歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

中国ワインの歴史

f:id:titioya:20210214004631p:plain

中華皇帝も愛したワインのお味

 あまり一般には知られていませんが、中国は世界でもトップレベルのワイン生産国であります。

数字を見ると、2017年のワイン生産量は1.8億リットルで世界7位。上位はイタリア、フランス、スペイン、アメリカ、オーストラリア、アルゼンチンなど有名どころが並びます。中国はチリ、ドイツ、ポルトガルといった伝統的なワイン生産国よりも生産高が多いのです。

中国では1980年代から、増加する中国人のワイン需要に対応するため、中央と地方政府の指導と支援が積極的に行われています。数字は巨大ですが主に国内で消費されるため、海外輸出は少なく、あまり目立たない存在です。

歴史をさかのぼると、中国のワイン生産は歴史的にも古いものがあります。

 

1. 西域のお酒「葡萄酒」

中国では古くから現在の我々が言う所の「ワイン」に類する酒があることが知られていました。しかし一般に広く知られていたということではなく、西域からの情報が書物に書かれた程度のものです。

 司馬遷の『史記』で、フェルガナ(現在のウズベキスタン)について記述した大宛伝にはこのようにあります。

大宛の左右、ブドウを以て酒と為す。富人、酒を蔵し万余石に余り、久しきもの数十歳を敗れず

大宛にはブドウで造られる酒があって、金持ちは山のように持っていて、しかもそれは何十年も悪くならないらしい、ということのみです。どのように作るかや味がどうかといったことは一切伝わっていません。

3世紀の西晋の政治家・文人である張華は『博物志』でこのように紹介しています。

西域有蒲桃酒 。積年不敗 。 彼俗傳云 。可至十年 。欲飲之醉 。彌日乃解。

情報としては司馬遷のものと大差なく、「10年が経ってもちゃんと酔えるらしい」という程度しかありません。 

明の時代の1596年に編纂された李時珍の『本草綱目』によると、魏の文帝が

「ブドウだけで作った酒は米と麹で作ったものより甘く、酔っても醒めやすい。ブドウをしばらく置くと酒ができ、芳ばしく酷烈で、これが本当の葡萄酒である」

と言ったと書かれています。しかし魏の国で葡萄酒が作られていたのか、西域から伝わった情報を文帝が話しただけなのかまでは分かりません。

 

葡萄酒という飲み物は、当時の中国人にとって西域を象徴するものであったようです。

唐の詩人・王翰の代表的な詩「涼州詞」。

葡萄の美酒 夜光の杯
飲まんと欲して琵琶 馬上に催す
酔うて沙場に臥す 君笑う莫れ
古来征戦 幾人か回る

琵琶、馬、沙場と一緒に葡萄酒も登場します。荒涼とした砂漠地帯に隊商の列が行きかう、異国情緒漂うエキゾチックな雰囲気を象徴するものであったのです。

 

宋代になってようやく葡萄酒の製造の方法が具体的に書物に書かれるようになります。

『經史證類大観本草』の「葡萄」の条に葡萄酒の作り方が記載されています。

葡萄作酒法:總収して子汁を取る。之れを醸せば自ら酒に成る。䢈䡴と山葡萄と並な酒をつくるに堪う。

子汁とはジュースのことで、発酵させれば自然に酒になると言ってるので、まさにこれがワインです。

 

同じく宋代に成立した『太平御覧』には、唐の太宗の故事として以下のような話が記載されています。

葡萄酒は西域に之れ有り。前代或いは貢獻す有るも、人、皆な識らず。高昌を破るに及び馬乳、葡萄實を扠り、菀中に之れを種う。并びに其の酒法を得。太宗自ら損益して酒を造り、凡そ八色、芳、辛、酷、烈、味、兼、醍、益を爲す。既に群臣に頒賜す。京師、始めて其の味を識る。

西域には葡萄酒というものがあって、昔は(中原でも)作り方を知っていた人もいたが忘れられてしまっていた。しかし太祖が高昌国を破って作り方を再びもたらした、そうして出来た葡萄酒で人々はその味を知った、という内容です。

