歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

タピオカティーの歴史

f:id:titioya:20161207110847j:plain

Photo by Oqmilteashop

インスタ映え間違いなしのカワイイ飲み物

 新大久保や渋谷など、若者が集まる街に行くとタピオカティーを飲みながら歩く若い女の子を目にします。

台湾や香港で話題のタピオカティーの店が日本に上陸すると、直ちに長い行列ができるほどです。そんな店の前では大抵、若い子がタピオカティーを持ってポーズしてセルフィーをしてます。きっとすぐさまインスタグラムにアップするんでしょう。

甘くて食感が面白くて色がカラフルでカワイイってな感じで、 様々なタイプのタピオカティーが登場しては女子を虜にしています。

今回はそんなタピオカティーの歴史を見ていきたいと思います。

 

1. 伝統的なタピオカの食べられ方

f:id:titioya:20080825114635j:plain

Photo by Una Smith

タピオカはキャッサバという南米原産のイモの根の澱粉です。

16世紀にポルトガル人によってアフリカ・コンゴに持ち込まれ、ギニア湾沿いに西アフリカ一帯に広がっていきました。味もよく沢山取れる高品質の品種が1971年に誕生したこともあり、現在では西アフリカの一部ではとうもろこしに次ぐ第2の主食として親しまれています。食べ方は、焼いたり、蒸したりといったシンプルな調理法の他、突いてモチ状にしたり、揚げ団子にしたりと多彩な調理法方があります。

一方、東南アジアに伝わったのは19世紀頃ですが、本格的に普及したのは第二次世界大戦中だそうです。戦争で軍による食料の徴発が厳しくなり、人々は救荒作物としてキャッサバを育て飢えをしのぎました。

そのため現地では今でも「下等な食い物」という意識があり、インドネシアでは「makanan orane miskin(貧乏人オランの食べ物)」などと言われて軽蔑されています。そのまま食べることはあまりなく、すりおろしたり、乾燥させたり、発酵させたりして利用されます。

最も人気があるのが澱粉をタピオカに加工したもので、モチモチした食感を出すための増粘剤として利用されたり、そのまま甘いものに混ぜるケースが多いです。

人気なのはデザートで、ココナッツミルクの中にタピオカを入れたものや、米粉や砂糖などで溶いたもののなかにタピオカを入れて蒸したものなどです。

f:id:titioya:20181101163747j:plain

 Photo by Tamar Hayardeni תמר הירדני

タピオカは中華圏でデザートとしても人気が広がりました。原材料が安くて見栄えもよく食感が面白いこともあり、レストランの食後のデザートの定番になり、家庭で作るオヤツとしても人気になっていきました。

今回の主役タピオカティーは、そのような状況を背景にして、1980年代に台湾で誕生しました。

 

2. タピオカティーの発明

実はタピオカティーの発祥がどの店かは複数の説があります。 

 

台中市の「春水堂」説

東京にも店舗を構える春水堂(チュンスイタン)は、1983年に台中に創業しました。創業者の劉漢介は、日本を訪れた際に「冷たいアイスコーヒー」が飲まれていることを知ります。台湾では伝統的に「お茶=温かいもの」というイメージが強い。劉は「冷たくて甘いお茶」を出すことを思いつき、カクテルシェーカーを使って売り出すと一躍人気商品となりました。

次いで1987年。20代の商品開発担当者であった林秀慧は、新たなヒット商品を作るべく毎日市場に通って新たな材料を試していたのですが、ある時子どもの頃からよく食べていたタピオカのオヤツ「粉圓(フンユエン)」を会社に持ってきました。そしてタピオカをアッサムミルクティーとレモンティーに混ぜてみたところ、カラフルで食感も楽しい新しいお茶が誕生した、ということです。

 

