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中東の伝統料理「フムス」をめぐる歴史と戦争

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Photo by Paul Goyette

愛ゆえに人は苦しまねばならぬ、愛ゆえに人は悲しまねばならぬ

フムスという料理をご存じでしょうか。 

トルコ料理やシリア料理などでメゼ(前菜)として出される料理の一種で、ひよこ豆のペーストにタヒニ(ごまペースト)、にんにく、オリーブオイル、レモン汁を加えたもの。

中東圏を中心に、バルカン半島や東地中海沿岸地域でよく食べられています。

中東ではあまりに愛されすぎて、民族主義と結びつき、「フムスは我々のものだ」としてアラブ人とユダヤ人の間で抗争が繰り広げられています。

 

1. フムスとはなにか

フムスは、ホムス、フンムス、ホンムスなどと言われることがあります。

どの呼び方でも基本の作り方は同じで、 ひよこ豆のペーストにタヒニ(ごまペースト)、にんにく、オリーブオイル、レモン汁を加えてペースト状にしたものです。

レシピは非常にシンプルですが、豆の煮る時間、ペーストの粒度、豆とゴマの配分、豆やオリーブの産地などによってこってりコクのある味になったり、さっぱりした味になったり、異なるテイストに仕上がります。

また盛り付けも非常に重要で、いかに美しくデコレーションして提供するかも料理人の個性と腕の見せ所です。

好みで追いオリーブをしたり、カイエンペッパーやパクチーをかけたりして、ピタパンに巻いたり、バゲットに乗せたりします。つけあわせにキュウリのピクルスや塩漬けオリーブ、生のトマト、焼きナスなどを添えることもあります。

フムスがつけあわせになることもあり、ファラフェル(豆のコロッケ)やローストチキン、様々なケバブ、焼き魚と一緒に出される場合もあります。

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近年フムスは注目を浴びています。

ひよこ豆はビタミンやミネラル分が豊富に含まれており、さらにゴマやオリーブオイルも一緒に摂れることもあって、美容に良いビーガンフードとして、ハリウッド女優やインフルエンサーの間で人気があり、そこから一般に広まっている感じです。

色付けやデコレーションをアレンジして「インスタ映え」にもできるので、インスタ女子にも人気があります。高級スーパーのお総菜コーナーでも見ることがあります。

味はひよこ豆の味が濃厚に感じられて、口当たりはクリーミーでとてもうまいです。

豆料理やオリーブオイルの風味が慣れない人はちょっと苦手に感じるかもしれませんが、不思議に後を引くというか、中東に数回しか行ったことないぼくですら無性に食べたくなる時があります。まして子どものころからフムスを食べ続けてきたら、これなしに生きられない、となるであろう謎の中毒性がある食べ物です。

 

2. 中東で古くから食べられているフムス

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フムスがいつ、どこで生まれたのかは定かではありません。

ひよこ豆はトルコでは1万年以上前から栽培されており、中東地域で栽培されている豆類の中でもっとも古いものの一つです。

ごまはアフリカ原産ですが、中東やインドには3,000年以上前には栽培されていたと考えられています。フムスに欠かせないゴマペースト「タヒニ」は、13世紀のアラビア語の料理本にも記載されています。

オリーブやにんにくも地中海地域で古くから食されていたので、フムスの原型になる料理は古代からあったとしてもおかしくはありません。

ただし、具体的にいつ、どこで、というのは不明。

基本となる食材は中東や地中海各地にあるので、似たような料理が各地で生まれたか、どこかで生まれたものが民族の移動に伴い広まった可能性もあります。

 

