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電子レンジの歴史 ‐軍事用レーダーからキッチン家電へ-

アイリスオーヤマ 電子レンジ 17L ターンテーブル 単機能 出力3段階 【東日本/50Hz】 ブラック PMB-T176-5

「20世紀のキッチン革命」電子レンジの歴史

電子レンジが家にない人はそういないと思います。

料理はしない人も買ってきたお惣菜やお弁当を温めることはあるはずで、シンクやコンロよりも電子レンジを使う機会のほうが多い、という人もいるのではないかと思います。

電子レンジが発明されたのは1945年のことです。第二次世界大戦期のレーダー技術開発の副産物として生まれた電子レンジは、20世紀のキッチンに革命を起こした偉大な発明となりました。 

 

1. 高周波電界で食材を温めるアイデア

火を使わないのに、電子レンジの中に置いておくだけで食べ物がホカホカにあったまるのは、とても不思議な現象に思えます。

 原理を簡単に説明すると、マグネトロンという真空管の一種から発せられるマイクロ波が食材中の極性を持つ水分子にエネルギーを与えて振動させて熱を発することにより、食材を温めるというものです。水分を含むものであればなんでもOKです。

そのため木やガラス、プラスチックなど内部に水分を含む皿や器は耐熱性のものでないと溶けたり割れてしまう場合があります。

 

1920年頃、真空管ラジオの開発によって、人間は電波を利用することが可能になりました。当時から電波によって物質が温まるという現象は知られており、電波で人間の体を温める「ジアテルミー」という理学療法に利用されました。ですが当初は食べ物を温めるというアイデアはありませんでした。

1933年のシカゴ万国博覧会では、アメリカの電機メーカー、ウェスティングハウス・エレクトリックが10キロワット・60メガヘルツの短波送信機に取り付けられた2枚の金属板の間で食品の調理を実演しました。この実験では、電波によってサンドウィッチが温められることが証明されました。

 

▽シカゴ万博でのウェスティングハウス・エレクトリックのデモンストレート告知ポスター

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ベル研究所は電波を使って材料を温める技術で1937年に米国特許を出願しました。その目的は「誘電体材料のための加熱システムに関するもので、材料をその質量全体にわたって均一かつ実質的に同時に加熱することにある」としています。

この時の技術は「ニアフィールド効果」と呼ばれるもので、10〜20メガヘルツ程度の低周波誘電体加熱で、現在電子レンジで用いられている2~4ギガヘルツ(ISMバンド)よりも小さい波長をもつマイクロ波を用いた加熱技術でした。

 

2. 空洞マグネトロンの発明

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Photo by  HCRS Home Labor Page

 より高い周波数を出すことができるようになったのは、第二次世界大戦中に短波長レーダーの主要部分であった高出力真空管の一種である「空洞マグネトロン」が発明されたことがきっかけでした。

空洞マグネトロンは、1937年から1940年にかけて、イギリスの物理学者サー・ジョン・タートン・ランドールと彼のチームによって発明されました。1940年にバーミンガム大学のジョン・ランドールとハリー・ブーツによって実用的な試作品が作られました。

空洞マグネトロンの発明によりマイクロ波の生成が可能になり、イギリス軍は直ちにセンチメートル波レーダーを軍事的に実用化しました。このレーダーは第二次世界大戦の初期の重要な戦いであるバトル・オブ・ブリテンでドイツ空軍の迎撃に大きな貢献をしました。

イギリスのヘンリー・ティザード卿は 1940年9月にアメリカを訪れ、イギリスへの援助と引き換えに空洞マグネトロンを提供しました。アメリカに渡った空洞マグネトロンは生産契約がレイセオンなどの軍需メーカーに与えられ、直ちに大量生産が開始されました。

このレーダーは太平洋戦線やヨーロッパ戦線で枢軸国打倒のための大きな力となりました。ウィリアムズ大学学長で歴史家のジェームズ・フィニー・バクスターⅢは空洞マグネトロンを指して

「我々の海岸に持ち込まれた最も貴重な貨物」

と表現しました。

 

3. マイクロ波の加熱効果の発見

マイクロ波に加熱効果があることが発見されたのは1945年のことで、偶然の発見であると言われています。

レイセオン社のエンジニア、パーシー・スペンサーは、レーダーがアクティブ状態のまま作業をし、終了後、ポケットに入れていたチョコレートバーが溶けてしまっていることに気がつきました。

