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歴ログ -世界史専門ブログ-

おもしろい世界史のネタをまとめています。

古代ローマ人がハマった「夢占い」とは?

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カエサルも信じた "夢のお告げ"

夢というのは実は歴史でけっこう重要な役割を果たしています。

聖徳太子も夢の中でブッダと対面したという伝説がありますし、

東南アジアのパサイ王国では、王が夢で預言者ムハンマドに会いイスラムに帰依したという神話を持っていたりします。

摩訶不思議な夢の世界では、未来が予言されたり、お告げが受られたりと、超自然的な力があると信じられていました。

古代ローマ人もかなり真面目に夢を研究しており、専門の書物が書かれるまで「夢占い」の研究が盛んだったのです。

古代ローマ人が信じた「夢占い」とはどのようなものだったのでしょうか?

 

 1. ローマ人と夢占い

ローマの建国神話で、ローマの開祖であるロムルスとレムスは、町を作る際に鶏占いで勝負をしたとされています。どっちが先に鶏を集めることができるか、というもの。

建国神話の重要な場面すら占いししてるように、ローマ人は大変占いが好きな人たちであったようです。

軍人は戦いの際に、鶏を離して餌をバラまき、ついばんだら勝つ、無視したら負ける、といった占いを好みましたし、政治家たちは専門の占師に委託し、気象状況や鳥の飛翔などで吉凶を占っていました。

一方で庶民は夢占いを大変好んだようです。

夢占いの指南書が書かれて広く読まれ、それを元に自分の近い未来を占っては一喜一憂していました。特に教養ある家長は、夢占いについて知識があるのが常識だとされていました。

夕飯を食べながら、年頃の息子や娘の昨晩の夢を聞いては、

「ふむ、お前にはもうすぐよき結婚相手が現れるという卦が出ているね」 

などと言ったりしていたのでしょう。

夢はゼウス神から送られてくるものであり、その夢には未来の禍や幸福の示唆が含まれていると考えられました

そのため、庶民だけでなく政治家や軍人たちも夢をけっこう気にしていたようです。

あのカエサルも例外でなく、「カエサルの夢のお告げ」のエピソードが残っています。

 

2. カエサルの夢のお告げ

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実母を手ごめにした夢を見たカエサル

これはスエトニウス著「ローマ皇帝伝」に書かれたエピソードです。

 

カエサルがまだ西ヒスパニア属州の財務官を勤めていた時の話。

カエサルはたまたま勤務中にヘラクレス神殿の中にあるアレクサンドロス大王の像を見て、絶望のあまり深いため息をついた。

「私はもうアレクサンドロスが世界を制覇した時の年齢に達したというのに、何一つ世間の記憶に値するようなことをやっていないのだから」

そうしてこんな財務官なんて辞めてしまおうか、とショボショボしていたある晩、実母を手ごめにして辱める夢を見てしまった

何たる夢を見てしまったのだ!と頭を抱えて落ち込むカエサル。

これが何を意味しているかを夢占師に相談してみた。すると、

「吉兆です!その夢はあなたこそ世界を支配する人物であることを暗示しているのですぞ!」

と大興奮し、カエサルに発奮を促した。

占師によると、カエサルが自分の体に下に伏さっているのを見た母親とは、すべての母と考えられる大地に他ならぬ、と。

 

そしてその予言は的中し、カエサルはその後全ガリアを制圧する偉業を成し遂げ、初代皇帝に君臨したのです。

カエサルがこのお告げを真に受けたかどうかはわかりませんが、もともと「発奮しないとマズイ」と思っていた時にそんなことを言われたのだから、悪い気はしなかったでしょうね。

 

3. アルテミドロスの「夢判断の書」

古代ローマの一般人たちも見た夢が何を示唆しているのかを知りたがりました。 

カエサルが夢占い師に相談したように、

見た夢が禍を示唆しているのか幸福を示唆しているのか、どっちか分からず悩んでしまう、といったことが往々にしてあったようなのです。

そのための夢占いの書物はたくさん書かれましたが、ほとんどが現代まで残っておらず、唯一現存するのが2世紀のエフェソス生まれのギリシア人アルテミドロス作の「夢判断の書」のみです。

アルテミドロスはこの本を書くにあたり、かなり膨大な夢のデータを集めて整理・分類し、その後の被験者に起こったファクトと結びつけ「客観的統計データ」としてこの本をまとめあげました。

それゆえ、後の精神分析学の祖フロイトも、「夢判断の書」に深い関心を寄せていたそうです。

以下、夢判断の書をいくつか引用します。

 

直示と比喩

夢には直示的な夢と比喩的な夢がある。直示的な夢とは、夢に見たことがそのまま現実にあるものである。…(略)一方、比喩的な夢とは、あるものを別のもので表現する夢である。この形のゆめにおいては、魂はある出来事をそれのもつ特徴を使って暗示する[Oneirokritika Ⅰ, 2]

 

夢に耳がたくさんでてきた

妻や子どもや従僕のような自分のいうことを聞いてくれる者がほしいと念願している人にとっては、良い知らせである。

富豪にとっては、自分を迎える大きな声を意味する。耳が美しい形をしていれば歓声、醜い形をしていれば罵声である。

奴隷および原告被告を問わず、裁判中の人にとっては凶夢である。奴隷の場合、主人の命令を聞かなければならない境遇がこの先もまだまだ続くだろうし、裁判の場合、原告なら逆に告訴され、被告なら今異常に多くの告訴を突きつけられるだろう。

手工職人にとっては、仕事を注文する声をたくさん聞くことになり、吉夢である。[Oneirokritika Ⅰ, 24]