少なくとも唐の時代に入っても葡萄酒は珍しいもので、宮廷仕えをしている人でも飲んだことがなかったことが分かります。ましてや一般の人々は味はおろか存在すら知らなかったでしょう。

太宗は葡萄酒作りに非常に熱心で、自ら醸造法を研究して八種の葡萄酒を作ったと言われています。太宗が自らワイン作りを行った話は話半分な気もしますが、この時代には一部で葡萄酒文化が根付き、西安では西域出身の美姫を侍らせ葡萄酒を飲ませる酒楼があったり、山西省の太原府、平陽の葡萄酒が名産品になったりしました。

 

2. 葡萄を使った中国酒

f:id:titioya:20210214004631p:plain

 ところで、中国で葡萄酒と言うと、いわゆるワインのことだけではありません。製造過程でブドウを使った酒を葡萄酒と呼ぶこともあります。

宋の時代に、朱樽が編纂した『北山酒經』の下巻にある「葡萄酒法」は以下の通り。

酸米を甑に入れて蒸し上げる。かたわら杏仁五両(皮と尖とを取り去る)。葡萄二斤半(水に浸して洗い、乾かして種と皮をとり去る)を、杏仁を研るときの要領で砂盆内で、熟た漿三斗をそそぎながら、カタチが無くなるまでよく研り、生絹で濾過する。其の三斗の熟漿を、 蒸し上がった飯にそそぎかけ、 しばらく蓋っておいてから、案上にあけてひろげ、常法どおりに適温まで冷まし、麴を加えてかき混ぜる。

これはトリッキーな酒の作り方です。まずブドウを洗って乾かし皮を取り、杏の種とともにすりおろす。そして蒸した米にふりかけてふくませ、その後は通常の酒の製造工程と同様に麹を加えて発酵させるというものです。ブドウのジュースが酒の風味にアクセントを加えていたのでしょう

 

先述の李時珍の『本草綱目』には、葡萄酒には「醸成者」と「焼酒」の二種類があるとしています。醸成者は醸造酒、焼酒は蒸留酒のことを言います。

醸造酒の作り方は以下の通り。

醸者は汁を取り麴と同じうし、常醸糯米飯法の如くす。汁無くんば乾葡萄末を用うも亦た可なり。

蒸した米に麹を撒く際に、ブドウジュースまたは乾燥ブドウを混ぜよ、と言っています。これもまた、ワインという感じではなく、ブドウを風味付けに使っています。

一方で李時珍は、

或いは云う、蒲萄久しく貯むれば亦た自ら酒に成る。芳甘にして酷烈たり。此れ眞の蒲萄酒なり。

とも言っており、ブドウを自然発酵させて作るワインが「本当の葡萄酒」であるとしています。ブドウ風味の醸造酒かワインか、どっちが本物の「ブドウの酒」か、と聞かれたら、そりゃあワインだとなりますよね。

PR

 

 

3.元の時代の葡萄酒

f:id:titioya:20210220103624j:plain

元の時代になると、ユーラシア東西交易が活発になり、西域のワインの流通も盛んになり、中国に輸入ワインが多くもたらされました。

元の時代に中国を訪れたマルコ・ポーロは、『世界の記述』の中で中国の酒事情について述べており、元朝では葡萄酒は宮廷酒であり、河北と山西太原に大規模な葡萄園があり、首都大都の宮中にも葡萄園があったと記しています。

13世紀の詩人・元好問の『葡萄酒賦』には、山西西南部のある葡萄農家が盗賊に襲われ、収穫した葡萄を瓶の上に放置したまま逃散した1か月後に家に戻ると、葡萄が発酵し美味しい葡萄酒ができていた、という話があります。

この逸話はいかにもな作り話ですが、当時山西では葡萄酒作りが盛んであったことが分かります。唐の時代からずっと続いてきたのか、断絶して復活したものなのかは分かりません。

