歴ログ -世界史専門ブログ-

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世界の「言語純化運動」の5つの事例

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「我が国固有の言語」に戻すための取り組み

確か「はだしのゲン」だったと思うのですが、戦争中は「敵性語」は禁止されていたため、ストライクは「いい球ひとつ」、ボールは「悪い球ひとつ」と審判が言って、主人公が「何でわざわざ言い換えるのか」とポカーンとするいう描写があったのを覚えています。実際当時どれだけの人が守ったか定かじゃありません。

これら戦前戦中の「日本語の純化」が無意味なものだと皆わかったので、現在はこういう「伝統的日本語への回帰」というものの社会的な関心度は高くありません。

ただし一概に「言語純化は無意味」は言い切れない側面もあり、たしかにナショナリズム的な側面も強い一方で、文化や言語の保護・育成といった側面もあります。

言語純化の取り組みは世界中にあり、いくつかの国では現在でも進行中のものもあったりします。

 

1. ケマル・アタチュルクによる「トルコ語純化運動」

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コスモポリタンなオスマン語からトルコ民族言語への純化

トルコ共和国独立の父ケマル・アタチュルクは、優秀な軍人・政治家・アジテーターでしたが、言語学に造詣が深くアマチュアの言語学者でありました。

イスラムの盟主オスマン・トルコ帝国を廃したアタチュルクは、新生トルコ共和国は「トルコ民族の国」であると定義し、アナトリアや中央アジアのトルコ系民族の歴史や文化を研究することで「オスマン的」「イスラム的」文脈から脱却し、新たなトルコ民族の国家文脈を作ろうとしました。

アタチュルクは言語の観点からも「トルコ民族本来の姿」を取り戻すことを目指し、アラビア語表記を廃止してアルファベット表記をトルコ語に導入しました。

加えて、1932年にアタチュルクの命令で「トルコ言語協会」が発足。オスマン語に多数導入されていたアラビア語やペルシア語の語彙を廃止し、古代トルコ系民族(突厥やウイグル等)、テュルク系諸民族(トルクマン人やタタール人等)の言葉やアナトリアの方言を研究し新たに取り入れました。

トルコ語の改革はトルコ・ナショナリズムにも現れ、アタチュルクは「この世界の全ての言語は元をたどればトルコ語が祖である」という太陽言語理論(Sun Language Theory)をも主張。トルコ語を純化して、「太陽のように輝くトルコ語を取り戻そう」と訴えました。

 のちに太陽言語理論は間違いであったことが証明されますが、トルコ言語協会は現在も存在し、トルコ語やテュルク諸語の研究、辞書の出版などを行なっています。 

 

2. 韓国における漢字の廃止

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文盲退治と国語(ハングル)教育の徹底

朝鮮半島では李氏朝鮮時代に民族独自の文字であるハングルが発明されましたが、長らく支配者や知識人層が使う文字は漢字でした。

ハングルは李氏朝鮮後期の開化時期から徐々に使われるようになりましたが、その後1910年に大韓帝国が日本に併合され日本語教育も実施されたため、漢字の重要性は高いままでした。相対的に、ハングルの重要性はあまり高くない状況が続きました。

韓国独立後、初代大統領の李承晩(イ・スンマン)は、「国語(ハングル)の普及」を重要な国家課題に据えました。

当時の国勢調査によると朝鮮人の識字率は22.2%で、その原因は「日本帝国主義の奴隷教育政策にある」とされました。文盲退治のためには漢字を徹底的に排除し、教育で国語を普及させることが必要と李承晩は考えました。

1948年に成立した「ハングル専用に関する法律」では、原則公文書はハングルで書くことが義務付けられ、ただし漢字がないと理解できない層もいるため当分は漢字を併用することが認められました。

朴正煕(パク・チョンヒ)の時代に、学校での漢字教育を禁止しましたが、当時はまだ言論界に反対論が根強くありました。しかし、受験科目から漢字がなくなった1980年代後半から漢字は学ばれなくなり、1990年代にはハングル世代が社会の中心を占めるようになり出版物もほとんど漢字が使われなくなっていきました。

 一方で漢字併用派も根強く存在し、韓国語において漢字で構成される単語が大半を占めるため、もし漢字を廃止してしまったら韓国語のボキャブラリーの大半が消滅する、と主張しています。ハングル統一派はいやそんなはずはない、と論争が続いています。

全体的にはハングル統一の流れに向かって行っていますが、中国語を学習する人が増え漢字教育も見直す向きもあるようです。

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3. 近代ギリシャ語「カサレヴサ」

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オスマン語を排除し古典ギリシャ語への復活を目指した運動

ギリシャは1821年に独立しますが、約400年のオスマン帝国による支配によって口語には多数のオスマン語が流入しており、為政者たちは民族国家確立のためには「ギリシャ人によるギリシャ語」を制定する必要があると考えました。

アダマンティス・コライスを始めとした言語学者は、聖書に記載されていたり、ギリシャ正教会で使われているような古典ギリシャ語を研究し、トルコ語やアラビア語などの外国語由来の単語を排除して古典ギリシャ語に置き換えていく作業を行いました。そうして古典ギリシャ語と現代ギリシャ語のハイブリッドとして完成したのが「カサレヴサ(Καθαρεύουσα)」と呼ばれる「ギリシャ共通言語」です