スペンサーはマイクロ波が食べ物を温める効果があるのではないかと思い付き、ポップコーンと卵を使った実験を試みました。見事(?)爆発したそうです。

スペンサーはその後、加熱効率を上げるために金属製の箱にマイクロ波を出すマグネトロンを設置した、高密度の電磁波機械を作り上げました。これが電子レンジ誕生の瞬間です。

1945年10月8日、レイセオン社はスペンサーのマイクロ波調理法の特許を出願し、ボストンのレストランで最初の電子レンジがテスト的に設置されました。

1947年1月には、ニューヨーク市のグランド・セントラル・ターミナルに世界初の「電子レンジ調理付き自動販売機」が設置されました。これは、調理済みホットドッグを電子レンジで温めて供するものです。

こんな早くから食べ物の自動販売機が始まってるなんてすごいですね。

 

4. 電子レンジの発売

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Photo by Acroterion

初期の商業用・家庭用電子レンジ

商業用電子レンジの第一号は、1947年にレイセオン社より発売された「ラダレンジ(Radarange)」です。

ラダレンジは物凄いデカさで、高さ1.8メートル、重さ340キログラム。消費電力も現在の電子レンジの約3倍の3キロワット。販売価格は5,000ドル、現在の価格に直すと約52,000ドル(約550万円)とすべてが横綱級です。

このラダレンジの一つは、当時の最先端の客船である原子力貨客船「NSサバンナ号」の調理室に鳴り物入りで設置されました。NSサバンナ号は原子力が除かれた状態で現在はメリーランド州ボルチモアに展示されており、ラダレンジもまだ設置されているそうです。

1954年に発売されたラダレンジの商業用モデルは、価格は2,000ドルから3,000ドルと安価になりました。といっても現在の価格に直すと19,285ドル(約204万円)から28,928ドル(約306万円)もするので自動車並の高額な電化製品だったことに違いはありません。

初めて家庭用電子レンジを販売したのはタッパン・ストーブ社という会社。

1952年にレイセオン社からライセンスを得たタッパン・ストーブ社は、1955年に壁掛けタイプの大型電子レンジを1,295ドル(現在の価格だと12,487ドル、日本円だと132万円)で販売しました。ところがまだ一般にあまり認知がなく、あまり売れなかったようです。

その後レイセオン社は、1965年に家電メーカー、アマナ社を買収し、それまで商業用だったラダレンジの市販モデルを495ドル(約43,000円)で販売しました。この頃には徐々に電子レンジの普及が進み、価格も大幅に下がっていきました。

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進む技術改良

日本のシャープは1961年に電子レンジの製造を開始しました。

シャープの技術者は電波の当たり方によって食材の温度にムラが生じることに注目し、1964年から1966年にかけて開発を行い、「ターンテーブル」機能を実装することで均等加熱を実現しました。

アメリカの総合家電メーカー、リットン・インダストリーズは、マグネトロンを製造していたフランクリン・マニュファクチャリングを買収し、ラダレンジと同様の電子レンジを製造・販売していました。

その後リットン社は1960年代に、現在も一般的な形状の電子レンジを開発しました。リットン社の電子レンジが優れていたのは、もしマイクロ波を吸収するものが何もない空っぽで動作した時、電子レンジ自体にダメージが出てしまう「無負荷状態」に耐えられるようになっていたことです。

安全性をクリアしたことで、家庭用電子レンジは急成長を見せました。1970年に4万台だったアメリカの販売台数は、1975年には100万台にまで成長しました。

複数のメーカーが参入しますが、マグネトロンの製造に長けた防衛関連の企業が市場のシェアを締めました。日本では安価なマグネトロンの製造が実現したおかげで、他国よりも早く電子レンジが市場に浸透しました。 

 

5. 電子レンジの普及

電子レンジ生産は、1970年代後半からシャープや松下電器産業(パナソニック)などの日本企業が低価格電子レンジを製造してマーケットを独占。1980年代の電子レンジ市場の急速な拡大につながりました。

1980年代後半にはサムスンやLGなどの韓国メーカーが市場に参入し始め、現在も韓国勢が優位ですが、Galanzや美的(Midea)などの中国勢も上位に食い込んでいます。

