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コシャリの歴史 - エジプト発のジャンクフードは日本で流行るか?

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Photo from "Koshari, Egyptian dish" Tucan Travel Blog - The Chasqui

エジプトからきた「炭水化物のオバケ」を喰らえ

「コシャリ」はご存知ですか?食べたことはありますか?

コシャリとは、コメ、パスタ、豆を混ぜたものの上にトマトソースとフライドオニオンをかけ、お好みで唐辛子ソースや酢を混ぜて食べるエジプトのB級グルメ。

炭水化物の塊なので、食欲に任せてガツガツ貪ると後で猛烈な満腹感と胃もたれに襲われる恐ろしい料理でもあります。1杯だけでもカロリーは相当なもの。 まさに「炭水化物のオバケ」といったところです。

まだまだ日本ではマイナーですが、今後流行する可能性があるコシャリに今回は注目してみたいと思います。

 

1. エジプトの国民食コシャリ

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Photo by  Dina Said 

 コシャリはエジプトを代表するB級グルメで、特に男性が愛してやまない国民食です。

作り方はいたってシンプル。

炊いたコメと、茹でたひよこ豆やレンズ豆、茹でたショートパスタやロングパスタを混ぜ合わせます。専門店は全て別々に調理してあとで混ぜるようですが、家庭でやる場合は全て混ぜて炊いてしまってもいいようです。

そこにクミンを効かせたトマトソースと、フライドオニオンをかければ出来上がり。 お好みでシャッタと呼ばれるピリ辛ソースや、ニンニクで風味づけされた酢をかけていただきます。

ふわふわのコメ、つるつるのパスタ、しっとりの豆が混在となった食感。そこにスパイスの効いたソースが合わさり、さくさくのフライドオニオンがアクセントを効かせます。感激するくらい旨い、というわけではないんですが、なんかたまに無性に食べたくなるというやつです。

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エジプトでの人気の理由の1つはその安さ。

最近では1杯100円くらいしますが、かつては20〜40円くらいで食べることができました。その安さから特に労働者階級に絶大な支持があり、腹ペコのランチタイム、大盛りコシャリに唐辛子ソースをたっぷりかけ、スプーンでがっつくのがエジプトの男子のスタイルです。紙の容器でテイクアウトして食べる人も多いです。日本で言ったらラーメン、チャーハン、牛丼あたりのポジションでしょうか。

非常にシンプルなレシピながらコシャリ屋ごとに結構味が違い、コメやパスタの食感、トマトソースに入れるスパイスの配合、ピリ辛調味料シャッタなどレストランごとに独自のレシピを持っていて、皆ひいきの店があるようです。チャーハンや牛丼が店ごとに味が違うのと似たような感じかもしれません。

東京でもコシャリを出すレストランがいくつかあります。

コシャリ屋コーピーさんは錦糸町に実店舗がありますが、移動式ワゴンで曜日ごとに東京の各地に出店しています。ぼくは代々木公園のイベントで食べたことがあります。ガーリックの風味が効いてとても美味しかったです。

エジプシャンレストラン&カフェ スフィンクスさんは秋津駅にある店で、まだ行ったことはないんですがこちらのFacebookページを見たら、羊の丸焼きとかフェスィーフ(エジプトで春に食べるボラの塩漬け)を提供されていたり、かなり本格的なエジプト料理が味わえそうです。

 

2. コシャリのルーツ

カイロ出身で中東料理研究の世界的権威であるクラウディア・ローデンは、昔はコシャリという名の料理はエジプトにはなかったと言っています。

私がパリに学びに行った1952年以前は、コシャリなど見たことも聞いたこともなかった。

私が初めて本を出した60年前に調査を行った時は、コシャリのレシピは見つからなかった。私のように1950年代にエジプトを離れた人々も覚えていないと言っている。もちろん、私たちが知らなかっただけでカイロのどこかの街角で売られていた可能性はあるけれど。

 一方で、フードライターのジョン・ソーンという人は、コシャリは元々インド料理で、エジプトがイギリスの影響下にあった時代にイギリス人によって持ち込まれた可能性が高いと主張しています。

