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アメリカの悪名高い「外国人・有色人種排除法」

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法律で特定の民族を差別したアメリカの黒歴史

LGBTの権利拡大や、2018年度に世界中でブームとなった#me too運動をはじめ、アメリカは世界の人権問題への取り組みの先端的な国であります。

 一方そのような理想とは裏腹に、様々な階層の様々な考えの持ち主がいることで、女性差別や人種差別、職業差別など日常レベルの差別はめっちゃある。

昔からずっと様々な矛盾を抱えながらも、少しずつそういった差別をなくしてきた国です。そうしないと国としてやっていけなかったということもあると思います。

しかしそんな国でも、かつては国家ぐるみで特定の人種を差別し排除する法律を作ってきた歴史があります。

 

1. 外国人・治安諸法(1798年)

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政権に都合が悪い外国人を排除する法律

外国人・治安諸法は1798年に大きな政府を掲げる連邦党出身の第2代大統領ジョン・アダムズが制定した法律で、革命フランス政府との戦争の可能性を前提に、「敵性外国人」の締め出しを図ったものです。

これは大きく4つの法律から成ります。一部は現在でも有効で、この法律が憲法に違反していないかたびたび議論になります。

・外国人が合衆国市民となれる在留期間の条件を、5年間から14年間に延長する法律
・合衆国の平和と安全にとって危険と見なされる在留外国人を大統領権限で強制退去できる法律
・在留外国人の本国と合衆国とが戦争になった場合、大統領権限でその在留外国人を拘束し強制退去できる法律。(この法律は現在も有効)
・政府や関係部門に対し「虚偽の、中傷的なおよび悪意のある文書」を出版することを犯罪とする法律

自ら合衆国憲法の制定にも携わり、民主共和党を率いたトマス・ジェファソンは、この法律は憲法で定められている言論の自由を犯していると主張し、4つの法律全てが違憲であると主張しました。

実際、政権にとって都合が悪い人物や言説を「合衆国の平和を乱す」という理由で大統領の一任で排除できるわけなので、濫用されたら相当危険な法律です。

「小さな政府」の支持者はことごとくこの法律に反対し、結局1891年にトマス・ジェファソンが大統領になった後に4つのうち3つは無効になりました。

しかしそれまでに少なくとも26人がこの法律に基づき起訴されました。ほぼ全てが民主共和党系の新聞記者で、アダムズ政権に反対している者たちであったそうです。

 

2. インディアン移住法(1830年)

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Image from "American Indian"

史上名高い「涙の旅路」を起こしたアメリカ先住民強制移住法 

19世紀前半にアメリカ先住民のうち規模が大きく文明化もしているチェロキー族、チカソー族、チョクトー族、クリーク族 、セミノール族の「文明化五部族」は、南部のアラバマ州、テネシー州、ジョージア州に居住していました。

しかし肥沃な南部の土地の所有を望む白人は多く、彼らは政府を突き上げてアメリカ先住民の追い出しと自分たちの入植を強く迫っていました。一部の白人は先住民に借金を背負わせて返済を迫り、返済できないと土地を担保にするという強引なやり方で土地を奪っていきました。

1828年、米英戦争の英雄でチェロキー族との戦闘でも名が知れたアンドリュー・ジャクソンが第7代大統領に就任。白人の「武力を行使してでも先住民を西部に追い出せ」との声を受けたジャクソンは1820年に「インディアン強制移住法」を成立させます。

法の成立を受けたジャクソンは各部族への説得を開始。チョクトウ、クリーク、セミノール、チカソーがまず説得に折れ、1831年後半から移住が本格的に始まりました。しかしこの移住は過酷を極め、話を聞いた最大部族のチェロキー族では反発の声が強まりました。

ジョージア州に住むチェロキー族は、自らはアメリカ合衆国同様、立法機関や行政機関、議会を持つ共和国であると訴えました。チェロキー国家の指導者はジョン・ロスという男で、チェロキーの血は1/6しか入っていないほぼ白人でしたが、ロスは首都ワシントンをたびたび訪れ政治家に懇願したり、裁判所に法律の無効を訴えたり、新聞で世論に訴えるなど抵抗を試みます。しかし1832年の大統領選挙でジャクソンが地滑り的勝利を収めると、それまで移住反対で一枚岩だった先住民指導者は、もはやこの流れに抵抗する術はないと見て、それぞれ自分たちが優位な条件で移住をできるか交渉を始めバラバラになってしまいます。