 

歯が抜け落ちる夢を見た

黒い歯、虫歯、破損した歯のある人は、夢でその歯が抜け落ちたら、あらゆる不幸と災難から解放されるだろう。ただし、この夢のうち老人をなくした人も多い。[Oneirokritika Ⅰ, 31]

 

夢にヘビが出てきた

ヘビはその力が王の象徴である。また何度も脱皮して若返っていくことから、富裕を意味することもある。もっと言うと、祝福されたすべての神たちを示唆している。[Oneirokritika Ⅱ,13]

 

船に乗る夢を見た

誰にとっても吉兆である。

しかし、嵐に遭遇すれば危険と絶望の予言である。

船が転覆したり、岩に衝突したりして遭難すれば、間違いなく危害をこうむる。ただし囚われの身となっている人や奴隷は例外で、抑圧者からの解放が期待できる。船は、人を閉じ込めて抑圧する者に例えられるからだ。[Oneirokritika Ⅱ, 23]

 

夢で会った人

夢の中で見かけた人や出会った人は、男女を問わず、もし友人や恩恵者であれば、故人であれ存命中であれ吉である。

しかし、現在または過去において危害を加えたことの有る人であれば凶。なぜなら、夢の中で出会った人は、未来の出来事の象徴として、つまり友人は良いことの、敵は悪いことの象徴として解釈されるからである。[Oneirokritika Ⅳ, 6]

 

妊娠中にヘビを生んだ夢を見た

1人目:子供は優秀な弁論家になった。女性は富裕だったが、もちろん教育に充分お金をかけていた人だった。
2人目:子供は司祭になった。ヘビは神聖な生き物であり、秘密儀礼で役割を果たす。彼女の夫は司祭だった。
3人目:子供は優秀な預言者になった。ヘビはアポロ神の神性を受けているためだ。この女性は預言者の娘だった。
4人目:彼女の子供はしつけが悪く浮気性で、町のいろんな女と寝るような男になった。狭い穴を通り抜けて、天敵から逃れようとする性質のためだ。母親もまた浮気性の売春婦だった。
5人目:子供は盗賊になり捕まって首を切られた。ヘビを捕まえる際頭を打たれて殺されるからだ。母親は徳のある生活を送っている人物ではなかった。
6人目:子供は脱走奴隷になった。ヘビはまっすぐの道を進まないかららだ。母親もまた奴隷だった。[Oneirokritika Ⅳ, 67]

 

アソコがもう一本生えてきた夢

その夢を見た者が奴隷だった場合、自由を手にする。すでに持っている名前のほかにもう一つ名前を持つからであり、新たな名前は自由の象徴である。[Oneirokritika ⅴ, 91]

 

3. 小プリニウスが語った「夢の解釈」

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Photo by Wolfgang Sauber

「自分の夢を良い風に解釈しなさい」

庶民は「夢占いの指南書」を読みあさりましたが、知識人ともなると「教科書」に頼らず自分独自の解釈をしていたようです。

それが分かるのが、博物学者・小プリニウスがスエトニウスに送った書簡。

 

お便りによれば、貴男は夢に怯えて、何か悪いことが裁判においてふりかかってくるのではないかと恐れているようですね。…(略)常日頃、貴男は正夢を見るのか、逆夢をみるのか、それが問題なのですが、私の判断するところ、貴男が恐れているような夢を私がみたのであれば、それは立派な裁判を予示しているように思われます。

かつて私がユニウス・パストルの訴訟を引き受けていた時のことでした。夢の中で、義母が私の膝に身を投げ出して、そうしないようにと嘆願したのです。…(略)それでも私はやってのけました。かの「最良にして唯一の予兆は祖国を護ることである」を信じていたのです。裁判は首尾よくいたばかりか、私の弁論は人びとの耳をそばだたせ、名声への扉を開くほどのものでした。

こうしたことから、貴男もまた、この例にならって、自分の夢を良い物に解し直すことができるかどうかを検討してごらんなさい。[Plinius, Epistulae Ⅰ 18]

 

さすが大学者ですね。人に頼らず自分自身で夢の解釈を試みています。

ビジネスリーダーの自己啓発本でも読んでるみたいです。

でも、成功する人の思考法は得てしてそのようなものなんでしょうね。超ポジティブシンキングというか。

事実として悪くはない事柄については、その全てをプラスに解釈して自分が前に進んでいくだけのエネルギー源に変えてしまう。

夢を見ていちいちクヨクヨする時間があるんだったら、もっと建設的なことに時間を使おう、ということなんでしょう。

 

 

まとめ

実はぼくもよく見る夢があります

どういうわけかスッポンポンで会社や学校にいて、恥ずかしいから本とか手でアソコを隠しているんですが、誰も突っ込まないし気にすらしていない、という夢。

以前はぼくも、これが何を暗示しているのか?とネットでググってみたりしましたが、小プリニウス的に解釈すればどのようになるでしょう。 

仕事でもなんでも、人の目を気にしすぎじゃね?もっと自由にやりたいことをやればいいじゃん?

って神様が言ってると解釈できるでしょうか。

いや、そう言ってるに違いないと信じればよいのだな。

みなさんも、見た夢に一喜一憂せずに、都合よくプラスに解釈してみてはいかがでしょうか?

 

 

夢判断の書 (叢書アレクサンドリア図書館)

夢判断の書 (叢書アレクサンドリア図書館)

 

 

参考文献

西洋古代資料集[第2版] 東京大学出版会 

Artemidorus excerpts from Interpretation of Dreams

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