実際、コシャリのルーツがインドにあるのは間違いなさそうです。

コシャリの先祖が初めて文献に登場するのは14世紀、イスラムの大旅行家イブン・バットゥータが記した「大旅行記(三大陸周遊記)」によってです。バットゥータは1350年頃に滞在中のインドでコメと豆を混ぜた「キシリ(Kishri)」 を食べたと記しています。

この料理は現在のインドでも「キチディ(Khichdi)」や「キチュリ(Kichri)」という名前で存在し、様々なバリエーションがありますが基本的には炊いたコメと茹でたレンズ豆を混ぜたものです。

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Photo by  Drriad

15世紀頃にロシア人で初めてインドを旅した商人アファナーシー・ニキーティンもキシリを食べたと報告しています。

時代が降って19世紀、インドを支配下においたイギリス人は、キシリの作り方を覚えて母国に持ち帰り、「ケジャリー」というアングロインディアン料理に進化させました。

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Photo by Justinc

ケジャリーは炊いたコメにほぐしたタラの身、卵、バター、カレー粉、パセリを加えたもので、ビクトリア朝時代に朝食として大流行しました。

これらの料理がどこかのタイミングでエジプトにやってきたと思われるのですが、誰が持ち込んだか不明。カイロに赴任したイギリス人がケジャリーを作って食べていた可能性は高いですし、エジプトで働くインド兵やインド労働者がキシリを持ち込んだ可能性もあります。

現在のコシャリはパスタとトマトソースが入っていますが、いつ誰がやりだしたのかも謎に包まれています。

当時のカイロはイギリス人のみならずフランス人やドイツ人、イタリア人が進出して商売をしていたので、もしかしたらイタリア人がエジプト人に入れ知恵したか、エジプト人がイタリア人のパスタを取り入れたかしたと思われます。

先述のクラウディア・ローデンは、「パスタは中世にアラブ人が発明したもの」と主張しているので、この理論に従えばエジプトのオリジナルということになるのでしょうが、これは別の議論になるので置いておきます。

しかしトッピングとしてフライドオニオンとシャッタをかけるのはエジプト人のオリジナルです。インド料理をベースにヨーロッパ人の味が加わったものがエジプトに伝わり、「画竜点睛」を加えて国民食となったわけです。食の歴史って本当に面白いですね。

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3. エジプトB級グルメの危機

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Photo from "Koshari, Egyptian dish" Tucan Travel Blog - The Chasqui

エジプト中に普及するコシャリ

 このようにコシャリの原型となる料理は、遅くとも第二次世界大戦前にはエジプトに伝わっていたと思われます。

この料理がエジプト風に「コシャリ」という名前になまって庶民グルメとして普及し出したのは1940年代の終わりごろと考えられます。

カイロの中心地、エジプト考古学博物館の近くにある老舗「コシャリ・アブ・ターレク」が創業したのは1950年のことです。初めは屋台として出発しましたが、「早い・旨い・安い」で人気店となり、現在では4階建の大きなレストランを構える超人気店です。

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 アブ・ターレクのように、初期のコシャリ屋はおおよそ屋台から出発し、人気店となって店舗を持つに至ったケースが多くあります。現在でもエジプトの町中のあちこちでコシャリ屋台を見かけるように、基本的には庶民の格安グルメなのです。

 

価格が高騰するコシャリ

しかし現在、エジプトでコシャリは値段が上がり続けており、将来的にエジプト庶民も気軽に食べられないものになるかもしれません。

原因の1つに、アラブの春以降のエジプトの政治危機があります。長年のムバラク独裁に対する民衆の抗議運動によってムバラク大統領は辞任し、選挙によりムスリム同胞団系のムルシー大統領が就任しますが、その後の政治混乱から軍がクーデターを起こしシシ大統領が就任し、半ば強権的にエジプトを押さえつけています。