 

ではこの葡萄酒がどのように飲まれていたかというと、宮廷では「葡萄酒と馬乳などを割ったカクテル」にされていたようです。

マルコ・ポーロの記述によると、大宴会では「葡萄酒と馬乳や酪駝乳などを混ぜた特製飲料」が用意されたそうで、遊牧民であるモンゴル人と西域文化の融合が垣間見えます。『中国酒経』という書物によると、元代の宮廷酒は葡萄酒、馬乳酒、滋保酒である太禧白酒などが用いられたとされています。

 

このように、コスモポリタンな元の時代にワインが楽しまれていたのは非常に興味深いのですが、当時の著名な料理研究家である忽思慧は、著作『飲膳正要』の中で、葡萄酒についてこう述べています。

酒有数等、有西番者、有陰刺火者、有平陽、太原者、其味都不及吟刺火者

(山西の)平陽や太原など有名な葡萄酒はあるが、冶刺火者(高昌国)のものには敵わない、とのこと。 忽思慧は国産ワインは西域のワインよりも劣ると思っていたようです。

 

4.ヨーロッパ産ワインの導入

ヨーロッパから初めてワインが直接輸入されたのは明の時代で、スペイン人やポルトガル人の貿易商が中国南部に進出したときであると考えられています。

その後、アヘン戦争を機に欧米列強の商人や教会関係者が中国に進出するようになると、現地に在留する人々のニーズに応えてワインの輸入のみならず、ヨーロッパワイン現地生産が始まるようになります。

初期の中国ワインで成功した人物が、チャン・ビシの名前で知られるビジネスマン、張弼士(Cheong Fatt Tze)です。

f:id:titioya:20210220110112j:plain

広東省の美州出身の張はジャカルタに移住して小さな商店からスタートし、コーヒーやゴムなどの農産品を卸す一大ビジネスにまで拡大して財を成しました。清に戻った彼は、山東省煙台市に近代的なブドウ園を設立しました。これが近代中国初のワインメーカー「張裕」です。

張はヨーロッパからカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロー、リースリングなど30種類以上のブドウ品種を導入しました。試行錯誤の末に最初のワインは1914年に発売され、翌年には国際太平洋パナマ博覧会で金メダルを獲得。中国のワインが史上初めて国際的な評価を得たのでした。

 

5. 現代の中国ワイン産業

f:id:titioya:20210219233833j:plain

Photo by Canuckpilot

民族ワインへのこだわり

張裕の成功を見て、民国時代には他にもいくつかワイナリーが設立されました。

1910年、北京のカトリック修道院が教会と外国大使館のために設立した「ラ・シャンイ・ケイブ・ド・ペキン(La Shangyi Cave de Pékin)」、1910年にドイツ人によって設立された「青島ワイナリー(Qingdao Winery)」、1938年に満州帝国下に設立された「通華ワイナリー(Tong Hua Winery)」などがあります。

しかしこれらのワイナリーの多くは外国人が設立者で、現在も存続している民族資本は「張裕」と、山西省にある小さな「青秀」だけです。成功した張裕ワインは中国の独立と成功の象徴とみなされ、孫文など歴代の政治家が醸造所を訪問して称賛の言葉を贈りました

このような文脈があるため、共産党の指導者にとっても国産ワインは国威発揚のために必要なものでした。1954年の第1次5カ年計画では重要なプロジェクトの一つに、北京郊外の新しいワイナリーの設立と、新疆から吉林までの古いブドウ畑へのブドウの木を植え替え、山西省や陝西省、河南省など10の省に新しいブドウ畑を設立するなどの野心的なプロジェクトが盛り込まれていました。

しかし大躍進の破滅的な失敗によって、中国のワイン産業も衰退していきました。

 