中世アラブのレシピ本

10~14世紀にかけて、エジプトやシリアなど中東各地でレシピ本が作られました。

14世紀にエジプトでカンズ・アル=ファワイド(Kanz al-fawā'id)という人物が編纂した料理本には、現在のフムスに似た料理のレシピが含まれています。

「冷菜」の章には、ひよこ豆とタヒニを加え、数種類のスパイスを混ぜるレシピがあります。

  • ひよこ豆をつぶし、ふるいで粗漉しする。
  • 焼いたクルミを油が出るまで叩き、マッシュしたひよこ豆とタヒニに追加する。
  • 十分な量のオリーブオイル、細かく叩いたコリアンダーとキャラウェイの種、ヘンルーダ、ミント、ワインビネガーを加える。
  • これらの材料を手でよく混ぜる。
  • 塩漬けにしたレモンを細かく切ってから加え、ピスタチオをかける。

レシピ詳細

www.mediterraneanliving.com

 

塩漬けレモンやピスタチオは上流階級用だったようですが、庶民もフムスに近いものを食べていたようです。

ちなみに14世紀のエジプトでは、ほとんどの都市の住人は家庭用の台所を持たず、市場の露店や屋台で購入した惣菜を食べていたそうです。市場では、店頭に綺麗に飾り付けられたいくつかのフムスが分けられ並んでいたかもしれません。

 

この他には、現在のフムスのようにパンにディップして食べる料理がいくつか紹介されており、「調味料」の章にディップソースのレシピがあります。

中には、タヒニをベースにしてオリーブやくるみを混ぜた後、ヘーゼルナッツ、ミント、コリアンダー、キャラウェイ、シナモン、ジンジャー、ローズバッドなどのナッツやスパイスを加えたものもあります。

この他には、タヒニに柑橘系の果汁を多く混ぜたディップソースもあり、コース料理の間にパンと一緒に食べる、と説明されています。

 

現代のフムスからすると、14世紀のレシピは「香りと食感が過多」な印象です。

より合理化され、シンプル化し、大量生産・長期保存など現代のニーズに対応できるようになったのが、現在のフムスの姿だと考えることもできそうです。

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3. ユダヤ人起源説

イスラエルの人々にとってフムスは日常食の一つで、なくてはならない食べ物です。

イスラエルに本拠地を置くフムスメーカーのサブラ社によると、イスラエル人はアラブ人の2倍のフムスを消費しているそうです。

カシュルート(ユダヤ教の食事法)に基づき、肉や乳製品を使った食事と組み合わせることができるため、戒律の厳しい超正統派ユダヤ教徒も安心して食せます。

 

フムスはイスラエルのユダヤ人の文化的共通性や結束を象徴する食べ物であります。

ユダヤ人が言うにはそもそもフムスを発明したのはユダヤ人だそうで、その証拠に旧約聖書のルツ記に登場すると主張されています。

現代語訳には以下のようにあります。ルツ記第2章14節。

食事の時、ボアズは彼女に言った、「ここへきて、パンを食べ、あなたの食べる物を酢に浸しなさい」

現代ヘブライ語では"hometz"とは酢のことを言うため、こういう表現になっています。しかし客人にパンを酢に浸して食べることを薦めるのは奇妙なことであるため、この"hometz"こそが「フムス」であるという主張です。

 この説の真偽は定かでなく、ユダヤ人起源かどうかは不明ですが、少なくとも伝統的にミズラヒム(中東に住むユダヤ人)の間でフムスが食べられていたのは確かなようです。

19世紀末から20世紀初頭にかけてシオニズム運動が盛んになると、ミズラヒムがパレスチナに集まり、またヨーロッパからもユダヤ移民が増えました。

ミズラヒムは中東各地のフムスのレシピを持っており、それらがユダヤ共同体の中で広がりました。イスラエル建国後には、世界中から様々な文化的バッグラウンドのあるユダヤ系の人々が移り住んできたのですが、マグレブや中東のユダヤ系は独自のフムスのレシピを持ち込みました。また、イスラエルにはパレスチナ人やアラブ系キリスト教徒など独自のフムス文化を持つ人々も多く、イスラエルのフムス文化は極めて豊かなものになりました。

 