アメリカでは電子レンジの普及率が、1970年の約1%から1986年には約25%に。カナダでは、1979年の5%未満が1998年に88%以上に。フランスでは、1994年の約40%から2004年の65%に。多くの先進国で増加傾向にあります。日本に至っては、2014年の普及率は96.1%となっており、ほぼ全家庭にあると言っていいと思います。

一方で新興国の普及はこれからです。

例えばインドでは、2013年に電子レンジを所有している世帯は約5%に過ぎません。ベトナムでは2008年には約16%。南アフリカでは2008年に約38.7%。ロシアでは2008年に約40%となっています。

例えばインドでは食事は自分で作ることが当たり前だし、ベトナムだと屋台文化が根付いてるのでテイクアウトが当たり前だったりして、すべての新興国で電子レンジが人気になるとは一概に言えません。しかし労働者の都市への移動、核家族化が進むと、いわゆる「レンチン」の食事が増えると考えられ、 今後ますます電子レンジは世界に広がっていくと思われます。

 

6. 電子レンジへの不信感

 一方で、電子レンジは発売以来、生活者との「不信感」と戦ってきました。

火を使わず温かくなるするなんて人工的で神の摂理に反する。

何か食べ物に不健康な効果を与えているのではないか。

火を使わないキッチンなんてキッチンではない。

電子レンジは健康面で不安があるという声が長年ありました。実際に、初期のころの電子レンジは1平方センチメートル10ミリワットを超える放射線が外部に漏れることがありました。それでも健康的にはまったく問題はないのですが、マイクロ波という科学的なものを食べる物に使うべきではないという「科学への不信感」があります。

例えば、調査会社ミンテルの1998年の調査によると、イギリスの消費者の10%は「電子レンジは絶対に買わない」と主張しているそうです。

それも偏見や差別といってよく、電子レンジの熱伝導の仕組みは「フライパンで食材を焼く・炒める」とまったく同じです。遠赤外線を多量に出す炭に比べると食材全体を温める力は劣るし、木の香りをつけるといったことはできません。ただし、少量の食材を均質に短時間で温めるのには適しています。

電子レンジに向いているものと向かないものがあって、そこはちゃんと使い分けをすればいいだけです。

 

歴史学者で食の歴史に関する著作もあるフェリペ・フェルナンデス=アルメストは、「食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで」の中で電子レンジを「社会を変えてしまう威力を持つ」装置として非難しました。人類の歴史は火をコントロールし自由に扱えるようにし食文化を豊かにしてきた歴史であり、火を使わなくなるのは「社会と食文化の退化」であるというのが彼の主張です。

電子レンジの普及はライフスタイルの変化と密接に関わっています。女性の社会進出が進み、昔のように時間をかけて食事を用意する時間も余裕もなくなる中で、冷凍食品やインスタント食品、コンビニ飯が普及してきました。

電子レンジで「チン」するだけで食べられる食事は、忙しい現代人のニーズにはマッチしているものの、「本当の人間の進化」である「豊かな生活」を脅かしているのではないか。

分からないではないですが、どっちかというと社会システムの方を批判すべきで、電子レンジや冷凍食品が批判されるのはちょっと筋違いに思えます。

それに電子レンジで温めて食べる食品の品質は、食品会社の企業努力のおかげで、手作り料理よりも安くて美味しい場合も多く、むしろ豊かな食生活を生み出しているとも言えないでしょうか。

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まとめ

 電子レンジの開発とその普及についてまとめてみました。

 電子レンジや電気ケトルがあるからガスコンロを全然使わない、という人は結構多いのではないでしょうか。それを良しとするか悪しきとみなすか。

「食のライフスタイルはどうあるべきか」という問題にも関わるし、もっと深刻に考えると「命とはなにか」という哲学的な話にまで行ってしまいます。

時間がかかってもいいので自分や家族が食べる物は自分で作る、というポリシーは素晴らしいです。健康、愛、絆、そういったものを重んじたライフスタイルは尊重されるべきです。

一方で、時間の節約のために電子レンジを使って手間を省く、というポリシーも認められるべきです。レンチンの夕食が後ろめたい、という働くお母さんは、もっと胸を張ってしかるべきではないでしょうか。

 

参考サイト

キッチンの歴史 ビー・ウィルソン著,真田由美子訳 河出書房新社 2014年1月30日初版 2019年11月30日新装版初版

"History of Microwave Oven" History of Microwave

Microwave oven - Wikipedia