Photo by Alex Brown
ワインと言えばフランス。フランスワインと言えばボルドー。
15年くらい前から、日本でも日常的にワインを飲む人が多くなってきました。
チリ産やオーストラリア産など手頃な価格のワインが手に入りやすくなったことが大きいと思います。消費者にとっては選択の幅が広がるのは大変嬉しいことです。
一昔前のワインは安くても3000円〜4000円程度はしたようで、日常的に飲むにはちょっと手が届きにくいものでした。そして昔の日本でワインと言えばフランス産のことを意味したし、フランスワインと言えばボルドーワインを連想する人が多かったようです。
ワイン=フランス=ボルドー=高級品
の図式がはっきりしていたわけですね。
今でもボルドーワインは揺るぎないブランド力があるし、後に触れますが等級の高いボトルは大変高級品で金銀宝石のごとく取り扱われます。
世界にワインの名産地は数多くあれど、なぜボルドーワインが他を寄せ付けないブランド力を持つに至ったかが今回のテーマです。
1. ボルドーワインの特徴
ボルドーはフランス南東部に位置します。
街を流れるガロンヌ川を下れば大西洋のビスケー湾に出ることができます。気候は海洋性で、夏は暑いが冬は穏やかで過ごしやすい。雨は年中よく降るので、水にはだいたい困らない。
ボルドーの地質の特徴は「砂利」にあり、土地は痩せていて水はけが非常にいい。
この「砂利」という地質はブドウを育てるには絶好の条件となっており、古来から良質のブドウが採れる環境にありました。さらにはガロンヌ川を使って作ったワインを輸送するのに有利だし、ワイン生産が発展する条件は初めから整っていたわけです。
とはいえ、それだけではここまで高いブランド力を持つには至らない。
ボルドーワインの特徴を以下に挙げてみます。
1-1. ブレンドワイン
ボルドーで生産されるワインはほとんどが「ブレンド」されたワインです。
他のフランスの地域、例えばブルゴーニュだと一つの生産者の畑から作られたブドウがそのままワインになりますが、ボルドーのワインはいったん各畑からのワインを集めた後、売値と販売量などを考慮して適正な味になるようにブレンドが行われます。
そのため基本的にボルドーのワインは、高い金を出せばまず間違いなく美味しいものに当たるはずです。
1-2. シャトー・システム
ボルドーに独自のシステムがシャトー・システムと言われるもの。
シャトーとは日本で言うところの「醸造所」に近いのですが、ボルドーで「シャトー」と名乗ってワインの販売を行うには、以下の条件を満たす必要があります。
- 生産者が所有する畑でブドウを栽培し、作られること
- 生産者自らが樽詰めを行うこと
これを満たしてシャトー・システムに登録すれば、ワインを販売することができるようになります。畑とプレハブさえあれば、誰でもシャトーになれてしまいます。
まあ、実際はそう簡単じゃあないのですが。
1-3. 厳格な格付け制度
ボルドーワインの大きな特徴の一つに、「等級」が厳密に決まっているというのがあります。
1855年に大量に生産されるワインのそれぞれの適正価格を提示するために始まったのですが、その格付けは150年もたった今でもほとんど変わっていません。
最上級に格付けされている「ボルドー5大ワイン」は、ワインに詳しくない人でも名前くらいは聞いたことあるかもしれません。
- シャトー・ラフィット・ロトシルト
- シャトー・マルゴー
- シャトー・オー・ブリオン
- シャトー・ラトゥール
- シャトー・ムートン・ロトシルト
もちろんこれらのワインは現在でもプレミア価格がついており、金銀宝石のように取り扱われています。
等級は2級から5級まであり、等級が上がれば値段も上がるし、味も上がるとされています。格付け一覧はこちらのページが詳しいです。
1-4. ネゴシアンとプリムール
現在でもそうなのですが、伝統的にワインの小売はボルドーのシャトーと直接販売契約を結ぶことができません。