一方で民衆は、古代ギリシャ、ローマ帝国、オスマン帝国と支配者が変わる中で連綿と発展してきた「デモティキ(Δημοτική)」と呼ばれた「標準語」を話していました。

ギリシャの為政者はカサレヴサこそがギリシャ人が話すべき唯一の言語と定義し、立法、行政、司法などは勿論カサレヴサが使われ、マスコミ報道や教育の分野でも利用が促されました。

日本で例えたら、源氏物語とかで使われている古語がいきなり共通語になった感じですよね。庶民からするとたまったもんじゃないです。

実際のところ、王党派や教会など保守派の支配層はカサレヴサを推進しますが、自由主義者や大部分の民衆はデモティキを使用したがりました。二派の対立は暴力的な衝突に発展することもあり、1901年11月には、カサレヴサ派とデモティキ派の衝突が発生し11人の死者すら出ています。

1981年に政権をとった全ギリシャ社会主義運動のアンドアス・パパンドレウは、20世紀末までに徐々にカサレヴサの使用を辞め、デモティキを共通語とすると発表し、徐々にカサレヴサは使われなくなっていきました。 現在ではギリシャ正教会でわずかに使われるのみとなっています。

 

4. 英語の純化運動

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アングロ・サクソンの言語への復帰を目指した運動

英語の原型となる言語は、アングロ族、サクソン族、ジュート族らゲルマン人によってブリテン島に持ち込まれ、その後ノルマンやフランスの影響を強く受けながら発展しました。科学や医学の言葉では、アラビア語やギリシャ語が多く同時されています。

またイギリスが世界中に進出するにつれて世界中の言語を取りこみ、また英語自身も世界中の言語に影響を与えました。

そういう点で英語はもっともコスモポリタンな言語と言えると思うのですが、19世紀のイギリスの詩人で言語学者のウィリアム・バーンズは、

「英語は自分たちのルーツであるアングロ・サクソン・ジュートの言葉を蔑ろにしている。"inwit(conscience, 良心)" "earthtillage(agriculture, 農業)" " bodeword( commandment, 戒め")のような古き良き語彙を喪失している」

と指摘し、外来語の排除とゲルマン系の言語であるドイツ語、オランダ語、デーン語、アイスランド語や、彼自身が話すドーセット地方の方言を元にして新たな語彙を作ったりしました。

このような英語純化の取り組みは20世紀になっても続き、英語からフランス語やギリシャ語といったラテン語系統の単語を排除し、純粋なゲルマン語系統の単語のみに統一する試みが現在でも見られます。これは通称「アングリッシュ(Anglish)」と言われます。

細かい用語を説明しだすと大変なので、詳しくはこちらをご覧ください。

anglish.wikia.com

 

 

5. アイスランド語の純化運動

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もっとも長い歴史を誇る言語純粋主義

アイスランドは近代ナショナリズムが発生するずっと以前から、言語の純粋性を保持しようと取り組みを続けきました。

アイスランドはもともとノルウェー移民が開拓した国であるため、言語のルーツは古ノルド語にあるのですが、長らくデンマークの支配下にあったためデーン語の単語が広がっており、また11世紀からイングランドの宣教師がキリスト教を布教したこともあって、英語由来の単語も使われていました。

1780年に、ある学生の発案でアイスランド語から外国語を排除し言葉を「純粋」に保つための政策提言がなされました。これは、12~13世紀に確立したアイスランドの神話集「サガ」を基準にし、外国由来の単語をアイスランド由来の単語に置き換えようというもの。

当時はアイスランドはデンマークの支配下にありましたが、人々はアイスランド人としての自意識が芽生え始めていました。

学生の提言を要れた政府は、サガに記されたアイスランド語を基準にして言葉の「純粋化」作業を行いました。

新たな単語が次々と登場するため、この作業は現在も続いています。

新しい単語は、古い単語同士を組み合わせたり、音感は外国語に似てるが意味はアイスランド語になってる単語を開発したり、いくつかの方法があるようです。

例えば、"rafmagns"は「電気」という意味ですが、これは「飴色」と「力」という意味の単語が組み合わさってできています。

他には、"AIDS"は "eyδni"と書き、読みは限りなく「エイズ」に近いのですが、これはアイスランド語の「破壊する」という単語から来ています。

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まとめ

民族国家統一のためには、話す言語も民族固有のものでなくてはならない、 という考えは世界中ではかなり見られます。

今回は触れられていませんが、他にもヘブライ語、ヒンディー語、ウルドゥー語、タミル語、ノルウェー語などで運動が見られます。冒頭で述べたように日本でも、現在はあまり盛んではありませんが、その流れはありました。

我々一般大衆からすると、昔々の古い言語引っ張ってこられても困るし、なるべく外国語由来の単語が多い方が便利だと思うんですけど、外国語由来の単語がどんどん増えてしまって国語由来の単語が駆逐されてしまったり、パッと聞いただけだと何のことか分からない外国語由来の単語が増えすぎるのも、それはそれで問題ですよね。なかなか難しいです。

 

参考サイト

"Tarihçe" Türk Dil Kurumu 

"Atatürk’s sun language theory, or how all languages derive from Turkish" LEXIOPHILES

"韓国における漢字廃止政策 ─李承晩政権期を中心に─" 李善英

 "Katharevousa vs. Demotiki: the Unknown History of Modern Greek" nicholasrossis.me

 "Johnson: What might have been" The Economist

 "The Purification of the Icelandic Language" Language of the World