最後まで抵抗していたジョン・ロスも「国が移住費用を出す」という条件でとうとう折れ、1838年からチェロキー族のオクラホマ移住がスタートしました。移住期間は80日間と定められたため、病人がいるからといって移動を止めることはできず、この移住によって約1/4が死亡したと言われています。

なお、先住民が去った後の地域は一大綿花地帯となりました。

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3. 奴隷逃亡法(1793年・1850年)

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北部と南部の対立の原因の一つとなった法律

逃亡奴隷法は、奴隷が持ち主が住む州とは別の州に逃亡した場合、その奴隷を捕獲して持ち主の元に返すことを定めた法律です。

この逃亡奴隷に関する法律は、独立前の1643年の早い時期から存在し、18世紀前半にはニューヨークでも奴隷がカナダに逃亡するのを防ぐ法律が作られたりしました。

しかし1787年の憲法制定会議までに、バーモント州、ニューハンプシャー州、ロードアイランド州、マサチューセッツ州、コネチカット州を含む多くの北部州が奴隷制を廃止してしまいました。

合衆国憲法には「逃亡奴隷条項」が含まれていましたが、北部では奴隷反対論者が増えており、逃亡奴隷ほう助が盛んに行われていました。

南部州は自分たちの奴隷が北部州に逃亡することを恐れ、1793年に「1793年法」、通称逃亡奴隷法を成立させました。これは逃亡奴隷とされる人物を陪審員なしで裁くことができるとするもの。この法律に北部は激しく反発し、一部の者は秘密結社化し組織的に奴隷の逃亡をほう助し、いくつかの州は「個人の自由法」を作って捕まった黒人奴隷が裁かれる際に陪審員をつけられるようにしました。

1793年法がまったく効果がないことに憤った南部州は、次いで 1793年法をより厳しくした「1850年法」を成立させました。この法律では、逃亡をほう助した者、逃亡を許した警察官なども処罰の対象となりました。

これは北部で猛烈な反発を招きました。逃亡奴隷ほう助の動きが加速し、バーモント州やウィスコンシン州では奴隷保護を認める法律が制定され、一部は暴徒化して刑務所を襲って奴隷を解放するなど、北部では法律の制定が不可能な自体に陥りました。

この国を二分する大きなうねりは、1861年の南北戦争勃発に繋がっていきました。

 

4. ジム・クロウ法(1876年)

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 南部諸州で白人の絶対優位性を確立するための法律

ジム・クロウ法は、南部諸州で白色人種と有色人種の「公共の場での分離」を定めた法律を総称して言います。「ジム・クロウ」とは、コメディで白人が顔に墨を塗り黒人を演じた登場人物の名前で、「田舎の間抜けな黒人」をコミカルに演じたものです。

 南北戦争後にアメリカ全土で奴隷は廃止されましたが、南部諸州では黒人は奴隷という認識が根強く、黒人を白人と同等の地位に置くことに社会的な抵抗感が強くありました。

そこには、白人こそが神に選ばれた人種であり、知能の劣った有色人種は白人に仕えなければならず、混血の子はアメリカを破壊する危険な存在であるため、神は人種分離を支持しているという考えがありました。

南部諸州は、白人と有色人種の物理的な分離を法律によって定めることを目指し、トイレ、電車、学校、病院、水飲み場などなど、多くの公共の場での人種の分離を法律化していきました。

州によって禁止事項は異なりました。例えばオクラホマ州では黒人と白人が一緒にボートに乗ることが禁じられ、アラバマ州バーミンガムは、黒人と白人がカードゲームやドミノを一緒に遊ぶことが禁じられました。

違反した場合、公共の場でリンチが行われることも多く、1882年から1964年まで確認されるだけで4,730件のリンチがあり、3,440人の黒人が絞首刑になったり、焼かれたり、ゴルフクラブで殴打されたりしました。

また法的拘束力はないものの、「黒人が守るべき規則」のようなものが配布され、黒人が守るべきと規則とうたわれました。それには例えば以下のようなものがあります。

・白人が嘘をついていると主張したり、暗示したり決してするな
・白人が劣等学級出身であることを口にするな
・自分の知能が優れてると主張したり、立証したりするな
・白人を呪うな
・白人を絶対に笑うな
・白人女性の外見にコメントをするな

 書いてて胸糞が悪くなってきますが、この人種差別法が撤廃されたのはキング牧師の公民権運動を経た1964年。現在ではこのような法律が有効だったのは信じられませんが、南部諸州では未だにこのような「白人優位」の雰囲気が残っており、トランプ政権の厚い支持層になっているのは周知の通りです。

 

5. 中国人排斥法(1882年)