もしボルドーワインを販売したい時は、各シャトーを束ねるワイン専門商人「ネゴシアン」と契約をしなくてはいけません。ネゴシアンの仕事は各シャトーのワインを買い付け、ブレンドし、それを主に海外の商人に売りさばくこと。場合によっては自前でシャトーを持っていることも少なくないようです。シャトーは自分のワインを高値で買い取ってくれるネゴシアンを見つけようとし、ネゴシアンはなるべく品質のいいワインを安く買い求めようとする。
シャトーが作るワインは樽に詰められた時点で既に販売の対象になっており、数年〜数十年寝かせる必要がある場合も、売買交渉が済んでいる場合はすでにその所有権はネゴシアンの手にあるわけです。これをプリムールと呼び、まだ美味しいかどうか分からないのに、既にワインは買われてしまっているのです。気候などである程度予測はできるみたいですが、バクチに近いですよね。
さて、これらのボルドーワインの特徴はこれまでの歴史と深い結びつきがあります。
ということで、ローマ時代から始まるボルドーワインの歴史を見ていきましょう。
2. 早くからワインの名産地だったボルドー
ボルドーでワインが作られ始めたのは、ローマ時代。
ローマがボルドー一帯を支配化に置いたのは紀元前60年ですが、ワインが大好きなローマ人が、最高の土地条件をもったボルドーの地を見逃さないはずがありませんでした。
1世紀頃にローマ人は現在のスペインのラ・リオハからブドウを持ち込み栽培を始め、すぐにワインの名産地として有名になりました。
「博物誌」を書いた大プリニウスもボルドーのワインのことを言及しているし、ポンペイ遺跡からもボルドーワインについて書かれた文字が見つかっています。
その後ローマ帝国末期からフランク王国の統治までにかけて、ゴート族、ヴァンダル族、ロンゴバルト族など蛮族が侵入したため、ボルドーのワイン生産にも大きな被害が出たと思われますが、古代から始まったワイン生産は中世でも失われることなく続いていきます。
1152年、その後のボルドーの運命を決める一大イベントが行われました。
ボルドーを支配するアキテーヌ公の娘エレノアが、後にイングランドのプランタジネット朝を開くヘンリ2世と結婚したのです。
それ以降、ボルドーのワインは盛んにイングランドに輸出されていきます。それまでエールばっか飲んでいたイングランド人はワインの旨さを知り、高い値段を出してボルドーワインを競うように楽しむようになったのでした。
イングランドから富が流れこみ、ボルドーは瞬く間に大都市に生まれ変わりました。
プランタジネット朝治下の1300年代後半には、ボルドーはロンドンの次に大きな都市にまで成長していました。
ボルドーワインの発展には、大酒飲みのイングランド人が大きな貢献をしていたのでした。
3. オランダ人技師の土地改良
次にボルドーワインが大きく発展したのは15世紀〜16世紀。
相変わらずボルドーワインの最大のお客様はイングランドでしたが、ボルドーでワインの買い付けを行っていたのはオランダ人商人でした。
イングランドのワインに対する需要は伸び続けていたため、オランダ人商人はボルドーのインフラを整備して大量に安くワインを仕入れて儲けれないか考えていました。
とはいえワインの栽培に適した砂利の土地は開墾され尽くしている。
では、ボルドーのあちこちに点在している「沼」を開発して、ワインの畑にしてしまえばいい。
この工事を行ったのはオランダ人技術者のヤン・アンドレアンソーン・レーフラーターという男で、彼は排水路を建設して水を抜き、運河に排水する施設を建設しました。彼の手によって各地に点在していた沼は次々にワイン畑に姿を変えていき、これまで輸送の邪魔だった沼も開墾されて、立派な道路に整備されました。
これにより生産量と販売量は飛躍的に上がり、「一面に続くブドウ畑」というボルドーの風景が作られたのもこの頃です。
オランダ人によって整備された排水システムは現在でも活用されているそうです。
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4. 格付け制度の始まりとネゴシアンの登場
1600年代ごろまで、ボルドーのワインは「ボルドーのワイン」として特にどのシャトーのワインも区別されずに売られていましたが、次第に人々は特定のシャトーがいつも品質の高いワインを生産することに気づき始めました。
