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サガの物語から読むヴァイキング社会

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交渉・贈与・略奪… ヴァイキング社会とその慣習とは

ヴァイキングと聞くと、船に乗って略奪ばっかやっていたようなイメージがあります。

しかし、実際のところヴァイキングの本業は農業で、そればっかやっていたわけではないようです。

男たちは船に乗って「一人前と認められるための男磨き」として異民族の土地に略奪に行く。

同じヴァイキング同士でも略奪が行われることがあり、それは「交渉が決裂した時の手段」でありました。勧められたもんじゃないけど、当時の「商習慣」の一部であり普通のことでした。

北欧ヴァイキングの習慣や生活様式は、 中世アイスランドで成立した物語「サガ」に詳しく、「赤毛のエイリークのサガ」にはヴァイキングがコロンブスの到達の500年も前に北アメリカに到達し現地人と交易していることが書かれていたりします。

今回は、「めんどりのソーリルのサガ」の物語から、ヴァイキングの慣習について紹介します。

参考資料は「ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易 (historia) 熊野聡著 山川出版社」です。

 

 

1. 「めんどりのソーリルのサガ」のあらすじf:id:titioya:20160205210819j:plain

「めんどりのソーリルのサガ」は13世紀末に書かれた創作文学で、中身は事実ではありません。ですが、当時のヴァイキングの商習慣を知るうえで貴重な資料となっています。

おおまかなあらすじは以下の通り。

人望のある農民ブルンド・ケティルが、豊かだが人望のないソーリルに干し草を借りに行く。だが交渉は決裂し、ケティルは干し草を略奪してしまう。ソーリルは報復措置をとるのだが、その過程でソーリルの義理の息子が死んでしまい、肉親とソーリルは復讐としてケティルを家ごと焼き殺してしまう。そして今度はケティルの息子がソーリルを告訴する、という抗争の物語です。

以下、長いのですがケティルとソーリルの交渉の場面です。

 

二人の小作人の請願

一の月(3月20日頃)になった。

ブルンド・ケティルのもとに2人の小作人がやってきた。彼らは家畜をたくさんもっており、今や干し草がなくて困っている、彼に何とかしてくれと頼んだ。

ケティルは与えるべき干し草を持っていないし、これ以上自分の家畜を殺すつもりはない、と答えた。彼らは誰か干し草を売るほど持っている者を知らないか、さもないと家畜が死んでしまうと粘った。

ケティルは、それは彼ら自身の責任だ、としつつも「めんどりのソーリルが干し草を売るほど持っている」と聞いたことがあると答えた。

2人は「あなたが我々と一緒に行かないと売ってくれないから、共に言って保証人になってくれ」と言った。ケティルは「一緒に行くのはよい、持っている者が売るのが正しい」と言った。

 

ケティルとソーリルの交渉

彼らは朝早く出発した。北風が強く、かなり寒かった。

屋敷の主人ソーリルは、人々がやってくるのを見ると中に入り、ドアを閉め、かんぬきをかけ、朝食をとり始めた。

ドアがノックされ、少年ヘリギ(アルングリーム・ゴジの息子。ソーリルの義理の息子)が言った。

ヘリギ「お義父さん、お客さんだよ」

ソーリル「朝食を先にとる」

だがヘリギは戸口へ行って、やってきた人々にあいさつをした。

ケティル「外へ出てくれるよう、頼んでおくれ」

ヘリギはソーリルのもとへ行き、ケティルが会いたがっていると伝えた。

ソーリル「ブルンド・ケティルが何の用だ。奴がいいことで来るはずがない」

ヘリギはケティルのもとへ行き、ソーリルが外に出てこないと伝えた。

ケティルは言った。「よろしい、では我々が中に入ろう」。そしてケティルたちは中に入った。

ケティル「こういうわけだ、あなたから干し草を買いたいと思ってね」

ソーリル「私にとって、あなたの金は私のよりも良くはない」

ケティル「それは見方による」

ソーリル「どうしてあなたが干し草に困っているんだ、豊かなのに」

ケティル「助けのいる私の借地人のためだ。私が持っていればやりたかったのだが」

ソーリル「あなたのものを他人に与えるのは自由だが、私のものを他人に与える自由はない」

ケティル「贈物を求めているわけではない。あなたのために、オッドとアラングリームに値段を決めさせてくれ。その上で私は贈物を贈ろう」

ソーリル「干し草は売るほどないし、そもそも売るつもりもない」

 

交渉の決裂

ケティルは少年を連れて外に出て、干し草のあるところまで連れて行かせた。

6月下旬まですべて屋内で家畜を飼ったとして、少なくとも5山は残ると見た。それから再び室内に入り、再度交渉を始めた。

ケティル「あなたの干し草の蓄えは充分余裕があるようだ。この余分を買いたい」

ソーリル「次の冬が同じような、あるいはもっと悪い冬だったらどうするんだ」

ケティル「提案だ。次の夏の干し草で同量の、質もこれより悪くないものを差し上げる。それをあなたの農場に搬入しよう」

ソーリル「あなたにいま干し草の蓄えがないとすれば、夏にはどうやってもつと言えるだろうか。わたしにはわかっていることだが、我々の間の力の差は大きく、あなたはお望みなら干し草を私から奪っていくことができる」

