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イギリス式朝食の歴史

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Photo by Joadl

サマセット・モーム「英国で良いものを食うなら朝食を3回とるべき」

塩気たっぷりのベーコンにソーセージ、ベイクドビーンズ、目玉焼き、焼いたマッシュルームにトマト、そしてトースト。

この組み合わせは「フル・ブレックファスト」または「フライ・アップ」と呼ばれます。

アメリカ資本のホテルのみならず、世界各国から宿泊客を受け入れるホテルでもこの朝食のラインアップはポピュラーです。イギリスの食文化で世界にもっとも受け入れられている食べ物は「朝食」であると言えそうです。

 ではフル・ブレックファストはどのようにして生まれたのでしょうか。

 

1. 各国のフル・ブレックファスト

フル・ブレックファストはイギリス圏の食文化ですが、各国で乗せる具材に若干の違いがあります。

 

イングリッシュ・フル

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Photo by Joadl

もっともよく知られる「イングリッシュ・フル」は、フライパンでベーコン、ソーセージ、トマト、マッシュルーム、ブラック・プディング(豚のひき肉と脂にパンやオートミール、血を混ぜたソーセージ)を焼き、皿の上に温めたベイクドビーンズ、目玉焼き(またはポーチドエッグ、スクランブルエッグ)、トーストと一緒に乗せて提供するものです。

ハッシュドポテトやバブル・アンド・スクウィーク(マッシュポテトに野菜くずを混ぜたもの)を加える人もいます。

 

スコティッシュ・フル

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Photo by Jeremy Keith

スコットランドの朝食はイングランドのものと大きな違いはありませんが、いくつか独自の料理をプレートに加えることがあります。

タッティスコーン」というじゃがいものスコーン、ひき肉にラスクを混ぜて焼く「ローン・ソーセージ」(写真奥の四角くて茶色いやつ)、ホワイト・プディング(ブラッド・プディングの血を入れないもの)などが含まれます。

 

ウェリッシュ・フル

フル・ブレックファストははウェールズ語で「Brecwast llawn Cymreig」と呼ばれ、基本的にはイングリッシュ・ブレックファストと変わりませんが、可能な限りウェールズ産の食材や加工品を用意するという強いこだわりがあるようです。

また、ウェールズ独特の食べ物として、「ラヴァーブレッド(laverbread)」と呼ばれる海藻を混ぜたパン、ザルガイに似たウェールズ独特の貝「ペン=クラウド・コクル(Penclawdd cockles)」もプレートの上に並びます。

 

アイリッシュ・フル

アイルランドで食べられているアイリッシュ・フルは、ブラック・プディングまたはホワイト・プディング、ソーダブレッド(重曹で膨らませるパン)が出てくる点がイングランドと違います。ソーダブレッドの代わりにポテト・ファル(ポテトのパン)やボクスティ(ポテトのパンケーキ)が出てくることもあります。

北アイルランドではアイリッシュ・フルではなく「アルスター・フライ」と呼ばれ、ポテト・ファルやポテト・パンケーキが含まれるのはアイルランドと似ています。またアルスター・フライは朝に限らず一日中いつでも食べるそうです。

 

後ほど触れますが、フル・ブレックファストは20世紀前半に確立して普及したもの。イングランドで成立したものが各地でローカライズされて、何処どこ・フルというものになっています。

ではフル・ブレックファスト成立以前はどうだったのでしょうか。フル・ブレックファストとか言う以前にそもそも、朝食というものがイングランドで定着したのが近代に入ってからのようです。

 

2. 「朝食」の成立

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中世のイギリス庶民は一日二食だった

中世のイギリスでは朝食は一般的な習慣ではありませんでした。

朝早く起きて神への奉仕に励む修道士が、腹をすかせて昼食を食いすぎて午後に昼寝をすることを防ぐため、朝に軽い食事を摂るケースがあったり、長時間の労働を課される荘園の農民が領主に朝食の提供を求めるといったことはあったようです。ただ農閑期には領主は朝食の提供を拒否するなど、朝食を食べることは必要に迫られてやることで、習慣というわけではなかったようです。

普通の人々は1日2食が基本で、朝の10時半か11時頃に一度食べ、その5時間後に夕食を一度食べる以外は口にしなかったそうです。

 

「朝食」の定着

16世紀半ばから後半にかけて徐々に朝食習慣が広がり、1600年までには中産階級の大多数と多くのヨーマンや労働者が定期的に朝食を食べるようになっていました。

とはいえ、特に朝食のために特別に何か調理するというわけではなく、パン、エールビール、チーズ、バター、卵を食べる程度でした。

ではなぜ人々は朝食を食べるようになったのでしょうか。

様々な説がありますが、エンクロージャ(第一次囲い込み)によって農民が自作農から賃金労働者に転換したことが理由であると考えられます。

大農場で雇用される労働者は毎日決まった時間だけ働くようになりました。1515年に制定された法令によると、3月中旬から9月中旬の間の職人や労働者の1日の労働時間は午前5時から午後7時または8時まで。夕食は1時間半までと定められています。

