歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

マヨネーズの歴史

f:id:titioya:20201129144108j:plain

Photo by jules

フランスの伝統的なソースから世界中で愛される調味料へ

料理をしなくて冷蔵庫が空っぽでも、マヨネーズは常備しているという人は多いのではないでしょうか。

 肉・魚・野菜・炭水化物、何にでも合う基本の調味料の一つですが、もともとはフランス生まれ。本格的なフランス料理に用いられる伝統的なソースの一つでした。

マヨネーズの起源から世界への普及までまとめていきます。

 

1. マヨネーズの起源とは

マヨネーズの起源にはいくつか説がありますが、定説というものは存在しません。

もっとも有名なものが、七年戦争中の1756年6月28日、フランスのリシュリュー公爵が現在のスペイン・メノルカ島にある港町マヨンを陥落させた時のエピソードです。

勝利の祝宴の準備をする際、公爵のシェフはソースを作ろうとしたもののクリームが手に入らず、代用としてオリーブオイルを使いました。果たしてそれが意外に旨く、満足したシェフは、勝利の地に敬意を表して「マホネーズ」と命名した、というもの。

 

もう一つはユグノー戦争中のエピソード。

カトリック同盟の指導者マイエンヌ公爵は、アンリ四世に占領されていた港町アルクを奪還すべく、1589年9月に総攻撃をかけました。マイエンヌ公爵は戦いの前にまずは腹を満たさねばならぬと言って、冷えたチキンにソースをかけて食ったそうです。そのソースこそがマヨネーズで、名前はマイエンヌ公爵に由来するというものです。

 

フランス料理の父と言われる料理人アントナン・カレームは、マヨネーズという名称はフランス語の動詞「magner(捏ねるという意味の動詞)」に由来すると考えていました。そのため、"Mayonnaise"ではなく、"Magnonnaise"または"Magnionnaise"と書くべきだと著作の中で力説しています。

一方で、フランス料理史に残る料理人の一人で、料理辞典『ラルース・ガストロノミック』の編纂者としても有名なプロスペール・モンタニェは、卵黄を意味する古いフランス語「moyeu」に由来すると主張しています。

もともとはフランス南西部の町バイヨンヌの郷土料理で、「バヨネーズ」と呼ばれていたソースが後にマヨネーズに変更されたという説もあります。

様々な説が唱えられ、どの説が正しいのか、正直なところ分かりません。

 

初期のマヨネーズのレシピ

 マヨネーズという単語が初めて登場する料理本は、1806 年に出版されたアンドレ・ヴィアールの著作『帝国料理の本(Le Cuisinier Impérial)』です。19世紀前半はフランス料理の父カレームが活躍したのと同時代です。

この中では、「サーモンのマヨネーズ仕立て(Saumon à la Mayonnaise)、 「舌平目の切り身のマヨネーズ仕立て(Filet de Sole en Mayonnaise)、「鶏のマヨネーズ仕立て(Poulet en Mayonnaise)」 の3つのレシピが掲載されています。ところが奇妙なことに、この本には肝心のマヨネーズの作り方が書いていないそうです。

サーモンのマヨネーズ仕立てには、「切ったサーモンを茹でて冷まし、ジュレを混ぜたマヨネーズをかける」と書いていますがマヨネーズの作り方は書いておらず、「鶏のマヨネーズ仕立て」を見ても、鶏のゼラチン質を固めて作るソースのことをマヨネーズと言っており、現在のマヨネーズとは異なるものです。

ヴィアールが1822年に改訂した『王国料理の本』には、興味深いマヨネー ズのレシピが掲載されています。

このソース(マヨネーズ)にはいろいろな作り方がある。生の卵黄を使うもの、ジュレを使うもの、仔牛のグラスを使うものや仔牛の脳を使うもの。もっとも一般的な方法として生の卵黄を使う方法が示されている。生の卵黄に攪拌しながら少しずつ油を加えていき、固くなってきたらヴィネガー少々を加えてコシをきる

「一般的な方法」は現代のマヨネーズに非常に近いものとなっていますが、その他にもマヨネーズと呼ばれるソースがあったことが分かります。

これらの話をまとめると、フランスでは古くから卵黄と酢と油を混ぜて乳化させたソースがあり、上流階級の人を中心に食べられていたが、それがマヨネーズという名前で統一されたのは19世紀前半、という推理はどうでしょうか。当たらずとも遠からずではないかと思います。

 

