歴ログ -世界史専門ブログ-

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お札に載ってるこの人だれ? - メキシコ・ペソ篇

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知っているようで知らないメキシコ

タコス、ナチョス、トルティーヤ。

ルチャ、テキーラ、マリアッチ。

ぐらいでしょうか。メキシコと聞いて思い浮かぶものと言えば。

最近だと麻薬やマフィアを思い浮かべる人もいるかもしれません。

このブログでもあまり紹介しきれてませんが、メキシコは非常に濃い歴史を持っている国です。偉人もたくさん輩出しています。

20ペソ:ベニート・フアレス

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 先住民から選出された初の大統領

ベニート・フアレス(1806-1872)は、メキシコで最も尊敬されている大統領。初の先住民出身の大統領でもあります。

農民の子として生まれたフアレスは、苦学して弁護士・裁判官になりアメリカ亡命を経て帰国。法務大臣に就任し、腐敗した政府を改革すべく様々な法案を出しますが保守派の反発を招き、政治の混乱も相まってメキシコは内戦状態に。フアレスはアメリカに亡命して臨時政府の大統領となります。

フランスの野望を打ち砕く

1860年、フアレスはアメリカの支援を受けて再上陸し、メキシコシティで大統領に就任。

翌年、債務不履行に陥っていたメキシコに対しイギリス・フランス・スペインが武力干渉に打って出ます。イギリスとスペインはすぐに撤兵しますが、フランス皇帝ナポレオン3世はハプスグルグ家のマクシミリアン大公を送り込み、マクシミリアン1世としてメキシコ皇帝に即位させ傀儡とすべく画策。 フアレスはアメリカの支援のもと抗戦し、ついにフランスを追い出すことに成功します。

フアレスはリベラルな改革者であり、保守的なメキシコ社会を前進させた功労者であるとして、現在も国民から敬愛されています。

50ペソ:ホセ・マリア・モレーロス

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 メキシコ独立の望みを繋いだ英雄

ホセ・マリア・モレーロス(1765-1815)は、メキシコ独立革命の指導者の1人。

モレーロスは征服者(コンキスタドール)コルテスの子孫ですが、先住民、アフリカ系の血をひく、ごく普通の家庭に生まれます。

イダルゴ神父の説得で革命に身を投じたモレーロスは非凡な軍事的才能を発揮し、わずか700の民兵団を率いてスペイン軍を蹴散らし、メキシコ太平洋岸の領域を占領

その後シトラ、テワカン、オリザバ、アカプルコ、オアハカの町を占領。さらにサンディエゴ要塞からスペイン軍を駆逐

独立闘争を続ける指導者はチルパンシンゴ議会を招集し、スペインからの独立を宣言しました。しかしその後の戦いでスペインに敗れて捕まり、反乱罪で銃殺刑に処せられました。 

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100ペソ:ネサワルコヨトル

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 人望に優れ、勇敢で、文化人でもあったアステカの王

ネサワルコヨトル(1402-1472)は、メキシコの歴史上最も人気がある人物。

王家に生まれますが、幼い頃に父が殺害されるのを目の当たりにし、各地を転々としてようやく王位に就きます。

ネサワルコヨトルは「寛大さをもって対処すべき」」という信念を持っており、治政も穏やかで寛大なものでした。塩害に苦しむ民のために堤防を作って農生産をアップ。国の法典を厳格に守らせ、自分の息子すら容赦せずに法典に従い処刑しました。

彼は思想家・哲学者でもあり、諸行無常の理を表した詩はメキシコ人に今でも愛されているのだそうです。

この世は永久にはあらじ

ただしばしの間のみ

翡翠も砕け、黄金も溶け、ケツァル鳥の羽も折れたり

 この世は永久にはあらじ

ただしばしの間のみ

200ペソ:フアナ・イネス・デ・ラ・クルス

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メキシコ文学の祖と賞される尼僧

フアナ・イネス・デ・ラ・クルス(1651-1695)は、メキシコがスペイン帝国の植民地だった時代の尼僧で詩人。

メキシコシティ近郊のサン・ミゲル・ナパンツァに、スペイン人の家庭に生まれます。10代の頃から勉学の道を志しますが、当時は女性は家庭に収まるのが常識の時代。フアナは諦めきれず、男に変装して大学に行かせてくれ、と母にせがんだほどでした。

