮮総督府の資料によると、1922年に全国の主要都市の華僑2,224世帯のうち、30%が中華料理店を運営しており、1926年には数が増え、中国料理店が1,200、従事者が3,800人程度にも達していました。

当時の朝鮮半島の中華料理は大きく三つに分けられます。

まず一つ目が、政治家や有力商人などの特権階級が利用する高級料理店。

二つ目が、2~10人ほどで経営する庶民的な大衆食堂。麺や餃子などを大衆向けに提供しました。

三つ目が2~3人で経営する軽食店です。葱や肉を混ぜて焼いた餅(ビン)など立ち食いできるホットスナックを売りました。

 

朝鮮半島の高級中華料理店

日本統治時代から1960年代まで、有名な中華料理店と言えば安価な大衆料理店ではなく、上流階級が通う、庶民の憧れの的である高級店でした。

日本統治時代の中華料理店は、当時の朝鮮では珍しかった二階建てで建てられるのが多く、1階はホールで2階は個室になっていました。2階ではVIPを接待したり、会議をするのに用いられ、酒のお酌やおしゃべりの相手をする妓生(キーセン)がいる料理屋もありました。

料理も一定の順序に合わせてコース料理が提供されるものが主流。現在の高級中華料理店と同じで、政治家や財界人の密会や接待に用いられており、料亭と同じような役割を果たしていました。

当時有名だった中華料理屋でいくつか名前の知られているものがあります。

まずは京城府にあった「雅叙園(아서원)」

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Credit: 1927년 9월 13일 동아일보

雅叙園は1907年頃にオープンした、当時の代表的な高級中華料理店。繁華街の明洞、現在のロッテホテルの場所にありました。政治家や財界人の利用が多く、1925年に朝鮮共産党の結党式が開かれたのも雅叙園でした。密会にはもってこいだったのでしょう。

もう一つ重要な中華料理店が、「泰和館(태화관)」です。

1919年3月1日のいわゆる「万歳事件」で、「民族代表33人」が独立宣言を読み上げた場所が泰和館でした。泰和館は仁寺洞にあり朝鮮人庶民も通う店でした。

その他の当時の中華料理店は、大観園(대관원)、金谷園(금곡원)、四海樓(사해루)が知られています。

朝鮮戦争を経て大韓民国が成立した後も、中華料理店は戦前と変わらず高級料理店でした。

朴正煕の時代まで戦時体制・独裁体制が長らく続き、足元では親北の左派やゲリラが国家転覆を目論み、中央政府も政治家や軍人が泥沼の政治闘争が繰り広げられました。

そんな時代では、密室になれる高級中華料理店はうってつけの談合の場でした。

 

庶民的な中華料理店

大衆中華料理店や軽食店は朝鮮の庶民に人気となりました。

特にマンドゥ(餃子)は韓国人の舌の好みにあい、価格も手ごろだったので、新聞の連載小説に登場するほど庶民の人気となりました。1951年にはプサンで現在でも人気の餃子店、新発園(신발원)がオープンしました。

華僑は伝統的な「合夥経営」で料理店を経営しました。合夥経営も手法はいくつかあるのですが、朝鮮半島の中華料理店では、資本出資者は経営に全く関与せず、第三者を招聘して経営を委ねる「合資委託経営」形態をとりました。利益は出資者と経営者があらかじめ定めた株式通り利益金を配分しました。さらに華僑は中華料理店組合を結成し、相互の親睦と過当競争防止、業界の秩序の維持に努めました。1920年代の京城府の組合には119のメンバーが加入していました。

華僑が経営する中華料理店は1960年代末には韓国全体で約400軒に達し、華僑の70%がこの職種に従事していました。

 

 

3. 韓国式中華料理の誕生以降(1970年代以降)