ケティル「そういうやり方はしたくない。承知の通り、この国では銀はどんな支払いにも通用する。それを対価としてあなたに支払おう」

ソーリル「あなたの銀は欲しくない」

ケティル「それでは、オッドとアラングリームがあなたに代わって選ぶ品物を取ってくれ」

ソーリル「ここは働き手が少ないし、私は外へ出る気がない。面倒なことは嫌なんだ」

ケティル「それでは、私があなたの家に運ぼう」

ソーリル「それをダメにしたいよう保管する場所がない」

ケティル「わたしが皮革(の布)を用意し、よく保管あれるよう覆いをしよう」

ソーリル「わたしの家でバタバタされたくない」

ケティル「それでは冬の間は私の家に置いておこう」

ソーリル「あなたの口先は存じております、そしてあなたと取引したくない」

ケティル「ではあなたが止めても、とにかく干し草を持っていく。代金は置いていく。多勢にものをいわすわけだ」

そうしてケティルはロープで干し草を縛り上げさせ、それから馬の背に積み上げて運び去った。

 

 ・・・

 

取りつく島のないソーリルの「完全拒否」で、パッと見るからには売ってあげなかったソーリルが悪いようにも見えます。

実はソーリルが売ってあげなかったのにも、ちゃんと彼なりの理由があるようです。

そしてこの一連のやりとりを全て理解するには、ヴァイキングの習慣や社会を知る必要があります。

 

 

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2. ヴァイキングにとっての「カネ」とは何か

ケティル「そういうわけだ、あなたから干し草を買いたいと思ってね」

ソーリル「私にとって、あなたの金は私のよりも良くはない」

「あなたの金は私のよりも良くはない」とはどういう意味か?

 

当時の北欧では、お金は通貨ではなく、「財産や富」を平たく表す言葉でした。

もちろんその中には、決済手段として最も便利だった「銀」も含まれていましたが、代表的なお金は家畜(牡牛、牡馬、羊)や、毛織物(ヴァズマル)でした。物語の舞台であるアイスランドでは特に毛織物が重要で、誰でも自分のとこの家畜の毛で織った織物を交換可能な商品として携えていました。

 つまり「あなたの金は私のよりも良くはない」とは、ソーリル自身が蓄えている家畜や毛織物の品質はケティルのものよりも上質であり、お金での支払いは自分にとって損であると表明したわけです。

ケティル「それは見方による」

ケティルにはそれに対し、品質の良し悪しは一律ではないし、価値の尺度として品質は問題ないはずと言い返しています。

 

 

3. 地主と小作人の関係

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ソーリル「どうしてあなたが干し草に困っているんだ、豊かなのに」

ケティル「助けのいる私の借地人のためだ。私が持っていればやりたかったのだが」

ソーリル「あなたのものを他人に与えるのは自由だが、私のものを他人に与える自由はない」

ケティル「贈物を求めているわけではない。あなたのために、オッドとアラングリームに値段を決めさせてくれ。その上で私は贈物を贈ろう」

そもそもなぜケティルは借地人のために骨を折らないといけなかったのか。彼らが直接ソーレルと交渉してはいけなかったのか?

 

冒頭で小作人二人はケティルに対し、執拗に干し草を貸してくれるよう要求していました。当初拒否していたケティルも、根負けして一緒にソーリルに頼みにいかざるを得なくなった。当時、地主は小作人に対する保護義務があり、困っている小作人は必ず助けるのが地主の義務でした。

しかも交渉の対象は、通常売りにだされていない他人の所有物であり、小作人ではとても手に負えない。有力者である地主のケティルの「名声」と「実力」がないと、そもそも交渉すらできない。ケティルはやっかいだが義務として、干し草の交渉を行わねばならない。

しかしソーレルは自分はその相互扶助関係に含まれない、と思う。だから「私のものを他人に与える自由はない」と言う。それに対し、ケティルはあくまで売買交渉であるとして「贈物を求めているわけではない」と言っているわけです。その上で、価格は第三者に決めてもらおう、という提案です。

ここで名前が挙がっているオッドとアラングリームという人物は地元の豪族で、別の章で出てくるんですが、オッドはケティルは敵対関係にあり、アラングリームは息子のヘルギをソーレルの元で養育させている。

その2人に値段を決めさせる、と言っているのでソーレルにとって悪条件になるはずない。その上で贈物を贈ると言っているので、ケティルの提案はソーレルにかなり譲歩したものであったのです。

それでもソーレルは「売れるほど干し草はない」と言って突っぱねてしまう。

 

 