2. マヨネーズのレシピの確立と発展

現代風のマヨネーズは19世紀前半に高級料理のソースとして定番化しました。

先述の通り、当時はマヨネーズというソースの定義はあいまいで、いくつか種類が存在しました。

例えば、当時の有名シェフであるアントワーヌ・ボーヴィリエが1814年に出版したレシピ『調理技法』のソース・マヨネーズはのレシピは以下の通り。

焼き物の器に油大さじ3〜4 杯とエストラゴンヴィネガーを2杯入れる。細かく刻んだエストラゴン、エシャロット、サラダバーネットをたっぷり加え、ジュレ大さじ 2~3杯加える。ソースがまとまって、ポマード状になったら、味を調える

このレシピでは卵黄は登場せず、単にふんわりした酢と油のソースになっています。

植物油と卵黄、酢を混ぜた現代風のマヨネーズのレシピを確立し有名にしたのは、先述の「フランス料理の父」アントナン・カレームであると言われています。

20180117231803

カレームは『パリ風料理の本(Le Cuisinier parisien)』の中で、マヨネーズとは植物油と卵黄、酢を撹拌したものを言うとしました。当代きっての料理人であるカレームが書いたことによって、このレシピはヨーロッパ中に広がりました。

 カレームは現代フランス料理の基本を作った人物で、ソースアルマンド(卵黄とクリーム)、ソースベシャメル(牛乳とバター)、ソースエスパニョール(ブイヨンとトマト)、ソースヴルーテ(ブイヨンとバター)の4つのソースを基本ソースと定義しました。

 これにソースマヨネーズとソーストマト、ソースオランデーズ(卵黄とバター、レモン、黒胡椒)を基本ソースに定めたのが、フランス料理を体系化しルールを整備した料理人オーギュスト・エスコフィエです。 

20180117230839

 エスコフィエのレシピには、マヨネーズを利用したいくつかのソースがあります。

 

ロシア風ホイップマヨネーズ

陶製かホーローの容器に、溶かしたジュレ4dLとマヨネーズ3dL、エストラゴンヴィネガー大さじ1杯、おろしてさらに細かく刻んだレフォール大さじ1杯を入れる。全体を混ぜ、容器を氷の上に置いて泡立て器でホイップする。ムース状になり、軽く固まり始めるまで、つまりこのソースを使うのに充分な流動性がある状態のところで作業をやめる。……主に野菜のサラダを型に詰めて固めるのに用いる。

 

ソース・ムスクテール

マヨネーズ 1Lに以下を加える。ごく細かいみじん切りにしたエシャロット80gを白ワイン1 1/2dLに加えてほとんど煮詰めたもの。溶かしたグラスドヴィアンド大さじ3杯、シブレットを細かく刻んだもの大さじ1杯強。カイエンヌごく少量かミルで挽いたこしょう少々で風味を引き締める。……羊、牛肉の冷製料理に添える。

 

ソース・レムラード

マヨネーズ1Lに以下のものを加える。マスタード大さじ1と1/2杯。コルニション100とケイパー50gを細かく刻んで、圧して余分な水気を絞ったもの。パセリ、セルフイユ、エストラゴン のみじん切り大さじ1杯。アンチョビエッセンス 大さじ 1/2 杯。

 

この他にも、エスコフィエは様々なソースにマヨネーズを加えています。他のソースはこちらの資料でご覧になれます。

カレームやエスコフィエが作った近代フランス料理は、フランスで料理を学んだヨーロッパ各国の料理人によって各地に伝わりました。フランス料理を学んだ料理人によって、ローカルな材料や調理法が整理されつつも、フランスの技法や発想によってスウェーデン料理やポーランド料理、ロシア料理など各地の料理が整理・体系化されていくことになります。

その過程でマヨネーズもヨーロッパ各地に伝わり、上流階級向けの高級料理のソースとしてまずは導入され、20世紀に入ると庶民向けのソースとして定着していくことになります。

 

3. アメリカでのマヨネーズ産業

アメリカには19世紀にヨーロッパの移民がどこかのタイミングで持ち込んだと考えられます。当初は主に家庭内で消費されるために作られていましたが、1900年代から商業展開され始めました。

1905年、ドイツ移民であるリチャード・ヘルマンという人がニューヨークに惣菜店を開きました。特に人気のあったメニューが、リチャードの妻が作る自家製マヨネーズを使ったサラダ。

そのうち、馴染みの客が自家製マヨネーズを欲しいと言うようになり、マヨネーズを大量に生産し、小さな木製のバター計量器に入れて量り売りするようになりました。やがてマヨネーズが主力商品になり、1913年にマヨネーズ工場をニューヨークのアストリア地区に最初の工場を建設しました。

