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消火器の歴史

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これまで数多くの人命を救ってきた消火器の発展の歩み

消火器は1723年にイギリスで発明されました。

19世紀に近代的な消火器が誕生して使い勝手が向上し、20世紀になり性能が向上し普及が進んでいきました。消火器の歴史は、効率と消火能力をさらに高めるために、設計にさまざまな変更を重ねてきた技術改良の歩みです。

 

1. 火事の種類と用途

一口に消火器と言っても、用途によって様々な種類があるのをご存じでしょうか。

消火器でも買ってみよっかな、的な、筋トレグッズを買うようなノリで買うものではなく、ちゃんと考えて買わないとダメなのであります。

消火器を購入する際は「火災種別」と「薬剤種別」の二つを鑑みて選ばなくてはなりません。火災種別とは何が燃えているかの種別で、薬剤種別とは消火剤の種類のこと。

 

火災はA~D級に分類されます。この種別によって使う消火器を使い分けます。

A級火災とは「木材、紙、繊維などが燃える普通の火災」のこと。水系、強化液、泡系、粉末系が有効です。しかし二酸化炭素ガス系は向きません。

B級火災とは「ガソリンなどの石油類が燃える火災」のこと。泡系、二酸化炭素ガス系、粉末系が有効ですが、水系は油と混ざらないため使用できません。

C級火災とは「電気設備の火災」のこと。電線や変圧器、モーターなどの火災を指します。霧状の水系、強化液、泡系が有効です。通常の水だと感電の可能性があるため使用できません。

D級火災とは「金属の火災」のこと。消火には細粒化された塩化ナトリウム、銅、黒鉛などの乾燥砂を用います。これは消火器ではなく、スコップで金属砂をかけて鎮火させるやり方です。鉄、アルミニウム、亜鉛、マグネシウムなどの金属は水に反応する場合が多く爆発の危険性があるので使用できません。

 

 もしご自宅に消火器がある場合は、どの用途に使えるものなのかを再度確認した方がいいかもしれません。以下の対応表は、一般社団法人日本消火器工業会のサイトからの借用です。

f:id:titioya:20200810143455j:plain水系でも炭酸カリウムや炭酸水素ナトリウムもあれば、精密機械をダメにしないように真水を用いるケースもあります。粉末系だと、リン酸アンモニウムが主成分のABCクラス、炭酸水素カリウムと炭酸水素ナトリウムが主成分とするBCクラスなど様々です。

 

消火器の構造には二つのタイプがあります。

一つ目が「圧力タイプ」。

コンプレッサーから内部に約10気圧もの空気を入れて加圧したもので、内部にはパイプが消火器の底部まで伸びており、グリップハンドルを握って圧力シリンダにねじ込まれたバネ式バルブを操作し、圧力によって消火剤がパイプとホースを通って放出される仕組みです。

二つ目が「ガスカートリッジタイプ」。

操作方法は圧力タイプと同じですが、130気圧の炭酸ガス(CO2)のカートリッジが内部に設置されています。グリップハンドルを操作すると、バネの付いた装置が作動して尖ったピンがカートリッジに突き刺さり、ガスが容器内に放出されます。放出されたCO2は元の体積の数百倍に膨張し、消火剤の上のガス空間を満たします。これによりシリンダーが加圧され、消火剤はパイプからホースを通って放出される仕組みです。

 

さて前置きが長くなりましたがここから本題に参ります。これらの種別は様々な種類の火災に対して最適な消火剤や消火方法はどういったものか、技術者の長年の改良によって築きあげられてきました。

 

2. 初期の消火器

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人間は長い歴史の中で、住宅や倉庫、城などの火災に悩まされ、防火対策を行ってきました。重視されたのはいかに鎮火のための水を確保するかという点で、防火水槽を各地に設置したり、水路を張り巡らしたり、井戸を掘ったりして火災に備えました。

