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オリンピック「芸術競技」の金メダル作品を鑑賞しよう

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Image from  MANOR HOUSE SCHOOL, Go for Gold (and Other Colours!) at Olympic Art Workshop

今は無きオリンピック「芸術競技」のメダル作品

2020年の東京オリンピックは、なんか競技場とかロゴとかで混乱状態に陥って、みんなテンションがガタ落ちしている状態です。

とはいえ、真面目な日本人ですから、外国のお客様を迎える前に何とか取り繕って、大会自体は無難にまとめ上げるのではないかと思っています。その後に残る財政赤字は知りませんが。

ところで昔、オリンピックに「芸術競技」があったことはご存知でしょうか?

オリンピックといえばスポーツの祭典というイメージがありますが、アスリートが1分1秒を競う中で、究極の美を争う熾烈な戦いが繰り広げられいたわけです。

1948年ロンドン大会を最後に芸術競技は廃止されてしまったわけですが、30年以上のオリンピックの歴史で、金メダルを取得した作品はどんなものだったのか。気になりませんか?

芸術の秋ということで、歴代金メダルの芸術作品を鑑賞いたしたく思います。

 

 

 1.「 芸術競技」概要

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近代オリンピックの生みの親、ピエール・ド・クーベルタン男爵は、オリンピック創立の目的を

「古代ローマ以来の長い間、不一致状態にある精神と肉体の合一を目指す」

ことにあるとしました。

男爵の考えるスポーツとは、単に肉体を極限まで使うものだけにとどまらず、その頭脳を究極に高めることも含まれていました。頭脳のスポーツといえば、それは芸術競技であったのです。

第1回近代オリンピックは、1896年にギリシャのアテネで開かれましたが、諸々の事情で芸術競技は開催されませんでした。

その後もスポーツの祭典の中の一競技とすることに対する違和感は関係者の中に根強く、第2回、3回、4回と採用は見送られ続けました。

ですが、男爵の「芸術はスポーツである」という熱い思いがとうとう実り、1918年のストックホルム大会から正式種目として採用されることになりました。

 

1-1. どんな種目があるか

基本的には、

  • 建築
  • 音楽
  • 文学
  • 絵画
  • 彫刻

の5部門。

「スポーツ」にまつわる芸術作品が審査の対象となりました。最初のストックホルム大会では5部門だけ、金メダル受賞者も5人だけでしたが、後に部門の中にいくつかのカテゴリーが出てきて、

彫刻部門

  • 彫像の部
  •  レリーフの部
  • メダルの部

など細かく分かれていきました。フィギュアスケートもシングル、ペア、アイスダンスのように分かれているので、そんなかんじでしょうか。

 

1-2. どのようにして順位が決まるのか

これもフィギュアスケートと同じで、有識者による審査員による点数方式で順位が決まります。

 

1-3. なぜ廃止されたのか

後に出てきますが、1948年のロンドン大会を最後に芸術競技は廃止されてしまいました。

オリンピック後、メダリストたちが受賞した作品を法外な値段で販売し、またそれが投機のタネになって批判を受けていたこと、

また審査にも恣意的なものがあり、審査員の出身国・地域の作品をひいきしたり、一般の人たちから見て不思議なジャッジが下ることが多々あったからです。

これはフィギュアスケートでも同じことが言えますけどね。フィギュアスケートはフィジカルトレーニングを積んだ上での芸術性だからいいのでしょうか。よく分かりません。

 

では、実際の歴代の金メダル「アスリート」の作品を見ていきましょう。

まずは第5回スウェーデン・ストックホルム大会です。

 

2. 1912年ストックホルム大会

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記念すべき第1回芸術競技ですが、なんと作品が全然集まりませんでした

そのため、建築、音楽、文学、絵画部門は銀メダリストと銅メダリストが不在という異常事態。

しかも建築部門は「建築プラン」が金メダルを取ったり、文学部門は「スポーツに寄せる叙事詩(Ode to Sport)」という作品を書いたドイツ人「ジョージ・ホーロンとマーティン・ナシュバック」というペンネームの人物が獲得したのですが、実はこれを書いたのはクーベルタン男爵本人でした。

文学部門はエントリー数がゼロで、金メダル不在という事態を何とか避けたい男爵の苦肉の策だったわけですね。

 

彫刻部門:ウォルター・ワイナンズ(アメリカ)

作品名 :An American trotter

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Image from Olympic Art Competitions, Pierre de Coubertin and the arts

彫刻部門で金メダルをとった作品は、ウォルター・ワイナンズというアメリカ人。

彼は実は射撃競技に出場しているアスリートで、「彫刻も」やっているというような人でした。作品自体は、まあ、悪くないのかもしれませんが、エントリー数2つのうちで勝ったほうなので、ぶっちゃけ世界のトップなのかと言われるとよく分かりません。

 

3. 1920年アントワープ大会

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第一次世界大戦による中断を挟んで、1920年のアントワープからオリンピックは再開し、同時に芸術競技も第2回目を迎えました。

