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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

【サーモン】鮭缶の世界侵略の歴史

イギリス 北欧 アメリカ 日本 ロシア ベトナム フランス

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"キング・オブ・缶詰" 鮭缶の歴史

今回の主役「鮭缶」ですが、馴染みがある人もいればそうでない人もいると思います。日本は地方それぞれ濃い魚食文化を持っていますから、鮭なんてほとんど食わないという人も多いと思います。ぼくは九州出身ですが、小さい頃からあまり鮭を食わなかった気がします。

ただ視野を世界に広げると、鮭缶が与えたインパクトは大きいものがあります。食の多様化で地位は低下しつつあるも、鮭缶が歴史に残した業績は多大なるものがあるのです。

ということで、今回は鮭缶がいかにして世界の食卓に登るに至ったかをまとめていきます。

 

記事三行要約

  • 缶詰技術が開発されるとすぐに、鮭が大量に採れるアラスカで大量生産されるようになった
  • 戦争中も広く食べられた鮭缶は、イギリス人やアメリカ人に熱狂的に愛されるようになった
  • イギリスとアメリカの経済・文化進出により、鮭缶が世界に広まっていった

 

 

1. 缶詰登場前の鮭の食べ方

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1-1. 人間と鮭

「鮭」と一口に言ってもその種類は膨大で、生物学的にはサケ科には6つの属と150の種類が存在します(異説あり)。

 その中でも我々が「鮭」という名前で食すのは、キングサーモン、シロザケ、カラフトマス、ギンザケ、ベニザケ、サクラマス、アトランティックサーモンの7種類。

主に北太平洋と北大西洋の広い範囲に住んでおり、19世紀には人工的に南太平洋と南大西洋にも移植されました。

伝統的に鮭を食べてきたのは、北ヨーロッパの人とネイティブアメリカン、そしてアイヌなど北東アジア原住民です。

鮭は回帰性のある魚で、秋になると生まれた川に何十万何百万という大群になって押し寄せる。それこそ取り放題というやつで、毎年いくら取っても減ることなく取れる。

ネイティブアメリカンの一部族・ユロック族にとって、鮭は「食べものそのもの」であり、まるで太陽や森があるように「鮭があることは一種の祈りであり、永続的で不動の価値を約束する」ものでありました。

 

1-2. 塩漬けと燻製

では、彼らがどうやって鮭を食べてきたかというと、だいたい塩漬けか燻製でした。

鮭の肉は脂分が豊富で、腹にいっぱいのエサを詰め込んだ鮭が死ぬとわずか10分ほどで腐り始め、1時間も経つと売り物にならないくらい傷んでしまう。

そんなすぐに食えるわけないから、何らかの方法で腐らないように保存しておかなければならない。

最も一般的な方法が塩漬。生魚に塩をまぶすと水分が抜け、塩分を含んだ水が身に戻って、タンパク質を凝固させる。そうすると細菌が住みにくくなり、腐敗の進行が遅くなる。

次によく見られるのが燻製。煙で身が燻されると、煙の殺菌効果に加え、水分が細胞から取り除かれて細菌が住みにくくなる。

北海道のアイヌの人びとも燻製の鮭をよく食しており、燻製鮭と昆布の汁物に、マンボウの肝油を少し足したものが食事の中心だったようです。

 

1-3. 地面に埋めた鮭

ちょっと変わった保存方法で、「鮭を地面に埋めておく」というものがあります。

「シュールラックス(Surlax)」はスカンジナビア半島で見られるもので、鮭だけではなくサメやニシンなども好んで地面に埋められました。

数週間から場合によっては数ヶ月保存され、掘り出すと鮭の身の化学的な組成が変わって、スープみたいにドロドロになっている。

食べるとピリピリする酸味と強烈な生臭さがあるらしく、まぁ、珍味中の珍味というヤツです。

 

2. 鮭缶の誕生

あけぼの あけぼのさけ T2号缶 180g(販売単位: 24)

 2-1. 「食べ物もワインみたいに保存できんじゃね?」

18世紀、軍隊が携帯する食料に悩んだナポレオンは「食べ物を確実に保存する方法を開発した者に賞金を出す」と発表しました。

これに応募した者が発明家、ニコラ・アベール。彼は「ワインがコルク蓋で長期間保存できるんだから、食べ物もできるに違いない」と考え、食べ物を加熱して密封し長時間保存可能な技術を開発しました。

この技術は画期的で、文明を様変わりさせるほどのインパクトを世界にもたらしました。

そしてその一端を担ったのが、鮭であります。

 

2-2. 鮭缶工場の大発展

鮭缶工場が生まれたのは、1824年スコットランドのアバディーン。

その後カナダの大西洋岸を中心に鮭缶工場が次々と作られていくようになり、すぐに資本家に目を着けられて大規模な投資がなされ、巨大企業へと変身を遂げていきます。

特に鮭缶工業が発達したのはロシアから買い取ったばかりのアラスカ州で、毎年アラスカの川に大量に遡上する鮭を資源にして大量生産化に成功。

1900年にはアラスカの缶詰工場はアメリカ本土の2倍の生産量を誇り、20世紀半ばになると世界の生産量の2/3がアラスカ産となっていました。 

 