この政治混乱によってムバラク時代に堅調に推移していた経済は低迷。観光業も不振にあえぎ、虎の子の石油収入も世界的な原油安が重なり政府歳入は激減しました。

これに小麦を始めとした世界的な食糧不足が重なり、大部分の食料を輸入に頼るエジプト経済を直撃。食料の末端価格は急騰し、庶民の政府に対する怒りが沸騰しました。

さらなる政変による混乱を避けるため、エジプト政府はエジプト・ポンドの通貨切り下げを実施して食料価格を抑制しましたが、価格の下落を恐れた海外の投資家がエジプト・ポンドの売りに走ったことで15%のインフレを発生しさらに庶民を苦しめることになってしまいました。

エジプトの人口爆発も食料価格の高騰の原因の1つです。エジプトの人口は2017年時点で9755万人と、1984年比で2倍に増加しています。

エジプト政府は助成金を支給し小麦や穀物の価格の埋め合わせを行っています。これにより海外からの小麦や豆、パスタの輸入ができ何とか国民を食わせられていますが、食料危機はまだ落ち着いておらず、今後さらなる値上げがあるかもしれません。

価格の高騰はコシャリも同様で、5年間で価格が2倍に高騰し、現在では大盛り1杯が約1ドル前後だそうです。エジプト人の月収は、職業にもよりますが2万円〜4万円程度。日本人の肌感的にはこれまで一杯500円だったチャーハンが1,000円になった感じかと推察されます。庶民の懐には相当な打撃です。

いつの日か、コシャリはエジプトの庶民の「贅沢品」になってしまうかもしれません。

 

4. コシャリは日本で流行るか?

コシャリの材料は日本のそこらへんのスーパーで手に入る身近なものばかり。作ろうと思ったら家庭でも作れるはずです。ですが、料理としてのコシャリは東京ですらまだまだマイナーな存在です。

材料はコメにパスタ、トマトソースと日本人が大好きなもののミックスだし、ベジタリアン(今後増加すると思われる)のメニューとしても理想的であるため、普及するポテンシャルは大いにあります。

ただし、「どのような食べ物として世に打ち出していくか」が相当に難しいです。

「珍しいエジプト料理」だと、新しもの好きな人が1〜2度試してみるくらいで、一般にまではなかなか普及が難しいと思われます。

「男子が腹一杯食える格安グルメ」にはラーメンやチャーハン、牛丼といったガッツリ格安グルメの諸王がそびえ、牙城を崩すのは不可能に近い。肉が入ってないのも致命的です。

ひとつ方向性としてあるのが、「インスタ映えする女子向けのオシャレな料理」。野菜をもっと入れて少し見た目カラフルにしてソースを甘めにして、カワイくてお洒落な料理としてのイメージ訴求ができれば、可能性はあるかもしれません。

コシャリの味をそのままに新たな打ち出し方をするのであれば、例えば植物由来の素材のみを使った「エコ・フレンドリー・ジャンクフード」という新たな概念を打ち出す方向性もあります。ハンバーガーなどのジャンクフードは大量に安く肉を生産するために環境破壊を促進する側面があることを訴え、コシャリであれば100%植物性で環境に優しいジャンクフードなのだ、と訴求するわけです。加えて100%植物性なので、「お腹いっぱいになるヘルシーフード」という打ち出し方もできる気がします。

難しいのが、そうなるとどうしても値段が高くなってしまいがちなことで、街角やコンビニで気軽に買えて値段も高くない、という状態まで持っていかねば普及は難しいです。

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まとめ

コシャリは実際のところ、「すげー!めちゃくちゃ旨い!」というものではなく「ああ、いつも通り安定した味だね」という類の料理なのですが、それがエジプト庶民に愛される所以であります。

コメ、パスタ、豆と違う食感の炭水化物のミックスは日本人にはありそうでなかったというか、食感も味もかなり面白いので、ぜひ試してみる価値はあると思います。

ちなみに、cookpadで「コシャリ」と検索したら24件しかヒットしませんでした(2019年6月)。コシャリの普及はまだまだこれからです。

ぜひ機会を見つけて召し上がってみてください。

 

参考サイト

"Egypt's Beloved Koshary Is A Modern Mystery In An Ancient Cuisine" The Salt

"Kushari History" KUSHARISTA

" Kushary" CliffordAWright.com

"Koshary is Egypt's 'plate of the poor.' But it's no longer so cheap" Los Angels Times