古代ギリシアで発明家のクテシビオスは、世界で初めて手動式のポンプを発明しました。これにより水源から遠く離れたところに水を運ぶことができるようになりましたが、残念ながらこれは普及しなかったようで、ローマ時代の鎮火方法はバケツリレーだったそうです。

中世になると「スクアート」という名の手動式のポンプが使われました。これは自転車のペダルを漕ぐような要領で水源に付けたノズルから水をくみ上げ、ホースの先端から水を吹き出す装置でした。ピストンが押しあがるごとに約1リットルの水をくみ上げることができ、1666年のロンドン大火でもスクアートは使用されたそうです。

現代でも消火活動に水は欠かせず、住宅やビルの火事の場合も防火水槽や消火栓に多くを頼っていますし、山火事だとヘリで池の水をくみ上げて撒いたりします。ただし、火が高温すぎて水が役に立たない場合や、火元近くに水源がない場合などに消火剤が威力を発揮します。さて本題の、ポータブルに持ち運べ、ピンポイントに消火剤を撒き火を消す消火器の発展の歴史です。

 

初の消火器の発明

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消火器を発明したのはドイツ生まれのイギリス人で、リン製造業者・薬屋のアンブローズ・ゴドフリー(Ambrose Godfrey)という人物です。

彼は錬金術師のロバート・ボイルの弟子になり共同で研究を進め、人間の糞尿を煮詰め残渣を作り、それを加熱してガスを発生させて濃縮しリンを取り出すという方法を発明。これには彼しか知らないちょっとしたコツが必要だったようで、他者は真似できず、リン販売は非常に成功しました。1707年、ゴドフリーは十分に裕福になり、サウサンプトン・ストリートに薬局を開き、引き続きリンを販売しつつ工房で新しい発明に勤しみました。いくつかの発明の中に、彼が1723年に特許を取った世界で初めての消火器があります。

この初めての消火器は、ピューター(しろめ。スズを主成分とする低融点合金)で出来た入れ物に消火液が入っており、導火線を通じ内部の火薬を炸裂させ周囲に消化液をまき散らすという設計でした。

 

▽ガラス製の火に投げ入れるタイプの製品

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Photo by Joe Mabel

この発想でいくつかのバージョンの消火器が作成されましたが、極めて限られた範囲でしか使用されなかったようです。手りゅう弾みたいな使い方っぽいですが、金属の破片がどこに飛んでくるか分からないので危ないし、そりゃ普及しないよなと思います。

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3. 近代的消火器の登場

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散布タイプの消火器の登場

消火剤を撒くタイプの消火器の登場は1818年のこと。発明したのはイギリス人の船乗りジョージ・ウィリアム・マンビー(George William Manby)です。

彼は船乗りでしたが科学にも関心が高く発明の才があったようで、船の事故によって損失する人命を救うため数多くの発明を残しました。彼が船舶火災を鎮火するために発明したものが「エクスティンクタール(Extincteur)」という装置で、銅製の容器に3ガロン(約10リットル)の炭酸カリウム水溶液を圧縮空気中に入れたものでした。炭酸カリウムは現在でも消火剤として用いられ、水と違って再燃焼を防止する働きがあります。木でできた船舶の火事を消化するには、海水を使うよりは安全性が高かったでしょう。

ちなみに彼はイギリスで初めて国家による消防団の設立を構想した人物でもあり、マンビーが王立救命艇協会(RNLI)の真の創始者であると主張する人もいます。

 

約70年後の1881年には、アメリカ人のアルモン・M・グレンジャー(Almon M. Granger)が炭酸ガスを使った消火器を発明し特許を取得しました。

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Photo by Firetech117

メインタンクには炭酸水素ナトリウム水溶液が満たされ、その上に硫酸が入った容器が吊るされた構造で、プランジャーを使うか鉛で出来た容器の穴を解放するかして硫酸を炭酸水素ナトリウム水溶液と混ぜ炭酸ガスを生成。ガスの水圧によってホースを通じて外に勢いよく消火剤が排出されるという仕組みでした。

 