4. 社会的倫理と売買交渉

その後、実際の干し草の量を確認したケティルは、ソーレルに再度余りの購入を申し出る。

でもソーリルは何かしら難癖をつけてそれを断ろうとする。ぶっちゃけいくら余ってようが売りたくない。でも売れない理由を何かしら言って断っている。

当時の社会的慣習から言えば、余分に持っている者は困っている者に売ってやるべきで、本当はソーレルはケティルに干し草を売るべきであったわけです。

ケティル「提案だ。次の夏の干し草で同量の、質もこれより悪くないものを差し上げる。それをあなたの農場に搬入しよう」

ソーリル「あなたにいま干し草の蓄えがないとすれば、夏にはどうやってもつと言えるだろうか。わたしにはわかっていることだが、我々の間の力の差は大きく、あなたはお望みなら干し草を私から奪っていくことができる」

 次の夏の干し草で借りた分を返却する、というのは妥当性のある提案です。干し草は多少なりとも劣化するので、新鮮なほうがいいに決まっている。だがそれも「来夏に本当に返せるのか」と言い返している。

そしてすぐに、「お前はオレから奪っていくつもりか」と挑発的なことを言ってケティルをムッとさせ、妥当性があると思われる干し草の提案を引っ込めさせている。

その後も銀や、オッドとアルングリームが選ぶ品物も難癖をつけて拒否している。

どういう提案でもソーリルは干し草を売らないことがここで判明した。だがケティルにとっては小作人を保護する立場上、干し草を持ち帰らないという選択肢はない

そこでケティルは最終手段、「対価を払っての強奪」という手段に出た。これは当時でも法的には問題があったものの、社会倫理的には充分認められる行為でありました。

 

でも、そもそもなぜソーリルは干し草を売りたがらなかったのでしょうか。

 

 

5. なぜソーリルは干し草を売らなかったのか

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なぜソーレルが干し草を売らなかったかの理由は、このサガの頭の章を見ないといけません。

まず、めんどりのソーレルという男は「豊かだが人望がない」男であった。

 

ソーレルは最下層の身分の出身で、あるところで買ったものを別のところで売るという行商で富を蓄えて金持ちになった。多くの人が彼から「金を借りる」ようになったが人望はなかった。

ソーレルの内向的な人柄の問題もあるかもしれませんが、当時のヴァイキング社会では「商人」は嫌われる存在であったのかもしれません。

加えてソーレルは最下層の身分ながら、地域の信用も友人の助けを借りることもなく商売に成功して富裕になった。 

そんな「金はあるが力はない」ソーレルを地域の人々は侮り、自分たちに必要な時に「金を貸すよう」迫った。具体的には家畜などをほぼ強制的に持って行ってしまった。

 

そこで、彼は地元の豪族アルングリームの息子ヘルギの養育を申し出た。自分の財産の半分をヘルギに譲る代わりに、アルングリームに「自分の権利を人々から守れるように支持してほしい」と言った。ソーレルは独身で妻も子どももいない。

ソーレルはアルングリームの後ろ盾を得て、自分の財産を守るようにしたのです。

アルングリームの後ろ盾の元、ソーレルはますます金儲けをするようになったが、地域の人達はそれが気に食わない。「成り上がり者が調子に乗っている」と思う。しこたま儲けているくせに、一切金を貸さない。どケチだ。

 

当時は「富裕な者が困っている者に与えるのが当然」という不文律があったものの、最下層出身で侮られる立場にあるソーレルは、そうしていると次々とむしり取られて身の破滅である。

だからソーリルはどういう条件であろうと自分の財産の売買を認めず、あらゆる世間的な付き合いを拒否している。

ソーリル「ブルンド・ケティルが何の用だ。奴がいいことで来るはずがない」

はそういう背景から発せられている言葉です。

ソーリルにとっては対価で買われようが略奪されようが一緒であり、とにかく地域の人達と一切関わりたくない。オレは連中の協力を得ずにこれまでやってきたのだ。

物語の交渉でソーレルは一応理由を立てて干し草の売買を拒否しているが、そうやってケルティが略奪するように仕向けている。

そして実際にそれをさせることでケルティを不法行為の罪で訴訟できるようにしていたのだった。

 

 

 

まとめ

当時のヴァイキングは基本的には農民であり、その中でも大小様々な地主が名望家となり、小作人たちを束ねていた。

そしてその社会の中で上下で相互扶助の関係があり、富める者が困った者を助けるのは当然、と思われていた。 

ただし、ソーレルのような身分が下なのに金を持っている者は「金持ちでしかも身分が下だから与えて当然」のような扱いで侮られるケースもあった。

そして相互扶助の関係で立場が上の者は、下の者の要望を叶えてやらないといけず、交渉にあたる必要があった。それが不調に終わった場合は、略奪をしてでも望みをかなえてやる必要があった。

「めんどりのソーレルのサガ」の交渉の部分はそのような社会的背景の中で、ケティルとソーレルが異なる立場にたち、お互いに「誠実であるふり」をしながら、最終的に「相手が悪いからこういう結果になった」という言い分を獲得するために、緊迫した交渉を行っている様子が描かれているのです。

 

 

参考文献 ヴァイキングの経済学 熊野聡 山川出版社

ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易 (historia)

ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易 (historia)

 

 

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