 中華料理店は1970年代に急速に庶民化し、チャジャンミョンを始めとした安価な料理が人気を得るようになっていきます。

理由はいくつか考えられるのですが、もっとも大きな理由が1971年に施行された「外国人の土地取得および管理に関する法律」です。

この法律により、外国人が保有できる土地は世帯あたり200坪以下の住宅1戸と50坪以下の店舗1戸だけに制限され、ソウルや仁川の高級中華料理店は軒並み壊滅しました。戦前から続くソウルの雅叙園や、泰和館など多くの老舗がこの時期に店を閉じています。

韓国に長く住み韓国で生まれても、華僑は国籍を与えられず、経済的に不利な立場に立たされました。また民族主義の高まりから「チャンケ(中国人に対する蔑称)」呼ばわりされ差別されることもあり、生活の困難さから韓国を見限りアメリカや台湾に移住する華僑も多くいました。

戦前から栄えた仁川のチャイナタウンは寂れ、零細の中華料理店が細々と運営を続けるのみとなりました。仁川の中華料理店は、それまでの伝統的で高価な中華料理店が崩壊し、安価で韓国人の舌に合う料理で生き残りを図る店のみが残りました。それが韓国式中華料理の始まりです。

 

チャジャンミョンの人気の高まり

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Photo by stu_spivack

代表的な韓国式中華料理であるチャジャンミョンは、仁川のチャイナタウンにある「共和春(공화춘)」という店から始まりました。

チャジャンミョンの原型は山東料理の「炸醤麺」です。炸醤麺は豚肉を甜面醤で味付けした炸醤と呼ばれる肉みそと野菜を茹でた麺の上に乗せて食べるものです。本場の肉みそは塩味と辛味が強いですが、韓国のチャジャンミョンはチュンジャンと呼ばれる黒味噌にカラメルを加え甘く味付けしたのが特徴です。

共和春のオーナーは山東出身で1905年のオープン以来本場の山東料理を提供していましたが、1950年代半ばから炸醤麺を韓国人の好む味付けにアレンジをし提供するようになり人気となりました。

1960〜1970年代には、朴正煕政権の下で粉食奨励運動が推進され、また「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国経済の急成長によって簡単で素早く食べられる料理の需要が増えたこともあり、チャジャンミョンは人気のメニューとなっていきました。

チャジャンミョンは今や韓国の国民食の一つで、日本で言うところのラーメンのようなポジションです。

韓国ドラマや映画でも登場人物がチャジャンミョンを食べる様子がよく出てくるため、中国のファンが食べたがり、中国本土でチャジャンミョンを提供する店が登場しているほどです。

アカデミー賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』でもチャジャンミョンが登場します。社長の妻が家政婦に作らせたチャジャンミョンには高級牛肉が添えられており、主人公一家との経済的な格差が象徴的に表現されています。

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4.庶民料理としての韓国式中華料理

では韓国人に愛される韓国式中華料理にはどのようなものがあるのでしょうか。

チャジャンミョンのように、韓国式中華料理は「大衆的」であり「韓国人の好みに味付けされたもの」が特徴です。本場の北京や上海の味を味わえる中華料理もありますがそれとは異なるジャンルで、日本の「町中華」と「本格中華」が違うのと同じです。

 

 

タンスユク(탕숙육)

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 Photo by 최광모

タンスユクは我々で言うところの「酢豚」です。タンとスは中国語読みでそれぞれ「糖」と「酢」、ユクは韓国語読みで「肉」です。

片栗粉で揚げた豚肉を野菜と炒め、甘酢をかけてとろみをつけるのは酢豚と同じなのですが、日本の酢豚に比べてずっと甘く、酸味がまったく感じられないほど激甘なのが特徴です。日本の酢豚を期待して食べると驚くと思います。

 

チャンポン(짬뽕)

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ちゃんぽんと聞くと長崎ちゃんぽんを連想しますが、韓国人が言うには韓国のチャンポンの語源は日本の長崎ちゃんぽんだが、それとはまったく関係なく発展したのだそうです。本当のところはよく分かりません。

貝やイカなどの海鮮と肉、ニラやニンジンなどの野菜を油で炒めた後、鶏ガラや豚骨のスープを入れ、ラー油や唐辛子を入れて辛くしたもの。韓国で好まれる激辛麺と似ています。外国人である我々から見たら完全に韓国料理ですが、一応チャンポンも中華料理の一種とされています。