泡消火器の登場

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1905年頃、ロシアの教員アレクサンドル・ローラン(Alexander Laurant)によって泡消火器が発明されました。ローランはこれを燃えるガソリンを鎮火する目的で開発しました。泡消火器はガソリンや灯油の燃焼に対して有効です。冷却作用はもちろんですが、泡が油面を覆うことで油から発せられるガスを抑えることができます。

ローランが開発した泡消火器の内部構造は炭酸ガス型と似ています。メインタンクの水溶液に別容器に入った物質を投入し化学物質を発生させるというものです。

メインタンクには、水と発泡剤、炭酸水素ナトリウム水溶液が入っており、円筒形の金属製またはプラスチック製の容器には、13%の硫酸アルミニウムが入っていて鉛のキャップが付いている構造です。消火器をひっくり返すと化学物質が混ざり合い、CO2ガスが発生しホースを通じて泡が噴射されるという仕組みです。

 

4. 毒性の強い消火器

20世紀前半から半ばまでは、消火剤には毒性が強く体に悪影響の素材が用いられていました。

1881年、イギリスのリード&キャンベル社によってカートリッジ式消火器が発明されました。この会社は当初は水性の溶液を使用していましたが、後に「ペトロレックス」と呼ばれる主に自動車火災を想定した製品が発売されました。この製品の特徴は消火剤に四塩化炭素を用いている点にあります。

四塩化炭素は酸素を含まない濃密な煙を発生させ、化学反応を阻害することで火を気化させて消火します。無色透明の液体でありますが毒性があり、内臓器官に悪影響を与える他、長時間吸引すると死亡する恐れがありました。しかし扱いやすさや強い消火効果で、後の消火器にも多く用いられることになります。

 1910年にデラウェア州のピレン・マニファクチュア・カンパニーが特許を出願した消火器も四塩化炭素を使用していました。1911年には小型化に成功し再び特許を取得しました。

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Photo by WolfgangS 

真鍮またはクロム製の容器の内部にポンプが内蔵されており、火に向かって液体を噴出できました。小型の製品の容量は0.6~1.1リットル程度でしたが、大型製品は9リットルもありました。使用後は再び消火剤を充填プラグから補充できる点もこの製品がヒットした理由でした。

次第に四塩化炭素の毒性や危険性が知られるようになると、代替の消火剤の研究が進みます。臭化メチル(ブロモメタン)は1920年代に消火剤として発見され、ヨーロッパを中心に広く普及が進みました。臭化メチルは、強い消火効果があるガスで消火剤として効果的だった他、農業分野でも土壌の減菌や種子の減菌、害虫駆除のためにも用いられました。気化液の中では最も毒性が強く、狭い空間では死に至ることもあったものの、他のガスに比べると取り扱いが容易で安全であるため広く使われました。

1940年代のドイツでは、四塩化炭素より毒性の低い代替品としてクロロブロモメタンが開発されました。1969 年まで使用されましたがその毒性のために1970年代以降は使われなくなりました。

臭化メチルもクロロブロモメタンも後に強力なオゾン層破壊効果があることが分かり、1989年のモントリオール議定書で利用停止が勧告されています。

 

5. 安全性の高い現代の消火器

安全性が高い二酸化炭素(CO2)消火器の研究は各地で行われていたようですが、アメリカでは1924年にウォルター・キッデ社がベル・テレフォン・カンパニーの要望を受けて開発しました。ベル・テレフォン・カンパニーは電話交換機が燃えた時に、化学薬品で高価な機械をダメにしないように安全な消火器を求めていました。

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Photo by Firetech117

背の高い金属製のシリンダーの中には7.5ポンド(3.4キロ)のCO2、上部にはバルブが付いており、綿でカバーした真鍮製のホースが胴体と繋がっている構造でした。CO2を用いた消火器は、機械だけでなく人間の体に対しても無害なので現在でもよく使われます。映画やテレビ番組で、火が燃え移った人にバーッと消火器が浴びせられる映像を見たことがあると思いますがあれはほぼ間違いなくCO2消火器です。