他の女性のように家庭に入ることを嫌い、「自由に勉強できる場所」を求めてメキシコ皇帝の宮廷に仕官したりしますが、セント・ジョセフ修道院の尼僧に落ち着きます。そこでフアナはメキシコ副王夫人の求めに応じて作品を作り続けました。

その悲哀と歓喜が折り混じった繊細な恋愛の詩は、同時代の女性たちに高い支持を得るも、尼僧という立場でありながらケシカランという保守派の反発も招きます。

フアナはそうした反発に対し、女性の教育の権利を主張するも先進的すぎたその主張は多くの人に受け入れられず、結局筆を折らざるを得なくなってしまいました。

フアナはの著作はメキシコのみならず、スペイン語圏や欧米でよく読まれており、メキシコ文学の租と賞されています。

500ペソ:ディエゴ・リベラ

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キュビズム・社会主義の先鋭的画家 

ディエゴ・リベラ(1886-1957)は、メキシコを代表する画家。

パリで美術を学び、キュビズムに強い影響を受けた作品で注目をされるようになります。その後メキシコに帰国し、先住民の伝統と社会主義のコンテクストをミックスした色鮮やかな壁画を披露していきます。

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(En el Arsenal, 1928)

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(Man, Controller of the Universe)

ディエゴ・リベラの性格は激しく、頑固で周囲と衝突すること限りがありませんでした。社会主義に傾倒し、メキシコ共産党に入党するも衝突して後に除名されたり、アメリカの公共建築の仕事の依頼が来た際には、勝手にレーニンの肖像を配置してクライアントに激怒されたりしています。また政争に敗れてメキシコに亡命したトロツキーとも親交を深めますが、後にケンカ別れ。

しかし作品は素晴らしく、多くのメキシコの公共建築に彼の作品が残っており、メキシコが世界に誇る画家です。

1,000ペソ:ミゲル・イダルゴ

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 メキシコ独立革命の発起人

ミゲル・イダルゴ(1753-1811)は、スペイン人コンキスタドール(征服者)コルテスの血を引くクリオーリョ(メキシコ生まれの白人)。

イエズス会系の学校で神学を始めヨーロッパ諸語を学んだほか、先住民言語や先住民の歴史も学んだイダルゴは、教職の資格を取り教師となり後に校長となります。

しかしトラブルから学校を追放され、ドローレス村という貧しい村の神父に着任。

経済状態が悪化し、年々生活が苦しくなる村人の教育や産業振興に努め、下からの社会改革に乗り出します

1808年にスペインがナポレオンの侵攻を受け、ナポレオンの兄ジョゼフが王位に就くと、メキシコでは反フランスデモや自治を求める運動が発生。イダルゴは政治サークルに参加するようになり、スペイン本国出身者を排したメキシコ人による自治を目指すようになりました。

ところが自治運動のメンバーが次々と警察に逮捕されるに至り、イダルゴは演説を行い(ドローレスの叫び)、武装蜂起を呼びかけました。

 武装蜂起は大きくなり、周辺の貧しい農民や先住民が多数参加し、裕福なクリオーリョの襲撃や略奪といった混乱も発生。イダルゴは武装住民を率いてメキシコシティの攻略を決行しますが失敗し、1811年に逮捕され銃殺刑に処されました

その後メキシコ独立革命はホセ・マリア・モレーロスやアグスティン・デ・イトゥルビデらに受け継がれて11年も続き、1821年のメキシコ独立が成し遂げられます。

 

まとめ

独立運動家、画家、作家、王様などバリエーション豊かですね。 

顔ぶれを見ると、前衛的と言うか、進歩的な考えの人が多くいることが特徴的です。

保守的なメキシコ社会において、そういう「突然変異の異種」が社会を変革させていったという歴史の証なのかもしれません。

バックナンバー

第1回:韓国・ウォン篇

第2回:ポーランド・ズウォティ篇

第3回:メキシコ・ペソ篇

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