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「千年王国思想」の始まりと世界への伝播

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正義の世の実現を期待する宗教的世直し運動 

千年王国運動とは、主に大衆を中心に、神や天が奇跡を起こし、この世に正義を実現することを求める宗教的世直し運動です。洋の東西、古代から現代まで問わず、世界各地で見られます。

今回は前編後編で、その起源や特徴、そして千年王国運動的特徴を持つ事例を見ていきたいと思います。

 

1. 千年王国運動とは

千年王国運動の特徴は以下のように整理できます。

  • 圧迫や抑圧を受け不利な立場にある階層が
  • 現在の世界に存在する不満を背景に
  • 集団で祈り、身を清めながら
  • 神や天の到来、奇跡を念じ
  • 全面的かつ究極的な救済の到来を望むこと

これらの要素を少し深掘り考察していきます。

 

圧迫や抑圧を受け不利な立場にある階層

千年王国運動に加わる者は、その多くが農民、都市下層民、未開民族など、支配者に抑圧され物質的・制度的な不満を持つ人たちです。富へのアクセス手段が限られ、教育レベルも高くなく、扇動されやすい傾向にあります。

 

現在の世界に存在する不満

これらの人々は、貧困・政治的宗教的抑圧・旧秩序の破壊・不平等、またはそれらの組み合わせで現世に対し大きな不満を抱えています。

原因としては、天候不順による不作・飢饉、支配者が課す過度な賦役・兵役、農村への近代システムの導入、農場主や資本家が課す過度な労働、旧来の宗教や慣習の否定などが挙げられます。


集団で祈り、身を清め

これらの人々は、政治的に未組織である上に既存権力からも疎外されており、現状の不満をどのように変えればいいかの具体的な考えを持ち合わせていません。そのため、神に祈ったり、預言者や宗教リーダーの説教を聞いたりして、理想の世界の到来を待つか、理想の世界に招き入れられために善行を積もうとして、暴動や反乱を起こしたりします。

 

神や天の到来、奇跡を信じ

千年王国運動は、不満だらけの現状を変えるための建設的なプログラムを有せず、神の啓示や天の告知、預言者・宗教リーダーが起こす奇跡によって、「ひとりでに」「勝手に」革命が起きることを期待します。人々はただ集まって、来るべき理想の世界が訪れるのを「見守る」。そしてこの世の正義が果たされた時に、その純粋な善の世界に招き入れられるように、我が身を清めようとします。


全面的かつ究極的な救済の到来を望む

千年王国運動は、奇跡によって現状の世界が「今すぐ」「すべて」崩壊し、「完全な善」「至福の世界」が達成されることを望みます。職を得たり一時金を手に入れるなど、現状が「比較的マシ」になることでは満足せず、現世界・社会の一切が崩壊することを期待します。

  

2. 千年王国思想の起源

「千年王国運動」 は英語で「Millenarian Movement」と言い、キリスト教の用語です。もともとはヨハネの黙示録に記述のある、神の理想の世界が到来した後の記述が起源です。ヨハネの黙示録20章4〜5節。

また見ていると…イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の例がそこにおり、また獣をもその像をもおがまず、その刻印を額や手にうけることしかなかった人々がいた。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間支配した

マルコによる福音書13章24〜26節には、神の国が果たされる瞬間の描写があります。

その日には、この患難の後、日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるだろう。その時、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう

ただし、この世界観はキリスト教がオリジナルではなく、古代ペルシアのゾロアスター教に起源があります。

ゾロアスター教では、この世界は、創造・混合・分解という三大時期を経過すると考えます。善と悪が戦う混合の時期は、人は善の神アフラ=マズダと七善神を崇拝しなければなりません。

混合期の終末の時に出現するのが救世主サオシャントで、悪を追放し正義を果たします。世界が完全な状態になって歴史が終わり、善と悪が分離する分解の時期に入ります。この時期は神々は善男善女とともに平和の中に住むのです。

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ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の千年王国思想

この善悪二神論の思想に影響されたのが、キュロス大王によるバビロン捕囚から解放され、パレスチナに帰ってエルサレム神殿を再建したユダヤ入です。

解放ユダヤ人はもともと天使の一人に過ぎなかったサタンを悪の神アングラ=マイニュ(アーリマン)と同一視し、ヤハウェに比する存在と位置付けました。そのためユダヤ教の一神論に矛盾が生じていくことになります。