中国ワインの再出発

文化大革命の嵐の後、1978年12月の鄧小平の「改革開放」政策の号令が中国ワインの再出発の合図でした。

海外からワイン関連の投資が集まり、現在でも存在するワイナリーの多くがこの時代に作られました。

1980年にフランスのレミー・ポイントローとの合弁で設立されたダイナスティ(王朝酒業集団有限公司)、1983年に中糧集団有限公司によって設立されたグレートウォール(中国長城葡萄酒有限公司)、そして張裕(烟台張裕集団有限公司)もフランスのカステル(Castel)と提携してワインの生産とマーケティングを行っており、現在ではアジア最大のワイン会社となっています。

1980年代初頭には国際的なワインの品質を目指すために国家ワイン基準が確立されました。中央と地方政府の積極的な指導と支援により、葡萄畑とワイナリーは増え、1988年には30万8000トン以上のワイン生産量を記録しました。

1990年代半ばには中国全土には約250のワイナリーがありましたが、この数は現在では2倍以上に増え、全省・地域・市の約半数にワイナリーが存在していると言われています。ですが、これらのワイナリーのほとんどは地元の零細ワイナリー。中国のワイン生産の半数以上を占めるのは、張裕、長城、王朝、通化、豊収、威龙の大手6社。また、大部分は中国東部で生産されており、2002年には山東省だけで全国生産量の44%を占めています。

 

6. 中国ワインの「悪評」

シャトー・チャンユー・カステル 特選級【張裕ワイン】【中国・高級赤ワイン・辛口・ミディアムフルボディ・750ml】

 このように目覚ましく発展してきた中国ワインですが、残念ながら中国ワインの国際的な評判はあまりよろしくありません。

中国ワインは増える国内需要に応えることを最優先としており、品質ではなく量を重視しています。醸造を促進するためにハーブを入れるなど、伝統的なワイン生産国では禁止されている手法も使われています。

中国にはワインはブドウから作られなければならないという規則はまだありません。そのため、リンゴジュースの濃縮液に穀物アルコールを混ぜて作ったワインや、料理用のワインや砂糖水にアルコールを混ぜたものなど、まがいものがワインとして売られている実態があります。

また、中国の赤ワインは非常に甘く、アルコール度数も高いものが多いようです。これは他の飲み物と割ったり混ぜたりして飲む中国人の文化に由来するもので、コカコーラに白ワイン、スプライトに赤ワインを混ぜるのが好まれます。

中国では酒は宴会などで一気飲みをしあい互いの親睦と信頼を深めあう文化がありますが、白酒(バイチュウ)や黄酒(ホアンチュウ)でやるような飲み方をワインでもやってしまうわけです。

接待や祝宴の席などで景気づけにワインをオーダー。「カンペー」と言ってグラス一杯を一気に飲み干す。味わいというよりは、酔っぱらうことができて、その場が盛り上がり、親睦が深まればそれでよいわけです

このようなワインの消費の仕方は、ワインが生活に根差したヨーロッパの人々の眉を潜ませ、嘲笑の対象ともなっています。安い中国産ワインでやるならまだしも、我々の国や地域の歴史が詰まったワインが、そんな乱暴な飲まれ方をされてしまうとは。

楽しみ方のベクトルがヨーロッパなどのワイン国と異なるだけで、これはこれでいいじゃないかという意見もありますが、真の価値を知ろうとせず消費するのは文化の冒涜という批判も強くあります。そういえば、かつてのバブル期の日本人もそのように言われていましたね。

 

7. 高級ワインメーカーの中国市場への期待

f:id:titioya:20210220103432j:plain

国内ワイン産業の発展と共に、ヨーロッパやアメリカから中国へのワインの輸出量も急増しています。

輸入金額は、2002年の2330万ドルから2003年には3340万ドル、2004年には5280万ドル、2005年には7510万ドル、2006年には約1億4000万ドルと右肩上がり。輸入量も2007年から2013年の間に7倍以上に急増しました。欧州のワイン市場が縮小する生産者からすると大変ありがたい話で、フランスやイタリア、アメリカを始め世界中のワインメーカーが中国市場に自社のワインを売り込もうとしています。

