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1900年イングランド・ビール中毒事件

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イギリス人をヒ素中毒にしていた毒ビール流通事件

この事件は1900年、イングランドでヒ素が混入したビールを飲んだ6,000人以上の人々が中毒にかかり、そのうち70人以上が死亡した事件です。

特にバーミンガムを中心としたミッドランドと、マンチェスターを中心としたノース・ウェスト・イングランドで大きな被害を出しました。

原因は、ビール醸造所が原価を抑えるために使った転化糖。転化糖製造に使う酸にヒ素が残っていたのでした。

中毒を恐れたイングランド人は一時的にビールを飲むのを止め、イングランド全体で食品の安全に関する意識が向上するきっかけとなりました。

 

1. ビール中毒の多発とヒ素の発見

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1900年、イングランド全域で「手足の麻痺」や「神経・筋肉の衰弱」を訴えて入院する患者が急増しました。当初医者は、これらの患者はアルコールの飲み過ぎによる「アルコール神経炎」であると考えていました。

しかし4ヶ月時間がたち同様の患者は急増。過去7ヶ月のアルコール神経炎の患者数が22人に過ぎなかったにも関わらず、この4ヶ月で同様の症状を訴える「末梢神経炎、多発性神経炎、アルコール神経炎」と診断された患者が41人、またアルコール中毒と診断された患者が66人も発生し、これは何かおかしいということで捜査が開始されました。

患者に共通して見られる症状として「皮膚の変色」が見られたため、アーネスト・レイノルズ医師は原因として「ヒ素」を疑い始めました。さらにレイノルズ医師はウィスキーなどのスピリッツよりも、ビールを多く飲んでいる人物により多くの患者がいることを発見します。そうして患者からが通っていた複数のパブで販売されていたビールを調査し、とうとうヒ素が混入したビールを発見したのでした。

 

2. ヒ素混入の原因の調査

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Discription: Elemental arsenic — mineral specimen. Author: Tomihahndorf

ヒ素を含む硫酸が原因

ヒ素が混入したビールを作ったのは、リヴァプール・ガーストンにあるボストック&コー社(Bostock&Co)。

調査の結果、ボストック社が醸造のために使用していた転化糖にヒ素が含まれていることが発覚しました。

転化糖は当時、ビール醸造の原価を抑えるためにごく一般的に使われていました。大麦麦芽をすべて使うと高いので低品質の麦芽を混ぜるのですが、充分に糖化しきらないため、そこに糖を添加していました。この方法は当時から「まがいものを混ぜている」として議論があったものの、1875年の食料品販売法では特に規制は必要ないと結論づけられていたもの。

転化糖は、砂糖の溶解液に酸を添加して加熱することで分解生成されるブドウ糖と果糖を混合したもので、これ自体は問題ないのですが、ボストック社がニコラス&ソンズ(Nicholas&Sons)から仕入れた酸に問題がありました。

ニコラス&ソンズが売っていた酸とは、黄鉄鉱から作った「硫酸」で、ボストック社は硫酸を用いて転化糖を作っていたのでした。ニコラス&ソンズは1888年からボストック社に硫酸を納品し続け、1900年3月からヒ素を含む未精製の硫酸を納品し、問題が発覚した11月まで販売を続けたのでした。

調べに対しニコラス&ソンズは

「食用だなんて知らなかった。もしヒ素を含まない硫酸が必要という要望があったら提供したのに」

と答えました。

いやいや、知らなかったわけねーだろ!

きっと当時の捜査関係者もそう思ったでしょうね。

 

 別の混入ルートの発見

原因は特定されましたが、調査の過程で別のヒ素混入ルートも存在することが分かりました。

麦から麦芽を作る際に、発芽状態を止めるために熱風を当てたりから炒りして加熱する焙燥(ばいそう)という工程があるのですが、当時のイギリスでは石炭や木炭を使って焙燥を行なっていました。この石炭や木炭にヒ素が混入しているケースがあり、加熱の過程で麦芽にヒ素が付着していたことが分かりました。

問題が発覚する前の何千人ものヒ素中毒者がこのルートでの中毒であると考えられました。

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3. 影響

この事件の発覚でイングランド中のビール販売額が激減。

ボストック社は数千バレルのビールを下水に破棄せざるを得なくなり、経営破綻しました。

またボストック社のビールを購入したパブや居酒屋、宿屋に対し一斉に電報が飛ばされ、今すぐボストック社のビールを破棄するように命令が降りました。しかし反応が遅いパブも多く、相変わらず売り続けたため検挙される例もありました。

 

経営破綻したボストック社は会社清算に入り、ニコラス&ソンズを相手取って損害賠償請求を行いました。1893年の物品売却法違反として訴訟を起こしますが、高裁で判事は

「ニコラス&ソンズはボストック社に対し、汚染された酸を売ったこと、それを使って製造した製品を遺棄したことで損失が発生したことについては弁償が必要だが、汚染された製品を使用することによって営業権が喪失したことに対する損害弁償の必要はない」

と判決を下しました。今だったら考えられませんね。

なおニコラス&ソンズは化学メーカー、ラポルテ(Laporte)に買収されました。

 

この事件は結局、食品の品質に関する法を変える直接的なきっかけにはありませんでした。

一時的にビールを飲むのを控えていた人々は、王立委員会による報告書が出た後に再びビールを飲み始めたそうです。

直接的な効果としては、この事件をきっかけに長年アルコール中毒や疾患と思われ何千人もの被害を出していたビールのヒ素中毒を根絶することができたことがあります。

また間接的な効果として、イギリスの食品安全・公衆衛生に関する関心が高まり、後に法律が作られる間接的きっかけとなったと言われています。

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まとめ

 「ヒ素入りビール」なんて考えただけで恐ろしい話です。

しかしイングランド国民は10年以上毒ビールを飲まされ続けていたわけです。

 当時は公衆衛生に関する認識が不充分で、法的制約も緩く、テクノロジーが発達しつつも未熟な部分が多くありました。そんな過渡期で起きた不幸な出来事ではありますが、食品の安全はいまも身近な問題。過去の出来事を他山の石にしたいものです。

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参考文献

"The 1900 arsenic poisoning epidemic" Peter Dyer

"Death in the beer-glass: the Manchester arsenic-in-beer epidemic of 1900-1 and the long-term poisoning of beer" Matthew Copping