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イブン=ハルドゥーンによるイスラム思想から見る国家発展論

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Photo by AksilTigre

「イスラムの輝く星」イブン=ハルドゥーン

イスラムの思想と言えば、やれジハードだ、やれ拉致って殺すだ、過激なものをイメージする人も多い気がします。

コーランやイスラム教の成り立ち自体に暴力的な要素が含まれていることは事実なんですが、大多数のイスラム教徒は僕たちと変わらない、メシ食って働いて買い物してみたいな生活を望む、普通の平和的な人たちです。

イスラム国みたいな連中をしてイスラム教徒だと外国人に思われるのは、ネトウヨとか在特会みたいな連中をして日本人はみんな排他的な連中だ、と誤解されるようなもんです。相当嫌でしょう。

そういうわけで、イスラム思想には実際に穏健で科学的なものが多いのですが、その中でひと際光輝く存在が、14世紀北アフリカの歴史哲学者イブン=ハルドゥーンであります。 

彼の特筆すべきは、著書「歴史序説」において「国家はいかに生まれ、どういう要因で発展し、何が原因で衰退していくか」を詳らかにした点にあります。 

その分析の範囲は、政治論・経済論・教育論まで及び、国家を成り立たせるすべての因果関係を立体的に捉えようとしました。その科学的な思想は今でも充分参考になる普遍的なものです。今回はその思想の一端をご紹介しようと思います。

 

 

1. イブン=ハルドゥーンの生涯

 イブン=ハルドゥーンは1332年に北アフリカのチュニスの生まれ。

当時の北アフリカは、モロッコのマリーン朝、西部アルジェリアのザイヤーン朝、東部アルジェリアとチュニジアのハフス朝による三国時代が続いており、そこに北からノルマン人のシチリア王国や、イベリア半島のナスル朝が合従連衡の血みどろの抗争を繰り広げていました。

 

政治家の夢敗れる

政治家を志したイブン=ハルドゥーンは若くしてハフス朝に仕え、政治抗争にも加担して重役となりますが、クーデターが発生しスペイン・ナスル朝に亡命。国王ムハンマド5世の信任を得てブレーンとなりますが、王との関係を嫉妬した宰相イブン=アルハティーブによって邪険にされ、ハフス朝に舞い戻らざるを得なくなります。

ここで小国ベジャーヤの執権職に就きますが、またも政治抗争に敗れる。政治の世界にうんざりしたイブン=ハルドゥーンは、学問と真剣に向き合うべく田舎で隠遁生活に入り、かねてより構想があった著作「歴史序説」を完成させます。

 

世界都市・カイロへ

ところがスルタンからの政治の世界への復帰の声は止まない。

これを嫌がったイブン=ハルドゥーンは、メッカへの巡礼を建前として北アフリカから逃亡。マムルーク朝の首都カイロに向かいました。

当時のカイロは「世界の都」と言っても過言ではないほど壮麗で人々でにぎわい、経済的にも繁栄した大都市。

ここでイブン=ハルドゥーンは、スルタン・バルクークの保護を受けカムヒーヤ学院の教授に任命。北アフリカの政治状況や、著作「歴史序説」に関して教鞭を取ります。マグレブの田舎学者の口から出てきた革新的で科学的な文明論は、大都市カイロの学者たちの度肝を抜きました

たちまちカリスマ教授となったイブン=ハルドゥーンは、スルタンの命令で司法のトップ・大法官に抜擢されます。

ここでイブン=ハルドゥーンは、腐敗しきったカイロの司法の一大改革に乗り出しますが、異邦人の出世を快く思わない学者や官僚たちによって攻撃され、1年も経たず職を辞することに。その後はスルタン・バルクークへのクーデーターに加担した疑いから公職追放されてしまう。

ようやくスルタンの怒りが解けたと思いきや、東からティムール軍が侵入しダマスカスを包囲。イブン=ハルドゥーンはティムールとの和平を結ぶべく交渉に望みますが、叶わずにダマスカスはティムールによって破壊されてしまう。ところがティムールにすっかり気に入られてしまい、モンゴル高原に共に来いと言われますが、イブン=ハルドゥーンはそれを丁寧に断りカイロへ帰還。

帰国後、再び大法官の職に任命されますが、その職務の中で突如死亡しました。74年の波瀾万丈の人生でした。

 