特に人気なのがボルドーワインです。ボルドーワインの輸入増加は中産階級の台頭と相関があり、ある程度高い社会的地位についた人間はボルドーワインを飲んだり贈ったりするのが慣例になっています。

富裕層になるとこのブランド志向・高級志向はさらに極端になり、いかに高くてブランドがあるワインかどうかが重要になってきます。特に人気なのがシャトー・ラフィット・ロートシルトなどのヴィンテージワインです。

2010年10月に香港で開催されたサザビーズオークションでは、ラフィット・ロートシルト1989年のヴィンテージが約1,935万円で落札されニュースになりました。

media.yucasee.jp

このようなボルドーワインブームは中国人のワイン投機にも結び付きました。価格が上がることを見越して、ヴィンテージのボルドーワインに注文が殺到し価格が高騰。投資家や投資会社も中国のボルドーワインの需要を見越して、安定した投資先としてワインに注目し、完全なるバブル状態となりました。

しかし、2012年に習近平が「反腐敗キャンペーン」を開始し、党幹部への高級な贈答品や接待が取り締まられるようになると、潮がひくように投機はしぼみ価格は暴落。ボルドーのネゴシアンは大損害を被りました。

 

8. 中国ワインのこれから

f:id:titioya:20210220134126j:plain

偽造品の横行

  中国のワイン産業にはまだ様々な課題があります。 偽物の存在もその一つです。

密造業者は、有名なシャトーの空のボトルに粗悪なヴィンテージのワインを補充して、偽造したラベルを張りつけて売りさばいています。偽物対策として、オークションハウスのクリスティーズは香港と中国で開催される試飲会の最後に、ガラス容器が闇市場に出回らないようにハンマーで空瓶を叩き割らなくてはならないそうです。ヴィンテージワインの空のボトルですら数百ドルで取引されます。中身を入れ替えたらその何十倍の価格で売れるわけなので、ボロい商売ですよね。

他にも、有名なワインブランドのラベルにちょっとだけ手を加えた製品も氾濫しています。露骨な偽造品作りを合法な酒造会社が堂々と行っているケースもあります。例えば、中国での権威ある成都のワインフェアで、オーストラリアのブランド「ペンフォールズ」とそっくりな「ベンフォールズ」という製品が堂々と陳列されていたそうです。

中国当局はこのような偽造品を非難はするものの、本格的な摘発や撲滅には乗り出していないのが実情です。

中国のデジタルコンテンツは一時は違法ダウンロードだらけでしたが、当局の介入によりその数は激減し、今や中国のデジタルコンテンツは大きく発展し日本やアメリカを脅かすまでになりました。同じように、中国のワイン産業が健全な発展をするためには、偽物を撲滅し正規品が儲かる仕組みを作らなくてはなりません。

 

確実に高まる中国ワインの実力

旺盛な需要と中国政府の支援、そして人材の増加を受けて、フランスメーカーを中心に中国現地での生産を始めています。

LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)は2012年に合弁会社を設立し、寧夏回族自治区にて中国初のスパークリングワイン「シャンドン」ブランドの生産を開始しました。

www.lvmh.co.jp

 

シャトー・ラフィットは、中国中信集団有限公司と提携し、2008年に山東省にブドウ園とワイナリーを含む生産拠点の建設を開始しました。ラフィットは11年の準備を経て2019年にその計画の全容を発表しました。まだサンプルを醸造している段階であり、正式な販売はなされていませんが、悪くはない仕上がりだとのことです。

vinicuest.com

 

 適切な技術と管理があれば、中国で世界に負けない高品質なワインが生産できることが証明されています。

また、何百とある中国国内のワイナリーの中でも、ヨーロッパの批評家に評価される高品質なワインを作るメーカーもいくつもあります。

 

伝統的なワインの生産地、山東省青島にある「青島 華東百利酒荘」

フランスやイタリア、ベルギーなどの国際ワインコンクールで数々の賞を受賞した、中国のプレミアワインの代表格です。フランスの農産物管理法であるA.O.C(原産地統制呼称)を中国で初めて取り入れたブランドで、国際基準に則った高品質なワイン作りを行っています。

jp.trip.com

 