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Photo by Firetech117

現在よく見るタイプの外観の消火器は、1928 年にDuGas社によって開発されました。

この消火器の中身は重炭酸ナトリウム(重曹)で、特別な処理で流せるようにし、耐湿性を持たせたもの。銅製のシリンダーにCO2カートリッジが内蔵され、上部にあるバルブを回して動作させました。バルブを回すとカートリッジに穴が開き、ホースの先端にあるバルブのレバーを絞ると消火剤が排出される仕組みです。

これが大規模なB火災(油火災)とC火災(電気火災)に使用できる初めての粉末消火器でした。同じような構造で1950年以降にBC火災に使用できる粉末消火剤が次々に開発されました。1950年代にヨーロッパで開発されたのが、リン酸モノアンモニウムと硫酸アンモニウムを混合した「ABCドライケミカル」。これはABCクラスというクラスに分類されます。

1960年代前半には、塩化カリウムをベースにした乾式消火剤である「スーパーK」。1960年代後半にはアメリカ海軍により炭酸水素カリウムと炭酸水素ナトリウムを主成分とする「パープルK」が発明されました。これらはBCクラスに分類されます。

最新の粉末は無毒ですが、限られた空間で粉末消火器を放出すると、視界が急激に狭くなり、避難・救助・その他の緊急行動に支障をきたす可能性があります。このため、病院や老人ホーム、ホテルなどでは水性の消火器が好まれる傾向にあります。

 

ハロゲン化物消火器

ハロゲン化合物を利用した消火器の開発も1940年代後半から始まり、ハロン1211やハロン1301の登場によって1960年代から多く使われるようになりました。ハロンは二酸化炭素ガスよりも強い消化能力に優れ、後を化学物質などで汚さないため精密機器や警察車両、軍用車両などに広く普及しました。

ハロンはフロンと同様、高いオゾン層の破壊効果はを持つことで知られます。1970年頃からオゾン層の破壊が問題視され1989年のモントリオール議定書により原則製造販売が禁止されました。しかし昔に設置したものやそのメンテナンスなどで未だに残っているところもあります。

 

ウォーターミスト消火器

近年人気があるのが「ウォーターミスト消火器」です。

非常に細かい水の粒子を散布し、表面積が増大したフォグが蒸発・気化し、冷却効果を高め、同時に発生する水蒸気が窒息効果を生み出し消火します。オフィスビルの天井に設置してあるケースが多く、火を感知するシステムとセットで導入されます。

薬液を使用していないため、人や動物にも使用できます。また製品によっては電気を伝導させないイオン交換水を使用するため、家庭や工場などあらゆるシーンで使いやすい製品です。

 

現在の消火器は基本的には人体に無害で、かつ二次災害や機械・家具などに悪影響をなるべく与えないようなものになっています。ですがもし家やオフィス、工場などに消火器を導入希望の方がいらっしゃったら、危険物取扱者の免許を持つ人や専門の業者に相談したほうがよさそうです。

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まとめ

歴史と言うより紹介の種類と機能の説明が長くなってしまいました。 

工業製品や施設が発展すると、木や紙、布の消化のために使っていた水では不充分で、テクノロジーが発展し新たな火災リスクが発生する度にそれに適した新たな消火器が作られていった形です。

月並みな感想ですが、今回色々消火器の歴史を調べてみて、自分の家にも消火器があったほうがいいし、消火方法について基礎的な知識は一般知識として皆知っておいた方がいいなと改めて思いました。

いつ自分の家が火事になるか分かりません。日本の消防士さんは有能ですが、最低限身を守る方法は知っておきたいものです。

 

参考サイト

"History of fire extinguishers"  FIRE AND RESCUE INTERNATIONAL  Volume3. No.9

"History of Fire Extinguishers" Fire Safety Advice Center

"消火器の選び方" 一般社団法人日本消火器工業会

Fire extinguisher - Wikipedia