2. 人間社会の分析

では、カイロの学者たちを熱狂させ、ティームルをも唸らせたイブン=ハルドゥーンの思想とはどのようなものだったか。

「歴史序説」の目的は、

人間が営む社会の本質と様々な表象を解明し、国家の生成発展を明らかにする

ことであります。

まず、イブン=ハルドゥーンは人間社会というものがどういうものかの前提を説明します。

大前提として、人間社会は相互扶助がなくば成り立たない。しかし人間は動物のような闘争本能を持っている。そのため、王権や支配権をもって闘争を防ぐ必要がある。

次に地理的要因。人間社会は寒冷地や温暖地、それに伴う風土の豊かさや貧しさに大きな影響を受ける。

第三に、どうやっても解明できない超自然的知覚能力というものが存在すること。これは予言者の正当性を主張する布石です。

 

2-1. 田舎と都会という2つの社会

人間社会には、都会と田舎が存在する。

イブン=ハルドゥーンの言う田舎は、北アフリカ的なニュアンスの田舎、つまり砂漠や荒野の遊牧民や、農耕地帯に住む農民のことを指します。

田舎は概して所得が低く、生活の質も貧しい。ところが田舎の民でも何かの拍子に生活が向上すると、都市を建設して都会の人と同じような安楽な生活を送るようになる。

つまり都会は田舎にとって、行き着くべく目標であると言える

とはいえ、砂漠のような自然条件が厳しい田舎は都会に向かうことは非常に困難である。そのような厳しい条件での発展を可能にするのは、共通の利益のために協力し合う「連帯意識(アサビーヤ عصبية)」が存在するからである。

 

2-2. 連帯意識が社会集団を形成する

連帯集団は何らかの形成動機を持っている。部族とか氏族とか、広い意味での血縁によって形成されているが、その集団が1つにまとまるには、個々の特定連帯集団を統一する指導層が必要である。指導権は連帯意識の中であらゆる集団を凌駕する特定の中核集団によってなされ、彼らの間で受け継がれる

特定連帯集団は、この指導者が率いた場合の連帯が優れたものであると認めた場合それに従う。

 

3. 歴史とは王権への発展過程によって成立する

 特定連帯集団を従わせた指導層は、相互防御のような受け身的な活動だけでなく、積極的な活動に集団を導いていく必要がある。それは例えば新たな農地の開拓だったり、別の集団が持つ資源の強奪だったり。そのような強制力はイコール王権であり、それを成すためには服従心の支えとなる連帯意識の力が必要となる。

つまり連帯意識が発展していく先には王権があり、その発展過程は新しい国家の成立過程と言える。

そしてその過程がつまるところ、歴史を動かす力になっている。

ただし、連帯意識が必ず王権に結びつくとは限らない。

王権は田舎の貧しい者が都会の生活に憧れて発展していくものだから、野蛮な民族ほど支配権を確立したり王権を確立する可能性が高い。しかし仮に国家を建設できたとしても成功する保証もないのである。 

 

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4. 国家・政治理論

イブン=ハルドゥーンは次に、そのようにして成立した王権が経るプロセスを明らかにし、その前提条件を4つ上げています。

  1. 国家はいったん確立されると連帯意識がなくても存続しうる
  2. 宗教は連帯意識に冗長的役割を果たすことはあっても、王権を中核的に統合するもの足り得ない
  3.  国家は領土を拡大するが、連帯意識の力に限界があるように、拡大にも限界がある
  4. 王権の保有者は専制化と、生活の安寧・奢侈化への傾向を持つ

その上で、イブン=ハルドゥーンは王朝の三世代論を唱えます。

  • 強い連帯意識に支えられる第一世代
  • 奢侈と安寧から連帯意識が弱くなる第二世代
  • 完全に連帯意識が崩壊した第三世代

また並行して、王朝5段階論を説きます。

  1. 王朝の樹立
  2. 人民に対する完全な支配権の確立
  3. 王権の安寧
  4. 伝統主義への満足
  5. 浪費と荒廃

連帯意識が崩壊し、指導層は奢侈と安寧を貪り亡国の道を歩む中、新たな連帯意識を持った者が勃興。

有力者が地方で支配権を握ったり、王朝の中枢や周辺で人心を得た者が反乱を起こしたりする。

 

イスラム政治の変容の必然性

イブン=ハルドゥーンは政治を「宗教に基づくもの」と「知性に基づくもの」と大きく分けています。

前者は現世観と来世観を利用しており、代表的なものがイスラムのカリフ制。

後者は現世観のみの利用で、代表的なものが古代ギリシアの政治。

ただし後者の場合は、「民衆の利益を考慮するもの」と「支配者の利益を考慮するもの」とに分かれる。

一方、前者のカリフ制では、イスラム法シャリーアによって、民衆も支配者の利益も考慮されるし、政治哲学も盛り込まれ、かつ死後の世界についても保証されるため、カリフ制が政治制度としては最高のものである、とイブン=ハルドゥーンは主張します。

ただし、理想上では最高の政治制度であるカリフ制も現実、君主はイスラーム法に依拠しようとするから結局は君主制に近づいていく、としています。

 