1920年に入る頃にはヘルマン・ブランドのマヨネーズはアメリカ東部ではNo.1の売り上げを上げるようになりました。

ヘルマン リアルマヨネーズ 860g 3本

一方でアメリカ西部では、カリフォルニアのベストフーズ社もまた、1930年に入るまでにマヨネーズの一大ブランドを築いていました。1932年、ベストフーズ社はヘルマンズブランドを買収し、「ヘルマンズ・アンド・ベストフード社(Hellmann's and Best Foods)」が成立し、西ではヘルマンズ・ブランド、東ではベストフード・ブランドで、ほぼアメリカ市場を寡占することになりました。

ベストフード マヨネーズ 860g

現在ヘルマン・ブランドはイングレディオン社が保有し、ベストフード・ブランドは2000年よりユニリーバ社が買収し保有しています。

アメリカのマヨネーズは、酸味と卵黄の味が濃い日本のマヨネーズと比べて、ふんわりしてクリーミーな味が特徴です。日本のマヨネーズのように何につけても合う、というものではなく、サンドイッチに塗るか、ポテトサラダにするか、揚げ物のディップソースにするくらいしか使われない傾向にあります。

ただ、それだけでの使用用途でもマヨネーズはアメリカ人に愛されており、ケチャップよりも消費量は多いそうです。

qz.com

PR

 

 

4. ロシア・東欧のマヨネーズ事情

 あまり知られていませんが、マヨネーズは旧ソ連圏で絶大な人気があります。

マッシュポテトとマヨネーズを和えたサラダは日本では「ポテトサラダ」と呼ばれますが、スペイン語では「Ensalada rusa」、ポルトガル語では「Salada russa」、フランス語では「Salade russe」、中国語では「俄国沙拉」、いずれも「ロシアのサラダ」という意味です。

ポテサラの原型となるものは、モスクワのホテル兼レストラン、エルミタージュで料理人を務めたベルギー出身の料理人リュシアン・オリヴィエが考案したもので、英語ではオリヴィエ・サラダと呼ばれます。当のロシアでもオリヴィエ(Оливье)と呼びます。

マヨネーズがロシア帝国に紹介されたのは20世紀初頭のこと。始めは貴族やブルジョワのものでした。ソ連時代になり、貴族の料理を大衆化する流れが起こってからは、工場で大量生産され、大衆のために生産されました。

関連記事

reki.hatenablog.com

 

マヨネーズが耐久性に優れていたことも普及を後押ししました。ソ連名物「戸棚が空っぽのスーパー」でも容易に買えたこともあり、どこの家庭にもある調味料となりました。ジャガイモや魚の缶詰のような手に入りやすいシンプルな食材でスープからメインディシュ、デザートまで、人々はマヨネーズを使って美味しく工夫して料理をしました。

現在でもロシア人はドレッシングやサンドウィッチ、肉や魚のソースなどあらゆる食べ物にマヨネーズを使っており、一人当たり平均年間2.5kgを消費しているそうです。

ロシア人だけでなく、同じく旧ソ連圏のバルト三国、ウクライナ、ベラルーシ、東欧圏のポーランドもマヨネーズをこよなく愛する国々です。ロシア人と似ていますが、ビーツやサーモン、ジャガイモなどと和えてサラダにしたり、ハーブやキノコと和えて肉や魚に添えたり、独自の家庭料理があります。

 

こちらのリンクのロシア風ポテサラは結構本格的で作ってみたいと思ったのですが、初手で「甘酢漬けのビーツをつくる」と書いてあります。そっとページを閉じました。

www.kyounoryouri.jp

 

こちらはポーランド風ポテトサラダのレシピです。材料がすごく多くて、日本のポテサラよりもはるかに手が込んでますね。とても美味しそうです。

tabepro.jp

 

5. 隠れたマヨネーズ大国・日本

キユーピー ハーフ 400g

フランス、アメリカ、東欧、ロシアと並んで、日本は世界的にみてもマヨネーズをよく消費する国の 一つです。マヨネーズ消費量の全国平均は2.5キロで、一人当たり年間5.56本消費している計算になります。

日本人のマヨネーズ消費には特徴があり、サラダやソースだけでなく、米、パン、麺、炒め物、焼き物、揚げ物、デザートなど、ありとあらゆる料理に利用する点が他の国とは異なります。粒コーンにマヨネーズをかけて上にチーズをかけて焼いた「マヨコーン・ピザ」は、日本ではピザの定番ですが海外では驚かれる料理です。他にも、おにぎり、焼き鳥、刺身など、伝統的な料理にマヨネーズをつけてしまいます。