フムスにまつわる人々を追ったドキュメンタリー映画「Hummus! the Movie」では、イスラエルのアラブ系キリスト教徒、超正統派ユダヤ教徒、アラブ系ムスリムと異なるバックグラウンドの人たちが登場します。

人生の中でフムスが重要な役割を果たし人々を繋いでいることが語られています。

www.youtube.com

 

4. レバノンとイスラエルのフムス戦争

フムスは中東地域に広く広がり、地域によって様々なアレンジがあり、民族や性別、年齢問わず愛され、インターネット時代の今も廃れるどころかますます世界中に広がっていっている、稀有な料理の一つです。

ところがフムスは近年、イスラエルとアラブ(特にレバノン)の間で、その起源が争われています。その象徴的なものが、イスラエルとレバノンで争われる「世界最大のフムス」の競争です。

 

イスラエルの食品会社の販促プロモーション

発端は、アメリカの飲料メーカー・ペプシコとイスラエルの食品会社ストラウスの子会社で、フムスやワッカモーレの製造販売を行うサブラ社が、販促のために世界最大のフムスのプレートを製造してプロモーションしたことがきっかけでした。

サブラ社の競合で同じくイスラエル資本のオセム社は、対抗してそれよりも大きな880ポンドのフムスを作って対抗し、ギネスレコードを樹立しました。オセム社はイベントでこの世界最大のフムスをエルサレムのマハネ・イェフダ市場で市民に振る舞い、大きな話題となりました。

この2社の競争は「フムス戦争」としてイスラエルのマスコミで取り上げられてニュースになり、イスラエル資本の会社がフムス市場でさらにシェアを伸ばすきっかけとなりました。

特にサブラ社は、かねてよりの健康食ブームの恩恵もあり、世界最大のフムス製造会社として発展をしました。

 

レバノン人「待った」

このようにイスラエル企業の存在が高まり、「イスラエルのフムス」がマーケットで強くなると、「フムスの元祖」を主張するアラブ人の反発の声が高まりました。

この声に応え、レバノン人の実業家のグループが資金を出してキャンペーンを行い、2トンを超えるフムスプレートを作って記録を更新しました。

このキャンペーンは「Hands off Our Dishes(俺たちの料理を盗むな)」と名付けられ、「イスラエルのフムス」に対する反抗を宣言するものでした。

このキャンペーンに関連し、レバノン産業協会(ALI)の当時の会長で、後にレバノンの観光大臣となるファディ・アブードは、「土地だけでなく、歴史、伝統、建築、詩、歌、音楽、そしてこの地域のアラブ的なすべてのものがイスラエルによって組織的に盗まれた」とした上で、「レバノンの食品をイスラエルのものとして販売すること」をめぐり法的措置を取る準備ができている」と主張しました。彼はフムスがレバノンが「所有すること」に対して歴史的な裏付けがあると述べました。

 

加速するフード・ナショナリズム

フムスが両国間のナショナリズムの問題に「格上げ」されてしまうと、さらに巨大フムス作りが加速しました。

2010年には、エルサレム近郊にあるアラブ系の人々が暮らすアブ・ゴッシュという料理が有名な村で、イスラエルの食品会社「ミキ・サラダ」が資金を出し、4トンのフムスが作られ再び記録を更新しました。使われた材料は「ひよこ豆2.5トン、練りごま1.5トン、レモン数百個、にんにく大量」とのことなので大変です。

レストラン「アブ・ゴッシュ」のオーナーであるジャワダト・イブラヒムは、「レバノン人は何を主張してもいいが、フムスは私たちのものであり、イスラエルのものだ。結局、私たちの方が美味しいフムスを作ってるんだからね」と述べました。

 

これにまた対抗する形で、2010年にレバノン人シェフ300人が10トンのフムスを作り、記録はさらに更新されました。彼らは「イスラエルの産業と文化の侵略に対し、共に私たちの経済と文化と遺産を守るために立ち上がった」と主張しました。