寧夏回族自治区にある小さなワイナリー「贺兰晴雪(He Lan Qing Xue)」

2005年には、地元ワイン醸造家ロン・ジェンとワン・フェンギュが、若いワインメーカーのチャン・ジンと共にワイナリーを設立し、李徳美教授をコンサルタントに迎えました。

嘉北蘭シリーズのワインは、中国国内外で多くの賞を受賞しており、2011年には、『嘉北蘭グランド・リザーブ2009』がデキャンター・ワールド・ワイン・アワーズの最高賞であるインターナショナル・トロフィーを受賞しました。

www.decantershanghai.com

 

 

山西省にある『グレース・ヴィンヤード(怡园酒庄)』

設立は1997年で、香港出身の陈进强がフランス人のシャルヴァン・ジャンヴィエールの協力の下で設立しました。2001年の最初のワインを販売以来、国際的な賞を数多く受賞しています。2012年にオーナーのジュディ・チャンがフォーチュン誌の「Asia’s 25 hottest people in business」に選出されるなどビジネス面でも成功しています。

www.grace-vineyard.com

 

寧夏回族自治区にある『シルバーハイツ(銀色高地)』

 1999年に高林は、娘の高源(ニックネームEmma)をフランス・ボルドーに留学させて醸造技術を学ばせました。娘は留学中、シャトーのワインメーカーの息子であるティエリー・コートードと結婚し、二人して中国に帰国。エマの両親が持つ畑でワイン作りを始め、『シルバーハイツ』を設立しました。

2007年のファースト・ヴィンテージが国内外のワイン専門家から賞賛を受けてシルバーハイツは有名になりました。

www.silverheights.cn

 

これらのプレミアム中国ワインは、一部を除いて国外ではあまり手に入りません。

今後良質な中国ワインが日本でも飲める日を楽しみにしたいと思います。

PR

 

 

まとめ 

 中国ワインは長い歴史を持つものの、発展と断絶を続けてきたため、現在の中国ワインの系譜は19世紀末から始まったものと考えてよく、さらに本格的にスタートしたのは1980年代からと新しいのが実情です。

品より量の生産方針、消費者の理解不足、まがいもの・偽造品の横行、加熱するワイン投機などなど、まだまだ中国にワインが真に根付くのは遠い先に思えますが、これまで2000年もの間ワインがほとんど根付いていなかったことを考えると、驚異的な速度で普及が進んでいるとも言えます。

品質はともかくまずは隅々まで行き渡らせて、そこから質を上げるという中国流のやり方がワインではどこまで通用するのか、目が離せません。

 

参考文献・サイト

"Drunken modernity: wine in China" Björn Kjellgren, Open Edition Journal, 3 December 2004

"世界の主要ワイン生産国における ワイン産業の分析 -中国-"  のびゆく農業 ――世界の農政―― 1034,  髙橋 梯二, 一般財団法人農政調査委員会

『【葡萄酒】に見る中国酒の個性』 廣居 健

『東方見聞録』における酒に関する考察』高山 卓美

『韓国の食文化』佐々木 道雄 著 明石書店 2002年10月31日初版第一刷

"Drinking Wine in Ancient China" JSTOR Daily

"WINE IN CHINA: HISTORY, CUSTOMS, DOMESTIC WINES, FOREIGN HIGH-END WINES AND BOOMING DEMAND" FACTS AND DETAILS

"速度を落とす中国 16 Mar 2019" ヴィニクエスト~グローバルな視点からワインの情報を。

"中国対ボルドー~繰り返される争い 7 Nov 2015" ヴィニクエスト~グローバルな視点からワインの情報を。

"青岛华东百利酒庄" 百度百科

"Helan Qingxue Vineyard, China" Decanter

"Story -Grace Vineyard"

"Our Story - SILVER HEIGHT"