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1936年アメリカ「未来の戦争」の退役軍人

未来の退役軍人も軍人ボーナスをもらえるはず!

「未来の戦争の退役軍人(Veterans of Future Wars)」は1936年にアメリカで起こった学生運動です。

不況の中で第一次世界大戦の退役軍人が「特権的な扱いを受けている」ことに不満を持った学生たちが、「未来の軍人である俺たちも優遇される権利がある」と皮肉った主張を言ったことが始まりです。

そしてこの運動は予想外の盛り上がりを見せることになります。

 

1. 「未来戦友会」の設立

1929年に起こった世界恐慌はアメリカでも庶民の暮らしを直撃したのですが、第一次世界大戦に従軍したアメリカの退役軍人たちも例外ではなく、生活に困窮するようになりました。

1932年6月には退役軍人やその家族などが、軍人ボーナスの繰り上げ支払いを求めて、ワシントンD.C.へ行進。連邦軍と暴力的な衝突に発展して死傷者が出る騒ぎになりました。

この時には拒否されましたが要求はその後も続き、大統領や議会への働きかけも行われ、世論も同情的になった結果、ハリソン・ウィリアムズ上院議員によって「軍人ボーナスの繰り上げ支払い」に関する法案が提出され、1936年1月に可決。ルーズベルト大統領によって認可されました。

このニュースを聞いたプリンストン大学4年生のルイス・ゴーリンはあるアイデアを思いつきました。

「現在の退役軍人が戦争ボーナスを早く受け取れるのであれば、未来の退役軍人も戦争に参加する前に、前もってお金を受け取ることができるのではないか」

当時ナチス・ドイツやファシスト・イタリア、日本による軍拡と戦争の脅威が目に見えて高まっており、ゴーリンは「おそらく近い将来、この国の若者も戦地に赴くことになるだろう」と考えました。

 

▽ルイス・ゴーリン

1936年3月、ゴーリンは友人のトーマス・リッグス・ジュニアにアイデアを話しました。彼は同意し、2人は未来の退役軍人のための組織を設立することを決定。

こうして「未来戦友会」が設立されました。

 

2. 未来戦友会のマニフェスト

数日後、未来の戦友会のマニフェストが作られ『Daily Princetonian』に掲載されました。それには以下のようにありました。

今後30年以内にアメリカが戦争に巻き込まれることは必至である。どう考えても、軍人適齢年齢にあるすべての人が動員される可能性が高いと思われる。

したがって、我々は政府に対し、18歳から36歳までのすべての男性国民に対し、1,000ドルのボーナスを支払うよう要求する。

このボーナスは1965年6月1日に支払われるものであるが、我々は歴史を研究することにより、すべてのボーナスを期日前に支払うことが慣例であると考える。

このボーナスは直ちに現金で支払うこと、および1965年6月1日から1935年6月1日にさかのぼって毎年3パーセントの複利をつけることを要求する。

なぜなら次の戦争では多くの人が死傷するため、恩給を受け取るはずの軍人が死んでしまい受けることができなくなるからである。

このマニフェストが電報で全国に広まると、全米のキャンパスに「未来戦友会」の支部ができ始めました。

ノースダコタ州から新メンバーは、プリンストンの本部に会費を払った後、「右手を斜め45度に広げ、手のひらを上に向け、ワシントンの方角に向かって敬礼する」というナチス式敬礼をパロった会の敬礼を編み出しました。1936年6月には会員数が5万人を超えるほどの盛り上がりを見せました。

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3. 拡大する運動

「未来戦友会」にインスパイアされた派生組織も現れました。

ヴァッサー大学の女子学生は、「未来の退役軍人のゴールドスターマザーズ協会」という組織を立ち上げました。

「ゴールドスターマザーズ協会」とは実在する民間非営利団体で、米軍の軍務で息子や娘を亡くした母親が加入する組織です。

彼女たちは「未来の息子が死ぬ場所」の慰問のために自分たちをフランスに派遣するよう議会に要求しました。

さすがにこれはふざけすぎとして怒られが発生したようです。

レンセラー工科大学の学生たちは「レンセラー工科大学の未来の利益追求者たち」を結成し、将来の戦争契約の代金を早めに支払うよう軍に要求しました。

ニューヨーク市立大学では「未来の戦争の外国特派員」が「愛国心のために残虐物語を書く訓練コースを協会の会員に提供する」ことを要求しました。

 

4. 運動の終焉

「未来の戦争の退役軍人」運動は、当初は政府の大盤振る舞いを皮肉ることと、ドイツや日本との戦争を主張する人々を揶揄することが目的でした。

しかし、全米に賛同者を増やす中でメッセージが明確になっていき、次第に反戦的な主張を強めるようになっていきました。

メディア関係者の中には好意的な声がありましたが、退役軍人の多くはこの運動を嫌っていました。

退役軍人会のジェームス・E・ヴァン・ザント会長は、「奴らは戦争に行くには尻が青い...連中は将来の戦争で退役軍人になることはないだろう」と嘲笑しました。

アーカンソー州のフラー下院議員は議会で「このような組織は公の注目に値せず、真のアメリカ人なら誰でも非難すべきものである」と発言。元空軍大将エイモス・A・フリースは「とんでもない馬鹿野郎ども」と非難しました。

一方でフランクリン・ルーズベルトの妻エレノアは、「私は、これくらいがちょうどいい、とても面白いと思っています」と擁護しました。一方で「ただ、あまりやり過ぎると、(国民の)感情を害するかもしれませんね」とも述べています。

この運動は1936年中も続き、ゴーリンは『Patriotism Prepaid』という本も出版しました。

しかし、1937年に入ると次第に活動は低調になっていき、全国584の「未来戦友会」支部も徐々に解散を始め、1937年4月に運動は正式に終了しました。

役員たちは組織の「死亡記事」を書き、「戦争の不条理」と「退役軍人組織が享受してきた搾取の不条理」に国民を目覚めさせることで目的を達成したと述べています。

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まとめ

現代のSNS社会で「Me Too」や「Black Lives Matter」のような運動が広がるように、1930年代のアメリカで草の根の運動が全米に広がったというのは驚きです。そしてそれが、戦争が勃発する直前に起こっていたというのが二重に驚きです。

もし戦前の日本でこんなことをやったら公安がとんできて速攻捕まって拷問されたでしょう。こういう点においても、日本がアメリカに勝てるわけはなかったのだなと痛感させられるお話ではあります。

 

参考サイト

"The Veterans of Future Wars" The Museum of Hoaxes

"HARRISON TO OFFER BONUS PLAN TODAY; Compromise Said to Carry Roosevelt's Approval Is Set for Early Senate Hearing." The New York Times

"Future Veterans" NASSAU WEEK