3. 世界に広がる鮭缶

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3-1. 鮭缶、それはアメリカン・スピリット

1904年、アメリカの博物学者ウィリアム・ホルナルディはこう言いました。

偉大なアメリカ産の鮭缶は海を渡る最高にして唯一の魚だ。極東の密林で、あるいは商魂たくましい中国商人が開く辺境の市場で、鮭缶はひょっこり穏やかな顔を見せ、故郷と肉屋から遠く離れた孤独な白人を出迎え、元気づけてくれる。

確かにホルナルディの言うとおり、鮭缶は20世紀の世界中でどこでも見られる食料品で、エジプトだろうがインドだろうが中国だろうが、探せばかならず見つかりました。

慣れない異国の食事に苦労していたアメリカ人にとって、幼い頃から慣れ親しんだ鮭缶は、それこそ異国で親しい友人に出会ったような安心感を与えたことでしょう。

と同時に、鮭缶はアメリカの経済力と商業力のバロメータであり、鮭缶がある土地はすなはちアメリカの力が及ぶ地域という認識をされました。

 

3-2. なぜ鮭缶は広がったか

塩漬けや燻製も長持ちはしましたが、缶詰のほうがずっと扱いやすく輸送向きで、保存も簡単。缶詰を開けたらそのままでも食べられるし、ソテーにしたり、小麦粉やパン粉を付けて揚げたり焼いたり、ほぐして具にしたり、様々な使い方ができます。

味ももちろん、その利便性で鮭缶は世界中に普及し、特に大英帝国、ヨーロッパ、北アメリカ、ロシアの各家庭の台所の戸棚に「無くてはならないもの」にまでなったのでした。

 

4. 鮭缶を使ったレシピ

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 4-1. 発展する鮭缶料理

鮭缶があれば 食事時に不意にお客が来てもあわてなくてすむし、フルコースの凝った料理にも利用できる。鮭缶は特にピクニックや遠足の昼食にもってこいだし、キャンプでは非常に役に立つ。

これは1915年のサンフランシスコ万国博覧会に出展された鮭缶に関する説明文の一節です。実際に鮭缶は非常に汎用性が高く、どんな料理にも合わせることができる。

ロシアではピエロギ(大きな水餃子)やピロシキ(具を包んだ揚げパン)の定番の具として鮭缶が使われるようになりました。鮭缶と、固茹で卵、米、バター、マッシュルームをパン生地に包んで揚げるのです。

ユダヤ人の間では、

鮭缶の身と卵、玉ねぎなどを型に入れて焼いた「サーモンローフ」

鮭缶の身と玉ねぎ、米、卵などを混ぜて鍋に入れてスープを入れてオーブンで焼く「サーモン・ライスボール・キャセロール」

鮭缶の身とジャガイモ、玉ねぎを混ぜて衣につけて揚げる「サーモン・コロッケ」

など数多くのサーモン料理が普及しました。

 

 4-2. ミリメシ(軍隊食)と鮭缶

第一次世界大戦のイギリス軍とアメリカ軍の軍隊食でも、鮭缶は大いに活躍しました。

「陸軍に勤務しているようなたくましい青年の味覚と身体的な要求を満足させる」として鮭缶が推奨されました。

戦場で兵隊たちは鮭缶を使って、パンケーキやサーモンハッシュ、パティなどにして食しました。

1941年の本「軍隊料理(The Army Cook)」には、100人分のサーモンケーキの料理法が記されています。それによると、

1ポンド入りの鮭缶20個と、マッシュポテト約15キロ、卵20個、クラッカーを砕いたもの約900グラムを混ぜあわせる。

塩胡椒をふって約8センチに丸め、小麦粉をまぶして油で揚げる。

熱々のうちにトマトソースをかけて食べる

とあります。ミリメシのくせに、結構旨そうじゃないか。 

 

4-3. 世界に拡散する鮭缶

鮭缶人気は戦場だけにとどまらず、配給制が敷かれた戦時下の国内にも及びました。

鮭缶は肉に比べて比較的容易に手に入るから、食い盛りの子どもの口に最も入りやすい食べ物だったわけです。

それゆえ特にイギリス人とアメリカ人は2つの大戦を通じて鮭缶の熱狂的な崇拝者になり、彼らがいるところはすなはち、鮭缶がある場所となりました。

イギリス人とアメリカ人は20世紀前半〜半ばにかけてほぼ世界中のどこでもいて影響力を持っていたわけで、彼らが世界中に「鮭缶愛」を伝えていったわけですね。

 