労働者が午後7時か8時まで夕食を取れないとすると、中世の伝統的な食事時間である午前10時半か11時に食事を摂れば、次の食事まで9時間まで時間が空いてしまい、お腹がへってしまう。そこで昼食時間を12時か13時に摂るようにしました。すると今度は朝5時から昼までの時間が腹がへる。そこで朝食の必要性が生じたというわけです。

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3. ジェントリ(郷紳)の朝食習慣

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王族と貴族のガッツリ朝食

庶民の朝食習慣が16世紀に定着した一方で、王族や貴族、地方のジェントリ(郷紳)は13世紀から長らく朝食の習慣を持っていました。

庶民のようにエネルギーを得るためとか、朝食を食べたほうが身体に良い、という理由ではなく、上流階級にとっては自らのステータスを誇示することであり、ある種儀式的なものでした。

エリザベス朝(16世紀)の宮廷の朝食は、マトン、牛肉、子牛肉等のシチュー、挽肉、鶏などの料理のほかにパン、ビール、ワインという記録が残っています。

16世紀初頭のバッキンガム公の朝食のレシピには、肉を食べることが禁じられている魚の日(水、金、土)には、カマス、ツノガレイ、ローチ(コイ科の淡水魚)、バター、卵などが朝食に出されました。朝からガッツリですね。

当時朝食は男性のものであり、現在のように家族で食べるというものではなく、数十人ほどのVIPや家臣らと同席するケースが多く、今で言うところの「朝食ミーティング」に近いものであったようです。男しかいなかったから朝からこんなガッツリ食えたのかもしれません。

 当時の王族や貴族の中には、朝食用の部屋を作ったり、朝食専用のシェフを雇うなどする人もいました。朝食を摂るということは、支配者集団の結束を高めるための「行為」として必要なものだったのでしょう。

 

 ジェントリ(郷紳)の地元に根差した朝食

大土地所有者である地方貴族ジェントリ(郷紳)も、ロンドンの王族や貴族と同じ朝食を食べる習慣がありました。現在につながるフル・ブレックファストのルーツは、ジェントリが食べた朝食にあります。

ジェントリは地方貴族で庶民を支配する立場ですが、アングロサクソンの伝統的な生活や価値観を体現することが求められ、地元の産物を買ったり地元の職人を雇用することで地方経済を支えたり、地元の人々に気前よく金やモノを与えたりして、人々の支持を得る必要がありました

ケチな領主は嫌われ、場合によっては追放される場合もありました。

 

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中央の王族や貴族と同じく、彼らも朝食を摂って自らを支配者であることを誇示するわけですが、地元の食材を使って、地元の料理人に作らせ、場合によっては地元の人々を朝食の席に招いてもてなす必要がありました

このようにな席で食べられていた朝食は、地元産の豚から作ったベーコンや腸詰め、朝どれの卵で作った目玉焼きだったりポーチドエッグ、チーズやパン、野菜といったもの。冒頭、国によってフル・ブレックファストに様々に地元の食材が含まれているのを紹介しましたが、もともとフル・ブレックファストは地元で手に入る食材で作るものであったわけです。

 

4. フル・ブレックファストの成立

ヴィクトリア女王が即位した19世紀前半ごろには、社会階級としてのジェントリは衰退し、新興ブルジョワである商人、ビジネスマンからなる新たな支配層が台頭しました。

彼らはジェントリの考え方を目指すべき社会モデルとして捉え、貴族の習慣やカントリーハウスの伝統を研究し、フル・ブレックファストの重要性を理解し取り入れました。彼らは旧支配者のジェントリの習慣を受け入れつつ、さらにそれを洗練させることで、自分の裕福さ、趣味の良さ、社会的な育ちの良さを示す機会を作ろうとしました。

 

20世紀初頭のエドワード7世の時代には、朝食はゆっくり時間をかけ紅茶と共に楽しむことが良しとされ、優雅な朝食文化が上流階級のたしなみになります。

このような朝食文化が1910年頃に「フル・ブレックファスト」と総称されるようになります

ラインアップも、ベーコン、卵、ソーセージ、ブラック・プディング、ベイクドビーンズ、グリルドトマト、トーストなどの標準的な食材に、ジャム、マーマレード、紅茶、コーヒー、オレンジジュースなどと決められ、全土に広まっていきました。

上流階級がいつでもどこでも優雅な朝食を楽しめるようにと、ホテルや列車の食堂車、会議などどこでも同じ品質で提供されることが必要とされました。

フル・ブレックファストは富裕層の食事だけではなく、中産階級も日常的に食べるようになりました。食材が手に入りやすくなったことに加え、長時間の仕事を乗り切るエネルギー源として、朝早くから大量の朝食を食べるようになりました。

 

5. 労働者の定番メニューへ

「伝統的」なフル・ブレックファストの習慣は、20世紀初頭にかけて中産階級から労働者階級へと広がっていきました。1950年代初頭にはイギリスの人口の約半数がフル・ブレックファストを食べて1日をスタートしていたのです。