2015年の夏、記録を更新するためにイスラエル側が15トンのフムスの用意を進めようとしていましたが、ギネス・ワールド・レコーズは「安全が確保されていない」ことを理由に審査員を派遣することを拒否。記録更新のチャレンジはとん挫しました。

2020年現在、最大のフムスは2010年のレバノンの記録ということになっています。

www.guinnessworldrecords.com

 

正直なところ、レバノンの「世界最大のフムス」がどの程度「フムスがレバノンのもの」かという認識向上に役立ってるか甚だ疑問です。

昔はイスラエルやレバノンなどという国境はなかったのだし、中東や東地中海一帯で食べられてきたフムスが「どこの国のものか」と決めること自体がナンセンスです。文化は人間が人為的に決めた国境に留まるようなものでないです。

政治的な対立を文化面に持ち込んで話をややこしくするのはやめていただきたいものです。

 

5. 各地のフムス

 さて、前述しましたがフムスは非常にシンプルなレシピですが地域によって色々なバリエーションがあり、名物フムスがたくさんあります。

 

イスラエル風

イスラエルは中東各地のフムスが集まり、最上級のフムスを提供するレストランが軒を連ねる文字通りの激戦区です。中でも「聖地」として崇められるのが、西部テルアビブにあるレストランAbu Hasan。

この店の特徴はパプリカを煮詰めたオリジナルソースをかけたフムス。1966年のオープン以来、熱心な信者が「巡礼」に訪れる場所、と言われます。ラーメン二郎みたいですね。

www.tripadvisor.jp

 

イエメン風

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Photo by Mushki Brichta

イエメンのユダヤ人は、伝統的にスクッグと呼ばれる唐辛子ソースを作ってきました。
 スクッグは、青または赤の唐辛子に、ニンニクとパクチー、トマトなどをまぜて臼でひいた辛いソースです。

イエメン風フムスはこのスクッグを添えて、辛くしていただきます。美味しそうですね。

 

スーダン風

2000年ごろから、イスラエルにはダルフール出身者を中心にスーダンからの難民が増加し、彼らがフムスを受け入れてスーダン風にアレンジしたフムスも登場しています。 

スーダン風フムスの特徴は、フムスに卵とトマト、チーズを入れる点です。こってりして美味しそうです。

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Photo from: "Hummus Gan Eden" MentalManna

  

ドルーズ風

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Photo from "המלצות לסרטים קולינריים בפסטיבל חיפה" המלצות לסרטים קולינריים בפסטיבל חיפה

フムス好きなイスラエル人にも一目置かれているのが、ガラリヤ地方北部に住むドルーズのフムスです。ドルーズはイスラムの一派とされますが、様々な宗教の教えを取り入れている宗派で、異端とされる向きもある少数派です。

ドルーズは独特の薄いピタパンを焼き、ハイファ郊外のカルメル山地に自生する低木のザアタール(ヒソップ)を使ってフムスを作っています。この独自のフムスを求めて、山岳地帯の村々に人々が押し寄せるそうです。

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まとめ

 フムスは今や世界中で知られ、独自にローカライズされ、多くの人に愛されるグローバル料理となりました。

フムスを愛するアラブ人やユダヤ人は自分たちのものだという強い愛着心がまだ強くありそうですが、もはや「世界中みんなのもの」となっていることに、できるだけ早い段階で気づいていただきたいものです。

 

参考サイト

"Food and Nationalism: From Foie Gras to Hummus" RONALD RANTA, FOOD NATIONALISM, FALL 2015

"Medieval Arabic recipes and the history of hummus" The recipes project

"Who invented hummus?" BBC Travel 2017/12/11

"Hunting for hummus in Israel" BBC Travel 2012/8/1

"中東でひよこ豆料理「フムス」競争、イスラエルが「勝利」" CNN.co.jp (archives) 2010/1/9

 "イスラエルとアラブ諸国の埋まらない食の溝" 東洋経済オンライン  2018/01/20