 

焼きうどん(야끼우동)

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Photo by  대구광역시

うどん(우동)は韓国では中華料理に区分されます。

ルーツは中華料理だが、日本統治時代に「うどん」と呼ぶようになってそれが定着してしまったのだそうです。

韓国式中華料理のうどんは、韓国式ちゃんぽんから辛さを抜いたようなもので、味は長崎ちゃんぽんに近いようです。ただし大邱名物の「焼うどん」は、麺に唐辛子やニンニク、海鮮、野菜などを入れて炒めた韓国人好みの辛い麺料理となっています。日本の焼うどんとは全くの別物です。

 

ラジョギ(라조기)

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Photo by nanohora

 鶏のから揚げをキノコと一緒に辛いソースで炒めたもので、ルーツは中国料理の「辣椒鸡(ラーチャオチィ)」です。これも、日本人からしたら言われないと中華料理にルーツがある料理だと分からないです。

 

マンドゥ(만두)

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Photo by Trainholic

餃子です。マンドゥの語源は明らかに中国のマントゥ(饅頭)ですが、これは中国では具材を小麦の皮に包んで蒸した蒸しパンを指しますが、韓国では少し意味が変わっているようです。

また日本の餃子は焼き餃子がメインですが、韓国のマンドゥは揚げ餃子または茹で餃子がメインです。具材はひき肉、白菜、ネギといったもので日本とはあまり変わりませんが、たまに春雨が入っていることがあります。また、韓国独自の餃子としてキムチ餃子があります。

 

このように、見た目は日本式中華と似てますが、味付けはかなり異なります。

タンスユクやチャジャンミョンのように、日本式中華より甘味が強いのが特徴です。ではこのような韓国式中華料理がどのように伝わり広まっていったのかの歴史を見ていきたいと思います。

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まとめ

 華僑によって持ち込まれた中華料理が、現地人の口に合うようにローカライズされていったものが広く定着していく構図は、日本や韓国のみならず、世界中で見られます。アメリカ式中華、インド式中華、イギリス式中華などなど、その地で独自の発展を遂げた中華料理を個別に見ていくのも面白そうです。

ちなみに東京の新大久保や赤坂などで韓国式中華を楽しめる店もいくつかあります。いくつか紹介して終わりにします。

 

香港飯店0410

新宿の職安通り沿いのアパホテル東新宿の真横にある、韓国式ちゃんぽんのお店。いつ来ても行列ができている人気店です。屋号に香港と書いていますが、韓国全土でチェーン展開する人気店です。チャジャンミョンやタンスユクといった定番の韓国式中華も食べられます。

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ジャジャン麺ハウス

 香港飯店0410のすぐ近く、通りを一つ挟んだところにあります。

ここも定番のチャジャンミョンやタンスユクが食べられます。

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東京ガーデン

三河島にある韓国式中華料理の店で、個人的に注目している店です。

 

王チャジャン

こちらは大阪の鶴橋です。店名通り、チャジャンミョンが名物です。

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 你好 

大阪の日本橋にある町中華風の韓国式中華料理店。グラスビール飲みながらおつまみ食べて、締めにチャジャンミョンをいきたいです。

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紹介しきれないのですが、名古屋、札幌、新潟、仙台など大きめの地方都市であればありそうです。興味がありましたらぜひ、お試しください。

 

参考サイト

"[한국 화교 130년사⑥] 중화요리업의 시작과 진화" 아주경제

"[명사 70인과의 동행] (38) “중국 초마면 본 일본인이 짬뽕이라 불러”…한국 근대를 맛보다"

"Korean-Chinese food is ‘more than just a cuisine’" The Korean Herald

"Korean Chinese Food: The Must-Try Fusion Cuisine You've Never Heard of [Photos]" Asian Society

"コリアン中華への道" 東京外国語大学

"조선공산당 결성대회가 열린 아서원. 지금의 롯데호텔 자리" 노동자역사 한내