鮭缶が広く受け入れられた地域もありましたが、そうでないところもあったようでして、例えばベトナム。

ベトナム戦争中、アメリカは大量の物資を南ベトナムに投下していきましたが、その中にもちろんアメリカ人が愛してやまない鮭缶もありました。

ただし、アメリカ人よりもはるかに豊かで繊細な食文化を持っているベトナム人にしてみたら、鮭缶はあまりにも不味くて耐え難い味だったようです。

かつて強大なパトロンだったアメリカ人は、南(ベトナム)の多くの人びとに嫌われ、馬鹿にされていた。理由は山ほどあるが、むずかしいことのわからない庶民層にいわせると「連中は礼儀知らずで、しかもブタのようなものを食う」からだそうだ。

以前、私の助手をしていた予備中尉のタン君に、

「兵役中、何がいちばんつらかったか」とたずねると

「米軍支給の缶詰の魚肉を食わされたことだ」と答えた。

(「サイゴンの一番長い日」 近藤紘一 文春文庫 P245〜246)

そりゃ、あんなに美味しいベトナム料理と比べちゃったらねえ…

 

5.人気を失う鮭缶

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5-1 ツナ缶の台頭 

1970年代にツナ缶が登場すると、1940年代から続く鮭の不漁も後押しして、一気に世界の缶詰界の主役に躍り出ました。

ツナ缶が優れていたのは、材料となるカツオやマグロが「どこでも」採れること。

アフリカや南米、東南アジアでも大量に採れるため、第三世界の国々が少し投資をすれば容易に大量生産が可能だったのです。

さらには1982年、鮭缶が原因のボツリヌス菌の食中毒事件がきっかけで、一気に鮭缶の信頼は失われ、消費も最盛期の1/10にまで低下してしまいました。 

 

5-2. 生鮭の普及

さらに鮭缶の凋落を決定づけるのは、冷凍技術と流通の発達によって「生鮭」の提供が可能になったことでした。

ノルウェー、スコットランド、チリ、カナダなどに大規模な養殖場が次々に建設され、そこで飼育された鮭はさばかれた直後に飛行機に乗って世界中に飛んで行く

この流通革命によって料理に使われる鮭にも変化が起きます。

脂がのったプリプリの食感を活かすべく生で、あるいは表面を軽く炙ったりソテーする程度に火を通し、ソースをかけて食べたり、寿司ネタにして食すことが可能になりました。料理のバリエーションが、鮭缶の時に比べてグッと増えたのです。

その証拠に1990年代に出された鮭料理の専門本がいくつも出版されているのですが、ほとんど鮭缶のレシピは存在しないそうです。ビル・ジョーンズの「鮭料理のすべて(Salmon: The Cook Book)」に紹介されている数十種類の鮭料理の中で鮭缶を用いる料理はわずか一種類のみ。

新たに手に入るようになった生鮭をいかに料理するか、ということに人々の関心が移ったのです。

 

6. 鮭缶よ、再び!

1990年代から、アラスカの鮭缶メーカーは起死回生を図って、大規模な広告キャンペーンを展開するようになりました。

業界団体ASMI(アラスカン・シーフード・マーケティング・インスティテュート)は、鮭缶の様々なレシピを提供し台所から鮭缶の利用をアピールすると同時に、

イメージキャンペーンとして「アラスカの天然鮭」のPRを展開しました。

ある広告には「アラスカは自然とともに生きる人びとの故郷」と書かれ、鮭の仮面をつけた男女が皿の上で踊っている様子が描かれていました。

つまり、「アラスカの鮭缶はアラスカの大地が育んだ素晴らしい自然の贈り物であり、アラスカの人びとはその自然とともに生きる人びと」というイメージ訴求です。

このマーケティングは大きな反響を呼び、オーガニック食品を好む人びとによって「アラスカの天然の鮭缶」は好まれて食されるようになりました。

 このような広告キャンペーンは未だに健在で、John West Salmonの有名なコマーシャル「Bear Fight」もその文脈に則っています。

このCMは笑えます。

John Westは最悪な方法を用いて、最高の品質をお届けします

www.youtube.com

 

 

まとめ

ぼくも結構料理はするほうなのですが、やっぱり生鮭のほうが味は濃厚だし、食べごたえがあって好きです。サーモンクリームパスタ(すごく女の子受けがいい)なんかも生鮭を使ったほうがおいしく仕上がります。 

ただ料理によっては、例えば鮭ご飯とかチャーハンとか、グラタンなんかにするときは鮭缶のほうが使いやすいです。

あまりにありふれすぎていて、逆に見落としがちになっているかもしれません。

鮭缶を使うと、料理のバリエーションが広がりますよ。

人類が発明した偉大な鮭缶の歴史を思いながら、美味しい鮭を是非味わってください。

 

参考文献・引用:鮭の歴史 ニコラース・ミンク 原書房

鮭の歴史 (「食」の図書館)

鮭の歴史 (「食」の図書館)

 

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