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立身出世をめぐる人間ドラマが面白い中国古典小説「儒林外史」

中国古典文学大系 (43) 儒林外史

科挙試験をめぐる男たちのヒューマンドラマ

中国の清朝中期を代表する文学作品と言えば、「紅楼夢」と「儒林外史」です。

高校の世界史の授業で習ったかと思います。

 今回取り上げたいのは呉敬梓(ごけいし)作の「儒林外史」。

紅楼夢が美少年・美少女が登場する華やかで甘美な世界であるのに対し、儒林外史に登場するのは「普通の人々」。人々が「科挙試験」をパスして立身出世を目指そうと動き回り、その悪戦苦闘の中で起こる悲喜劇を描いたヒューマンドラマです。 

 

1. 作者・呉敬梓と儒林外史

作者の呉敬梓は安徽省の名家の生まれ。

幼い頃から聡明で、20代前半で秀才に合格するも、父の死で家が傾きはじめ、親戚を交え財産争いに突入。そんな中で呉敬梓は道楽で財産を使い果たしてしまいます。33歳で故郷から南京に移った呉敬梓は、安徽省の長官から才能を見込まれて官職に就くように求められますが、それを拒否して54歳で客死するまで生涯放浪の生活を送りました。

 

科挙制度では、男性に限りますが、呉敬梓のような金持ちでも貧乏人でも、子供も老人も、誰でもいつでも試験を受けることができました。県・府の地方段階から試験が行われ、何回もふるいにかけられ、合格するのはほんの一握りの超難関でしたが、合格すると子孫まで富み栄えるほどの富と、人々から最高に敬われる社会的名誉を手にできました。

元々は科挙制度は、支配層の卵たちに学問を通した自己研鑽をさせ、社会や民のために自らが何を成すべきかの知識と徳を備えさせ、王道が支配する社会体制を作ることを目的として作られました。

しかし、合格した後のインセンティブがあまりにも大きいため、自己研鑽よりも合格することを目的とし、受験生は受かるためのテクニックを学ぶようになります。さらには、科挙のための勉強(つまりテクニック)をすることが学問という風にとらえられるようになり、科挙に受かった人が最高の徳を備えているような社会風潮が出来上がっていきます。儒教の知識はやたら詳しいがそれが血肉となってない連中がのさばり私腹を肥やす。人々はそんな連中を神か仙人かのごとく敬い、おべっかをつかい、取り入って分け前を得ようとする。

 呉敬梓はこのような科挙制度と科挙制度に染まりきった社会を心底軽蔑し、「儒林外史」の中で具体的なエピソードを踏まえながら、科挙制度がいかに形骸化していて、人々を堕落させ、狡猾で間抜けで空虚な世界が繰り広げられているかをこれでもかと書き記しています

儒林とは「儒学者の仲間」という意味で、登場人物はすべて科挙制度の下でひたすら勉強を重ねた連中。儒林外史には章が55あり、章ごとに異なる登場人物が登場しますが、ある章の主人公のストーリーが最後に次の章の主人公に繋がっていたり、過去の章にちらっと登場した人物が成長し後の章で主人公になったりなど、相互にリンクして1つの世界を構成しています。

儒林外史が書かれたのは清中期ですが、設定上は明中期ということになっています。ただ登場する習俗や社会は18世紀の清朝のものなので、当時の社会を研究するにはうってつけの参考資料でもあります。

全部のエピソードを紹介するのは大変なので、今回は一番有名な第2章の周進、第3章の范進のエピソードを紹介します。

 

2. うだつのあがらぬ貧乏書生・周進

周進という男は60歳を過ぎた貧乏書生。

なんとか寺子屋の教師で食いつなぐも、科挙試験が受けられず、何十歳も年が離れた秀才に見下され、でも気弱で実直な彼は何も言い返せない。ある時、教室に王挙人という人物がやってきて言った。

「今年の初夢で、会試合格者の掲示板に書かれた合格者の名前を見た。その名前に(教室の少年生徒である)荀玫の名があった。なんと子供が進士に合格するとはね。夢などあてにならぬものだ」