前回よりはマシだったものの、今回もエントリーの数は心もとなく、かつ品質も微妙で、建築部門と絵画部門で「金メダル不在」になってしまいました。

しかも、開催地ベルギー出身の芸術家が12個のメダルのうち半分も取ってしまいました。「ちゃんと公平な審査してるの?」って思われても不思議はないですね…

 

彫刻部門:アルベリック・コリン(ベルギー)

作品名 :La Force

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金メダルをとったのは、地元アントワープ出身のアルベリック・コリン。

彼は動物の彫刻を得意とする芸術家で、躍動感を表現した作品は高く評価されました。

いろいろ美術関連のサイトをあさったのですが、どうもそれらしいものが見つかりませんでした。

代わりにコリンの代表作を数点貼り付けておきます。

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 Image from Van Barye tot Bugatti, museum Beelden aan Zee, P102~103

左から、Hiboumoyen-duc[1920],  Loupàcrinière[1926],  Grandtigre

 

4. 1924年パリ大会

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だんだん芸術競技に対する認知度が上がってきたようで、193のエントリーがありました。

そのおかげもあってか初めて、2人同時に銀メダル、銅メダルを授与するといったことがおきました。文学部門の銀・銅、彫刻部門の銅が2人出ました。

やっぱり審査基準が曖昧なことと、一口に文学と言ってもカテゴリーがいくつも存在し、同じ土俵で評価が出来ない、ということが主な原因でした。次のアムステルダム大会では、5つの部門の中に小部門ができることとなります。

 

彫刻部門:コンスタンティヌス・ディミトリアディス(ギリシャ)

作品名 :Discobole Finlandais

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Image from Troyes-en-Champagne, Le discobole finlandais de Costas Dimitriadis, médaille d'or de sculpture aux Jeux olympiques de Paris 1924

あまり情報がないのですが、ディミトリアディスはアテネ出身で、パリで芸術を学びました。パリ・オリンピックで金メダルを獲得して名声を得て、故郷のギリシャに戻ってギリシャ芸術の発展に尽くしたようです。

この作品はパリとアテネ、ニューヨークの3箇所に複製が展示されているようです。上記はパリのものです。

 

5. 1928年アムステルダム大会

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アムステルダム大会では、歴代トップ1,100のエントリーが集まりました。

 なお、この大会から小部門が新設され、

  • 建築部門(建築デザインの部、都市計画の部)
  • 文学部門(叙述詩の部、一般詩の部、ドラマチックの部)
  • 音楽部門(歌の部、インストゥルメントの部、オーケストラの部)
  • 絵画部門(油絵の部、描画の部、グラフィックの部)
  • 彫刻部門(彫像の部、レリーフ・メダルの部)

とかなり細かく部門が分かれました。

 

絵画・描画の部:ジョン・ジャコビー(ルクセンブルク)

作品名 :Rugby

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ジャン・ジャコビーは実は1920年パリ大会でも金メダルをとっており、2大会連続の金メダルは芸術競技では大会初でした。

 

彫刻・彫像の部:ポール・ランドスキ(フランス)

作品名 :Boxer

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Image from  Paul Landowski, The fall on boxer

ポール・ランドスキは、ポーランド系フランス人でリオデジャネイロのキリスト像を彫刻して当時から世界的に有名だった彫刻家。

↓これです

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ボクサーの気迫、忍耐、これまでの訓練と努力の証が全体で表現されており、なかなか鬼気迫る作品ですよね。

 

6. 1932年ロサンゼルス大会

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 所変わってアメリカで開催されたロサンゼルス・オリンピック。

ここから段々様子がおかしくなっていきます。

前回大会ではメダル0だったアメリカが、金メダル3つを含む合計7つのメダルを獲得してダントツトップ

U・S・A!U・S・A!

時は世界恐慌が落ち着くも不況で苦しく、各国でナショナリズムや保護主義、ナチズムが台頭した時代。

オリンピックが、国威発揚の手段として利用され始めていました。

 

絵画・水彩描画の部:リー・ブライアン(アメリカ)

作品名 :Rodeo

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Image from Olympic museum, Olympic Games 1932 Los Angeles

ウェスタンのロデオを描いた絵ですが、なんかこれまでの「人間賛歌」的な文脈とはちょっと違ってますよね。うーん、この絵のどこが評価されたんだろう。

 

彫刻・彫像の部:マホンリ・ヤング(アメリカ)

作品名 :The Knokdown

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Image from Olympic museum, Olympic Games 1932 Los Angeles

これも同じくで、「誰かがやっつけられている」彫像はあんま見たことないです。

あと、立っている人間はいかにも「アメリカ人」風に見えるのは気のせいでしょうか。

 

7. 1936年ベルリン大会

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 ナチス・ドイツが国威発揚のために利用したと悪名高い、ベルリン・オリンピック。

あらかた予想ができますが、ドイツが金メダル5つを含む12個のメダルを獲得してダントツトップ

ナチスの芸術力は世界イチィィィ!