ユダヤ教から分かれたキリスト教もこの思想を受け継ぎ、先のヨハネの黙示録のような終末の物語を描くようになります。4世紀のラクタンテイウスや7世紀の偽メトディオスは強く影響を受け、千年王国論を発展させました。

千年王国論の発祥の地であるイランでは、アケメネス朝、パルティア、ササン朝とゾロアスター教次いでマニ教でこの思想を受け継ぎ発展させていきました。イスラム教を受容してからは、シーア派(十二イマーム派)で連綿と千年王国思想を受け継いでいくことになります。十二イマーム・シーア主義は、9世紀に「お隠れ」になった最後のイマーム、ムハンマド・ムンタザルが復活し、全世界のイスラム化と正義を実現するというのが教えなので、まさに千年王国的です。

 

現在のイラン・イスラム王国も、本来はイマームが指導すべき社会を、いかにイマーム抜きで運営するか、という思想のもと成り立っています。詳細はこちらの記事。

reki.hatenablog.com

 

 

3. 仏教に導入される千年王国思想

イランの千年王国思想は東方にも伝播し、仏教にも影響を与えました。それが、弥勒菩薩の下生信仰です。

弥勒菩薩は56億7,000万年後にこの世に降臨すると言われますが、下生信仰ではそんな遠い先ではなく、「今すぐ」弥勒菩薩が下生することを願います。そして弥勒菩薩が降臨しやすい環境を作るべく、自分たちを苦しめる悪の存在を滅ぼそうとします。

弥勒菩薩と密接な関係にあるのが転輪聖王で、 転輪聖王に随伴する七宝の筆頭にあげられる金輪宝は、イランで王権を象徴する光明の輪(クワルナフ)です。イランでは王は必ずクワルナフを持っているとされ、王が追放される時は「クワルナフが消えたため」と考えられました。

 

クワルナフとイランの王権について詳しくはこちら

reki.hatenablog.com

弥勒下生信仰と密接に結びついているのが末法思想です。

本来の仏教では、世界は成劫・住劫・ 壊劫・空劫の過程を経過すると考えますが、末法思想では釈迦牟尼仏の法の時代が終って仏法が滅尽すると、天地のすさまじい破壊が起り、やがて弥勒菩薩が下生して新しい法の行われる理想の世が来るとされます。 

 

4. 中国の反乱と千年王国思想

弥勒下生信仰と末法思想は中国にも伝わり、時の支配者に対して民衆を糾合して反乱を起こしました。有名なものが、黄巾の乱、大乗の乱、白蓮教徒の乱です。

西暦184年に初めて千年王国的運動である黄巾の乱を起したのは太平道という一派で、彼らのスローガンは「蒼天巳死、黄天当立、歳在甲子、 天下大吉」
空が青から黄に変わり、大災厄がやってくる、太平道の教えを守れば永遠の平和の世界に入ることができる、といったものを掲げて反乱に立ち上がりました。

中国の農民反乱は、前皇帝の子孫や塩の密売人、成り上がり軍人といった、宗教リーダーではない人物によって起こされることもありました。しかし、「食い物をたらふく食えて税金のない、皆んながハッピーな時代がやってくる」という千年王国的な言説を民衆に訴えることで支持を集めることはよくありました。

明末に反乱を起こした李自成はこのような詩を作って民衆にアピールしました。

牛と羊を殺せ(さあごちそうだ)

お酒の用意をしよう

城門を開いて闖王を迎えよう

闖王が来たら税金をとられないぞ

殺牛羊

備酒漿

開了城門迎闖王

闖王來時不納糧

毛沢東が作った有名な詩「東方紅」も、この伝統の中にあると言えるかもしれません。

東の空が赤い 太陽が昇った
中国に毛沢東が現れた
毛沢東は人民の幸福を図る
毛沢東は人民の救いの星だ

東方紅,太陽昇
中国出了個毛沢東。
他為人民謀幸福
呼児咳呀
他是人民的大救星。

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まとめ

アジア、ヨーロッパ、そしてキリスト教、イスラム教、仏教にまで影響を与えて今もいき続けている思想ってすごいですよね。

次回は千年王国思想から発生した暴動や運動を紹介していきます。 

 

参考文献

「千年王国的民衆運動の研究」 鈴木中正 東京大学出版 1982年3月

「タイにおける千年王国運動について」 石井米男 東南アジア研究10巻3号1972年12月