魔女は空を飛ばなかった?
「魔女」と聞くと「ほうきで空を飛ぶ」がセットになって思い浮かびます。
「奥様は魔女」のサマンサ。
「魔女の宅急便」のキキ。
「魔女使いサリー」のサリーちゃん。
みんな空飛んでますよね。
しかし昔の人いはく、魔女は空を飛ぶと主張するがそれは偽りである、とのこと。
どういうことなのでしょうか。
中世の「空飛ぶ魔女」のイメージ
空飛ぶ魔女の論争
中世ヨーロッパでは一般的に「魔女は空を飛ぶ」と信じられていました。道具はほうきが有名ですが、その他にも棒切れ、鍬、鋤、山羊、牛、犬、狼などにまたがることもあったそうです。
「ルカによる福音書」では、魔王サタンがキリストを空高く持ち上げて一瞬で世界の国々を見せる描写があることから、サタンの力を帯びた魔女が空を飛ぶことは不思議でない、と考えられたのです。
一方で10世紀に書かれた「司教法令集」では、魔女が女神ディアナとともに空を飛び回るのは異端の迷信だと規定しています。この本が書かれた目的は、当時も未だ根強く残るキリスト教以前の土着の民間信仰を排除し、統一した教会法を作ることにありました。当時の宗教学者からすれば魔女とは、民間信仰とキリスト教の混合体の「異物」であって、純粋なキリストの教えとは相反するものだったようです。
教会の鐘の音で魔女が落ちる?
中世の人は「教会の鐘の音が鳴ると空飛ぶ魔女は落ちてしまう」と考えました。
そのため「悪魔と魔女が森に集まる時期」には、夜通しずっと鐘を鳴らし続けた町もあったそうです。
8世紀のイギリス・ヨークの司教エグバートは
教会の鐘の音で魔女の力は抜けてしまうのだ
幽霊、旋風、稲妻、雷、嵐、暴風にも鐘の音は有効なのだ
と述べています。
稲妻や嵐、暴風も魔女の仕業だと考えられていたから、聖なる力を帯びた教会の鐘の音色は悪を封じ込める、というワケですね。
ジャン・ド・ニノー著「狼憑きと魔女」
15世紀以降魔女狩り裁判が盛んになり、拷問による自白によって「魔女」たちはほうきに乗って空を飛んでサバト(魔女乱交)に参加したと自白。
そのため「魔女は空を飛ぶ」というのが一般常識でした。
ところがこれに反論したのが17世紀の悪魔学者ジャン・ド・ニノー。
彼は著書「狼憑きと魔女」の中で魔女の本質を以下のように主張しました。
魔女は元はと言えば人間であり、神ではないから彼らに事物の本質を変えるだけの力はなく、まして人間を動物に変身させたり、魂を肉体から引き離すなどの芸当はできやしない。
にも関わらず魔女が実際に存在して彼らがそのようなことを行うと主張するのは、悪魔が幻覚作用を使って彼らの感覚を惑わしているからなのだ。
つまり魔女が空を飛ぶのは実際に飛んでいるのではなく、悪魔が魔女に見せている「幻覚」なのだというのです。
そしてその幻覚を見せるために「魔女の軟膏」という薬を使うのだそう。
空を飛ぶ軟膏の中身
用途によって中身が異なりますが、基本的には「動物性の油脂」と「アルカロイドやアトロピンなどを含む毒性の植物」で出来ていると考えられました。
例えば「空を飛ぶ軟膏」の材料は以下の通り。
- ベラドンナ
- ネコの脳みそ
- その他
その他がすごく気になるのですが…
ニノーによると、これらをすりつぶして身体に塗ると幻覚作用を引き起こす。そして意識を失っている間に悪魔がやってきて、その人を目的地まで運んでくれる。その運んでいる途中に魔女は、まるで自分が空を飛んでいるかのような幻覚を見るのだそうです。
悪魔も楽な商売じゃないのですね…
その他の軟膏の種類と中身
空を飛ぶ以外の用途の軟膏もいくつか存在します。
サバト(悪魔乱交)に行くための軟膏
- セロリの汁
- 子どもの脂
- トリカブト
- その他
この場合、塗ると幻覚作用でベッドに横たわったまま、精神だけがサバトに参加できるのだそう。
動物に変身できる軟膏
- ヒキガエル
- ハリネズミ
- ヘビ
- 人間の血
- 薬草
手持ちの資料ではこの薬草が何かまでは書かれていません。
この場合、魔女はベッドに横たわりながら自分の精神を動物に宿して動き回ったのだそうです。
まとめ
ほとんどが魔女のベッドの上での妄想なんだとしたら、別に勝手にやらせておけば?って気もしますが…。
しかしある人が魔女であることを証明することは、事象がほとんど妄想である以上、不可能なことですよね。
だから魔女狩り裁判は、拷問器具を使って無理矢理「自白」させた。他に証明のしようがないから。
実際は存在しないことを証明するために、事実をでっちあげて、それを裏付けする"論理的"な論文を作り、それを証拠としてさらに追求を図っていく。
今でもありますよねこういうこと。
参考文献:図説 悪魔学 草野巧 新紀元社