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初めて特定の民族を排斥した法律

中国人排斥法はその名の通り中国人の移民を停止したもので、アメリカで初めて特定の国の民族を名指して排斥した法律です。

中国人移民はカリフォルニアでゴールドラッシュが起こった1850年代半ばから始まり、安く勤勉な中国人苦力(クーリー)は建設労働者や農業労働者、下男、コックなどの肉体労働者としてアメリカ西部で急増していきました。
1860年頃には当時のカリフォルニアの人口の10%にあたる3万5000人にもなりました。

雇用主にとっては安く勤勉な労働者が確保できて満足であったのですが、この事態に危機を募らせたのが、アイルランド系を中心とするヨーロッパ系の下層労働者たち。

彼らにとって中国人労働者は自分たちの職を奪い賃金を低下させる脅威でしかなく、1850年代早くから排斥運動が頻発しました。

中国人の背が低く目が細い身体的な特徴や、全く異なる言語や食習慣などを差別し、時には集団で中国人に襲撃や暴行を行いました。
マスメディアも連日中国人を差別的に扱った記事を面白おかしく扱い、社会に中国人排斥のムードが高まっていきました。
1875年にペイジ法が成立。これは「中国人売春婦の入国拒否」が名目でしたが、これにより中国人女性のほとんどが入国できなくなりました。
次いで1882年に中国人排斥法が可決され、男も子供も含め中国人全員が移民を禁止されました。

中国人排斥法は制定当初10年のみの期限付きでしたが、その後延長され「永久に禁止」とされました。結局、第二次世界大戦で中華民国とアメリカが同盟関係になる1943年までこの法律は働き続けました。

 

6. 大統領令9066号(1941年)

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戦前のアメリカで根強かった日本人排斥の機運

中国人移民のみならず、日本人移民に対する差別的法律もありました。

日本人移民に対する排斥の機運は日露戦争での有色人種の日本の勝利と白色人種のロシアの敗北というショックから、「アメリカ西岸が日本人に乗っ取られる」というセンセーショナルな語られ方をするようになっていきました。「黄禍論」というやつです。

中国人移民排斥と同じく、マスコミが庶民受けの良い日本人差別の言説を垂れ流し、政治家がそれに便乗するという形でエスカレートしていき、1924年に「1924年移民法」、通称排日移民法が成立しました。

これにより日本人はアメリカに移住することがまったくできなくなりました。

それ以前にアメリカに住み生活基盤を作っていた日系人も、日本人排斥の社会的機運の中で大変な苦労を強いられたわけですが、そんな日系人の地位をどん底にまで突き落としたのが、太平洋戦争開戦翌年に大統領フランクリン・ルーズベルトによって署名された「大統領令9066号」。 

日系アメリカ人が国家の安全の脅威であるという口実のもと、12万313人の日系アメリカ人が11ヶ所の強制収容所に送られました。補償は何もなく、会社や家を安く売り払わねばならず、中には財産を全て失う人もいました。

強制収容所の大部分は戦争終結の2〜3ヶ月後の1945年10月〜11月に閉鎖されましたが、テキサス州クリスタルシティは1947年1月まで稼働していたし、エリス島にあった収容施設は1954年まで日系人を収容していました。

多くは長い間アメリカに住んだ日系人で、二世も多かったにも関わらずアメリカ政府は彼らをアメリカ市民と認めなかったのです。

1988年にレーガン大統領がこの件を公式に謝罪し、遺族に補償金を支払いました。

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まとめ

「自由と平等の国」アメリカでも、過去は本当にえげつないことをやってきていることが分かると思います。 

翻って、2018年12月に出入国管理法(入管法)を成立させ、本格的に「移民」を受け入れることになった我が国日本。「受け入れ」を認めた以上、共生していかなくてはなりません。

しかし特に地方の中小企業など、法令遵守の意識の薄い企業での雇用などが懸念されていますが、今後予想だにしない移民関連の問題が噴出してくることが予想されます。

そんな時私たちは、かつてアメリカがやったように法律を使って移民の排除を行うような手に出ないとは限らないのです。

 

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参考サイト

"Fugitive Slave Acts" HISTORY

"Alien and Sedition Acts" HISTORY

"Indian Removal Act - Facts, information and articles about Indian Removal Act, from American History" HISTORY NET

"What Was Jim Crow?" Ferris State University(web archive)

"日系アメリカ人強制収容所の概要 - 「アメリカの強制収容所-日系アメリカ人の体験を語り継ぐ」展より" 全米日系人博物館

"10 Worst Laws In American History" LISTVERSE