そのような食べ方をする消費の要望に応えて、日本のマヨネーズメーカーは「どんな食材にも合う」ものを作ることが求められます

日本で本格的なマヨネーズの製造販売を行った人物は、キユーピーの創業者である中島董一郎(とういちろう)です。彼は1915年、アメリカでマヨネーズを食べその味に感動し、アメリカ人が日常的にマヨネーズと生の野菜を食べていることを知って、日本人の体格の向上に役に立つと考えました。中島は帰国後、1919年に食品工業株式会社(現在のキユーピー)を設立し、1925年に国産初のマヨネーズである「キユーピーマヨネーズ」を販売開始しました。

発売当初は日本人は生の野菜を食べる習慣がなく、また卵自体が高価だったことで販売価格が高くなり苦戦が続きました。しかし「西洋人に負けない立派な体躯を作る」といった広告コミュニケーションを積極的に行うことで、太平洋戦争前から徐々に知名度と売り上げを高めることになりました。

アメリカを始めとした外国のマヨネーズは黄身と白身を両方使ってふんわり仕上げますが、キユーピーのマヨネーズは黄身の味を好む日本人の舌に合わせ、卵黄のみを使用しています。また日本人好みの風味の強い酢を使用しています。そのため、しっかりコクがあるが酢の香りがしてサッパリした味になっています。

キユーピーマヨネーズは1980年にはアメリカに進出していますが、マヨネーズ大国アメリカでも愛されるブランドとなっています。

PR

 

 

まとめ

 フランスからヨーロッパに伝わって以降は、各国で独自のマヨネーズの歴史があるため、やや浅い内容になってしまいました。ですが逆に言うと、マヨネーズを本当に深堀って国ごとにその歴史を論考していこうとすると、これはめちゃくちゃ面白い歴史が追えそうです。

それにしても、ポテトサラダ、ピザ、寿司、フライドチキンといった、世界中に広まっている料理とマヨネーズは相性がとてもいいので、そこに何か「普遍的に好まれる味」という重要な要素のヒントがありそうな気がしています。

 

参考文献・サイト

"The History Of Mayonnaise" The Nibble

"Mayonnaise" Encyclopedia.com

"エスコフィエ『料理の手引き』全注解" 五島 学編著(訳・注釈)

"図説 世界史を変えた50の食物" ビル・プライス著,井上廣美訳 原書房2015年2月15日第一刷

"The Geograpy of Taste" The NewYork Times

"100年のあゆみ|キユーピー100周年記念サイト|キユーピー"

 

バックナンバー:料理と歴史

 ビール好きなら知っておきたいビールの歴史

 【グルメ】ずっと昔の食べ物を味わってみよう

 なぜイスラム教徒は豚を食わないのか

 "真のアメリカ料理"を巡る論争

【食文化】パスタの歴史

「イタリア料理」の統一運動

イギリス料理がまずくなった5つの理由

オクトーバーフェストの歴史

【サーモン】鮭缶の世界侵略の歴史

【ほっこり】チーズ愛あふれるカナダの酪農ポエム

ロシアとソ連の食卓、その圧倒的富と貧困

タイ料理の歴史

朝鮮の酒文化の歴史

こんなもの食えるか!アメリカ陸軍腐敗牛肉事件

イギリスの愛国心とビールの深い関係「世界のカレー」の歴史

ワインの王様・ボルドーワインの歴史

ドイツでジャガイモが普及するまでの歴史

フライドポテトの歴史ーなぜフレンチフライと言うのか?

ムガール料理の歴史 - インド宮廷料理文化の発展

 ホットドッグの歴史 - 「ホットドッグ」の名前の由来とは?

韓国のフライドチキンの歴史

タピオカティーの歴史

ドネルケバブの歴史 - ドネルケバブは誰が発明したのか

フォーの歴史

タコスの歴史 - なぜタコスは日本で流行らないのか?

ケチャップの歴史 - 英国流オリエンタルソースからアメリカの味へ

クスクスの歴史 - 謎が多い極小パスタの起源とは

コシャリの歴史 - エジプト発のジャンクフードは日本で流行るか?寿司の歴史 in アメリカ

 マーガリンの歴史

アメリカ風中華料理「チャプスイ」の歴史

豆腐の歴史 in アメリカ

中東の伝統料理「フムス」をめぐる歴史と戦争