安心できる場所であり危険な場所でもあるトイレ
越後の龍こと上杉謙信が春日山城の厠で倒れ、そのまま息を引き取ったことは有名な話です。トイレは部屋よりも温度が低く気温差によって発作を起こしやすいし、1人になるので発見も遅れるためか、現代でもトイレで死亡する人は多いです。まして温便座などない昔のこと。火鉢で火を起こすくらいはやったかもしれませんが、死亡者は多かったはずです。
加えて、トイレでは1人になる上にあまり身軽に動けない場所なので、暗殺するには絶好のタイミングだったはずです。
今回は「そうだったという説もある」というのも含めて、トイレで死んだとされる偉人たちを紹介します。
1. 晋の景公
新麦を食べる前に死ぬという巫女の予言
晋は紀元前7世紀ごろの春秋時代に中原の覇者となった国ですが、紀元前6世紀の景公の時代に衰え、覇者の座を南の楚に奪われていました。
景公の死のエピソードには「新麦の予言」と「亡霊によって呪い殺された」の2パターンあります。亡霊のエピソードは以下の通り。
景公の体内に亡霊が2体入り込み景公を殺そうとした。景公は高名な医者である緩という人物を呼んで診てもらおうとした。その晩景公は夢を見た。2人の童がなにやらひそひそ話をしている。「ヤバイぞ、良医が来る。逃げようぜ」「大丈夫、肓(こう)と膏(こう)の間にいれば平気だよ」
緩は景公を診て「病気は既に膏(横隔膜の上)肓(心臓の下)にあるので治せません」と言った。景公は結局この病で死んでしまった、というもの。
もう1つが新麦のエピソード。
巫女が景公に「あなたは新麦を食べる前に死ぬでしょう」と予言した。しかし景公は新麦が実る季節になっても生きていた。予言は外れたと景公はこの巫女を殺してしまった。そして今年の新麦の収穫を祝う食卓につき、景公は新麦を食べた。すると急に腹の調子がおかしくなり、景公は急いでトイレにかけこんだところ、足を滑らせて穴の中に落ちて死んでしまった、というもの。
ギリギリ巫女の予言は的中したわけです。当然事実ではなく作り話と思われるのですが、果たしてどういう言われからこんなエピソードが出てきたのでしょうね。
2. エドマンド2世(イングランド)
トイレの中で暗殺されたという説もあるイングランド王
エドマンド2世はあだ名を「豪勇王(Ironside)」と言い、北海帝国を築くデンマークのクヌートのイングランド侵略に頑強に抵抗した王です。クヌートはエドマンド2世の抵抗に手こずるも、最後はロンドンを包囲して決定的な勝利を得ます。1016年にクヌートとエドマンド2世は和平に合意し、クヌートはテムズ川の北、エドマンド2世はウェセックスを領有することになりました。しかし合意後すぐにエドマンド2世は死亡したため、クヌートはウェセックスも併合し諸侯の合意の下でイングランド王となりました。
エドマンド2世の死因ははっきりせず、自然死だったとも、あるいは暗殺されたという説もあります。12世紀のイングランドの歴史家ヘンリー・オブ・ハンティングドンによると、エドマンド2世はトイレの穴の中に隠れた暗殺者によって2度下から剣で突かれ、剣は腸まで到達し死亡させたそうです。これは痛そう…。
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3. エドワード2世(イギリス)
イギリス史に悪名を轟かす王の死に様
エドワード2世は幼馴染で恋人の初代コーンウォール伯ピアーズ・ギャヴィストンを重用しすぎたせいで、従兄弟の第2代ランカスター伯トマスを頭目とした反乱を招き、その後もウィンチェスター伯ディスペンサー親子を重用しすぎてまたも諸侯から反発を食らい、とうとう妻イザベラが諸侯と結んで反乱を起こします。エドワード2世とディスペンサー親子は捕えられ、親子は処刑され、エドワード2世はケニルワース城に幽閉され、その後議会にて国王の座を廃位させられます。
エドワード2世はケニルワース城からバークレイ城に移された後、「同性愛を犯した罪」によって拷問され死亡しました。
バークレイ城のトイレで焼けた金属製の棒を肛門に突っ込まれ苦痛のあまり死んだと言われています。
4. ヴァーツラフ3世(チェコ)
ボヘミアのプシェミスル朝最後の国王
ヴァーツラフ3世はボヘミアのプシェミスル朝最後の国王で、死亡した時はわずか16歳でした。
父はボヘミア王兼ポーランド国王ヴァーツラフ2世(ポーランド名はヴァツワフ2世)。ハンガリー王アンドラーシュ3世が息子を残さず死亡したため、ヴァーツラフ2世は息子のヴァーツラフとアンドラーシュ3世の娘エルジュビェタとを結婚させ、1301年にヴァーツラフは12歳でハンガリー王に即位しました。
プシェミスル家の勢力拡大に周辺諸侯は警戒しハンガリーへの圧力を強めたため、ヴァーツラフ2世はヴァーツラフのハンガリー王位を放棄しボヘミアへ連れ戻します。その1年後、ヴァーツラフ2世が1305年に死亡したので、ヴァーツラフはヴァーツラフ3世としてボヘミア王兼ポーランド王となりました。
1306年、ヴァーツラフ3世はポーランド支配の強化を目指した遠征に赴く直前、オロモウツ城のトイレ(穴の下が湖になっている構造)で用を足していたところを暗殺者に刺され死亡しました。