現在の「5大シャトー」の一角を担うオー・ブリオンやマルゴー、ラトゥールなどのシャトーは当時から品質の高さで名を馳せており、これらのシャトーのワインは高値で取引されるようになりました。こうして大儲けしたシャトーは貴族階級になり、ボルドーの街に様々な教会や施設が建設されていくことになりました。
ワイン専門商人ネゴシアンの登場
またこの頃からボルドーワインはイングランドだけでなく世界各地の王族や貴族を虜にし、取引量は飛躍的に拡大。需要が供給を上回ってくると、オーダー順に適正価格で売っていたら損する場合が出てきます。もしかしたら次の顧客の方が高値で買ってくれるかもしれない。
そこでボルドーワインの交易取引を専門に行うネゴシアンが登場し、「なるべく高くワインを売る」ために各種交渉に励んでもらい、各シャトーは品質の向上に努める。
この仕組みは現在でも健在で、ネゴシアンはワインの販売価格の最大化を図りシャトーの利益を確保し、逆にシャトーは国際的競争力の高いワインを専門商人に独占的に供給。お互いのWIN-WINを図っているのです。
1855年のボルドーワインの格付け
もう一つ、ボルドーワインの歴史で重大な出来事が1855年の「格付け」です。
これは同年に開かれたパリ万博で発表されたもので、「どのワインが高級で、これくらいの値段で買われるべきだ」というのを明示した点が画期的でした。
先に述べたように5つのシャトーが第1級とされ、このワインは市場で高値で取引されるのが「当然である」と定義されたのでした。
それまでは市場ルールが主で、たとえ良いものでも交渉で売値が決まってしまったため、値段にバラツキがありました。それを公的に「これは高いよ。だって良いものですからね」として定価を定めたのは画期的です。「ブランド品」の走りと言っていいかもしれません。
150年経った現在でも全く同じ格付けで売られていることに批判もあるようですが、このブランドの伝統がボルドーワインをワインの王様たらしてめている事実は、誰にも否定できないでしょう。
5. ボルドーワイン・ブーム
ボルドーワインのブランド力を不動のものにしたのは、アメリカ人ワイン評論家のロバート・パーカーの影響が大きいとされています。
ロバート・パーカーのワイン評はメディアで絶大な支持を受け、彼がテイスティングしたワインに付ける「パーカー・ポイント」は市場価格にも影響を与えるほどです。
パーカーは1982年のヴィンテージ物のボルドーワインに最上級の点数を付け、これが世界でのボルドーワインの評価に対してトドメを打つものでありました。
ボルドーワイン、特に等級が高いものやヴィンテージの値段は天井知らずに跳ね上がり、投機の対象になり、オークションで信じられない値段で売られていく。
そのニュースを見た人は、例えボルドーワインを飲んだことがなくても「こんなに値段が張るボルドーワインはさぞかし旨いものなのだろう」と印象付けることとなりました。
まとめ
もともとボルドーは神が与えしワイン生産の好条件の場所であり、運に恵まれイングランドという大市場に独占的に商品を供給する機会に恵まれました。
さらにはもっと高く売りたい・儲けたいという人々の欲望も相まって品質が大きく向上することに加えて、「ブランド」というものを育てていくことができ、高級品というイメージを定着させることに成功しました。
もちろんイメージだけでなく、各シャトーのたゆまぬ品質向上の取り組みがあってこそですが。
ボルドーワインが他の地域のワインと一線を画すのは、その古えより培われてきた伝統、生産者の品質向上への努力、長年に渡る高価格取引、権威も認めるその旨さ、そういった諸々が渾然となって、ボルドーワインを「ワインの王様」たらしめているのです。
参考サイト
"Bordeaux Wine History and Description of the Wines" THE WINE CELLAR INSIDER
Bordeaux wine - Wikipedia, the free encyclopedia
History of Bordeaux wine - Wikipedia, the free encyclopedia
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