台南市の「翰林茶館」説

 もう一つの説が、台南にあるお茶屋さん「翰林茶館」の創業者・涂宗和が1986年に発明したというもの。

経緯は不明ですが、彼は白い粉圓をお茶に入れて「真珠茶」として売り出しました。現在は現在見られる黒いタピオカになっているようです。

 

どちらの店も自分たちが発祥と主張し特許を巡って裁判にまでなりましたが、どちらの店も取得することはできませんでした。90年代になると、台湾中でタピオカティーが売られるようになっていて、もはや特許とかそういう次元になく、すっかり台湾の食文化として根付いてしまっていました。

90年代後半になると、シール製造業者がプラスチックのカップに密封カバーをつける装置を開発し、持ち運びがより便利になったことで、「街を歩きながらタピオカティーを飲むという文化」が誕生したのでした。

今や台湾では「コンビニの数くらいタピオカティー屋がある」というほど生活に身近なものになっており、海外に旅行に行く台湾の若者の中には、現地に着くとまずタピオカティーの店に行く、という重中毒者もいるようです。

PR

 

 

3. 国際的な展開

1990年代からタピオカティーは台湾名物として旅行者に人気がありましたが、2010年代から台湾資本の会社が本格的に海外進出に乗り出しています。

進出が著しいのは、中国、韓国、日本、シンガポール、タイなど近隣のアジア諸国ですが、日本でも展開するGong Chaはアメリカ、カナダやオーストラリア、ニュージーランドといった国にも進出しています。その店舗数は世界で1,400以上。

また現在日本で急拡大中のCoCo都可の店舗数は世界で2,000以上で、イギリスや南アフリカといった国にも進出しています。

銀座にも店舗があるCha Timeは 、UAE、カタール、オマーン、クウェートといったアラブ圏にも進出し、アジアでは北朝鮮、モンゴル、ラオス、東ティモールを除く全ての国に進出しています。すごっ。

タピオカティーの世界への急拡大はわずか10年以内で起こっていることで、なぜこのようなことが可能だったのか。

Quartzの記事によると、徹底した「マニュアル主義」にあるそうです。

店舗の内装やデザインはIKEAの家具のようにシンプルだし、オーダーの仕方も非常にシンプル。店員のオペレーションも、材料のミックスの仕方さえ覚えればいくらでもバリエーションが作れる。工場から店舗への材料のサプライチェーンと品質管理を構築しスタッフを揃えれば、すぐにでも店をオープンできる「店舗パッケージ」を確立しました。

急速に店舗が拡大する中、これから世界でどの程度タピオカティーが定着するかまだ予測がつきません。アメリカでもSNS世代の若者に人気になっているものの、コーヒー文化が根強いアメリカではカフェインがあまり効かない飲み物がどの程度普及するか疑問視する声もあるし、カフェ文化のあるヨーロッパでもどこまで定着するか不明です。

しかし世界のどこに行っても「美味しくて可愛い」タピオカティーを提供できるパッケージはすでに整備されているため、あとはタイミングと味の問題であり、何かがきっかけとなって世間一般に認知されると、急速に広まるかもしれません。

PR

 

 

まとめ

大きめの繁華街や大型商業施設を歩いていたら、必ずと言っていいほどタピオカティーの店が目に入るようになりました。主要な客は10代〜20代の若者ですが、最近は中高年の女性も若者に混じって楽しんでいる様子もたくさん見ます。

あまり見ないのは男性で、彼女や奥さんに連れてこられて、という感じの人が多いように見えます。男だけでタピオカティー屋に行くのは、男だけでプリクラ撮ったりするくらいの抵抗感があります、個人的には。

 ただ今の10代の子らはそんな意識はまったくないでしょうし、10年後にはスタバくらい一般的になっているかもしれません。

 

参考サイト

"世界のキャッサバの生産動向" 独立行政法人農畜産業振興機構

"Bubble tea: How did it start?" CNN Travel

"The History of Bubble Tea" Bubble Tealogy

"Exploring Bubble Tea: Past, Present, and Future" BOSSEN