獲得国の内訳を見てみると、2位がイタリアで5つ。3位がオーストリアで4つ。

後の連合国であるアメリカは1つ。フランスに至ってはゼロです。

ドイツとその仲間たちでワイワイやった感満載で、公平とは程遠い。ちなみに、日本も絵画部門で銅メダルを2つ獲得しています。

 

彫刻・彫像の部:ファルピ・ヴィグノーリ(イタリア)

作品名 :Sulky Driver(下写真左)

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Image by Prismamv

あんまりよく見えないのですが、古代ローマ彫刻の亜流と言う以外に特に感想はないです。ムッソリーニは「ローマ帝国の復活」を目指してましたから、その文脈でしょう。

 

彫刻・レリーフの部:エミル・シュトー(ドイツ)

作品名 :Hurdlers

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Image from  VALLEY ADVOCATE, Plympic Arts

これも「優秀なアーリア民族」というナチスの政治文脈に対合したものに見えます。

古代ペルシャ芸術の亜流にしか見えないです。

 

絵画・グラフィックの部:アレックス・ディゲルマン(スイス)

作品名 :Arosa I Placard

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Image from  CHRISTIE'S the art people, ALEX WALTER DIGGELMANN (1902-1987)

あんまりよくわかりませんけど、バウハウスの文脈が通ずるグラフィックデザインなのかなという気がします。

 

8. 1948年ロンドン大会

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このロンドン大会を最後に、芸術競技は正式にオリンピックから外されてしまいます。

上のほうで書いたとおり、メダル受賞作品がカネ儲けの道具となってしまったということでも批判されたし、

一番大きかったのは「審査基準が意味不明」だったこと。

審査が完全にブラックボックスだから、ロサンゼルス大会やベルリン大会みたいに国威発揚のために利用されてしまった。あとクーベルタン男爵は1937年に既に亡くなっており、反対する者もあまりいなかったでしょう。

最後のオリンピックでは、過去2回の反省もあってか、なるべくメダリストは1国に集中しないような配慮が見られます。

1位がフィンランドで金2個を含む4個。2位がオーストリア。3位がイタリア。

ただ、そういう配慮をするのもどうなんだ、って話ですけど。

 

絵画・油絵水彩画の部:アルフレッド・トムソン(イギリス)

作品名 :London Amateur Boxing Championships

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Image from  CHRISTIE'S the art people, ALFRED REGINALD THOMSON (1894-1979)

全体的にやる気が感じられないというか、クーベルタン男爵の当初の理念が完全に消えているのが分かります。しょうがなく題材をスポーツにしてる感があって、どうなんでしょうこれ。

 

絵画・エングレービング、エッチングの部:アルベルト・デキャリース(フランス)

作品名 :Swimming Pool

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Image from French art-deco, Albert DECARIS (1901-1988): 'The Swimming pool', exceptional chisel engraving, signed

上の作品と同じなのですが、「これは水泳の絵ですよ」と言われないとわからないというか。スポーツの美学や肉体美を描こうという意図が、ほとんどないことは分かります。

 

絵画・彫像の部:グスタフ・ノダーリ(スウェーデン)

作品名 :Homage to Ling

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Image from THE SWEDISH SCHOOL OF SPORT AND HEALTH SCIENCE, Hyllning till Ling

うーん、これは、何でしょう。すごく良い彫刻だとは思うのですが、わざわざオリンピックに出して評価する意味がわかりません。この時の審査員は、単純な美術品や工芸品としての出来栄えを評価したのでしょうか。

オリンピックの芸術競技ってなんだろう?と思わせるに充分なラインナップです。

 

まとめ

当たり前ですけど、当時の美術界の主流は西洋美術だったわけだから、東洋やアフリカの美術なんかは絶対に入ってこないのですよね。

いまオリンピックで芸術部門を取り入れたら、それぞれのお国柄が反映された結構おもしろい美術品が集まるような気がします。

 当然、その国や文化の文脈を分かってないと理解できないだろうから審査はクソ大変だし、審査員も人間だからちゃんと審査できるとは到底思えない。みんなが納得のいくランキングは絶対無理でしょうね。まあ揉めに揉めてネットで叩き合いになるでしょう。

 フィギュアスケートですら、あんなに叩き合いになるのだから。

 

参考

Art competitions at the 1912 Summer Olympics - Wikipedia, the free encyclopedia

Art competitions at the 1920 Summer Olympics - Wikipedia, the free encyclopedia

Art competitions at the 1924 Summer Olympics - Wikipedia, the free encyclopedia

Art competitions at the 1928 Summer Olympics - Wikipedia, the free encyclopedia

Art competitions at the 1932 Summer Olympics - Wikipedia, the free encyclopedia

Art competitions at the 1936 Summer Olympics - Wikipedia, the free encyclopedia

Art competitions at the 1948 Summer Olympics - Wikipedia, the free encyclopedia

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