5. 経済

イブン=ハルドゥーンは、文明論の中で経済に関する諸問題も取り上げており、かなり鋭い洞察が読み取れます。

 

5-1. なぜ田舎は貧しく都会は豊かなのか 

富は「協業作業」によって発生する。

協業によって得られた物資は、各人が持ち寄って得たものより数倍の需要を充たすことができる。それによって余剰労働力が生じ、新たな富を生む

田舎は人が少ないため、協業の度合いが小さく余剰労働力が発生しづらい。

一方都会では人が多いため、労働力が増え富が発生しやすい。

そしてこのような余剰労働力は、もっぱら奢侈や富のために使われる。奢侈品の生産は熟練者が好まれ、高い時給が価格に反映される。みんな金持ちになりたいから技術の習得に精を出し、労働市場・技術市場は活性化。奢侈品が市場に溢れ、それに支払われる貨幣は増え、労働コストは上昇し、よりたくさんの貨幣が回ることになる。

 

5-2. 商品の価格はどのようにして決まるか

商品の価格は、労働の価値量を基礎に、需要と共有のバランス、諸種の税金が加味されて決まる。

一般的に、人口が多く発展した都市は生活必需品は安く、奢侈品は高い。人口が多い都市は余剰労働力も大きいため生活必需品は安くなり、奢侈品のニーズが高い割に供給量に限りがあるために価格が上がる。

一方で人口が少ない場所は余剰労働力がなく、食料不足を見込んで貯蔵されるため買い手は高い代価を払わねばならない。奢侈品はそもそも需要がないので市場は活況がなく、その質も低い。

 

5-3. 税金は低く設定されるべき

貨幣は国家と人民の間を相互に流通するものである。

人民から徴収された税は様々な形で人民に還元されるため、国家の財政規模は人民の富に相当する。

人民に対する課税率が低い場合、人民は労働意欲をそそられ、個人の所得は増え、課税額も増え、国家の財政規模も拡大する。

国家が仮に富を独占しようとするなら、商業市場は不振に陥り、人民の利益は減り、結局国家の収入自体も減ってしまうのである。

 

6. 学問・教育

 人間が動物と違うのは、人間が持つ思考力のためである。

それが人間に生計を立てさせ、相互協力に導き、社会組織を形成させる。

同様に思考は知識や技術を生み出す。人間の思考力は真実を求めて働き、その真実性についての知識が学問となる。次の世代の人はその未知なるものの修得を求め、それを身につけている人のもとへ赴く。これが教育の起源で、学問や教育とは文明に必然的に伴うものである。

 

次に、では人間はどのような思考作用を経て真実にたどり着くのか。イブン=ハルドゥーンはその過程を3つに分けています。

 

6-1. 「識別知」

人間は存在事物の秩序、すなはち因果関係の連鎖を思考力によって確認し続けなければならない。人によってその段階には差はあるが、そのように段階を経て思考していくのが基本となる。

 

6-2. 「経験知」

人間が社会の中で自分の行為の善悪を判断できるようになるのは、概して経験によるものである。ただ、全てを経験によって学ぶのは多大な時間を要するため、たいていは両親や教師によって先駆者の教えを受けて短時間で知識を身につけるのである。教育の必要性はそこにある。

 

6-3. 「思索知」

イブン=ハルドゥーンはこれを「じかに見えないものでも見えるものでも、その存在物をあるがままに描き出すことができる叡智」である、と書いています。

人間は直感によって「精神世界」を知覚することが可能であり、その精神世界は「天使の世界」であって人間の世界とは隔絶している。だが、人間はその知覚により何らかの力の存在を感じ、その存在を通じて本質を知ることが可能になる

これは論理的に証明はできないが、宗教を信仰によって知ることができる、としています。

 

 

まとめ

イブン=ハルドゥーンがすごいのは、彼がこの理論をおおよそ「独自に作り上げてしまった」点にあります。

ただ、衰退するイスラム文明の中でこの極めて論理的で科学的なイブン=ハルドゥーンの思想は活かされることなく、長らく忘れ去られてしまう。17世紀ごろにオスマン=トルコの学者たちによって発見されて読まれ、ヨーロッパに紹介され、高い評価を受けるに至ります。

これは現代の国家論には直接結びつきづらいですが、企業論や集団論として読み替えると、共通点があって面白いかもしれません。

今回かなり要約して書いていますが、個々の章もかなり論理的で、納得せざるを得ない緻密な文章構成となっています。

文明論に興味ある方は是非おススメいたします。

 

参考文献:イブン=ハルドゥーン 森本公誠 講談社

イブン=ハルドゥーン (講談社学術文庫)

イブン=ハルドゥーン (講談社学術文庫)

 

 

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