人々はこれを聞いて笑ったが、寺子屋に子供を通わせる親たちは気が気でない。周進が荀玫にえこひいきをしているのだと思って、圧力をかけて周進をクビにしてしまった。

周進は家に帰ってブラブラしていたが、姉婿の勧めで帳簿付けの仕事をすることにし、 省城に赴いた。そこで姉婿にお小遣いをもらって貢院(科挙の試験会場)を訪れてみた。すると悲しさと惨めさが一気に襲いかかってきて、頭を板にぶつけて気絶し、起き上がったら今度は机に頭をぶつけ、大声をあげて転げ回って泣いた。

「じいさん、いったいどうしたんだい?」

周囲にいた商人がわけを尋ねる。

「長年科挙の試験を受けたかったが叶わず、糊口をしのいでいた寺子屋の教師もクビになって、とうとう商人の帳簿係になった。ワシはなんと惨めなんだ」

すると哀れに思った商人たちは

「だったら俺たちが金を貸してやるよ」

と言って、二百両もの大金で科挙の試験を受けられる「殿生」の資格を買ってくれた。周進は頭をコツコツと地面を打ち付けて商人たちに礼を述べ、念願だった科挙の試験を受けた。

周進は会試を受けて見事合格。進士になり、次の殿試に臨んで三甲の成績で合格。商人たちの期待に応えて見事、部属(中央官署の事務官)に就任した。その後3年もすると御史(官吏の監察役)に昇進し、ついで広東省の学道(教育長)に任命され、とんとん拍子に出世したのだった。

さて学道となった周進は、科挙受験者の答案の採点をバイトに任せておくと、世に埋もれた逸材を取り逃すことになると考え、自分で採点を行うと言って試験会場のある広州に赴いた。

試験会場を見回すと、若い受験生に混じってボロボロの服を着た白髪混じりの貧相な中年のおっさんがいる。この男の名は范進といった。話を聞くと、受験届には30歳と書いてあるが本当は54歳で、もう20回余り受験しているが受からないという。周進は范進を見てかつての惨めだった自分を思い出し、我が身と重ねてしまった。

 

3. 夢追いバカの范進、まぐれで合格する

范進は20回余りの試験で、未だに少年の合格者すらいる秀才にもパスできない。にも関わらず立身出世を諦めきれず、家族に貧乏を強いてまで試験を受け続ける生粋の夢追いバカ。自宅は草ぶきの掘っ建て小屋で、年老いた母親とブサイクな嫁との3人暮らし。極貧状態で毎日食うや食わずの生活をしている。

さて、この落ちこぼれ范進が答案を出してきた。それを見た周進。

「な、なんだこの回答は。まったく意味不明…。このレベルだと合格を与えるわけには…。いや、ちょっと待てよ、ふむ、うむ…。なんと!これは大変な傑作ではないか!こんな大変な才能を見抜けぬとは世の試験官はなんというボンクラよ!」

范進が書いた意味不明の文章を、無理やり名文であるかのように読み替えてしまった。やはり范進への同情は隠せず、なんと第1等の合格者にしてしまったのだ。

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運が付きはじめた范進。続けて次の郷試に挑戦したいが、その日食うにも事欠く生活。省城に行く旅費が工面できない。しかたがないので村の豚肉屋で、妻の兄である胡のおっさんに頼みに行く。するとおっさんは

「てめえは何様のつもりだ、お前は母と俺の妹を飢え死にさせるつもりか!この間合格したのも、試験官がお前が年食ってて可哀想だから哀れんでやったんだ。そのうちいい仕事が見つかるから上級試験は諦めろ」

しかし范進は自分に才能があると信じて疑わず、友人に金を借りてこっそり省城に郷試を受けに行った。范進がこっそり試験を受けたことを知った胡のおっさんは范進をこっぴどく叱りつけた。

 