暗殺者を送ったのはポーランドのクラクフ公ヴワディスワフであったと言われ、ヴァーツラフ3世の死により隆盛を誇ったボヘミアのプシェミスル朝は途絶えてドイツ系の国王がつくことになり、ポーランドではヴワディスワフがヴワディスワフ1世と名乗って国王に就き、ピャスト朝が復興することになります。
5. ジョージ2世(イギリス)
ドイツ出身のイギリス王の満身創痍の老後
ジョージ2世はドイツ生まれで王位継承順位は高くなかったのですが、イギリスの王位がプロテスタントに限定されたことで祖母ゾフィーの家系の順位が急上昇し、父はジョージ1世として即位し、父の死後にジョージ2世として即位しました。
彼は故郷の北ドイツ・ハノーファーを愛してイギリスを不在にすることが多かったこともあり、あまり国民に人気のある王ではありませんでした。長男のフレデリック・ルイスは長年ハノーファーに残されて両親と離れて暮らしたことを恨んでいたのか、ジョージ2世とは生涯不仲で、野党とつるんで父に反抗してばかりいました。
ジョージ2世の治世では、七年戦争の勝利によってイギリスは北アメリカの領土が拡大し、現在のカナダからフランスを追い出すことに成功しています。
ジョージ2世は晩年、片目を失明し難聴にも苦しみ満身創痍状態で、1760年10月に移動式簡易トイレで用を足していたところ倒れ、物音に気づいた近侍によってベッドに運ばれ医師による緊急治療を受けますが事切れていました。死亡解剖の結果、死因は心臓の大動脈の破裂であったことが分かりました。
6. エカチェリーナ2世(ロシア)
トイレで発作を起こし意識が回復せず死亡
ロシアの女帝エカチェリーナ2世は生前様々なゴシップがありました。
夫であり皇帝のピョートル3世の追放を画策した、息子パーヴェル1世は浮気相手のロシア貴族セルゲイ・サルトゥイコフとの間の子である、娘アンナはこれまた浮気相手のポーランド貴族スタニスワフ・ポニャトフスキである、などなど。ゴシップだけを集めて1冊の本になるほど、特に男性関係のゴシップはたくさんあります。
そのためエカチェリーナ2世には敵が多く、死後もその死亡理由について様々なゴシップが噂されました。最も有名なものは、「エカチェリーナ2世は馬と性行為をしようとして死んだ」というもの。このゴシップは当時のロシアの敵国フランスで広まったデマです。
実際は1796年11月16日の夜9時にトイレで発作を起こして意識を失って倒れ、その後ベッドに運ばれ治療を受けたものの回復せずに死亡しました。
トイレで倒れた、というところから別の噂も発生しました。エカチェリーナ2世は晩年あまりに太りすぎていたので用を足そうとしたら重すぎて便器が割れ、バランスを崩して床に叩きつけられて意識を失ったというもの。
これまたデマなのですが、それほど多くの人に憎まれた女性ということだったんでしょう。
7. エルヴィス・プレスリー(アメリカ)
未だに様々な死亡説が唱えられるロックのキング
エルヴィス・プレスリーについてはここで細かく業績を説明するまでもないと思います。「ロックンロールのキング」でアメリカが世界に誇る最も偉大なミュージシャンの1人です。
プレスリーは1977年8月16日、テネシー州メンフィスの自宅のマンションのバスルームで倒れているのがガールフレンドのジンジャー・オルデンにより発見されました。プレスリーはトイレ中だったが床に倒れたと思われ、発見された時は吐瀉物の上に倒れた状態だったそうです。
プレスリーの42歳での死は世界中を驚かせまた悲しませ、死に関する様々な噂が起こることになりました。プレスリーは死ぬ数年前から過食により体重が激増して少なくないファンを幻滅させていました。死後解剖の結果、プレスリーの死因は「睡眠薬の誤摂取による急性心筋梗塞」であることが発表され、生前睡眠薬を処方され、それをドラッグのように摂取していたことが後の証言で明らかになりました。
その後もプレスリーの死亡の原因は様々な憶測や証言が飛び交い、「便秘説」「肥大型心筋症説」などいくつも説が挙げられています。
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まとめ
周りの人に干渉されて自由にできなかった人が最期は1人で落ち着けるトイレで死んだのは良かったことかもしれないし、これからって若い人が油断してトイレで殺されたのは無念だったに違いありません。しかし発作を起こしたり暗殺されたのがたまたまトイレだったというだけなので、今回リストアップした人たちの人生とトイレで死亡した因果関係は全く見出せません。
トイレという場所がすごく象徴的な場所なのでその人の人生と関連付けて色々考えてしまうのですが、あまりそういう作業に意味はない気がします。
参考サイト
"Controversy Around Elvis Presley's Death at 42" Thought Co.
"The Death of Catherine the Great" Thought Co.
"10 People Who Died On The Toilet (That Aren’t Elvis)" LISTVERSE