肉体労働者はフル・ブレックファストを勤務先近くの「グリーシースプーン・カフェ」で食い、腹を満たして仕事を始めるのが定番でした。グリーシースプーン・カフェとは「早い・安い・旨い」を提供する労働者のためのメシ屋で、日本で例えたら牛丼屋チェーンが近いかもしれません。

 

▽現在のロンドンの典型的なグリーシースプーン・カフェ

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Photo by Ewan Munro

 

このような簡易メシ屋では一日中フル・ブレックファストが提供され、仕事前やランチタイム、仕事後に労働者たちがテーブルを囲み、「フライ・アップ」を口にしながらタブロイド紙を読みタバコをふかす光景がよく見られました。

イギリス全体で製造業が衰退する中で、グリーシースプーン・カフェは衰退傾向にあるようですが、このようにして上流階級で発明されたフル・ブレックファストは国民的な食事となったわけです。

 

 

6. ホンモノのフル・ブレックファスト

フル・ブレックファストは、イギリスのみならず世界中あちこちで食べることができます。

日本でもちょっと気の利いたホテルの朝食のベースはフル・ブレックファストになっていると思います。「和食ですか、洋食ですか」と聞かれて洋食を選んだら、たいてい出てくるのは冒頭に挙げたようなラインアップではないでしょうか。

イングリッシュ・ブレックファスト協会」によると、フル・イングリッシュ・ブレックファストの基本は、

  • ベーコン
  • ブリティッシュ・ソーセージ
  • ベイクド・ビーンズ
  • フライド・トマト
  • フライド・マッシュルーム
  • ブラック・プディング
  • フライド・ブレッド
  • トースト

ですが、「何を入れるべきか」の議論は大いにあってしかるべきである、と考えているそうです。例えば、イングランド南部では「ブラック・プディングはスコットランド人のもの」としてリストから外したがりますが、イングランド北部では広く食べられていて欠かせないものです。

ただし、ハッシュドポテトとフライドポテトは「伝統的なイギリスの朝食にはふさわしくない」と考えられているようです。

「議論多いに結構」と言うイングリッシュ・ブレックファスト協会も、

ハッシュドポテトとフライドポテトは、伝統に敬意を払わない奴らがコストをケチって皿に乗せてくるもの

hash browns and french fries are used as a cheap breakfast plate filler in badly run cafes, by people who have no respect for our traditions.

 と非難しています。

この感覚は外国人にはなかなか難しいですね。安易に「イギリス人は朝食でもフライドポテト食うんでしょ」とか言ったら地雷を踏みそうです。

 

また、イギリスの伝統ではフル・ブレックファストは必ずしも朝食に食べなくてもよいので、冒頭に挙げた作家サマセット・モームの超絶な皮肉「英国で良いものを食うなら朝食を3回とるべき」を実践しても一向にかまわないのです。

また、フル・ブレックファストは、家族や社交界の集まりで出されますが、食べたり新聞を読んだりしている間はテーブルの他の人を無視することが許されているそうです。現代風に言うと、スマホいじりながらフル・ブレックファストを食うのは「伝統」なのです。

せっかく食卓を囲んでいるのに黙りこくっているのは寂しいですが、忙しいイギリス紳士が情報を仕入れる重要な時間というわけです。

今度フル・ブレックファストを食べるときはぜひ試してみてください。

「マナーがなってないぞ」と言われたら、

「これが伝統の英国式なんだ」と返してみましょう。

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まとめ

 いつも何気なく食べてる英国式朝食ですが、深ぼってみるとおもしろい歴史がありますね。

ここまで世界中に普及しているのは、大英帝国が世界に拡大する過程で英国式が世界中に広まったことや、イギリス風の食事に親しみがあるアメリカ人のレジャーやビジネスの旅行者、アメリカの軍人などが数の面で多かったという点が指摘できると思います。

 あとは単純に、提供する側としてもフル・ブレックファストが簡単に提供できる、というのもあるのではないでしょうか?基本的に焼くだけなので非常に簡単。湯銭を張ったトレイで保温すれば熱々をいつでも提供できる。

このような合理性も、イギリス人のみならず世界中の人に愛される一端となっているのではないかと思います。

 

 参考文献・サイト

「イギリス英語の背景―飲食の文化―」百武 玉恵・浅田 壽男 九州ルーテル紀要VISIO No.48 21-28.2018

"How the Tudors invented breakfast" HISTORY EXTRA

"HISTORY OF THE TRADITIONAL ENGLISH BREAKFAST" ENGLISH BREAKFAST HISTORY

 "The Rich History of the Traditional English Breakfast" THE DISCOVER.COM

 "The full English" jamieoliver.com(web archives)

"The Scottish Breakfast; 1 delicious tradition you will not want to miss!" HIGHLAND TITLES

"So what is a 'full Welsh breakfast'?" Wales Online(web archives)

"What Makes Up a Full Irish Breakfast?" the spruce eat