合格発表の日、とうとう家には食べるものが何もなくなったので、范進は家に1匹いた鶏を売りに市場に行った。たまたまその留守中、「郷試合格」の使者が家にやって来た。隣人があわてて市場に范進を探しにでかけ、合格を知らせたが范進は全く信じない。鶏をひったくって無理やり范進を家に連れ帰った。

そして彼はかけてあった合格通知を読んだ。

【捷報貴府老爺范諱進高中広東郷試第七名亜元。京報連登黄甲。】

また読み返した。そして手を打って

 「噫!好了!我中了!(おお!よかった!受かった!)」

そう叫んで仰向けにぶっ倒れて気絶してしまった。あわてた隣人がお湯をぶっかけて気づかせた。起き上がった范進は再び合格通知を読んで、また「噫!好了!我中了!」と叫び、気が狂ったように飛び出して市場の方に歩き出し、どぶにおちても髪をざんばらにして笑い転げる始末。家族と近所の人は、せっかく殿試に合格したのに気が狂ってしまった、どうしようと困り果てた。

近所の人は、いつも范進をどやしつけている胡のおっさんを呼び出して言った。

「范進を二、三発ぶん殴って、合格なんて真っ赤な嘘だ!と言って、正気にさせてやって!」

するとおっさんは

「挙人様を殴った日にゃあ、閻魔様のバチが当たっておらぁ地獄に落ちちまうよ」

と言って腰が引けてしまう。しょうがないので無理やり酒を飲み干させ、気を大きくしてぶん殴らせた。その甲斐あって、やっと范進は意識を取り戻した。

胡のおっさんは「俺はいつも、范進様が賢くて美男で才能がある方だって言ってたじゃあないか」と歯の浮くようなお世辞を言い、范進の服の後ろ襟のしわを伸ばしてあげながら家に歩いて戻り、門に着くと「挙人様のお帰りだ!」と叫んだ。

 

胡のおっさんと同じく、この日から皆の態度が一変。急に范進にこびへつらってきた。地元の有力者である郷紳がわざわざやってきて、銀50両と小さな家を贈呈するという。さらには、田畑を贈る者、店を贈る者、家財を贈る者、果ては夫婦揃って下僕になるという者まで現れる始末。

それまで豚の脂さえ口にできないほど貧しかった范進一家は、豪勢なお屋敷に引っ越し、豪華な家具に大勢の下男下女を雇う大金持ちとなった。嫁は大奥様と呼ばれて豪華な暮らしを楽しみ、近縁者である胡のおっさんも豚肉屋の仕事を引退して悠々自適の暮らしができるようになった。

しかし、これまでずっと極貧生活をしていた范進の老いた母親は、環境が激変しすぎて何が何だか分からない。この豪華な家と見事な家具が全部我が家の持ち物だということを教えられ、ようやく家が超富裕になったことを理解すると、嬉しさのあまり卒倒し、そのまま死んでしまった。

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まとめ

ここまでが第3章で、次は湯知事、厳兄弟、とエピソードが続き、第7章で寺子屋で周進に学んでいた荀玫が主人公となります。ここで世代が1つ若返り、科挙の世界が何世代にも渡って延々と続いていることを物語っています。

 儒林外史は、科挙制度の中で醜くうごめく人々を辛辣に描写するものの、描かれる間抜けで愚かで、欲深く恥知らずで狡猾な人々の生き様は、等身大で生きる人間のリアルさを感じさせるし、それは国や時代を超えた我々自身の鏡でもあると思わせます。めちゃめちゃおもしろいです。

漫画や新書もいいですが、たまには古典も読んでみませんか? 

中国古典文学大系 (43) 儒林外史

中国古典文学大系 (43) 儒林外史

 

 

 

参考文献

世界の歴史 (12) 明清と李朝の時代  岸本美緒,宮嶋博史著 中公文庫 

「儒林外史」の人物達 - 周進と范進の場合- 塚本照和

「儒林外史」の社会・文化的的コンテキスト ー新しい読み方を求めてー 川本榮三郎 岩手大学リポジトリ

『儒林外史』研究-匡超人の人生に見る人間の本質- 金井 菜穂